おいしい店とのつきあい方。

016 おいしいものをちょっとだけ。その13
すぐ近くにライバル店が!

ボクが経営していた中には
「街」のお店もありました。

正確にいえば、もともと「街」でお店を何軒か営業し、
「街」で実績と評判をとってから
「館」に店を作ることになったので、
「街」の商売のやり方に関しては慣れていたのです。

「街」の商売は自由です。
何を売るのか。
いくらで売るのか。
営業時間に定休日。
「館」の中ではディベロッパーに相談したり、
彼らが決めた通りのルールを
守らなくちゃいけない不自由がまるでない。
やりたいことをやりたい通りにできるのです。

ただその自由はボクの店だけに許されることじゃなく、
他のお店も同じようにやりたいことを
やりたい通りにできるということでもある。
つまり「街」は自由に競争ができる場所なのですね。

たとえばこんなことがありました。
ボクたちがやっていた沖縄料理店の3軒隣りに、
同じく沖縄料理のお店ができると、
食材を納入してくれている業者さんが教えてくれた。
たしかにそこでは大々的な改装工事が続いていて、
厨房機器も運び込まれていたから
飲食店になるんだろうと思ってはいたけれど、
なんと同業者がやってくる!
「館」であれば絶対ないことです。
「街」でする商売の最大のリスクがふりかかってきたと、
ボクたちはにわかに緊張します。
店の外観は徐々に派手派手しく装われ、
琉球瓦をのせた軒がせり出して、
入り口脇にはシーサーがおかれるという、
かなり作り込まれた沖縄ムードを演出しています。

沖縄料理を日常的に食べる習慣のある人の数は、
東京では決して多くありません。
そんな中でも多くのおなじみさんたちに支えられて
人気の店と言われていたのがボクたちのお店でした。
その人気にあやかろうと、
近所に同じような店を作る判断をしたのでしょう。

飲食店の出店場所を選ぶにあたって、
単純だけど、成功率の高い手法に
「繁盛している同業店の近所を選ぶ」
というものがあります。
その場所にお客様が確実にいて
売り上げがとれるというマーケティングが完了してる。
しかも既存の人気店が
そのマーケットを耕してくれているから、
成功する確率が高いに違いないというのが根拠で、
それで彼らはボクたちの店の近所を選んで
出店したのでしょう。

ただ近所に店を作られるボクたちにとっては大変な出来事。
もしまったく同じ店が一軒増えれば売上げは半分になる。
なんらかの差別化がなされなければ、
最悪の場合、共倒れになる。
だからボクたちは彼らがどのような沖縄料理店を
オープンさせるのか、手がかりを一生懸命探しました。

驚くほどの数の照明器具が運び込まれていく。
明るい店になるんだろうなぁ‥‥。
運び込まれるテーブルは小さく、
椅子も硬くて頑丈なもの。
ギラギラ明るく、
大衆的で居酒屋っぽい店になるんだろうなぁ‥‥、
と想像します。
酒屋さんに聞くと、
生ビールや酎ハイのサーバーをいくつも設置していたという。
だとすれば、アルコールに安い値段をつけて
ガンガン売るつもりなんだろうなぁ。
やっぱり大衆居酒屋系だなと、確信が深まっていきます。
アルバイト募集のチラシの時給は低めで募集人員も多い。
つまり学生バイトを中心に
営業をしようということなのでしょう‥‥。

ならばボクらはサービスの良さで
差別化しようじゃないかと
サービススタッフを増強することにした。
以前から一緒に働きたいと言ってくれていた
若いソムリエとソムリエールも合流し、
泡盛をソムリエ的に分析して
ワインチャートのようなチャートを作ったりもした。
例えば、明るい香りでコクのある後口がスッキリとして、
オンザロックで飲むならどれ? って、
お客様からの質問に即座に答えられるサービスを
ステキと感じるお客様を囲い込めばいいんだ‥‥、
と差別化の方針を決めました。

ほどなくして店のチラシが配られます。
メニューのコピーが添えられてて、
ビックリしたことにボクらの店の品揃えとほとんど同じ。
まぁ、普通の人が食べてみたいと思える
沖縄料理の種類は限られていて
メニューは大体同じようになっていく。
そこをメニューの並べ方や値付け。
あるいはネーミングを駆使して
独自のメッセージに仕立てていくものなんだけど、
その「味付け」部分もボクたちの店にすごく似ていて、
随分研究したんだなぁ‥‥、
と感心すると同時に闘志が湧いた。
闘志が湧いた理由は、
彼らの値付けがボクらの店より
ちょっと安めに設定されていたから。

安売りで戦いを挑んでくる店と
戦う方法は熟知している‥‥、
と自信がありました。
手をかけず大量に作って
売りつけることが上手な人が制するのが
安売りという戦いです。
彼らは本来かけるべき手間をかけず、
お客様一人ひとりの声を聞かない。
ならばボクたちは彼らができないことをすれば良い。
ありがたいことにボクたちは
そういうことが得意だったから、
負ける気はせず、その店の開業の日を迎えたのです。

さすがにしばらくの間は暇でした。
ファーストドリンク無料なんていう
オープンキャンペーンにつられて
ボクたちのお店のおなじみさんも引っ張られていく。
とはいえ、ボクたちができることといえば、
いつものことをいつもの通りにすることだけで、
ただ粛々と日々の営業を続けていった。
そして1ヶ月。
驚くようなことがおきます。
ボクたちが想像していた以上のことがおこったのです。

2020-07-02-THU

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© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN