おいしい店とのつきあい方。

036 破壊と創造。その14
ウィキッドルームへようこそ。

「悪巧み(たのしい密談)をしたいので
落ち着いたテーブルをいただきたい」

そして

「お客様をもてなしたいので
落ち着いたテーブルをいただきたい」

さぁ、その落ち着いたテーブルは、
どちらも同じテーブルでしょうか?
‥‥、というのが今日のお題です。

どちらも会食の目的を考えるなら、
個室であることが望ましい。
個室でなくとも
なるべく目立たない場所であることが
最低条件のように思えます。

けれど、それはあくまで
「お客さまの目線において目立たない」ということで、
お店の人にとって目立たぬ場所であるかどうかは別のこと。
言葉をかえると、
気配りが行き届く場所でありながら
他のお客様から目立たぬ場所か、
あるいは気配りを必要としない
完全に目立たぬ場所であるのかどうか。

悪巧みに適した場所は後者です。
とにかくお店の人も含めて、
人目につかなきゃいいのです。
必要としているのはサービスではなくプライバシー。
かと言って会議室とかホテルの一室ではあまりに真剣。
本当に悪い企みになってしまいそうだし、
そこに出入りしているところを知り合いに見つけられると、
言い訳しがたい。
レストランの目立たぬテーブル程度のプライバシーが、
たのしい密談、悪巧みにはピタッとはまる‥‥、
というわけです。

昔、アメリカでちょっと有名な
ステーキハウスに行ったときの話です。

地元のおいしいものに精通している友人が
「今日は個室をとっておいたから」と言いました。

ボクは、海外のレストランは
他のお客様が食事をしている姿も含めて
「味」だと思っているから、
ありがたくないなぁ‥‥、と思いながらも、
なかなか予約がとれぬことでも有名なレストランです、
意気揚々とでかけていきました。

店に入ると立派なロビー。
ウェイティング用のソファが置かれて
レセプションには
マホガニーのクロークのキャビネット。
暖炉がたかれて、
通路の向こうに客席ホールのざわめきがある。
思わず背筋がスッと伸び、
それと同時にお腹の入り口が開いて
おいしいものを受け入れる準備ができるおいしい空間でした。

お待ちしておりました‥‥、
と案内係はその客席ホールに背を向けて、
ボクらをクロークの脇にある狭い通路に案内しました。

通路の片側の分厚い壁の向こうは厨房。
反対側にはトイレがあって、
その突き当りに個室の入り口。

なんてひどい場所なんだ‥‥、
って思いつつ中に入るとこれが立派な設え。

英国風のインテリアに
8人ほどがゆったり座れる大きな円卓。
円卓の上にはシャンデリアが輝いていて、
こんな場所にさえなければすばらしい個室なのに‥‥、
と思っていると、案内してくれたお店の人が
「コホン」と小さな咳払い。
部屋のみんなの注目を集めてこういう。

「Gentlemen, Welcome to our Wicked room」

そして部屋の片隅にある電話を指差し、
何か用事があればあの電話で申し付けていただきたいと、
そのまま部屋を出ていきました。

ウィキッドルーム。
直訳すれば邪悪な部屋とでもなるのでしょうか。
しかもお店の人とのコミュニケーションは
内線の電話でしろというへんてこりんなシステムに、
あっけにとられるボクたちに、
この部屋を予約した友人が部屋の説明をうれしそうにする。

この部屋はネ、
紳士が悪巧みをするために予約する部屋なんだよ。
政治家だったり、実業家だったり。
中にはマフィアなんて輩もいたかもしれないねぇ‥‥。
入り口から他のお客様に見られることなく入れるこの場所。
一旦入ったら、電話で呼びさえしなければ
プライバシーが守れる仕組み。
円卓はどこが上座かわからない
博愛主義のテーブルだから、企みをするにぴったり。
もしものときのために
この部屋から直接、外に出ることができる
隠し扉もあるんだよ‥‥、と、
指差す壁には何も収められていない
薄っぺらな大きな本棚。
クロゼットの中にはネ、
この店のバスボーイが着ている
白いジャケットが収められてて、
それを来て厨房から逃げ出した人もいるらしいよ‥‥、
とどこからどこまでが本当のことかわからないほど、
秘密めいててワクワクしました。

悪巧みに適したテーブルとはまさにこういうテーブルで、
それをわかりやすく伝えるならば
「ノーサービスをたのしめる、プライバシー万全のテーブル」
をちょうだいできないか‥‥、
って具合になるのでしょう。

さて、ウィキッドルームに収まったボクたち。
まず赤のワインを1本もらい、空のグラスを人数分。
線を抜いてもらったら手酌でグビグビ飲みながら、
何を食べるかまず悪巧み。
また来週のおたのしみ。

2020-12-03-THU

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