おいしい店とのつきあい方。
七冊目

125 飲食店の新たな姿。その41
声はすれども姿は見えず。

さてお会計とお見送り。
先週までのテーマだった「お片付けと食器洗浄」が
一対であるように、
お会計とお見送りは対をなす仕事でした。

食事を終えて席を立つ。
レジまで伝票をもって歩いて、そこでお金を支払う。
お店の人はお金を受け取り、お釣りとレシート、
あるいは領収書を手渡しながら
ありがとうございますと感謝する。
おごちそうさまといいながら出口を出ると、
お店の人は深々と頭を下げながら見送る。
あるいは、出口を開けてくれたり、
場合によってはずっとお店の外で
見送ってくれたりすることもある。

サービスの一連の流れのなかで
最も大切なのはお出迎えとお見送り。
お出迎えは第一印象を決めお客様の期待を作り出す。
期待してもらえない店で、
どんなにいいサービスをしようとしても
お客様の気持ちをつかまえることがむつかしくなり、
努力が空回りしてしまう。
お見送りは、お客様のまた来たいという気持ちを
持っていただくために重要。
レストランにおいても、終わりよければすべてよし‥‥、
なのですね。

お店の人はお客様がたのしい時間を過ごせるように
間違いのないサービスを心がける。
けれど問題が起こらないことなんて絶対にない。
お店で食事をするということは、
もれなく小さな問題を味わうことでもある。
お店の人がスープをこぼしてしまっただとか、
料理の順番が違ってたとかといった
目に見える問題もたくさんある。
でもそれらは問題が起こった都度、
お店の人が対応してくれるから、
小さな問題は大きな問題に育つことはない。

けれど、こんな「気持ちの問題」もあるんです。

思ったよりも、料理が出てくるのが遅かった。
思ったよりも、おいしくなかった。
思ったよりも、サービスが悪かった。

この「思ったよりも」という問題は目に見えないから、
お客様がお店を出るまでずっと引きずる。
引きずりながらも、お店の人の笑顔や一生懸命な仕事ぶり。
あるいは料理そのものの味わい、
お店の居心地良さを天秤にかけながら
許してあげようかどうか、考えながら食事を続ける。
そして最後にお会計。

そこで、思ったよりも安かったって思って貰えれば
また来店をしてくれる。
けれどそのとき、思ったよりも高かったと思われると、
足は遠のく。
せっかくのサービスも料理も無駄働きになってしまう。
だからお会計はとても大切。
お釣りを手渡しながら、
お客様の表情や仕草を観察し、
お客様の気持ちの修正が必要かどうかを判断する。
おおごとにならないように、
最後のお見送りで深々と頭を下げて
またのお越しにのぞみをつなぐ。
お店にとって、お客様をファンに変える
最後のチャンスがお見送り。
そのシナリオを決定するのがお会計。

なのに最近、先払いの店が増えました。
券売機の進化はとどまるところをしらないほどで、
かつてはファストフードや
ラーメン店のような場所でしか使われぬものだった。
けれど最近では定食屋さんとか
ファミレスみたいな業態でも券売機を置くようになった。

先払いにはデメリットがある。
追加注文をおねだりすることができないから、
サービスの良し悪しで客単価をあげることができなくなる。
けれどその一方で、
食い逃げされるというリスクからも開放されて、
人手不足の時代には
客席ホールをずっと見守っていなくてはならないという
スタッフ配置をしなくてすむ。
ただそれはそのまま、お見送りする機会を逸してしまう上、
適切なお見送りをする情報を得ることすらも
できなくなっちゃう。

最近、お見送りされないことが増えたなぁ‥‥、
としんみりします。
店を出ようとするとどこからともなく
「ありがとうござましたぁ」と元気が声はするのだけれど、
姿は見えずなんてことも数しれず。
もしかしたら日本の飲食店は、
サービス業であることを捨て、
料理提供業になってしまうのかもしれないなぁ‥‥、
と悲しく思ったりするのです。

さてこれ以上、このシリーズをウロウロしていると
外食産業が嫌いになってしまいそうで、
来週からは新シリーズ。
お腹いっぱいにしないことのシアワセをテーマに、
しばらくお付き合いをと存じます。

2020-03-12-THU

サカキシンイチロウさんの本

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『おいしい店とのつきあい方』

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そんなおいしい店との素敵な関係を
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でも、丁寧にお教えします。
くわしくはこちらのページからどうぞ。

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