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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-08-03

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・いま、ぼくらは「おそるおそる」生きている。
 いま、というのは特にコロナ後の2年間だと思われるが、
 むろんその期間は、もう当然に「おそるおそる」だ。
 そこで警戒心もなく突っ走るようなことは、
 じぶん自身にも、他の人たちにも大迷惑をかけるから、
 「おそるおそる」は大いに肯定されている。
 そして、この期間の経験の積み重ねが、
 もしかしたらぼくらを、これまで以上の
 「おそるおそる上手」にしてしまうかもしれない。
 それはいやだなぁとは思っている。

 生まれたときには、「おそるおそる」じゃなかったはずだ。
 あたりのご意見をうかがいながら「おぎゃぁ」と
 小さな声で産声をあげる赤ん坊なんているはずもない。
 そのあと子どもになっていく過程でも、
 大人の顔色を伺ったり「おそるおそる」生きてる子ども
 なんてものががいるとしたら、それは気の毒に、
 とても不幸な目に合わされている子じゃないだろうか。
 親、家族、周囲の人たちの認めてくれることをしよう、
 ということがバランスよく取り入れられるのは、
 ちょっとずつ失敗したりやりすぎたりしながらでいい。
 そういうものでしょう、人間の子どもって。

 ところが、しだいに人は「おそるおそる」に染まっていく。
 思ったことをそのまま言ったら、やったら、
 叱られるかな、責められるかな、仲間はずれにされるかな、
 評価が下がるかな、変わり者だと思われるかな、
 というようなチェックリストをこころのなかに持って、
 きょろきょろとあたりを伺いながら生きるようになる。
 「おそるおそる」は慎重にとか確実にとか責任を持って
 というようなことばに変換され「善き態度」とされるので、
 だれもが、どんどん「おそるおそる」のパターンを学び、
 「おそるおそる上手」になっていくのである。
 そう言っている、ぼく自身もずいぶん上手なもんだよ。

 やがて、人は「おそるおそる上手」どころか、
 「おそるおそる名人」や「おそるおそるモンスター」に
 なりかけていくのかもしれない。
 どうやったら防げるのか、よくはわからないのだけれど、
 「おそるおそる」って生きにくい、と知るのはどうかな?

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「おそるおそる」でうまく行った例って、あんまりないしね?


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