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2019-10-19

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・はじめは、「こんなの書こうかな」とかね、
 「こんなふうなことをしよう」とか思いついて、
 そのときはちょっとうれしいんだ。
 いわば「動機」が見つかった感じだから、
 「なにもない」状態に比べたら、すばらしいのだ。

 で、書きはじめると、あるいはやりはじめると、
 最初に拾った「動機」みたいなものは、
 すぐに使い終わってしまう。
 なんだ、たった2行ばかりの文章だったのか、とかね。 

 でも、書きはじめると、あるいはやりはじめると、
 まぁ、道を歩きだしたみたいなことだから、
 それなりにあれこれと目に入ってきたりもして、
 なんとか書き進めることもできる。
 あるいは、企画は進行していくわけだ。

 しかし、そこらへんからは、思うようには進まない。
 スタートのときには「できたも同然」
 くらいのことを思っていたのは、ありゃなんだったのか。
 立ち止まることも出てくるし、
 もっとましなことを書こうだとか、
 最初のところから書き直したくなったりもするし、
 ぜんぜん考えになかった「いい単語」なんかを
 思いついてしまったり、「いい単語」どころか、
 書きはじめのテーマよりも、もっとおもしろいテーマが、
 生まれてしまった(ような気がした)りもして、
 最初の文や、「動機」みたいなものも
 ゾンザイに扱うようになったりもしてくる。
 いやいや、そうじゃない最初の「動機」はやっぱり
 かなりよかったぞとか思い直すこともあって、
 書いている内容は、いつのまにか、
 当初はまったくイメージしなかったようなものになる。

 ほとんどすべてが、このパターンなんじゃないかな。
 書こうと思っていたとおりに設計図なんかつくって、
 最初と最後が滑らかにつながっているなんてことは、
 ありえないというか、そんなのおもしろくもないでしょ。
 予定だとか、設計だとか、理路整然だとかは、
 そのまま使えるなんてことは、ありえないよねー。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
じぶんの育ち方、こどもの成長、なんかもくねくねだよね。


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