おいしい店とのつきあい方。

018 おいしいものをちょっとだけ。その15
ゆし豆腐と島豆腐。

飲食店の経営者にはいろんなタイプの人がいます。

例えば料理を作るのが得意で経営者になる人がいる。
自分が作る料理を食べれば、
人は必ずシアワセな気持ちになるんだという
自信をもって経営する。
その考えにゆるぎはなくって、
それが頑固さや、頑なな経営姿勢になったりする。
でも従業員にも厳しくて、ワンマン経営になりがち。
いっぽうでちょっとしたお客様からの指摘に
ビクビクしたり、
ときに過剰反応をおこしてしまう小心者の側面もある。

ボクに会いたいと話し合いの場に来る
ライバル店の会社の社長が
そんな人が来たらどうしよう‥‥、
ってちょっとビクビクしていました。

料理をたのしく食べるのが好きで仕方がないから
経営者になったという人もいます。
何ごとに対しても発想は柔軟。
従来の規則とか定石とかよりも、
独創的なアイディアを信じて行動してしまう。
サービス精神旺盛だから儲けるのが下手。
大切な判断を直感でしてしまうので、
周りがふりまわされてしまう、というようなこともある。

どちらかというとボクがそういう経営者で、
そういう部分が多かれ少なかれあるので、
向こうもそういう人だったらなんとかうまくやれるかも。
直感と直感のすばらしいマリアージュが生まれるとしたら
うれしいなぁ‥‥、とも思った。

お酒を飲むのが好きでバーや居酒屋を経営する人もいます。
人を使うのが上手な人が経営しているお店は、
同じプログラムで動いているロボットが働く
お店のように見えたりする。
純粋に金儲けの手段として飲食店を経営する人も
当時から少なからずいて、
そういう人だったら丁重にお帰りいただこう‥‥、
なんて思っていたりもしていました。

そしてその日がやってきました。

やってきたのは白いシャツに
上等なジャケットを着た好青年でした。
笑顔も爽やかで、
はじめましてと自己紹介をしながら
名刺を渡す姿も様になっている。
一緒にやってきた会社のスタッフに対しても
いばることなく、
言葉遣いも丁寧で、
この人となら同じテーブルが囲めるなぁ‥‥、と思った。

ボクが仕事において
パートナーシップを組んでもいいな‥‥、
と思う基準のひとつが
「一緒のテーブルを囲んで
食事がたのしくできそうかどうか」ということ。
ひとつ、というよりも、それが最も大切な基準であり、
だからボクはワクワクしながら彼の話を聞くこととした。

彼はこう言います。

あなたの店をライバルのひとつとして
一生懸命がんばってきた。
手本にできるところは手本にし、
けれど簡単に真似することはせず、
「自分たちならでは」をなんとか手に入れ
独自性を出そうと思って、
目玉として考えたのが島豆腐を沖縄から空輸すること。
人気も出て、してやったりと思ったのもつかの間、
あなたがとった対抗策が、
島豆腐を負けずに空輸することでなく、
海水を取り寄せゆし豆腐を作りはじめるという
思いもつかない方策で、
ライバルながらあっぱれと勉強させていただきました。
ついては、あなたのお店のゆし豆腐から
島豆腐を作ってはいただけないか‥‥、
というわがままなお願いをしにまいりました。
当然、御社にとって無理のない、
十分に利益をとっていただける適価で
買わせていただこうと思っていますが、
いかがでしょうか‥‥、と。

あぁ、なんとたのしいことを考える人が
この世の中にはいるんだろうか‥‥、とうれしくなった。
ゆし豆腐を型に入れ、
搾り冷やして島豆腐にするための設備は
決して大々的なものではない。
場所も厨房の無駄にしているスペースを使えば
なんとかなるだろう。
考えはじめると二人の気持ちは先に先にと向かっていって、
一個いくらで作ることができるだろう‥‥、
と計算機を持ち出し早速、計算してみる。
彼らが沖縄から仕入れている豆腐の値段はかなりのもので、
それに比べれば案外安く作れるんだということがわかる。
結局、彼らは今、沖縄から仕入れている島豆腐の値段で
ボクたちからできたての島豆腐を買うと決定。
差額は手間賃に当ててください‥‥、と、
今のはやりの言葉でいえばまさにウィンウィン。

試作を何度か繰り返し、
これならいいだろうという品質の豆腐が完成。
それを使って作った料理のおいしいこと!
ライバルのボクも思わず嫉妬するほどのおいしさで、
発売に先立って彼らがこう言う。

あなたのお店のゆし豆腐で作った豆腐だと
謳ってもいいですか‥‥、と。

それならうちの店でも、
このゆし豆腐を使った豆腐を召し上がりたいなら
あなたの店へ‥‥、と宣伝しましょう。

ボクらはゆし豆腐で十分人気をとっていたし、
それを搾って島豆腐を作ろうというアイディアは
彼らのものです。
だからボクらは自家製の島豆腐を使うことなく、
作った島豆腐はずっと彼らの独占販売。
不思議なことにボクらのお店は
彼らが出店する以前の売上を回復し、
徐々にそれを上回るようになっていく。
彼らの店も順調で、
気づけばエリアの沖縄料理の市場は
2倍以上になったわけです。

「街」の商売はげにオモシロイ。
また来週といたしましょう。

2020-07-16-THU

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