お気に入り記事の保存はアプリが便利!

ほぼ日刊イトイ新聞

2021-10-24

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・ものごとの判断には、どうしたって感情が混じる。
 感情は、まったく混じらないほうが
 適切な判断ができると説く人もいる。
 とにかく感情が、判断や方針を狂わせるという。
 それは、ほんとうのところ、ぼくも同じ考えだ。
 他人からどう見えようと思われようと、
 適切な判断を責任を持ってするためには、
 感情がもっともじゃまになるし、
 感情が問題をややこしくするというのはほんとうだ。

 これは、知り合いのおとうさんの昔話ってやつで、
 言ってみれば赤の他人の話ではあるのだけれど、
 漁師さんの乗る船の上で起こったことだ。
 ある漁師さんが、チェーンを巻き上げる機械に腕が挟まり、
 身体ごと引きずり込まれていったという。
 そのままではその漁師の命が危ないと、
 「おとうさん」は近くにあった斧を手に取り、
 一瞬のうちに巻き込まれた腕を切り落としたという。
 チェーンに巻き込まれて宙吊りでいた漁師さんは、
 どさーっと甲板に落ち、一命を取りとめたという話だ。
 ずいぶんと痛々しい深刻なストーリーなのだけれど、
 離れたところにいる者たちが無責任に話題にすると、
 その切実さが消えてしまって、ただの「寓話」になる。
 まず、だれでもちょっと頭をよぎるのが、
 「その機械、止められなかったのかな?」ということだ。
 機械のスイッチを探すのには間に合わなくて、
 腕を切り落とすための刃物を探すのには間に合う。
 そういう場面が、あったということなのだろうか? 
 だれもその場にいたわけじゃないから、わからない。
 もともとは「おとうさん」の武勇伝として語られたことだ。
 思い切りのいい咄嗟の判断で、仲間の命を救った物語だ。
 たしかに、命を救ったようにも聞こえるけれど、
 一瞬のうちに腕を切り落とされた人のほう、つまり、
 救われたほうの漁師さんは、そう思ってるのだろうか。
 距離を置いて話を聞いていると余計なことも考えてしまう。
 たしかになぁ、人間の腕を切り落とすということは、
 並の人の感情ではなかなか決断のつかないことではある。
 それを、瞬時に判断してやりおおせた人は、すごいと思う。
 この話を最初に聞いたときから、みんな、苦笑いしながら、
 「たしかに、わかんないよなぁ」と言うのみなのだった。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
みんなを代表してゴキブリを叩くとかなら、できそうですが。


ここ1週間のほぼ日を見る コンテンツ一覧を見る
ほぼ日の學校
吉本隆明の183講演
ドコノコ
ほぼ日アプリ
生活のたのしみ展
TOBICHI東京
TOBICHI京都