糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの

04月21日の「今日のダーリン」

・1枚のポスターをデザインすることと、
 ひとつの対談を編集することと、
 1曲のポピュラー音楽を作詞すること、作曲することと、
 ひとつのイラストレーションを描くことと、
 1本のテレビ番組をつくることとは、
 すべて「コンテンツづくり」だとされます。

 コンテンツということばは、
 もともと「目次」という意味だとぼくは思っていました。
 調べると「内容」とか「中身」とわかります。
 ある時代から、それを乗せる「媒体(お皿)」に対して
 「内容(料理)」という意味での使われ方が増えます。
 そして、ぼくらは、コンテンツを、芝居にたとえて
 「演目」「出し物」と言うことが多い。

 いままでの「コンテンツづくり」が、
 どちらかと言えば「作家性」を強調したものだとすれば、
 ぼくの考えるコンテンツはもっと広い意味にとらえます。
 「人が考えて、表現したいビジョンを含んだもの」
 ということは、「いちご大福」は、コンテンツです。
 もっと言えば、おいしい「大福」はコンテンツです。
 「どうですか?」となにかを問いかけるものは、すべて、
 「人が考えて、表現したいビジョンを含んだもの」です。
 みんなに人気の「味坊の餃子」も、コンテンツです。
 クマやらワームのかたちをした
 「グミ・キャンディ」もコンテンツです。
 ベトナムで探してきたサンダルも、台湾の電気釜も、
 スパイスを原点にしてつくったレトルトカレーも、
 ポスターやテレビ番組をつくるのと同じように、
 人が考えて、それを伝えようとするものです。

 「表現物」として制作されたものばかりでなく、
 さまざまな「商品」や「サービス」として
 つくられたものも、みんな「出し物」になるのです。
 このことを発見したところから、
 「ほぼ日」は自由でおもしろいものに育ちました。
 ぼくらは、あらゆるコンテンツをつくり、集め、
 提案して、さらにおもしろいコンテンツを育てる。
 そういうチームとしてじぶんたちも育っているのです。
 「生活のたのしみ展」は、コンテンツの展示会なのです。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
丸の内で会いましょう。たのしい5日間も今日が最終日だ。