おいしい店とのつきあい方。

015 シアワセな食べ方。 その6
料理長を食卓にご招待。

作ってくれた人がいない食卓。
それがほとんどのレストランにある食卓です。

家で料理を食べるときには、
必ず目の前に作ってくれた人がいて、
「いる」だけじゃなく一緒に料理を食べてたのしむ。

作ってくれた人と一緒に食べる料理は格別おいしい。

だとしたら、レストランの食卓で食べる料理は、
おいしさの一部を失った料理なんだ‥‥、
というコトになる。

お店の人たちの中でも、
サービスをする人の顔は見られます。
会話を交わすこともできるし、
料理をよりおいしく食べるヒントを教えてくれたりもする。

けれどシェフは厨房の中で忙しい。
人気があって、にぎやかなお店であればあるほど
シェフは厨房の中で料理を作るのに忙しく、
ボクたちの食卓にまでやってきてくれる時間はない。
シェフの居場所は厨房で、
食卓にまで来てもらおうと思ったら
招待状を出さなきゃいけない‥‥、そんな存在です。


「おいしい、おいしい」とたのしそうに食事をします。
「おいしい」という言葉が
シェフを自分たちの食卓に呼ぶ招待状になると思って、
おいしい料理には素直においしいと感心してみせる。

ただ「おいしい」というだけでは説得力にかけるから、
「肉の焼き加減がすばらしい」とか
「ソースの香りが絶妙だよね」なんて感想を付け加えて、
招待状を一層魅力的にする。

その招待状は、サービススタッフを介して
厨房の中に届いていきます。
お客様が満足していただいているという実感で、
料理を作る腕にも気合がいっそう入る。

プロの料理は技術と経験で、
いつも同じ状態に出来上がるもの‥‥、と言われるけれど、
そこにほんの少々の気合と
インスピレーションがくわわることで、
「いつも以上」になることがあるのですね。

それに「おいしい」と言いながら食べる料理は
おいしく感じるもの。
だからシェフのご尊顔にお目もじするのが目的でなくとも、
「おいしい、おいしい」と言いながら食事をするのが
サカキ家のレストランにおける
おいしい掟のようでもあって、
「おいしい、おいしい」と言いつつ
ボクらは食事をたのしんだものでした。

するとかなりの確率で、食事の最後に
「ありがとうございました」
とシェフが厨房からやってきて挨拶をしてくれる。

あら、こんな人がシェフだったんだ。
ガツンとボリュームタップリの料理だから、
太った人が作っているのかと思っていたら、
案外スリムな人だったわねぇ‥‥、とかって、
お店をあとにしながら会話に花を咲かせる話題を
提供してくれたりするのだけれど、
最後の挨拶だけでは
「一緒に食事をたのしんだ」
って気持ちになるのはむつかしく、
シェフは「遅れてやってくる招待客」になってしまう。

あるとき、ちょっとしたサプライズに恵まれました。
イタリア料理のお店でのコト。
まだティラミスなるお菓子が
日本ではほぼ無名だった時代のことです。
食後のデザートのおすすめとして提供された
白いお皿の上のティラミス。
そのおいしさに、サカキ家感動。
どうやって作るんだろう‥‥、と大騒ぎになりました。

このスポンジのしっとり具合は
おそらく焼き方に工夫があるに違いない。

いやいや、焼き方以前に、
生地そのものの材料が特別なものじゃなくては、
こんな口どけにならないはず。

このフィリングは
なんでこんなにふっくらしてるんでしょう。
しかも全体に香るカカオの香り。
手間がかかったお菓子なんでしょう。

ワタシたちではちょっとやそっとで作れない。
レストランなのにお菓子職人がいるに違いないね‥‥、
と、初めて食べるティラミスの作り方を巡って
大騒ぎするボクたちに、
厨房の中からシェフが出てきました。
そして言います。

「ティラミスは本当に簡単にできるお菓子なんですよ。
この生地は、実はビスケット。
それをシロップに漬けてふやかし使うんです」

そのシロップに手間がかかっているんでしょう‥‥、
と聞く母にシェフは
「お湯に砂糖を溶かしたところに
インスタントコーヒーの粉をくわえて冷ましただけ」
‥‥、ってこともなげに言う。

「フィリングは卵黄と生クリームをあわだてて、
マスカルポーネチーズを混ぜただけのもの。
このマスカルポーネチーズが
ちょっと手に入れづらいかもしれないけれど、
それさえあれば本当に簡単。
深めの器にふやけたビスケットを入れ、
フィリングで覆って
最後にカカオパウダーをふりかければ出来上がり。
ちなみにカカオパウダーって言うと
かっこいいですけれど、
うちはバンホーテンのココアを
茶こしにいれてふってます」
‥‥、と。

たしかに簡単。
今度、家で作ってみましょう。
このティラミスよりおいしくできたら
どうしましょうってはしゃぐ母に、
おいしく出来たらご招待いただきたいものですね‥‥、
とシェフ。

「このお料理、どうやって作ってるんだろう‥‥」
という疑問が一番の招待状。

しかも母。
シェフから特別のプレゼントを受け取る
裏技まで手に入れてしまうんですネ‥‥。
来週、お教えいたしましょう。

2018-02-15-THU