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ほぼ日刊イトイ新聞

2024-07-13

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・いまはメガネを探している。
 いったんあきらめることにして、
 この原稿を書き出すことにしたけれど、
 こころのなかでは、いまでもメガネを探している。
 最近、いちばんかけていたもので、
 軽くて遠近両用で、なにかとそれを選んでいた。
 大好きだとか気に入ってた、というほどでもない。
 その気持ちがメガネにばれたのだろうか、消えてしまった。
 思い当たるところはだいたい探したのだけれど、
 ぜんぶハズレだということを確認しただけだった。
 同じ役割のメガネは他にもいくつかあるので、
 格別に困ったということもないのだけれど、
 失くした状態でいることが、なんだかおちつかない。

 たぶんなんだけれど、こういうメガネみたいなもの、
 つまり、失くしちゃったんだけれど、
 特に無くても困るわけじゃないんだけれど、
 失くしたことに気づいているうちはおちつかないもの。
 心のなかにもあるような気がするね。
 それはなんですか、とか聞かれても答えられないよ。
 でも、そういうの、あるような気がしない?

 無理に考えたら、なんだろうなぁ? 
 子どものときに大事にしていたんだけど、
 いつのまにか遊ばなくなったおもちゃとか? 
 ひさしぶりに読むつもりで探している本だとか? 
 見つからない、どこかにあるはずだ…わからない。
 ある時期、しょっちゅう遊んでいたともだち。
 仲わるくなったわけでもないのに、
 いつのまにかぜんぜん会わなくなっていたとかね。
 そういう「すきま」に落としちゃったようなものと、
 いま探しているメガネとは、ぜんぜん
 ちがうかもしれないけど、似ているような気もする。

 それにしても、あのメガネ、どこかにはあるんだよね。
 ぼくが想像しているどこかではない、どこかに。
 クイズだったら、早く答えが知りたいなぁと思うけど、
 わかるときまではわからず、見つかるまで見つからない。
 こういうふうに、ここに書くと、たぶん、
 「メガネって、これ?」とか、上司が見つけちゃうかも。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
今日から、お休みモードに入ります。あ、もともと土日か!


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