おいしい店とのつきあい方。

002 外食産業で働くということ。その2
誰にでもできる仕事なの?

父の話をしましょう。
ここで母の話をする機会は多いけれど、
父の話はあまりしませんでした。

父は太陽のような人で、
遠くから見ているとキラキラしていてあたたかい。
飲食店の経営者の方々や、
外食産業に関わりを持つ人たちに
夢を、希望を、おしみなく注ぎ続ける、
ほどよきエネルギーを発し続けた人だった。

ただ太陽も近づきすぎると、すべてが過ぎる。
光が過ぎてまともに見れない。
熱さも過ぎるし、一緒にいると空気が薄くて
窒息しそうになってしまうほど。

いつも喧嘩をしていました。
とはいえ、親子の関係で喧嘩をすることはまずなかった。
父は敬う対象であり、
父は父で大人としての知恵や知識を
おしみなく与える努力をしてくれた。
だから喧嘩は仕事の喧嘩。
ずっと一緒の仕事をしていましたから、
家に帰っても仕事の話をすることが多く、
仕事のコトになると大抵喧嘩になった。

あまりに喧嘩ばかりだったので、
ボクは家出をしたことさえある。
思い出したくないことも多くて
それでここではあまり父のことは話さなかった。
ただそんな父もこの世を去ってすでに3年。
父が一番頑なだった年齢に、
ボクも近くなっていろいろ冷静に思い出しては
考えることができるようになってきました。

父は外食産業を他の産業と同じような産業にしようと
一生懸命がんばっていた。
ボクは、外食産業の他の産業にはない魅力を活かして、
独自の産業にしたいと思って意見した。
生まれた時代が違ったのでしょう。
1960年生まれのボクの思春期は、
外食産業の思春期ともほぼ同じタイミングで、
つまりボクは外食産業とともに育った。
大学の同級生に、日本マクドナルドの重役の子息がいたり、
外食チェーンの経営者が名経営者のお手本として
メディアに取り上げられたりすることが
珍しくなくなっていました。
ボクにとって外食産業は、
すでに産業として世間に認められたモノだった。

一方、父にとっての外食産業は
未だ一人前の産業として認められてはいないもの。
何しろ日本の飲食業界に
外食産業的な考え方が持ち込まれたのが
1970年前後のことだから、
父は外食産業になる前の
日本の飲食店のことをよく知っていた。

それに父は、外食産業が生まれる前に
飲食店を経営していた。
昔ながらの古いやり方で、
けれど人一倍のバイタリティーをもって
会社を経営していてだから
「業界の中の人」として外食産業を見ていたのでしょう。

その点ボクが外食産業を見るときは、
お客様の立場にどうしても立ちがちで、
立ってる場所が違っていたから、
同じものを見ていても違う景色が見えていたのに違いない。

他の産業の人たちから、
バカにされないようにしなくちゃいけない。

それが父の口癖でした。
ボクが父の仕事を手伝うようになった1980年台。
飲食店の人たちの仕事の中に
「スーツを着る」というシーンはなかった。
だからスーツを持っていた人は
おそらくほとんどいなかったのだろうと記憶する。
勉強会をすると、集まってくる人のほとんどは
現場に立つユニフォームの上に
カーディガンやジャンパーを羽織ってやってきていた。

そんなことだからダメなんだ‥‥、って、
父は背広にネクタイという格好でなければ
勉強会に参加する資格なしとまで言って、
気づけばみんな背広を着るようになっていた。

勉強会のみならず、会社で会議をするときに
背広を着るのが当たり前になり、
「うちの店長は家の近所の人から、転職されたんですか?」
って聞かれるようになったんです。
いえ、飲食店で働いてます‥‥、
って言うとびっくりされたりするんです‥‥、と。
そんなことが、自慢話のように語られる
経営者同士のつきあいを、
ボクはちょっと冷ややかな気持ちで見ていた。

だって、スーツを着るのが嫌いだったんだもの。

できればスーツを着ないで
一生過ごせればいいのになぁ‥‥、
って思ってボクは過ごしていたから、
本来スーツを着ないで仕事ができる人たちが
スーツを着てうれしそうにしていることが、
会社ごっこをしているようで、
滑稽だなぁと心の中では思ってた。
スーツを着て安心するということは、
サラリーマンになったということ。
飲食店はクリエイティブな産業だから、
スーツなんか着なくても
自分らしい格好で仕事をすればいいのに‥‥、って。
そんなことを父に言うと、
また喧嘩になったりもした。

父は言います。
スーツは「約束を形にしたもの」なんだって。
他人から信頼してもらえ、尊敬を獲得するためには
まず「相手と約束」しなくちゃいけない。
そして「した約束は必ず守る」。
「守り続ける」。
その覚悟を形にしたものが「スーツ」なんだと。

さて、飲食店は誰に何を約束することで、
外食産業として認められるようになったのでしょう。

また来週。

2017-11-09-THU