おいしい店とのつきあい方。

その6
毎日ちゃんと同じ味、ということの裏側には。

飲食店がお客様とするさまざまな約束。
中でも最も大切な約束のひとつが、
「いつも同じような味でもてなす」という約束です。

大切な上に、これがとてもむつかしい。

工業製品ならば、同じ原料を同じ分量で、
同じように加工すれば必ず同じ製品となる。
誤差ゼロを生み出すために、科学と化学を総動員して
製品づくりをするというのが産業の近代化のひとつの手法。
けれど飲食店の料理をいつも同じに作ることは、
工場で製品を作るのとはかなり勝手が違うのです。
なにしろ、食材がいつも同じとは限らない。
同じキャベツでも夏のキャベツと冬のキャベツでは甘み、
味わい、食感がまるで違ってしまうのです。

とあるとんかつ専門店のご主人から聞いた話です。
以前紹介したことのある話なのですけれど、
ちょっと詳しくお話しします。

とんかつというのは、まず揚げるのに苦労する。
同じ銘柄の豚の、同じパーツであっても
それぞれ個体によって脂のつき方や、
肉の状態が僅かに違います。
それを同じように揚げるのには
パン粉の付け方や揚げる油の温度や状態に気を配る。
調理技術と経験で、
肉それぞれの誤差を調節しながら
調理していくコトが必要となる。
ただ調理が複雑であればあるほど、
誤差を縮めることは容易いのです。

むつかしいのは素材の持ち味がそのまま出ちゃう、
例えばそのお店でいえば「千切りキャベツ」。
キャベツを切るだけ。
もっとも、キャベツを適温に冷やしたり、
水でさらして歯ざわりや香りを調節するような
こともするから、切ればいいってものじゃない。
むしろキャベツの状態にあわせて、
切り方、温度、水でさらす時間を加減することで
いつも同じ千切りキャベツになるようにする。

「おいしい千切りキャベツになるような、
状態のいいキャベツを手に入れようと
産地や生産者さんを選んだコトがあるんですよ。
生のまま食べておいしいキャベツは、
育て方もさることながら収穫の仕方が大切。
早朝、日の出の前に収穫しなくちゃいけない。
朝日に当たると温度が上がる。
温度が上がると、キャベツの葉っぱの間に
蓄えられた水が蒸発しはじめる。
ぼんやりしてると葉っぱが煮えてしまうのです。
だから日の出前、温度が上がる前に収穫する。
いい土で手間を惜しまず育ててもらい、
面倒な収穫手順も守ってもらえる農家を探すのは大変で、
やっと巡り会えた方が作ったキャベツも
季節によってその状態が変わってしまうんです」

だから季節ごとに産地を3つに分けているのだといいます。
その産地それぞれに協力してもらえる生産者さんがいて、
お店の基準にあわせたキャベツを作って収穫してくれる。

「それでも、です。
日によってキャベツの状態は微妙に変わります。
自然の恵みは偉大であると同時に気まぐれです。
だから毎日、キャベツの状態を食べて試して、
切り方を加減したり、切ったキャベツを晒す
水の温度や晒す時間を調整したりしています」

だからそのご主人は、
毎日、毎日、営業前に試食することを欠かしません。
それも客席に座って、
出来たばかりの一人前のとんかつ定食を
ご飯や汁まで含めてきちんと全部平らげる。
人間ドックに行くたびお医者様からは叱られる。

「キャベツを先に食べれば太らないという、
食べ順ダイエットのことを知っていれば
こんなに太ることもなかったんですけれど‥‥」

ふっくらとしたお腹をいとおしそうになでながら、
それでも不安になることがある、と続けます。

「自分の舌は今日と昨日で同じなんだろうか?
‥‥って思うんです。
自信がなくなってしまうと、お客様に不安が伝わる。
お客様の舌だって日々、状態が変わるから
不安なムードのお店で料理を食べると、
本当にいつもの味と同じなのかと不安になりますよね。
いつもと同じはずの料理が、
いつもと違う料理のように感じられてしまうと困る。
だから、どんなときでもいつも
同じで「あるはず」のものを作って、
お客様に提供するように工夫しているんです」

外食産業以降の飲食店が、一生懸命作り、
お客様との約束を果たす道具としたモノは何?

また来週に続きます。

2017-11-30-THU