おいしい店とのつきあい方。

014 おいしいものをちょっとだけ。その11
雨の降らない街。

「街」で飲んでいた、としましょう。

そこはこじんまりとした落ち着ける小料理屋。
カウンターにテーブル、小上がりがあって、
カウンターの中には酒燗器、
おいしそうな惣菜が鉢に入って並べられ、
奥の厨房で料理を作る無口なご主人の
粋な背中に惚れ惚れするような、愛らしい店。

青柳のぬたをもらって湯豆腐、
そして焼いた魚で酒を飲む。
小一時間ほどたのしんで、
長居するのも粋じゃないよなとお勘定をお願いする。
そのタイミングで、店の入り口がガラッと乱暴に開いて、
お客様が飛び込んでくる。
見ると背広が濡れている。

「雨が降ってきちゃったよ」と服の雨粒を振り払いながら、
「通り雨だと思うけど、しばらく激しく降りそうだよ‥‥」
って席につく。
伝票の準備をしようとしていた女将さんが手を止め、
しばらく雨宿りをされていかれませんか、
そう言いながら入ってきたばかりのお客様に
小さなタオルを用意する。

「そうだね。
せっかくだから冷やをいっぱいもらおうか。
ついでにちゃちゃっとできる
おいしいものを見繕ってくれるといいなぁ‥‥」
なんて腰を落ち着ける。
しばらく激しく続いた外の雨の音は、
20分もしないうちにおさまる。
女将さんが「もう、雨は上がったのかしら」と
ひとりごとのようにぽつりと言うのに合わせて、
入り口近くに座ってたお客さんが、
ガラリと扉を開けて外を見る。
「雨はあがったみたいですよ」
そのひとことにお店の中は安堵の空気に満たされる。
「女将、そろそろ失礼しようかな」
とお客様がひと組、そしてまたひと組と
席を立って雨上がりの街へと出ていく。
そのたび、女将さんが
「いってらしゃい」と声をかけて送り出す。

多くの人ははしご酒をたのしむために、
次のお店に場所を替えにいくのでしょう。
まさに「いってらっしゃい」という言葉が似合う
「街」の出来事。

飲食店は天気、気候に
売上が左右されるビジネスだって言われます。
雨が降るとお客様の出足が鈍る。
風も寒さも、あるいは過ぎた暑さも客足を影響を与えるし、
売れる料理も変わっていく。
冒頭のエピソードのようなタイミングに雨が降ると、
客席の回転しないから
せっかくの売上チャンスを逃してしまうことにもなる。

けれども「館」の中は
一年中、同じ温度で管理されている。
快適な空間です。
「街」の飲食店が苦労する雨や風の強い日には、
その快適を求めて人がよく集まったりもする。
雨が途中で降っても、お客様は気にすることなく
ゆっくり食事をたのしんでくれるなんて、
いいとは思いませんか。
そう「館」の人たちは「街」にはない便利や快適を
テナント候補にアピールする。

本当の「街」の欠点をなくした「人工的な街」が「館」。

それがデベロッパーの言い分です。

でもそれは「欠点がなくなれば
より良いものになるんだ」という考え方。
果たしてそうなんだろうか‥‥、
と当時のボクは思ったのです。
雨も降らないような街は魅力的な街なんだろうか。
風が吹かないような街で、
冬のおしゃれをどうすればいいんだろう。
そもそも年がら年中同じ温度の空間で、
季節の料理をどうたのしめばいいんだろう。

日本の料理は季節の料理。
汗を流してお店に飛び込むからこそ、
夏の冷やし中華はおいしく感じる。
コートの襟を立てるほどに寒いからこそ、
今日は鍋を食べに行こうかと皆の気もちが盛り上がる。

飲食店は好き、嫌いで選ばれる。
良い、悪いで選ばれるわけでないのがオモシロイところで、
良い店というのは欠点のない店。
悪い店は欠点だらけの店ということになる。
けれど少々の欠点があっても、
その欠点を補ってあまりある魅力がある店を
人は好きになるのです。

欠点の中には「愛すべき欠点」と呼ばれる欠点がある。
「街」にあって「館」にはない欠点は、
雨が降ったり風が吹いたりすることばかりじゃない。
愛すべき街の愛すべき欠点。
また来週といたしましょう。

2020-06-18-THU

  • 前へ
  • TOPへ
  • 次へ
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN