おいしい店とのつきあい方。
七冊目

093 飲食店の新たな姿。その13
通じる言葉と、通じない言葉。

「ボクらはみんな日本人。
同じ国で生まれ、
同じ環境に育ち、
同じ言葉で話す同じ人たちなんだから、
互いのことをわかりあえて当然だ」
‥‥という考え方があります。
「単一民族の均質国家」だとか、
「それが日本という国の特徴であり、強さでもある」とか。
阿吽(あうん)の呼吸、なんて言葉が、
日本のコミュニケーションの特性のひとつ‥‥、
なんて言われることもある。

でも、そんなことは幻想でしかない。

世代が変われば言葉は変わり、
環境が異なれば考え方も違う。

「私」がしてほしいと思って言った内容が、
まるで違って伝わることは、あって当然。
むしろ思った通りに伝わることは稀なこと、
って思いましょう。

最近、若い人たちを教育する人たちに
最初に伝えることが、そのことです。

昔からそうだったんだろうと思うのですね。
みんなが同じことを考え、
同じように受け止め行動するなんて、
ことがそもそも不自然なことであって、
けれど昔は選択肢が少なかったし、
我慢が美徳だとみんなが信じていた時代です。
ちなみにこの「昔」は
「20世紀」と置き換えて、当たらずとも遠からず。

さて21世紀の今。
ボクは教育担当の人たちに、
こう言うことにしています。

「彼らにはまるで日本語が通じない。
そう思って接するくらいの
覚悟がないとダメですよ」
‥‥って。

そう言いながら、お店で接客してもらうときにも、
これと同じことが言えるんじゃないか‥‥、
と思ったりもする。
お願いしたことが伝わっていると思い込むから、
思った通りでなかったときに、ストレスになる。

海外の飲食店の人たちは一様に、
日本のお客様はいいお客様だ、
ほとんどの人がいいお客様になろうと、
私たちに合わせてくれる‥‥、と言う。
ここに、もしかしたらこれからのお店を楽しむための
ヒントがあるんじゃないかと思った。

ところで‥‥。

日本語が通じないところで
いいサービスを手に入れることに関して、
ボクの母は、桁違いの達人です。

若い頃のボクはちょっと生意気で
ワガママなところがありました。
例えば、海外に出ると
ありとあらゆることを英語で通そうとする。
日本語が通じないのはしょうがないとして、
ホテルやレストランでは英語が通じて当たり前、
と思い込むふしがあったのですネ。

たとえそれがイタリアであれ、台湾であれ、
バリ島であっても英語で話す。
わかりやすい単語を使って、
なるべく大きな声でハキハキ、
相手の目をみて一生懸命伝えようとする。

でも英語がみんな同じようにわかるわけでなく、
わからない人たちはみんな戸惑い、
申し訳なさそうな顔になる。
それでも英語でボクは喋って、
結局、自分が言っていることが通じないとイライラして、
肝心の料理やサービスを楽しむことができなくなっちゃう。

そんなボクをみて母は言います。

「海外に出たら、誰も私たちがしゃべることなんて
わからないんだ‥‥、って思うことが大切なのよ。
でも日本語にくらべて英語がましっていうのは
あなたが思ってる通りね。
ただし世界中のどんなところに行っても
通じる英語は2つだけ。
『thank you』と『I love you』だけ。
どちらも言われて相手を悪い気にさせることはない、
魔法の言葉よ。
特に『thank you』。
あとは笑顔があれば大概のことは通じるわね」

‥‥、って。

これはいかにもその通りで、
そのやり方で母は世界のどこに行っても
なぜだかそこでいちばんおいしいモノを食べ、
特別にいいサービスを受けて帰ってくる。
真似してみると、
なるほどコミュニケーションにおいて
笑顔の力は言葉にまさる。
ボクが話す日本語は
若い人たちには通じないかもしれない今の日本においても、
まず笑顔とありがとう、なんだろうなと
しみじみ思っている次第。

そういえば3年ほど前のこと。母が、
「最近、本当にがっかりさせられたことがあるのよ‥‥」
と、寂しげな顔で話をはじめた。
何にがっかりさせられたの? と聞くと、
「私自身にがっかりしたの」
‥‥、と。

いったいどういう私自身にがっかりしたのか、
来週の続きとあいなります。

2019-08-15-THU

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