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ほぼ日刊イトイ新聞

2019-12-15

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・いろんな場面で、いい人に会えたからなのだろう。
 じぶんのやってきたこと、やっていることが、
 別にわるいとは言わないけれど、
 もったいないかもしれないなと思いはじめた。

 ずっとソファに寝転んでテレビの画面を眺めていても、
 それはそれで1年は過ぎていく。
 でも、たとえば「余命3年」を宣告されたら、
 ソファに寝転んでテレビを見ていることを、
 わざわざやりたいとは思わないだろう。
 何度も考えたはずの「がんばる」ということばが、
 また、とても気になりはじめた。
 そして、「おれも、がんばろう」と思うようになった。
 冬の朝、鼻につんとくるような寒さのなかで、
 思い切り息を吸い込んだような感覚がある。

 「がんばる」は、ダサいとも言われる。
 「がんばれ」と励ましてはいけない場合もあるようだ。
 「これ以上、なにをがんばれっていうんだ?」と、
 反発しているスポーツ選手に会ったこともある。
 それでも、じぶんで思ってじぶんで言うのはいいだろう。
 「わし、がんばる」と言ってみたくなったのだ。

 「がんばる」は、「根性ドラマ」とはちがうと思う。
 泥にまみれて猛練習をする野球選手の例はいらない。
 でも、ラーメン屋さんでも、おいしいのは、
 ラーメンをつくるのにがんばっている店だ。
 「ほどほど」おいしければいいとも思うのだけれど、
 その「ほどほど」を続けられるのは、
 それを守るために実はけっこうがんばっている店だ。

 「歩く速度で」とか「身の丈でやれることをやる」
 というもともとの考え方は、変えるつもりはない。
 歩く速度も、身の丈も、それをやろうと思ったら、
 それよりちょっと速く、ちょっと大きくある必要がある。
 つまり、身の丈でやっていくためには、
 ちょっとした「がんばり」が前提にあるんだよね。
 「がんばる」は、「たのしく」とだって両立する。
 そういう経験も、たくさんしてきた。
 「がんばる」の反対語は、「あきらめる」かもしれない。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
他人ががんばってるのは好きなのだから、じぶんもだよね。


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