おいしい店とのつきあい方。
七冊目

071食いしん坊的 外食産業との付き合い方。その36 男たちの食欲と、とんかつ。

長らくとんかつは「男の食べ物」でした。

食べ物は「男」の食べ物、
「女性」の食べ物、
そして「家族」の食べ物に
大きく分類することができた。
男の食べ物は仕事の合間、
あるいは仕事が終わって食べる食べ物。
仕事をする場所の近くにあると便利でもある。

女性の食べ物は買い物ついでに食べられることが多くて、
だから商店街のような場所にあるのが普通。
家族の食べ物は平日ならば家の近所、
週末は家族で連れ立って行く繁華街にあるものでした。
生活をする人たちの役割が今のように複雑でなく、
わかりやすい時代。
とんかつはまさに「男の食べ物」だったのです。

ちなみにとんかつの歴史は案外古い。
洋食レストランの「カツレツ」が
そのルーツと言われています。
日本で洋食レストランが生まれはじめたのが
明治の終わりですから、もう100年以上の歴史がある。
ただ、もともとカツレツという料理は
フライパンでちょっと多めの油をあたため
揚げ焼きするもの。
今のように深鍋にたっぷりの油をたくわえ
沈めて揚げるという方法は、
おそらく天ぷらの調理方法からの
イマジネーションだったのでしょう。
浅草で、東京でもおそらく
最古の歴史があるのじゃないかと言われる
とんかつ店では、穴子やキス、
小柱のかき揚げ風のカツなど
まるで天ぷら専門店のメニューのような品揃えです。

フライパンで揚げるカツレツは
レストランの厨房でも作りやすい。
けれど、深鍋で作るとんかつは
とんかつ用の厨房でなくては作りづらい。
とんかつという料理が人気になるにしたがって、
とんかつ専門店が生まれ、増えるようになった‥‥、
それが昭和のはじめです。

オモシロイことに今でも東京のおいしいとんかつ屋さんは
浅草から上野、銀座にかけて多い。
地下鉄の銀座線の沿線に老舗とんかつ店は多くて、
実は銀座線の開業が昭和のはじめ。
当時、はやりのハイカラな店が地下鉄づたいに
広がっていった‥‥、と考えることができるのですネ。
豆知識!

男の口、男の舌や男の胃袋に合わせて
とんかつは完成していきました。
ガッシリとした噛みごたえ。
ご飯のおかわりを自然とねだるようなどっしりした味。
食べ応え。
そもそもとんかつ店が
地下鉄沿線の町々に出来始めた頃の外食の王様は、
会社勤めする男性でした。
だからお店は「男好み」を随所にとりこみ、
男性客を集める工夫としていました。
1人でもさみしくないカウンター席。
手早く食事をすませたらタバコを吸うか、
すぐ席を立つ男性客はくつろぎなんか必要としない。
だから小さなテーブルに座り心地のよくない椅子でも
文句は言わぬ。
居心地の良さや多彩なメニューを特徴とした
外食産業の本流から、とんかつの店ははずれて、
ただただ生きながらえる存在になっていってしまうのです。

時代は移ろい1990年代の後半です。
とんかつ専門店が思いがけず注目を集める
事態が発生します。

外食は男性のものから、
すっかりファミリーのものになってしまった時代です。
結果、日本のいたるところに
ファミリーレストランのようなものができてしまった。
過当競争でライバル同士の食い合いです。
いろんな料理があるというのが
ファミリーレストランに代表される外食産業的お店の特徴。
それゆえ、多くの人に利用され
たくさんお店を作ることに成功したのだけれど、
その食べたいものがなんでもあるということが、
「便利」であるより「おいしくなさそう」に
急速に向かっていく時代でもあった。

外食産業の人たちは新しいコンセプトを探し始めます。

郊外に今までなかった専門店。
大衆的で、でもオゴチソウ。
1200円から1500円くらいで
お腹いっぱいになることができ、子供も女性も好む料理。
しかも家で女性が作りたがらない料理はなに?

そして思いついたのが「とんかつ」でした。
ただこの料理が一筋縄ではいかない料理であるのに
びっくりします。
同じ揚げ物でも天ぷらの方がずっと楽。

だって‥‥。

天かすは浮く。
なのにパン粉は沈むんだもの。

また来週。

2019-03-14-THU

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