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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-05-13

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・すっごい天才的な人が、その国の宝とか呼ばれる。
 しかし、その天才がひとりいることよりも、
 「けっこうやるやつ」だとか「よくわかってる人」が、
 山ほどいることのほうが、すごいことだ。

 思い出しやすいのが、南米のサッカー強豪国のこと。
 あちこち、満足に靴も履いてないような子どもまでもが、
 四六時中サッカーボールを蹴っているというイメージ。
 なにかのスポーツの強豪国というのは、たいていそうだ。
 中国の卓球も、そういうものだった。
 半世紀も前に、ぼくは「日中卓球愛好芸術家集団」という
 取って付けたような名称の団体で、中国旅行に行った。
 「卓球好きな人たち」の旅だったせいもあるけれど、
 とにかくどこでも中国の人は卓球をやっていた。
 そういう国の卓球は強いし、卓球の文化も根付いている。
 「けっこうやるやつ」がたくさん生まれて、
 そういう人たちが尊敬されたり憧れられたりするから、
 さらに次の世代の「けっこうやるやつ」が増えていって、
 そんななかから、さらに天才的な人が出てくる。
 サッカーだとか卓球だとかのスポーツばかりでなく
 コンピューターの世界だとか、絵を描くことだとか、
 音楽の演奏だとか、ある種のビジネスだとか、
 いろんなジャンルでも似たようなことはあるだろう。

 「民度」が高いとか低いとかは、使いにくいことばだが、
 「サッカー民度」だとか、「演奏の民度」だとか、
 限定された領域についていえば、個性にもなるし、
 その「民度」を高めていこうという気持ちにもなる。
 繁栄とか豊かさとかって、その地域の人たちがたくさん
 「けっこうやる」という状態になっていることだ。
 植物は「太い根が深く土に刺さっている」のではなく、
 「細い根っこが広く大きくふわっと張っている」
 という状態が強いのだという。
 そのほうが、栄養も摂り入れられるし、倒れない。

 ぼくは、あんまり大きなことは言いたくないけれど、
 サッカーや卓球の民度があるように、
 「おもしろいこと、たのしいことを発見する」民度が、
 発達していくような国に生きていたいんだよなぁ。
 「ほぼ日の學校」の準備中に、そんなことを思っている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
この世に、おもしろくないことはひとつもない…気がする。


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