おいしい店とのつきあい方。

035 破壊と創造。その13
予約の電話、相手の名前。

飲食店に限らず、受けた電話で
自分の名前を告げることができるかどうか‥‥。
デリケートな問題です。

電話で自分の名前を告げることは
信頼できるコミュニケーションのはじまりを意味します。
自分が誰であるかを名乗らず
ひたすら自分の言いたいことをまくしたてるのは、
オレオレ詐欺の手口ですから、
ボクは電話をかけるときにはまず自分の名前を言います。

自分にかかってきた電話で、
名前を名乗らない人には、
いくつかの理由があるとボクは判断します。
名前を名乗るに値しない人。
あるいは名乗る権限を与えられていない人。
つまり「責任をとれる立場にない」人。
そうでなければ、ボクなんかに
わざわざ名前を名乗る必要はない、
と思われてしまったか‥‥。
どちらにしても気持ちはかなりさみしくなります。

サービスがいいことを売り物にしているお店などで、
電話を受けるときには、
店名と自分の名前を告げること‥‥、
とルールを作っているところがあります。
たしかに「〇〇のサカキでございます」
と応対されるのと、
「〇〇でございます」と店名だけを言われるのでは
聞き心地がまるで違って感じます。

ちょっと贅沢なムードのお店で働いている人たちは
みんな教育が行き届いていて、経験豊富。
家庭的な雰囲気で、
みんなが仲良く働いているんじゃないか‥‥、
とそんなイメージを醸し出すのですネ。

ただ「ルール」で決まっている店では、
極端な話、今日採用されたアルバイトも、
電話に出れば自分の名前を言うことになります。

名前を告げるということは、
「私が責任をもってお応えしまう」
ということを言っているようなもの。
だからお客様は安心していろんなことを聞いてくる。
聞けば答えが返ってくると思うから、
普通ならば聞かないようなことも
質問したくなっちゃうのです。

にもかかわらず何を聞いてもわからない。
予約したいんですが‥‥、
と言ってもしばらくお待ち下さいと
他の人に変わってしまう。
せっかく手帳に記入した名前が
宙ぶらりんになってしまいます。
消してしまうのはもったいないから、
「=応答ロボット」と書き加えたりする。
あるいは「新人」と書いて
大きくクエスチョンマークをつける。
ボクがお店に行くであろう、
数日、あるいは数週間の間に
ちょっとでも成長してくれていればいいな‥‥、
と期待をこめて。

でも、自分の名前を名乗ると決まっているのは
電話を受けたときだけ。
肝心の予約を受けることができる人に変わって、
会話がはじまっても、
その人が改めて自分の名前を言うかというと、
匿名のままだったりします。
まさか「あなたのお名前は?」と聞くわけにもいかず、
にもかかわらず
「サカキさま、その日は少々混み合っておりまして」
なんて言われると、
ボクの名前が独り歩きしているみたいな不公平感に
ゾッとしたりすることもある。

匿名同士の会話はどこかよそよそしくて
信頼感に欠けるもの。
相手の名前を敬意をもって大切にすることが、
よきコミュニケーションの基本の基本だと思う。
だからやっぱり名前は言ってほしいものです。

お店によっては予約に関する
一連のやり取りが終わったところで
「○○のアキヤマが予約を承りました」
と、やっと言ってくれることがあります。
手帳に忘れず書き留めて、お店に行ったとき、
アキヤマさんに会うことをたのしみにする。
でももっと早い段階で名前を教えてくれれば、
ボクはもっと気持ちよく、きめこまやかな要望を
自然に伝えることができたのにと、やっぱり思うのです。

さて、予約における要望の伝え方。
その日のテーブルが
どういう場所にあってほしいであるとか、
そのときのサービスはこんなふうにしてもらいたい。
そんな希望をやんわりと。
小粋に伝える方法ってあるんだろうか‥‥、
といつも思って、手帳に書き留めておく。
ちょっとした表現で、
ボクの要望を思い出して、
どうやったら叶えて差し上げることができるだろうと
思ってもらえる。
そんな言い方。

例えば、この2つの言い方。

「悪巧みをしたいので
落ち着いたテーブルをお願い出来ませんか?」

「お客様をおもてなししたいので、
落ち着いたテーブルをお願いしたいのですが?

どちらも落ち着いたテーブルが確保できる言い方です。
でもその落ち着いたテーブルは
まるで違った場所にある、違ったテーブルです。

まもなく街はクリスマス。
来週詳しく説明しましょう。

2020-11-26-THU

  • 前へ
  • TOPへ
  • 次へ
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN