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2019-06-26

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・人間が文字を得るまでの時間がある。
 あきらかに、文字がなかった時間のほうが長い。

 諸説あるが10万年前にいまの人類が生まれたとしておく。
 ことばの起源ということになると、
 これはもうずっと論争中であるようで、
 いつごろのことなのか、仮に記すことさえむつかしい。
 しかし、文字体系の発明ということだと、
 もうちょっと安定したことが言えそうで、
 紀元前4千年というあたりということになりそうだ。
 いまが21世紀だから、4千年に2千年ほどを足しても、
 人が文字を使ってきた歴史は6千年にしかならない。

 10万年前から6千年前までの間、雑に9万4千年くらいは、
 文字を使わないで人間たちは生きていたということだ。
 さらに言えば、まだ世界には
 文字を書かない読まない人もいるわけだから、
 文字の読み書きの歴史については、
 「ものすごく短い」と言わざるを得ないだろう。

 それにしては、いま生きている人間たちは、
 文字で書かれたことば(記号)に、
 大きな重きを置きすぎてはいないだろうか。
 10万円と6千円の差だってかなりあるよ、
 それが、10万年と6千年の差っていったらもう大変だよ。
 10万年もの長きにわたっていた文字のない時間に、
 人間の芯になる大事なものは、
 すでに、かなりできあがっていただろう。
 そう思うのが、おちついた考えではないだろうか。

 声に出したことばは、もちろん大きな役目を持っていた。
 そして、身振り手振り、肌のふれあい、リズム、
 笑顔や悲しみなどの顔の表情、踊るようなしぐさ、
 そういった文字以前の人間の表現は、
 10万年も鍛えられてきた筋金入りなのである。
 いまの人類のみなさんは、いちおう、
 文字で書かれたものを理解しそれに従って生きているが、
 その底に10万年分の人間がつくってきたものがあるのだ。
 だって、そうだろう、人が人を好ましく思うことだって、
 顔やら、声(歌)で決めてしまう場合が多いわけで…。
 10万年の「文化」が、いまも生きているせいなのである。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ことばは、万能でもすべてでもない。その不自由が好きさ。


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