おいしい店とのつきあい方。

007 おいしいものをちょっとだけ。その4
ランチが「はしご」だった時代。

日常的なランチの値ごろ感は
800円から1200円くらいなんだ‥‥、と言われます。
そしておもしろいことに
このランチの予算はここ30年ほど変わっていない。
むしろ一時期、ワンコインの満腹を売るチェーン店が
ブームになって下がったことがあるほど。
日本の飲食店の努力の賜物といえばいいのか、
お店同士の過ぎた競争の象徴といえばいいのか。
ただ安売り競争もひと段落して、
わざわざ行くにふさわしいお店のランチは
1200円前後という基準を今では取り戻してる。

さて、このランチの予算をどう使うかです。

かつてファストフードや
ファミレスといった店がまだなかった頃。
もう40年以上も前のことになりますか。
昼飯と言えばうどん屋やそば屋。
定食屋さんでとることが当たり前のことでした。
値段は大体500円ほど。
今の値段に翻訳すれば
800円くらいというような感じでしょうか。
それらの店はどこも料理が出てきたらさっさと食べて、
お腹いっぱいになったらそそくさ席を立つ‥‥、
という店でした。

どんな場所でもタバコが吸えた時代です。
だからよほど忙しい店は別として、
食事の前に一服し、食事を終えてもう一服。
ついでにもう一服、
場所を変えてのんびりしようかと
多くの人が喫茶店に席を変えて昼休みの残りを過ごした。

喫茶店のコーヒーは当時で大体300円。
今だと400円程度になりましょうか。
つまり、今の感覚で
定食屋の800円とコーヒー一杯400円、
都合1200円の予算を使う、
それが昔のランチの外食の仕方でした。

中にはランチセットを売る喫茶店もありました。
カレーライスやナポリタンと言った軽食料理が中心で、
800円でコーヒー付きという売り方。
コーヒーで儲けることができるから、
料理の値段は控えめにという戦略があたって、
結構流行るお店もあった。
けれど喫茶店と言えば小さなテーブル。
テーブルとテーブルの間は狭く、
タバコの煙が渦巻く空間。
喫煙者にとっても
食事する空間にはふさわしくないと感じられたし、
料理のメニューが多いわけじゃない。
だからやっぱり、食事は食事をするお店、
食後のコーヒーは喫茶店と役割分担ができていった。

そんななかで、
ファミリーレストランが革命を起こしました。
ゆったりとした空間に大きなテーブル。
座り心地がよい椅子に豊富なメニュー。
しかもよいサービスに食後のコーヒーまでたのしめる。
その上、「コーヒーおかわり自由」ときたものですから、
今まで2軒だったところを、
移動することなく1か所で
たのしむことができるようになるわけです。
みんな便利と感じて大繁盛。

ランチをはしごする時代が終わりを迎えたのです。

ファミリーレストランが一軒できる、
その周辺の食堂は半分になり喫茶店は8割潰れる‥‥、
なんてことがいわれた1980年代。
喫茶店というのは
「お腹いっぱいにならないシアワセ」を
お客様に提供していた、まさに「虫養い」の場。
売上は決して多くなく、
大抵が夫婦ふたりでやっていて強欲とはほどとおい、
つまり経営的にも
「お腹いっぱいにならないおだやかさ」で成り立っていた。
そういうお店が、ひたすらお腹いっぱいになろうと
強欲に事業を広げる外食産業に苦しめられるって、
なんだかすごく切ない話。

さて来週は夜のはしごの話をしましょう。

2020-04-30-THU

  • 前へ
  • TOPへ
  • 次へ
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN