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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-05-10

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・人は、なにかを「する・しない」について、
 「こうこうこういう理由で、それをしない」と
 けっこう熱心に説明することがある。
 ときに、ぼくがそれを聞いているという場合もあるし、
 ぼくのほうがあれこれ言ってる場合もある。
 よくマーケティングに詳しい人などが、
 「買わない人、興味のない人の意見を聞かなきゃ」と
 言ってくれるので、そういうものかなとも思うのだが、
 ほんとに、そういうものなのだろうか。

 ぼくは最近、ちょっと本気でサウナ好きになっている。
 もともと嫌いだとは言ってなかったのだけれど、
 それほど「いい、いい」言うようなファンではなかった。
 日常のなかで、わざわざ服を脱いで裸になって、
 熱い部屋でさんざん汗をかいて、冷たい水風呂に入って、
 シャワーで汗を流して、また服を着て、髪を乾かして、
 電車やタクシーに乗って家に帰ってくる。
 その、いくつもの手間がかかるのはめんどくさかった。
 「億劫じゃない?」と、言いたかった。
 積極的にサウナが好きだと言わない理由は、
 脱いだり着たり汗かいたりがめんどくさいから、
 だと思っていたし、そう言ってもいたのだけれど、
 いまは、どうやらめんどくさがっていないのである。
 あらためて、どういう変化があったのか考えてみると、
 「おもしろくなかった→おもしろくなった」
 ということに尽きるのだ。
 「いい」とか「好き」とか「おもしろい」とかに、
 出会ったのか出会ってないのか、そこがちがっている。 
 釣りについても、ラグビーについても、そうだった。
 「夢中になれないのは、こういう理由だ」と、
 いくらでも語ることはできたのだけれど、
 あらためて考えてみると、その理由はどうでもよかった。
 そう言えば、お店のベテランの売り子の人が、
 「こうだったら買うのに」と長々教えてくれる人は、
 お話することそのものに興味があるので、
 売るのはむつかしいと言っていたが、それはわかるなぁ。
 買う買わないも、論理の正しさでは決まらないんだよね。
 「おもしろい」は、やっぱり「天から降ってくる」のだ。
 偶然のように、必然のように、「やってくる」のである。
 じぶんのサウナへの気持ちの変化で、またそう思った。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「天から降ってくる」に、考え得ることもなくはないけど。


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