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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-09-26

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・駐車場だとか、トイレだとか、校庭だとか、図書館だとか、
 不特定の人が利用するような場所には、貼り紙がある。
 たいていは、なにか注意を促すような内容で、
 書いた人がだれかということを感じさせない。
 「芝生のなかに入らないでください」
 「飲食、会話はご遠慮ください」
 「人のいないときにも水が流れます」
 いろいろあるけれど、こういう文はできるかぎり
 「公的」な文体で書かれることになっている。
 たまに混じる「感情」のかけらが「!」である。
 「!」が「!!!」だったりすると、
 その貼り紙を書いた人の感情が漏れ出してるなと思う。

 しかし、一般的な人が生活している場面では、 
 なにかしら、感情の混じることばがあるものだ。
 話の流れのなかで必要になる接続語とかもある。
 「でも、芝生のなかに入らないでください」、
 「とにかく、飲食、会話はご遠慮ください」、
 「意外と、人のいないときにも水が流れます」
 なんて貼り紙は見たことがないけれど、
 もし、そういうものがあったとしたら、
 「これまでにいろんな問題があったんだろうなぁ」と、
 ぼくらは想像することになるだろう。

 日本語のことを考えるときに、
 「丁寧語」や「尊敬語」「謙譲語」といった 
 社会的な上下関係のことはよく話題になるが、 
 なにげなくある「社会語」というか「公語」、
 つまり「オトナ語」と「ふだん語」のちがいも、
 けっこう大きいと思うのだ。
 春先だったか、知人ののびのびタイプの息子さんが、
 就職先が決まって、コロナ禍のなかで、
 どういうふうに出社するとかしないとかについて、
 企業の人と電話で話したのだそうだ。
 そこで、会社の人は当然のように「社会語」を話す。
 「その件につきましては可及的速やかに人事のほうから
 書面にて連絡させていただきますので」みたいなことかな。
 その息子氏は、「なんかよくわからなかった」とか…。
 たぶん、日本語のむつかしさって、ここらへんだよね。
 実は、ぼくも「オトナ語」が超不得手なんですよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
吉本隆明さんの「指示表出と自己表出」を思い出ました。


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