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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-12-09

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・昔ながらの遊園地に行って、
 そこでいろんな遊具に乗っているときに、
 ふと思ってしまったことがあった。
 「おれ、洗濯機のなかに入れられて、
 ぶん回されてよろこんでいるみたいだなぁ」。
 ベルトコンベアーとか電気洗濯機をでかくしたりすると、
 遊園地になるんだと思った。
 つまり、これは「工業社会バンザイ」の仕組みだな。
 めずらしかったし、力強かったし、うれしかったんだ。
 馬にひかせた馬車に乗るよりも、人間たちを
 強力なモーターでぐるんぐるんさせるほうが、
 新しい時代の空気を感じられたんだろうなぁ。

 なんてことは、その時代の真っ只中では
 感じることも考えることもなかった。
 当時からしたら、いまは「未来」という時代なわけで。
 未来から、昔の遊園地のことなんかを考えるから、
 「洗濯機みたいだ」とかわかるのだ。 
 そういうことからすると、
 いまの時代の中にいて、いまは気づけないことを、
 未来の人ならわかるってわけだけど、
 さて、この「現在」は、どんなふうに見えるのかなぁ。
 きっと苦笑気味に、いまの時代を語るんだろうな。

・しかし、そんなこととはまったく関係なく、
 工業社会であろうが、情報社会であろうが、
 資本主義社会であろうが、脱資本主義社会であろうが、
 わたしたちは「めしを食う」であろう。
 スタイルはいろいろかもしれないけれど、
 人と会ったり、話をしたり、遊ぼうとするだろう。
 だれがなんと言おうと、恋のようなことをするだろう。
 目で見たり、耳で聞いたりしているだろう。
 生まれて、生きて、死ぬだろう。

 変わるものについて考えることには、際限がない。
 予言や予測が当たったりハズレたりもするだろう。
 しかし、変わらないものについて考えることは、
 しっかりやればやるほどハズレないし、おもしろい。
 先が見えないと焦ったり嘆いたりするよりも、
 変わらないもののことを、しっかり考えたいと思う。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「人間、毎日が命がけ」っていうのも、真実なんだよね。


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