おいしい店とのつきあい方。

外食産業で働くということ。その9
チェーン店の味はなぜどこも同じなのか?

味見をしないですむことが、
近代的な飲食店の証だった時代があります。
いい加減に料理を作れ‥‥、ということではなく、
誰がいつ作っても料理手順に忠実であれば、
味見なんか必要ないくらい
食材やソース、調味料がしっかり整っているという状態。

それが「古臭い飲食店」と
「近代的な外食店」を分けるポイント。
みんないろんな工夫をしました。

裕福な大企業は自社工場を建設し、
できる事前調理はほとんど工場で行って店舗に配送。
お店では最小限の調理で料理ができるように工夫する。
中国料理のチェーン店の中には、
炒める野菜のサイズが異なると
完成した状態が違ってしまうからと、
肉や野菜、薬味に至るまですべての食材を工場でカットし、
一人前ごとにパックまでして配送をする。
加工コストや配送コストは、事前加工することで
人件費を節約することができるから、
十分捻出できるという判断で、
ファストフードやファミリーレストランのチェーン店は
ほとんどすべてが、自社工場を持っていた時代があった。

自分で工場を作るほどの、規模も余裕もない会社は、
食品メーカーから食材の供給を受ける。
いわゆる「OEM」というあれですね。
自分のお店の味を確実に再現するためにレシピを作り、
そのレシピに忠実に作ってもらう。
だから店の味は守られる。
そう思って会社のすべてをさらけ出す。

そのうちメーカーから魅力的な提案がやってきます。
最近はこんなソースが流行っていますよ。
この新しい調味料を使ったら、
もっと味が安定する上、コストを下げることができますよ。
‥‥、って。

お店としてはおいしい話です。

商品開発にはコストも時間もかかる。
その手間をメーカーが肩代わりしてくれるわけですから、
そんなありがたいことはない。
でもそのメーカーは他の会社にも同じような提案をする。
気づけばどこのチェーン同じ味になる‥‥、
お店の味じゃなくてメーカーが提案する味になってしまう。

それが最近の飲食店の料理が
どんどんつまらなくなってしまっている理由の一つ。
メーカーからの提案は悪魔のささやき‥‥、なんですね。

いつも同じ料理が提供できる。
それは良い飲食店にとって大切なコト。
けれどその「いつも同じ」を
「仕組み」で作るか、
それとも「人の知識と経験」で保つか、
どちらを選ぶかでお店の性格は大きく変わる。

数ある料理の中でその選択が
極めて難しい料理のひとつが
スパゲティー。
スパゲティーの麺は塩を入れたお湯で茹でる。
そうすることで乾いた小麦粉の棒がコシを手に入れ、
塩の旨みでおいしく下味が整っていく。
ところがこのお湯。
家庭ならば一度使ったら捨ててしまう。
レストランではずっとお湯をわかしっぱなし。
水はどんどん蒸発します。
蒸発すると水の塩分濃度は高くなって塩辛くなる。
それをそのまま放置して、そこで麺を茹でると当然、
茹で上がった麺に塩がのりすぎ
スパゲティーも塩辛くなる。
必ず味見が必要で、
それもお湯の味見に茹で上がった
直後の麺の味見をした上、
仕上げた料理の味見もしなくちゃいけないことになる。
そんな面倒なことをしていられない。
なにより、いつも同じ状態で仕上がることが
ないようなことではダメだと、
塩を使わずただのお湯で麺を茹でて
スパゲティーを作るお店もかなりある。
チェーンストアはほぼみんなそう。
麺が塩の旨みを持たない分、
ソースにとろみをつけたりして
麺に絡みやすくする工夫をするけど、
やっぱりどこかひと味足りない。

スパゲティーを食べるとまず
塩を加えたお湯で茹でた麺は、
ソースが口の中から消える。
そこに残るのはソースの名残がまとわりついた麺。
塩を加えたお湯で茹でた麺は噛めば噛むほど
塩の旨みが滲み出してくる。
塩を加えず茹でた麺は、
ほとんど味のしないただの小麦粉の棒。
いろんな人や会社が科学の粋を集めて
いろいろ研究したけど、
いまだ解決できない料理の基本の基本。
料理は科学がつくるのではなく、
人が作るものなんだなぁ‥‥、としみじみ思う現実です。

さて今年もあと一回分をのこすのみ。
ちょっと趣向をかえて、
寒い季節のあったかい話をしましょう。
年末スペシャル。
また来週。

2017-12-21-THU