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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-09-28

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・小学生のとき、釣りのまねごとをさせてもらって、
 何匹も何匹も小さい魚を釣っただけなのに、
 「なんておもしろい遊びなんだ」と感じた。
 そののち、なんとなく釣りに憧れをもったまま、
 いつか年をとって落ち着いたら、山の渓流にでも入って、
 川のせせらぎを聞きながら魚釣りをしようと思っていた。
 何度かは、そういうときのためにと思って、
 あゆ釣りのビデオを買って見てみたり、
 釣りのことを書いた小説を読んだりもしていた。
 でも、「やがて年をとったら」というつもりだった。
 しかし、中年と呼ばれるようになったころ、
 年齢が半分ほどのともだちができて、
 彼に誘われて、釣りをはじめることにした。

 いつか「やがて年をとったら」と想像していた年って、
 いったい何歳くらいのつもりだったのだろう。
 若いときに思っていた「年寄り」だから、
 60歳あたりのことを考えていたのかもしれない。
 だが、実際の60歳のぼくは、仕事が十分に忙しかったし、
 しかも、早起きして遠くの湖まで
 クルマを転がしていくような体力のほうは、
 あんまり残っていなかった。
 白髪の老人が渓流のせせらぎを聞いているような釣りは、
 いまあらためて思うと、かなり困難なことである。

 「やがて年をとったら」なんて思っていることは、
 すべて、その年になったら無理になっているのだ。
 若すぎるくらいで、金がなかろうが、暇がなかろうが、
 思い立ったときにはじめていいのである。
 いや、そのときはじめなかったら、一生やれないだろう。
 ぼくは、あの四十代のなかばで釣りに夢中になって、
 ほんとうによかったと思っている。
 いま、実際の釣りに行くことはほとんどないけれど、
 いちばん好きなことだとか、趣味はと聞かれたら、
 「やっぱり釣りじゃないかなぁ」と、言っているもの。

 お若いみなさん、お年を召したみなさん、とにかくだ、
 性別も職業もあんまり関係なく、なんでもおやりなさい。
 今後、「はじめられなくなる」ことはあるけれど、
 はじめたら、いつだって「やめられる」んだから。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
仕事でも、遊びでも、思い立ったらやる年寄りでいたいよ。


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