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2019-02-22

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・公園に遊びに行ったときとか。
 こどもが、いっしょに水飲み場に行こうというのに、
 直線的にそこに行くのではなくて、くるくると、
 行って戻って行って戻って、何往復もするでしょう。
 あれを、ケビン山崎さんは「基礎代謝量が高い」と
 表現していました。
 ぼくは、なるほどなぁ、と思いました。
 犬と遊んでいるときにも同じことを感じます。
 動いて遊ぶことそのものがたのしい、という行動。
 大人は、そういうことをしなくなっています。
 やるとしたら、目的を数字で決めてそれを実現します。
 「元気だ」っていうことは、余るようなことをすること、
 そんな気がするんですよね。
 明石家さんまさんの話は、基礎代謝量が高いというか、
 ほんとうに「元気」ですよね。
 水飲み場まで何往復しているこどものような話し方です。

 ぼくの「元気の定義」というのは、ずっとこれでした。
 こんなふうにありたいと思っても、これは無理です。
 大人にとって、これは躁状態みたいなものだと思います。
 きっと、止まったらとたんに疲れて倒れる「元気」です。

 もっと、大人でも自然にできる「元気」はないか。
 ときどき、そういうテーマで考えてきたのですが、
 とうとう、見つけましたよ。
 大人でも、子どもでも、おねぇさんでもおじいさんでも、
 「元気」を感じられるのは、こういうことです。

 「朝ごはんがたのしみ」な毎日を過ごしている。

 昼でも夜でもなく、目覚めて朝の、ごはんがたのしみ。
 それほど豪華である必要はない、基本的な食事ですよね。
 それを、ちゃんとお腹を空かせて、おいしく食べる。
 しかも、時間に追われず、おちついて食べている。
 そして、もちろん、よく眠ったに決まってます。
 こういう人を「元気」っていうんじゃないかな、と。
 ぼくらは、朝めしを、たのしみにできるように、
 日々を過ごすことが問われているのではないか。
 なりたいなぁ、こういう元気な人に。
 あなたは、どうですか、朝ごはん、たのしみですか?

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
まずは、ぼくの場合はもっと早寝するところからですね。


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