おいしい店とのつきあい方。

122 飲食店の新たな姿。その40
客である自分にできる、片づけのお手伝い。

南洋の楽園、ハワイに負けず劣らず、
おいしい料理の楽園、日本にも
すばらしいバッシングをする人たちがいる。
そんなにたくさん持ち上げることができるんだろうか‥‥、
って心配になるほど多くのお皿を積み上げて、
それをこともなげにひょいと持ち上げ
絶妙にバランスをとりながら、
一直線に厨房に向かって運んでいく人。
ビアホールで大きなジョッキを
まるで山のように積み上げて、
何十個も一度に運ぶ人もいる。
でも日本の人たちの食器の扱い方は、
他のどの国のそれとも違ってとても丁寧。

昔、香港のレストランで、
食事が終わるとテーブルに残った食器を
そのまま全部、テーブルクロスで包んで
厨房に片付けるようなことが、
当たり前のように行われていた。
アメリカでもテーブルの上に残された食器は、
ガサガサガチャガチャ、
バスボックスに無造作に放り込んで運べばいい。
韓国の伝統的なもてなし料理は、
料理を並べたテーブルごと座敷に運び、
食べ終わったらまたテーブルごと厨房に戻って、
テーブルを傾けて食器を洗い場に放り投げる‥‥、
という文化もあったりする。

けれど日本の料理は器を食べるといわれるほどに、
食器が果たす役目は大きい。
形も素材も多種多様。
壊れやすいものや、
重ねようにも簡単にはできない形状のものも多い。
それを器用に、まるで魔法を使ったかのように
見事に重ねて下げる人たちの手わざをみると、
頭が下がるような気がする。

しかも誰ひとりとしてチップをうけとるわけでなく‥‥。
アメリカだったら確実に、この丁寧さと手際に
笑顔でチップをおねだりすることが
できるに違いないような後片付け。

チップに代わる何かお店の人の役に立つことができぬかと、
それでボクはいつもこんな配慮をします。
食器を片付けた先に何があるんだろうか‥‥、
とちょっと想像力を膨らませば思いつき、できる、
とても簡単なコト。

厨房に片付けられた食器は当然、洗われます。
洗浄機に入れて
ボタンひとつでキレイにできる食器もあります。
けれど中には慎重に手洗いしなくてはいけない
食器もあったりする。
洗浄機に入れるにしても、
あまり汚れてしまったお皿は、
洗浄機の負担になって
故障の原因になったりする。
洗浄機で洗うにしても、手洗いするにしても、
いくつかのステップを経て
「洗う」という作業にたどりつくのです。

まずお皿の上に残った残り物をゴミ箱に捨てる。
そのとき当然、燃えるものと燃えないもの、
そして残飯にわけていく。
食器を片付けてする最初の仕事は
「ゴミの分別」なんですネ。
それが終わると続いて予洗い。
汚れを水で簡単に洗い流して洗う準備をする工程。
お店によっては大きな水槽に器をつけて、
シャワーヘッドのような装置でお皿を洗う。
小さな店なら水槽の中で手洗いです。
それから本格的な食器洗浄に入るのだけど、
この工程までのゴミ捨て、予洗いが
どれだけ簡単に、かつ、短時間でできるかが、
食器の後片付けがラクになるかどうかを決める
大きなポイント。

さてここでチップ代わりの気配りです。
まず料理は残さずキレイに食べること。
残った料理はできることなら、
一つの器にまとめておくこと。
そのとき、料理と割り箸や紙ナプキン、
割り箸の箸袋などを決して一緒にしないこと。
これらがごちゃごちゃに混じり合っていると
洗い場の作業は絶望的に煩雑になる。
それからお皿の重ね方。
なんでもかんでも大きいものの上に
小さな器をのせて重ねてしまいがち。
けれど食器の素材には硬いものもあり、
柔らかいものもあり。
ちょっと擦れただけで
傷がついてしまいがちなものもあり、
だから異なる素材の器はなるべく重ねない。
陶器は陶器。
磁器は磁器。
ガラスはガラスで漆器は漆器。
異なる素材の器同士を重ねるときには、
デリケートなものが必ず上になるよう。
例えば陶器のお皿の上に
漆器のお椀を置くのはありだけど、
その漆器の器の上に
陶器のお湯のみをのせてしまうのは要注意。
陶器や磁気の器の底は、案外凸凹しているものです。

そうそう、器の裏というのは
汚れてしまうと案外汚れが落ちにくい。
凸凹があり、高台に釉薬がかかっていないことも多く、
ザラザラしていたりして、
それが滑らないというメリットでもあるけれど、
汚れもしみ込んじゃう。
だから汚れたお皿の上に
比較的きれいなお皿を乗せてしまいがちだけれど、
それはなるべく逆に‥‥、と心がけたい。

私の代わりに汚れた器を洗ってくれる
お店の人の立場になって
ちょっとイマジネーションを働かせるだけで、
洗い場作業の厳しさがちょっとはやわらぐ。
おいしいお店はお客様とお店の人との
共同作業で出来上がる。

2020-03-05-THU

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© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN