おいしい店とのつきあい方。

119
飲食店の新たな姿。その37
回転をあげる努力。

バッシングという言葉。
英語で書くと「Bussing」となります。
Busといえば、乗り合いバスのBusとおんなじ。
語源を説明するこれといった定説はなく、
昔、アメリカの食堂では汚れた食器を
カートに入れて運ぶことが一般的で、
そのカートがまるでバスのようだったから
「バスカート」と呼ばれるようになった、
それでいつしか食器を下げる行為そのものを
バスというようになった‥‥、というのが一番有力な説。
たしかに、テーブルのひとつひとつを停留所とすれば、
そこから乗客を乗せて走るバスのように見えたのでしょう。
食器を下げることを専門としたスタッフのことを
バスボーイと呼ぶこともかつて一般的なことでした。

レストランの中には誰にでもできる仕事と、
経験や知識がなくてはできない仕事がある。
例えばご案内したり商品を運んだりする仕事は
飲食店で働いた経験があれば大抵の店でできる仕事。
ところが商品の説明をしたり、
注文をとったりする仕事は
その店独特の知識がなくてはできない仕事。
そして経験も知識もなくてもできる仕事の代表が
バッシング。
役割分担がしっかりしているアメリカのレストランでは
最下層の仕事と言われて、昔は黒人が担当することが多く、
今ではメキシコ系や
プエルトリコ系の移民の仕事として知られている。

食事の終わったテーブルの上には
汚れた食器とチップが置かれます。
風で飛ばないようにと、
人によっては数枚の1ドル紙幣の上に
カップ&ソーサーをおいて帰ったりする。
後片付けの担当のバスボーイは
食器は片付けるけれどチップには手を付けない。
紙幣の上のソーサーは片付けても、チップはそのまま。
つまり、バッシングなんてチップを受け取るに
値しない仕事なんだという認識。
しょうがないけど、それが「サービス」というものに対する
考え方の基本の基本なのですネ。

アメリカのハワイ。
世界中から開放的で明るいサービスを受けようと
集まってくるサービスの楽園に、
鉄板焼のレストランがあります。
アメリカ全土にチェーンがあって、
中でももっとも売上が多い店。
おそらく世界中どこを探してもその店ほど、
人を集め売上を作っている店は他にないだろう‥‥、
というお店での話です。

クッキングダンスと呼ばれるほどに
派手なパフォーマンスで
ステーキを焼くのが売り物の店です。
サーベルのように大きなナイフを両手にもって
チャンバラするようにぶつけ合ったり
こすり合ったりしながら、肉を切る。
ひっくり返す。
焼き上げ、それを切り分ける。
派手なパフォーマンスをするたび
鉄板の前のカウンターを囲むみんなが声を上げて拍手する。
大きな鉄板を取り囲むように配されたカウンターに、
全部で12席ほど。
相席という習慣がないアメリカで
相席というシステムを導入し、
それを成功させた理由は、
みんながシェフのパフォーマンスを見るという
劇場型の経験を共有するから。
劇場ならば相席は当たり前でしょう‥‥、という発想。
当然、シェフの経験や人柄によって
味わうことができるパフォーマンスはばらつきがあり、
人気のシェフが稼ぐチップは大変なモノ。
1ヶ月のチップが給料の何倍もあるなんてシェフが
何人もいたほどです。

そこはボクら家族のオキニイリの店でもあって、
ハワイに行くたび必ず寄っていた。

そんなあるとき。
いろいろと口うるさい父のお眼鏡にかなった
贔屓のシェフが担当のテーブルをもらって、
父はシェフの真正面の席に陣取る。
右手に母、左手にボクと妹という布陣。
カリフォルニアから来たという
陽気なハネムーンカップルに、
ご主人が仕事をリタイアしたのを機に
ふたりでアメリカ中を旅しているんだという
テキサスからきた老夫婦。
調理パフォーマンスは音楽ライブと同じで、
観客が盛り上げどころを知っていれば
パフォーマンスする側も気合が入る。
実力以上が発揮されたりするものです。
ここは盛り上げ方を熟知した
ボクたち家族の出番とばかりに声をあげます。
拍手をします。
満席以上の満席の店。
ウェイティングルームから溢れた
待ちの人たちが店から溢れて、席があくのを待っている。
満席になると20人を超える調理人が
一度にパフォーマンスを繰り広げる。
そのパフォーマンスに呼応して、
テーブルごとに盛り上がりを見せるなかでも
せっかくならばこのテーブルの盛り上がりが
一番にぎやかであってほしいとばかりに
家族みんなで頑張った。

ところが‥‥。

隣のテーブルが異常なほどに盛り上がっているではないの。
しかもそのテーブルの様子を
他のテーブルの人たちも立ち上がって見はじめる。
一体そこで何がおこっていたのか。
来週の話題といたしましょう。

2020-02-20-THU

  • 前へ
  • TOPへ
  • 次へ
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN