おいしい店とのつきあい方。

019 おいしいものをちょっとだけ。その16
店の時計。

そのライバル店──いやいや、
もうその時には取引先でもあり、
ひとつの市場で売上を分け合う
パートナーのようでもある店──の経営者とは、
たのしい付き合いをさせてもらいました。

オモシロイ店ができたから一緒に行ってみませんか‥‥、
であるとか、互いの店で食事をしたりと、
勉強半分、たのしみ半分。
最初に感じた印象通り、同じ食卓を囲んでたのしい人たち。
しかも、ボクたちと違った常識を
もった人たちでもありました。

飲食店におけるサービススタッフは、
ひと目を気にする仕事です。
基本的に、お客様はみんな着席している。
それに対してサービススタッフは
全員立って仕事をしていて、当然目立つ。

ながらく日本の飲食店の人たちは、
「目立たぬこと」がよいサービスの基本なんだと
思っていました。
理由は、お客様こそが主役であって、
サービススタッフはあくまで黒子。
だから目立たぬような人になるための
様々な規則がお店、お店に用意されていたのです。
それはあたかも校則のごとき厳格で、細かく、
どこか浮世離れしていることも多々ありました。

そういう規則ができたのは
1970年代から80年代の頃のこと。
そしてボクたちが沖縄料理のお店を経営しはじめたのは
90年代に入ってからだったから、
ところどころに時代遅れを感じるところが
ではじめていました。
それでボクたちはなるべく時代にあわせるように、
昔の頑なさから、
ほんのちょっとだけ自由になっていたのです。
サービススタッフの身だしなみの中で
一番目立つのはやはり頭髪。
当時、ほとんどの飲食店において、
女性の髪は肩にかからない程度に整えられているか、
長い髪ならまとめていなくてはならないものでした。
男性はショートカットか七三分け。
染めることはまかりならん‥‥、
というところを、すべてを店長の裁量に任せたのです。

「お客様を不快な気持ちにさせず、
その人、ひとりひとりに似合っていれば
どんな髪型も大丈夫」
当たり前のことなのだけど、
基準が文字でなく人の中にあるということが、
当時としては画期的で、
その自由がいいからと他のお店からはじき出された
おしゃれな人たちを集めることに貢献しました。

さすがにピアスはダメ。
タトゥーもダメで、
当時流行りはじめていたネイルも基本ダメ。
自由であることはいいことだけど、
自由すぎるということは
「見た目でまず仕事ぶりを判断される」
サービス業においてはやはり都合の悪いこと。

その点で、彼らの考え方とボクらの考え方は
とても似ていたけれど、
彼らとボクらでまるで違ったところがひとつ。
腕時計がサービススタッフの手首にあるか、
ないかの違いでした。

実はボクたちの店ではサービススタッフは
腕時計をしないように決めていた。
代わりにお店の随所に壁掛け時計があって、
提供時間やサービスのタイミングを図ってた。
そういう決まりごとは当時は一般的で、
理由は「高価な腕時計が
お客様を不快にさせることを防ぐ」ため。
腕時計が贅沢品だった時代からずっと受け継がれてきた、
でも当時としては不思議な常識でした。

そういう考え方って古いですよね‥‥、
って彼らはピシャリ。

そういえば彼らの店では全員腕時計をしていて、
代わりに壁に時計はない。
彼らの言い分はこうです。

壁に時計がある店って、
お客様に早く出ていけって
言ってるみたいで好きじゃないんですよ。
高価な腕時計をしていて、
それがお客様を不快にさせるきっかけに
なるかもしれないけれど、
本当に良いサービスをしてさえいれば帳消しになります。
個性的な腕時計は会話のきっかけにもなるし、
悪いことではないんじゃないでしょうか。
‥‥と。

それはたしかに筋が通っていて、
ボクらはその考えを上回る解決方法を出したかった。
それでみんなと考えました。

結果、ボクらは客席にあった時計を外し、
代わりに会社でお揃いの腕時計を買いました。
ちょうどスウォッチがブームになりはじめていた頃で、
合理的でシンプルで安価な時計は
お客様から豪華すぎるとは絶対に言われない。
そしてもうひと工夫。
文字盤を手首の内側に向けてみんなではめよう。
そうすれば、サービスのときに
時計の文字盤が目立つこと無く、
今の時間はよりミステリアスなものになる。
本当は毎日の朝礼、夕礼で
みんなの時計の時間をあわせれば
チームワークを確認できるいい儀式になるんじゃないか、
と思ったけれど、クォーツウォッチはまず狂わない。
だから一応、今の時間を確認するだけになっちゃったけど、
それでもみんなが同じ時計の同じ時間を身に着けているという
一体感は十分得られた。

ライバル会社の人たちから、
そうきましたかと感心されました。
こういう互いが切磋琢磨できる関係。
「街」の飲食店ならではだなぁ‥‥、って思い出します。

お店に行ってみたら、
まず客席から見えるところに時計があるかどうか
見てみてください。
ついでに、サービススタッフの手首に
腕時計があるかないか。
もしあったとして、
その腕時計はどういうもので、
どう装着されているのか。
そしてそれらの理由を考えながら、
そのお店が私たちに何を伝えたいのかに
思いを巡らしてみるのもお店の楽しみ方のひとつ。

また来週。

2020-07-23-THU

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© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN