おいしい店とのつきあい方。

039 破壊と創造。その17
料亭がなくなる。

悪巧みをする飲食店で思い浮かぶのが
「料亭」という言葉じゃないか‥‥、と思います。

政治家や要人たちの密談の場であり、
会社幹部による秘密の商談、あるいは接待。
ときに有名人がお忍びでやってくる大人の遊び場。

ただその実態は分厚いベールに包まれて、
なかなか詳らかにはならぬ存在。
しかも絶滅危惧種です。
ちなみに日本の料亭、
ここで説明した本来の意味での料亭は、
すでに日本に数十軒しか残っていず、
さらにこれからの10年で
半減してしまうのではないかと言われています。
もったいないです。

料亭は基本的に紹介制。
一見(いちげん)さんはお断りです。
料亭という場所は非日常に戯れる場所。
世の中でもっとも日常的なものはなにかといえば
それはお金で、
夢の国ではお金のやり取りはしないもの。
請求書は、あとからやってくるのです。

今日、いくら払うのかわからぬままに宴ははじまり、
一体いくらかかったのかわからないまま
笑顔でお店をあとにする。
よほど裕福で鷹揚な人でなければできぬ芸当。
そういう人かどうかは、
その人の知り合いのお墨付きの上に
はじめて成り立つもので、
それで紹介制に頼るということになるのでしょう。
ご紹介があり、信用ができる人とわかっていればこそ
作家物の器を安心して使うことができるし、
床の間の掛け軸や調度品も一流のものを使えもする。

それに秘密に溢れた場所でもあります。
そんなところに秘密を持たない無垢な人が紛れ込んだら、
互いのバランスが崩れてしまう。
みんなが同じ程度の秘密をもって集まることで、
会員制のサロンのような存在になる。
それが料亭です。

それは伝統的な日本の建築様式の建物でなくては
なりません。
当然、日本庭園は必須の設え。
壮大なものもあれば、
中庭的なしっとりとした風情のあるものもあり。
当然、日本料理が供されます。
けれどお客様が
「黒酢の酢豚を食べたい気分なんだが」
なんておっしゃったりする。
あくまで何気なく、独り言のように言ったそのつぶやきに
さりげなく対応してこそ料亭の面目躍如たるところ。
と言って日本料理の厨房で
おいしい酢豚が作れるはずもなく、
そんなときには出前をとります。
だから料亭はポツンと一軒で存在できず、
近隣においしいお店があってこそ。
芸者衆を呼べるというのも料亭の条件であって、
とすると近所に置屋さんがなくちゃいけない。
つまり料亭は地域との深いつながりの中で育っていくもの。
日本の「町文化の集大成」のような場所でもあるんだ‥‥、
とボクは思うのです。

その界隈でおいしいお店やバーのありか。
お土産物にぴったりな和菓子、洋菓子、
粋な雑貨を買いたいと思ったら
料亭の女将さんに聞くのが一番。
一見さんお断りのお店や、
予約が取りづらい店に
どうしても行きたい事情があったとして、
困り果てたら料亭の女将さんの力を借りる。
それまで開かなかった扉がすんなり開いたりする。

銀座の名の通った老舗のクラブも
同じような場所かもしれない。
おなじみさんの紹介がないと入れないし、
お勘定を心配しない裕福な気持ちを用意しないと
たのしめない。
銀座のクラブの秘密は外に決して漏れないし、
お店のママは銀座の街のコンシエルジュのような存在。
ボクも何度か、急な接待をしなくちゃいけなくなったときに
お世話になったことがあります。
銀座に限らず、大阪、博多、名古屋、京都と、
たよりになるママのお店を贔屓にしていたけれど、
その中の3軒はもうなくなっちゃった。
1軒はママが高齢化して店じまい。
あとの2軒は不景気のため廃業しちゃった。
跡にはカジュアルなラウンジや
キャバクラになっていていて、
それは料亭にしても同じことなのです。

そもそも東京にも60軒ほど。
京都のような日本の文化が脈々として息づいている街でも
10軒ちょっとしか、
もう料亭は残っていないと言われます。
料亭を名乗る飲食店は多いけれど、
上に説明したような条件を満たした店は本当に少ない。
そしてこのコロナ禍によって、
その数はますます少なくなってしまうのかもしれないと、
もう気はそぞろ。
飲食店の存在意義を
考え直さなくちゃいけないのかしら‥‥、
って2020年の後半はずっと心配しておりました。

さて来週。
今年最後の日に、
飲食店とは一体なにものなのかということを
考える日にいたしましょう。

2020-12-24-THU

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© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN