おいしい店とのつきあい方。
八冊目

034 破壊と創造。その12
はじめての電話のコツ。

さて手帳とペンを用意して、
電話をかける準備をします。

予約の電話でお店に伝えたいことを書き出して、
予約しようと思う日のページを開いて、準備万端。
今の日時をまず記入する。
例えば
────────────────
12/2(水)13:40 ‥‥ 1回目
────────────────
のような感じです。

電話番号を間違えぬようタッチして、
プルルプルルと呼び出し
音1回ごとに線を引き「正」の字を書く。
正の字が2つになりそうになったら、
つまり10コールに近づいたら、
それはお店の人が忙しくて
電話に応答できないということだから、電話を切る。
そうか‥‥、ランチの時間が終わっても
まだお客様がいるって、人気の店なんだなぁ‥‥、
なんてお店の様子をイメージしながら
30分ほどのんびり待ちます。

────────────────
14:10 ‥‥ 2回目
────────────────

そう手帳に書いて電話をかける。

「お待たせいたしました、
レストランマツヤマでございます」

線を3本ひいたところ、
つまり3コールで電話がつながる。
耳をすまして電話の向こうの気配を聞きます。
ガチャガチャと騒々しければ、
その電話の置かれた場所は厨房近く。
あるいは厨房の壁に吊り下げられているかもしれない。
ザワザワとにぎやかだったら客席近く。
ひっそり、静かだったら
お店の事務所か、レセプション。

さてボクのかけた電話の向こうは
食器の洗い物でしょうか、ちょっと騒々しい。
それで手帳に「ガチャガチャ」って書きながら

「予約させていただきたくてお電話申し上げました、
サカキでございます」という。
さぁ、名乗りの開始です。

「それはありがとうございます。
オーナーシェフのマツヤマです。
担当にまわしますのでしばらくお待ち下さいネ‥‥」

電話が保留音に変わります。

そうか‥‥、レストランマツヤマのマツヤマは
地名じゃなくて人名。
マツヤマさんがやってるお店だったんだ。
手帳に早速「マツヤマオーナーシェフ」と書く。

実はボクは人の名前を覚えるのが苦手です。
何度、会っても
名前がすぐに思い浮かばない人がたくさん。
代わりに、その人の特徴を覚えるのは得意で、
立派な髭を蓄えて威勢のいい声で話す
「ライオンさん」とか、
客席ホールをちょこまか歩く
小柄な「ネズミおじさん」とか、
勝手につけたニックネームは数しれず。
でも仲間内でそう呼ぶのはいいけど、
やはり名前は覚えておきたい。
だからボクの代わりに手帳に名前を覚えてもらうのです。

保留音がなり終わり、
電話の向こうの声は女性にかわります。

「ご予約を承らせていただきます、
マツヤマでございます」

あぁ、奥さんなんだろうなぁ‥‥、と思います。
マダムの声は明るくはりがあり、
背筋がしゃんと伸びた凛々しい立ち姿が、
声を通して見えてくるよう。

予約しようと思っていた日は
ありがたいことにまだ空席がある。

「2人で夕刻5時45分から
50分くらいの間には伺えます。
友人との気軽な食事です。
ボクは生卵が苦手で、友人はきのこがダメ。
とてもお腹をすかして行きますから、
よろしくお願いいたします」

そんな話をしていると、
今日はじめて会話するのに互いに気持ちが打ち解けて、
もうおなじみさんになったような気持ちがしてくる。

もしよろしければその方のお名前も
頂戴できませんでしょうか‥‥、
とマダムが言う。
タナカといいます。
マツヤマシェフに
おいしい料理をたのしみに伺いますとお伝え下さい‥‥、
と一言添えた。

するとマダム。
「主人に気合を入れて腕をふるわせるように、
私が責任をもってお伝えいたします」
と、力強い一言。
電話を切って、このやり取りを書き込みながら、
ウェブじゃできないことが電話と手帳でできる、
アナログの中には情緒がたっぷり
まじりこむんだと思ってニッコリ。

続きます。

2020-11-19-THU

サカキシンイチロウさんの本

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