おいしい店とのつきあい方。

042
破壊と創造。その20
もてなしのために。

いかなるお客様の要望にも、
真摯にしかも正確に対応してくれるというので
有名なお店があります。
フランス料理のレストラン。
パリに本店があって、料理の品質は折り紙付き。
ただ料理以上におもてなしの水準が
極めて高いというので有名でもある。

大きな客席ホールにゆったりテーブルが配置され、
内装の細部まで魂が宿っているかのような贅沢な空間。
大切なお客様のおもてなしのために
何度か使ったことがありますが、
一度たりとも、お店の人たちのもてなす態度や
料理に失望させられたことはなく、
しかもサービスや料理が安定していました。
スタッフが変わっても
サービスのスタイルや品位は変わらず、
店の状態がいつも同じであることは
感動的ですらある店です。

いつも同じであるということは、
大切なお客様をもてなすにおいて
とても大切な要素のひとつ。
ボクが行ったときには素晴らしかったけれど、
お客様を連れて行ったときには駄目だった‥‥、
では話にならないのです。
だからいつも同じのその店は
お客様を連れて行くのにふさわしい場所。

ただ一点だけ、
行くたび変わるものがこの店にはあります。

テーブルの配置。
テーブルの形。
テーブルを囲む椅子の数にその方向。

例えば、前回行ったときには
正方形のテーブルと椅子が2客、
向かい合わせに並べられたテーブルがあった場所に、
今回は大きな円卓が置かれ、
椅子が4つ、その円卓を取り囲んでいたりします。

この店のサービススタッフの一日は、
今日の予約表を見ながら
どのようなテーブル配置にするのかを相談し、
決めることからはじまるといいます。

──このお客様は目立ちたくないとおっしゃっていた。
声の印象では男性は50前後。
女性と一緒にお越しになると言っていたから、
お店の一番奥の柱の影にテーブルを設えましょう。
一方、こちらのお客様は
間もなく結婚を控えてらっしゃるという
初々しいカップルだから、私たちの目の行き届く、
けれどお店の端のほう、
緊張しないですむ場所に
小さめのテーブルを用意して差し上げましょうか──、
と、そんな相談、そして行動。

ボクは彼らに聞いたことがあります。
先週の課題にしたのと同じ質問です。

普通、レストランにおいて
お客様を上座に座らせると
自然とサービスをする皆さんに
ホストであるボクは背中を向けることになります。
お客様を上座に座らせながら、
ボクが皆さんの様子を確認したり、
サービスのヒントを
さり気なく伝えることができる座り方って
あるんでしょうか‥‥、と。

「わたくしどもを
完全に信頼していただくことができますれば、
サカキさまはお客様をもてなすことだけに
集中していただけます。
たのしい会話に集中していただけるよう、
サービスのことをあれこれと煩わせないよう
わたくしどもがいるんだということを
まずご理解頂いた上で、
それでもとおっしゃるのであれば秘策をひとつ」

そう言ってサービス長が窓の方を指差します。

「わたくしどもの店の外には
ありがたいことにうつくしいお庭が広がっております。
ホールを飾るどんな調度よりも。
壁にかかったどんなに美しく立派な絵よりも、
この庭園をながめながら食事をしたいと
誰もが思うものでしょう。
したがって庭が見える席が当店にとっての定石。
そして庭園は厨房の反対側。
サカキさまが庭園を背中に座っていただければ、
サービスをするわたくしどもを
いつも観察していただける。
料亭に庭園があること、
グランメゾンと呼ばれる店が一戸建てにこだわること、
そして小さくとも窓の外に木を植え、
お客様の目をたのしませる意匠を外に設えること、
どれもが上席を逆転させる工夫でもあると
思っていただくと、
景色の重要性がおわかりいただけようかと存じます。
ただご注意召されたいのが、
夜になると真っ暗になり
せっかくの庭の眺望をたのしめなくなるお店もあること。
わたくしどもの庭園はライトアップされて
夜にもうつくしい庭でございますゆえ、ご心配なく」

なるほど、なるほど。
そういう手があったかと感心した次第。

それにしてもコロナの猛威が止まりません。
このまま行くと、外食産業が壊れてしまう。
そんなときに「壊れぬような努力」をすることも
大切だけど、いっそ壊れてしまう前に自ら壊れ、
再構築して再生する。
そんな飲食店の知恵の話を来週から。
破壊的創造の話であります。

2021-01-14-THU

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