おいしい店とのつきあい方。

121 飲食店の新たな姿。その39
お見事! バスボーイ。

ハワイ、ホノルルという
世界でも有数に明るく開放的な街。
世界中からやってくる人たちはみんな、
なにかワクワクするようなことが起こらないかと
期待しながらステイをたのしむ。

「食べる」というこの上もなく日常的なことまでにも、
いつもと違った特別な何かを期待してしまう。
そんな期待に応えようと趣向をこらしたレストランが
街にはたくさん。

そんなお店のひとつ。
何百人もが一度に食事ができる大きな空間に溢れる、
おいしい肉や野菜が焼けていく香り。
鉄板の上で大きな包丁が食材を切る音、
その食材が焼ける音。
目の前で腕をふるうシェフの
派手なパフォーマンスに盛り上がり、
自然とあがる声、拍手。
そんなワクワクする空間で、
ひときわ大きな声と拍手が隣のテーブルから湧き上がる。
シェフの姿はそこになく、
一体何がおこっているの、と立ち上がって見ると
なんとバスボーイがチップのようなものを
何人かのお客様から受け取っている。
バッシングはチップの対象にあらず、が当たり前の
アメリカで、その景色はあまりに特別で、
どうしたことかと、
思わず目の前で調理をしている最中の
ボクらのテーブル担当のシェフの顔を見てしまう。

「彼のバッシングは凄いんですよ。
彼独特のやり方で、ああやって、
チップをもらうこともよくあるほど。
ぼやぼやしてると僕たち調理人のパフォーマンスより
よかったネ‥‥、って言われるほどで、
ちょっと痛し痒しだったりするんですよ」
と、苦笑いしながら答える。

そうか‥‥、それほど凄いんだ。
バスボーイはいつも5人ほどいて、
どのテーブルが誰の担当になるか
決まっているわけじゃない。
父は早速支配人を呼びつけて、
10ドル紙幣を忍ばせた手で彼と握手をしながら、
このテーブルの後片付けは是非に彼にやってほしい‥‥、
とリクエスト。
ほら、もうチップを払っちゃったと
シェフがコソッとつぶやき笑う。
もうそうなると、食事が終わることが待ち遠しくて
ソワソワしてくる。

相席です。
そして食器の後片付けは全員が食事を終えて、
デザートのアイスクリームを食べ始めた頃合いで
はじまるのですね。
ハネムーンカップルの食べる速度がゆっくりで、
「いちゃいちゃしないで急いで食べればいいのに」
なんて小言を母にたしなめられるほどに
父はソワソワしながらバッシングを待つ。

片付ける食器は4種類。
鉄板で焼かれた料理が置かれる大きな丸い皿。
メインの料理が焼き上がるまでをたのしむ
サラダが入った小さなボウル。
料理を食べるためのタレが入った長方形の器。
そしてご飯茶碗という組み合わせ。
コースの種類がかわってもお皿の種類と数は一緒。
普通それらを片付けるやり方は、
大皿の上にご飯茶碗をうつ伏せに重ねてまず一回。
タレの皿とサラダボウルをそれぞれ重ねて
右手、左手で持てば都合2回で後片付けは完了する。
その手際のよさもなかなかなもので、
さて、彼はどれほどのことをやってのけるんだろうかと
ワクワクしながら待っていると彼の登場。

まず一礼。
神妙な面持ちでご飯茶碗をひとつ手に取り、手元に置く。
それから大皿を一枚手にし、
食べ残しを手元の茶碗にうつしキレイにしたら、
自分の正面にそっと置く。
そして2枚目。
同じように食べ残しをキレイにしたら
一枚目の上に置き、
そして3枚目と全員のお皿を積み上げる。
続いて残りのサラダボウルと茶碗を一個、そしてまた一個。
最初の茶碗に残り物を移して
それを積み重ねるかと思いきや、
サラダボウルは横一直線に、
茶碗はお皿の周りを取り囲むようにズラッと並べる。
そして残り物が入った茶碗を
お皿の上にエイヤッと器用にひっくり返す。

「ダイヤモンドヘッド」とそれを指差し笑いをとって、
タレの入った器を井桁を組むように
ひっくり返した茶碗の周りに並べて重ねる。
井桁の四隅にサラダボウルをひっかけるように
斜めに伏せて残りのボウルは真ん中のボウルに被せると
器は互いの重さで
彼が試しに少々お皿を揺すってもびくともしない、
きれいな山型の土台ができる。
熟年カップルがそれをみて、
「マウントレーニア」と指差して盛り上がります。
アメリカの西海岸にそびえる美麗な姿で有名な山。
父は「マウントレーニアなんざ、
不格好な富士山みたいな山じゃないか」
とブツクサいいながらも、
彼の確実な手際にじっと見入っていました。

そこからは一気呵成でした。
茶碗を両手に一個づつ持ち、
器の山を抱え込むように
パカパカパカパカと
サラダボウルの山の壁面にはめ込んでいく。
迷いなく。
手の動きを目で追いかけることも
むつかしいほどのスピードで
茶碗がサラダボウルを覆って大きな山となる。
あっけにとられて見ているボクらは
「ワーッ」と大きな声を出しながら拍手をしてた。
最後に父の方をみながら
「マウントフジ」と彼はしめくくり、
父は彼と握手しました。
10ドル紙幣をにぎりしめ‥‥。

みんなご満悦で席を立ち、ホテルに向かって歩くみちみち、
口からでるのはあのバッシングはすごかったネ‥‥、
ってコトばかり。
シェフの心配は見事的中。
そのときほど、チップという制度が
あってよかったなぁ‥‥、
と思ったことは他になし。

さて来週は、チップのない国、日本のことに戻りましょう。

2020-02-27-THU

  • 前へ
  • TOPへ
  • 次へ
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN