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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-01-20

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・なにか「ちょっといいこと」をともだちに伝えると、
 「へーえ」とか言って、彼もやってくれたりする。
 むろん、「へー」と気のない返事をして、
 やってくれないこともあるだろう。
 どちらかというと、やってくれないケースのほうが、
 より親しい関係だったりすることがあるようにも思う。

 あなたが奥方(旦那)に、
 「ちょっといいこと」を勧めるとき、
 あまり気乗りしないようすで、結果的には、
 まったく無視されるというようなことはないだろうか。
 たとえば、「納豆をかきまぜる回数」のことだとか。
 あるいはまた、「一見ふつうだけど実はうまい蕎麦屋」の
 ことだとか、些細といえば些細なことだ。
 しかし、ある日、奥方(旦那)が、
 (以前、あなたが言ったように)納豆をかきまぜている。
 また(以前、あなたが行こうと誘った)蕎麦屋に行って、
 とてもおいしかったという報告をしている!

 なんでなんだよ、おれが(わたしが)言ったじゃないか。
 友人の何某さん、テレビ司会者の誰其さんが言ったら、
 そんなに素直に従うのかい、と、あなたは思うであろう。
 そうなのだ。従うのだ。あなたには従わないけれど。
 そして、何某さんが言っても従わないこともあるのだ。

 というようなことは、みんなが経験していることだろう。
 ぼくなんかの場合だと、
 「イトイが言ったらそんなに素直にきくのかい」
 と言われる側に立つこともある。
 逆に、うちの愛妻さまなどは、
 ぼくが言うことは、とにかく、まず聞きゃぁしない。
 どっちの場合も、逆のケースもないわけじゃないが、
 おおむね、近すぎる人の意見は粗末に扱われるのである。

 これを、ぼくは「距離の問題」と考えていて、
 ある意味、普遍的な法則として扱うことにしている。
 「なになにをするには、これくらいの距離が適切である」
 ということは、どういう領域にも存在するのである。
 シャベルでごはんは盛り付けないというようなことだ。 
 長短大小の適切さは、場面ごとにちがうのである。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
熱いうちの恋人などは、距離感が滅茶苦茶になるけどね。


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