おいしい店とのつきあい方。
八冊目

020 おいしいものをちょっとだけ。その17
安売りが潰したもの。

「街」には切磋琢磨を生み出す競争もあれば、
ライバルを徹底的に叩いて潰してやろうとする
仁義なき戦いにも似た競争もある。
自由競争が建前の「街」の商売なんだからしょうがない。
そう言ってしまうのは簡単ですが、
中には業界が荒れ果ててしまうほどに
あまりにむごい競争がしかけられることがあります。

それは「業界ナンバー1」が仕掛ける価格競争です。

日本の飲食店は世界的な水準からみて、
極めて単価が安いというのが特徴です。
500円玉1個で、
できたての料理で
お腹いっぱいにしてくれるお店が沢山ある。
しかもセルフサービスじゃなくてテーブルサービス。
使い捨てじゃない器に入って、
お水やお茶までその値段の中でサービスされる。
非常識なほどサービス精神旺盛で、
1000円も出せばサラダにパスタ、
デザートに食後のコーヒーまでついてくるなんて、
一体、どうやって儲けているんだろうって
思ってしまうほど。

日本よりも所得水準が低いと言われる
アジアの国から日本を目指してやってくる観光客。
その目的の最大のものが「日本の料理を食べる」こと。
そして彼らは一様に
「日本の料理はみんな安くてびっくりする」と言う。
日本の飲食店は世界の水準から見ればそのほとんどが
「高品質な安売りレストラン」なのです。

当然、好き好んで安売りをしているわけじゃない。
よく「お客様は神様、一層よろこんでいただけるよう
企業努力で価格をおさえております」なんていう店がある。
その企業努力のほとんどは、
最少人数で低賃金の人をこき使う‥‥、という努力だから、
そんなことをよろこぶものは、神様じゃなく悪魔でしかない。
店の存続のため、仕方なく安売りしているというのが
現実なのです。

きっかけを作ったのはマクドナルド。
1990年台の後半に
彼らはウンザリするほど安い値段で
ハンバーガーを売りはじめた。
当然それはライバルのハンバーガーチェーンを
突き放そうと、
ちょっとしたキャンペーンのような形でスタートしました。

飲食店の人たちは、
よくその値段で売ることができるよなぁ‥‥、
と感心しながらも、
それはあくまでハンバーガー業界の出来事で、
大手同士が死闘を繰り広げるのを高みの見物として
最初は静観していたのです。
それがどんどん他の業界にも滲み出してくる。
牛丼がいきなり安くなったかと思うと、
ラーメンがそれに続いて、
止どめを刺したのが
「安売り外食産業の最終兵器」と言われた
あるうどん屋チェーンの登場でした。
なにしろ多くのうどん店が
壊滅状態になってしまったほど。
その安さは「不当廉売」に当たるのでは‥‥、
という問いかけには、
それでも利益が出ているからと言われれば、
そうとは言えなくなってしまった。
ちなみにそのうどん屋チェーンがなぜ
「最終兵器」と言われたのかは、
別の機会にお話しましょう。

そもそも安売りはゲリラ的戦法。
小さく力のないものが、
強いものに対して捨て身で戦いを挑む際の飛び道具です。
それを強きものが使ってしまうと、
周りはどうしようもなくなってしまう。
外食産業に限らず、
ナンバーワン企業が安売りに走ってしまった業界は
必ず荒廃してしまう。
今の日本の外食産業は
そんな過ぎたる競争で疲弊の極みを味わっています。

コロナという感染症のために
次々飲食店が廃業、閉店してしまっています。
そんなふうに言われているけど、
おそらくコロナがなくても
多くの飲食店が薄利多売の業界風土のために
遅かれ早かれ潰れていたに違いなく、
コロナはあくまで時計の針を進める役目を果たしただけ。

ボクたちの飲食店がかつて味わった
「創意工夫を伴う競争」は、
今ではすっかり絶滅危惧種です。

ちょっと寄り道いたしました‥‥。
はてさて、これからの「街」と「館」は
どうなっていくのか。
来週の話題としようと思います。

2020-07-30-THU

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