糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの

03月01日の「今日のダーリン」

・「明日死ぬかのように生きよ。
 永遠に生きるかのように学べ」という有名なことば。
 ぼくも、そうだなぁと思います。
 ほんとに、そういう姿勢でいられたらなぁとも思います。
 しかし、実際には「永遠に死なないかのように生きて」、
 「明日死ぬかのように学ばず」の日々を送ってそうです。

 ただ、「今日をせいいっぱい生きよ」なら、
 ときどきは実行できるんじゃないかと思うんですよね。
 そういう一日って、たいていの人が経験してるんじゃない? 
 「ほぼ日」では、昨日2月29日を「さぼる日」と決めて、
 みんなでどうやってさぼろうかと過ごしたのですが、
 まぁ、みんなの一日がおもしろそうなこと。
 朝の集合の9時から、夜の集合の7時まで、
 たった10時間とも言えるし、10時間しかないとも言える。
 この10時間って、「どうやってたのしくさぼろう」
 と考えて実際にそうしようと思っている人にとっては、
 ものすごく充実していたらしいんです。
 いや、ぼくもそのうちのひとりなんですけどね。
 一日って、こんなにいろいろできるのか、
 これほどいろんなものごとに出合ったりするものなのかと、
 つくづく感心しながら過ごしていましたもの。
 みんな、そういうことを言ってました。

 じぶんが、なにをほしがっているのか。
 じぶんが、どうするとよろこぶものなのか。
 じぶんが苦手なことはなんなのか。
 じぶんって、どういうことならやりとげられるのか。
 同じ時間のなかで、みんなは、どうしているのか。
 ほんとにいろんなことを考えてしまうんですよね。
 そういうつもりじゃなかったのだけれど、
 「今日をせいいっぱい生きちゃった」んです。
 この感じを、毎日、ちょっとずつでも応用できたら、
 もしかするとですけど、
 「明日死ぬかのように生きよ。
 永遠に生きるかのように学べ」
 って、けっこうできちゃうかもしれません。
 「やや明日死ぬかのように生きよ。
 永遠に生きるかのように学べ.、ちょっとな」
 くらいの初心者版なら行けるんじゃないでしょうか。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
おおぜいで別の「今日」を過ごしている感じが、たのしいよ。