糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの

04月03日の「今日のダーリン」

・ぼくは明らかに「新型コロナウイルス」に
 関係する情報を追いかけすぎている。
 在宅でひとりで仕事をしているせいかもしれないが、
 簡単にいえば「コロナ情報依存症」になっている。

 テレビからのあおり情報には気をつけているし、
 新しい情報をひとつ知らせるための演出が多すぎるから、
 何時間ごとに15分くらい見たら、それ以上は要らない。
 それよりも、ネット上のニュースやご意見などを、
 ちょっと時間があれば読んでいるのだ。
 「ただのガヤガヤ聞こえるノイズ」だとしても、
 「市場調査」のつもりで社会の気分として知りたいし、
 なんとなく余計に知っていることがある分だけ、
 いい考え方ができるような錯覚に陥っているのだろう。
 インターネットというのは、いつも「動いている」から、
 なにか変化があるように見えて、飽きさせないしね。

 こんなことだから、ぼくの、今日あたりの思考には、
 すべて「コロナ」がかかっているんじゃないかな。
 大量のコロナソースをかけまくった料理のようだ。
 そして、ぼくみたいに、コロナびたしの脳のままで、
 毎日暮らしている人が、大勢いるだろうとも想像する。
 それは、やっぱり、いいことじゃない。
 生活のリズムも、状況もふつうじゃなくなっているから、
 せめて心身の健康を、キープしていかなきゃだめだ。
 人にはそんなことを訴えたりしているのに、
 じぶんがすっかり情報の洪水に負けていると気づいた。
 いったん、「ロックダウン」まで覚悟したので、
 活動のほとんどを止めるまでの準備はしてあるが。
 手前のいまは「三密注意と、手洗い」の実行が本番だ。
 あとは信頼できる情報を、消化できる分だけ仕入れる。
 コロナについての素人の談義は、なるべく遠慮しよう。

 それより他に、この期間にやる仕事はわかっている。
 会社の全員と家族の「おまんまの算段」をすることと、
 嵐が去った後に力強く走るための「現実=夢」を、
 時間と体力の限りに生んで溜めておくことだ。
 必ずしも、世間に合わせて考えることじゃない。
 ぼくらは、たのしく元気で生きるために考えるのだ。
 サイレンの音を聞きながらでも、いまは本を読む。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「だれもあんたに聞いてない」ことには、黙ろうと思う。