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2018-11-16

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・いま、歩いているあなたの横を、
 真っ赤なスポーツカーが通り過ぎたとします。
 それが、今日発売されたばかりのクルマだったとしても、
 たぶん、クルマに興味のある人以外は、
 通ったことさえも気づいてない、見ていないと思います。
 相当にうるさいエンジン音を立てていたとか、
 真っ赤な色が印象に残ったくらいのことはあっても、
 それくらいがせいぜいです。
 つまり、ほとんどの人は「なんにも思ってない」。

 学生時代、クラスに大人気の女子がいたとして、
 その子のところに、ま、たとえばぼくが近づいていって、
 「ぼくはあなたのことが好きなのですが、あなたは、
 ぼくのこと…どう思っているんですか?」と質問する。
 彼女は、ぼくを傷つけないようにしてくれたとしても、
 実は「なんにも思ってない」が正直なところでしょう。

 街頭インタビューで、いろんな質問が投げかけられます。
 「トランプ大統領の、この発言をどう思いますか?」
 とかね、たとえばですけれどね。
 「これからどうなっていくのか、不安です」だとか、
 答えている人の映像が放送されたりしますが、
 「まだ、ちゃんと考えてない」であるとか、
 「なんにも思ってない」人の答えは放送されませんよね。

 テレビに出てくるコメンテーターみたいな職業は、
 なにかしら思ったり、なにかしら答えたりという、
 ひとつの「意見のひな型」を提出するのが仕事ですが、
 だれもがそんなふうに、いちいち「なにかを思ってる」
 ということはないのではないでしょうか。
 正直言って、ぼく自身も、世の中で語られていることや、
 語られてもいないことなどについては、
 「なんにも思ってない」ことばかりです。
 そう言うと、ばかみたいだからと考えたのか、
 見栄を張ったり、社交辞令のようになにか言ったことも
 (もうしわけないけど)ありましたが、
 ほとんどは「なんにも思ってない」です。
 いつからか、なんについても「なにかを思ってるはず」
 という決めつけが広がり過ぎてるような気がして、
 そっちのほうが問題なんじゃないかと「思ってます!」。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
いまって、ひとりずつの人間がいろいろ背負いすぎだよね。


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