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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-01-17

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・「人のよろこぶことをしなさい」と、
 だれに教わったというわけでもなく、ぼくらは知った。
 「人のいやがることをするもんじゃない」と、
 これも、いつおぼえたのかわからないけど、おぼえた。

 あることをすると、それで人がよろこぶのか、
 あるいは人がいやがるのか、わからないこともよくある。
 そういうこともあるだろうと、先人たちは、
 「じぶんのしてほしいことを、人にしなさい」であるとか
 「じぶんのされていやなことは、人にもしちゃだめだ」
 というふうに、じぶんを基準にするように変化させた。
 これはこれで、そうそう簡単なことでもなくて、
 「じぶんはよろこぶけれど、人はよろこばない」ことや、
 「じぶんはいやじゃないけど、人はいやがる」ことが、
 実は、けっこうあるから悩ましい。

 「人間は、これがうれしい」「人間は、これがいやだ」
 と言い切れるようなことは、たくさんあるけれど、
 同じくらい、言い切れないこともたくさんある。
 簡単にこれだと言い切れることはないにしても、
 できるかぎりは、人がよろこぶことをしたいし、
 人のいやがることをしないようにしたいと思う。
 人との関係を、多少なりとも「まし」にできたらと、
 ぼくらは、ずっと「人間について学ぶ」ことをしている。 
 人間にとっての「うれしい」と「いや」が、
 多少なりともわかるようになっていったら、
 ビジネスの場面でもうまくいくようになってしまう。
 なにかのセールスをするときに、
 相手という人間の「うれしい」と「いや」を理解できたら
 コミュニケーションだって、きっとうまくいくだろう。
 商品の開発をするのだって、どこがどうなったら
 「人はよろこぶか」が基本になっているだろう。

 人間はなにをよろこぶか、なにをいやがるか。
 これを考えるときに、いつも思い出す「先生」がいる。
 「こども」である、犬でも猫でも、イノシシでも。
 もちろん、人間のこどもなんかはその筆頭だ。
 ひとりで生きていくこともできない「幼子」たちが、
 人間のいろいろを考えるための、最高の先生だと思う。
 「ほぼ日の學校」に先生として幼子を招きますか?

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
教えると学ぶの関係は、くるっくるっと交代するといいね。


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