お気に入り記事の保存はアプリが便利!

ほぼ日刊イトイ新聞

2022-01-19

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・ともすれば、わたしたちは、
 オリジナリティとかクリエイティビティとかを意識したり、
 アイディアだとかを考え出そうとするとき、
 「これは絶対にみんなは気づいてないだろう」
 ということを先に探そうとする。
 「みんな」というのは、その場の仲間やライバルだったり、
 広く一般大衆という意味だったりするけれど、
 とにかくじぶん以外の「ふつう」の人たちだ。

 「これはまだみんなが気づいてないぞ。
 この先みんなが、これに気づいたらおもしろいぞ」
 と思うと、わくわくしてくる。
 そしてその「いいアイディア」を勇んで発表する。
 そういう場合、どうでしょう、90%くらいがウケない。

 そんなこと、あちこちであるんじゃないですか? 
 学生どうしでも、会社のなかでも、趣味の仲間うちでも。
 「みんな」がまだ気づいてないと思えるものを探すのは、
 実を言えば、あんがいかんたんなのです。
 だって、そんなものだらけだから。
 ほら、あの所ジョージさんが日本地図にダーツを投げて、
 それが刺さったところがすべて、
 「みんな」の知らないところのはずです。
 それを「おもしろくする」にはどうしたらいいか、
 というところまで考えると、アイディアになります。
 「おれはいいと思う!」の「おれ」しかいいと思わない。
 そういうことだって、たくさんあるんです。

 アイディアとか、クリエイティブとかには、
 たとえ小さな点のようなものであっても、
 そこから広がりそうな「熱さ」や「輝き」が必要です。
 たいていの「だれかさん」は無名のころから、
 「そこらへんじゃ有名」だったということが多いです。
 「みんなが気づいてない」かもしれないけれど、
 実は、かなり「気づいている人がいる」くらいでも、
 十分に「マイナー」であり、めずらしいものなんですよね。
 世界は想像以上に広いので、かなりすでに知られていても、
 大きなゲーム盤の上では、まだまだだったりする。
 探しに行くというよりも、こっちに飛び込んでくるような
 「受け手」としてのじぶんを鍛えることが大事なんです。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
すでに評判のものでも、十分にマイナー。そこから始まるよ。 


ここ1週間のほぼ日を見る コンテンツ一覧を見る
ほぼ日の學校
吉本隆明の183講演
ドコノコ
ほぼ日アプリ
生活のたのしみ展
TOBICHI東京
TOBICHI京都