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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-02-28

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・競わせると、向上するのだろうか? 
 かつては、「そういうもの」だと思っていたので、
 「競争するから、なにかがよくなる」ということを、
 疑うこともなかった。

 競うことをゲーム化させて成り立っている
 プロスポーツの世界なんかでは、
 競争そのものがルールの重要な一部分である。
 だが、そういうプロの世界でも、
 「競わせるから、向上する」とは言えないかもしれない。
 競って勝つことが目的なら、相手の能力を弱めることも、
 作戦のうちにあって当然となるからである。
 そうなったら「向上する」ことは期待できにくくなる。
 プロ野球で問題になる「サイン盗み」などは、
 競って勝つためにはやりたくなることだろうけれど、
 それをやることで「プレイの質」が低下するだろう。
 だから禁じられているのではなかろうか。
 しかし、相手のクセを見つけて、それに対応することは、
 特に禁じられてはいないのである。
 しかしどうも、そういうところが発達すると、
 全体に「プレイ」がみみっちくなるようにも思えるが、
 競争であり勝負であるような世界ではありがちなことだ。

 ま、そういった「競争の商品化」の世界は別としても、
 それ以外のさまざまな場面で、
 ほんとに競争が価値を向上させてきたのだろうか。
 「ほぼ日の學校」のことを考えているとき、
 「ここでは資格も得られない、試験もなんにもない」
 という内容の文章を書いていて、まてよ、と、
 これを、人は「甘すぎてだめ」と感じちゃうのかなと、
 ちょっと心配になったのだった。
 実際、よく考えてみたら、競争するよりも、
 教え合ったり助け合ったほうが、
 「なにかがよくなる」と思えるのだけれどねぇ。
 ぼくには、そういうことを証明できる方法もないし、
 かなり長い間「競争が、なにかをよくする」と
 信じていたとも言えるので、よくはわからない。
 でも、「ほぼ日」を22年間やってきたことからしても、
 競争よりも教え合ったり、感心し合ったりのほうが、
 全体の向上になってるような気がしてるんだよね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
試験する必要もないし、資格の役立てようもない學校さ。


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