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寝心地のよさのひみつ

未分類

伊藤
マットレスも、枕もそうなんですが、
マニフレックスって、
硬さやフィット感だけじゃなく、
使っていてとても快適ですよね。
そこにはなにか秘密が?
マニフレックス
はい。「オープンセル分子構造」というんですけど、
素材そのものに分子レベルで
ジャングルジムみたいに穴が開いていて、
通気性がすごくいいんです。
寝てる間はコップ1杯分ぐらいの汗をかくといいますが、
特に頭って汗もかくし熱がこもるので、
こんなふうに通気性のいいものを使って、
蒸れずにお休みいただけるというのは、
眠りの要素として大事ですよね。
そういえばこんな実験があるんです。
下からドライヤーで熱風を当てると、
マットレスの上に置いた羽毛が
フワッと浮き上がってくるんです。
ここが一般的な低反発の芯材との違いですね。
耐久性については、
つぶして戻してみたいなことを繰り返す
テストをするんですけど、
そういうことに厳しいドイツの基準を
しっかり高い基準でクリアしています。
伊藤
へたりにくい、ということでもありますね。
マニフレックス
はい、買って最初のうちがいいのは
当たり前なんですけど、
10年、12年、15年という形で
変形に対する保証をきちっと謳っています。
15年保証のものを10数年使ったら、
真ん中が凹んじゃいました、
みたいなことがあれば、
新しいものと交換しますよっていうことです。
寝心地そのものは
徐々にはやわらかくはなっていくんですけど、
落ち窪んじゃうとか変形しちゃうとか、
つぶれて戻ってこないみたいなことは起こりません。
逆にそれだけ耐久性もあって通気性もあるので、
真空ロールにしてもお宅でもう一回開けたときに、
空気を吸って反発力できちっと戻ってくるっていうのが
実現できてるんです。
伊藤
真空ロールは、発明ですよね。
マニフレックス
輸送コンテナへの積載量が大幅に上がるんですよ。
マットレスのままだと
170台ぐらいしか積めなかったものが、
8倍近く積めるようになりました。
当然海を渡って運んできますんで、
CO₂の発生量を抑えるのにも貢献しています。
とはいえ、真空ロールにはフィルム、
平たく言えばビニール素材を使っていたので、
これを減らせないかとかっていうアプローチも
どんどん加速させています。
普通のパッケージに比べれば、
もともと省ゴミなんですけれど、
ちょっとでも減らせないかというので、
ゴミの量が1/10ぐらいになることを目指して、
新製品中心に、
徐々にこの新パッケージに切り替えています。
ロールを入れる段ボールも使わずに、
直接デリバリーの伝票を貼ってお届けしているんです。
そこに使うインクまで考えて。
あと、ちょっと補足というか蛇足かもしれませんけど、
コロナ禍のときにも、
スイスのメーカーがいちはやく開発した
コロナウィルスに対応できる薬剤を
染み込ませたファブリックを使いました。
やっぱり寝室というのは、
マニさんからの変わらぬ考えとして、
一番無防備で家族が安心安全で安眠するために
くつろげる場所でなくてはならないという思いがあるので、
そういう空間を提供していきたいと、
日々の企業努力を重ねているブランドです。
‥‥長々となりましたが、
マニフレックスのご紹介をさせていただきました。
伊藤
ありがとうございます、
とてもよく理解できました。
マットレスから始まったマニフレックスにおいて、
枕はいつから登場したんですか。
マニフレックス
まくらは、2003年に発売を開始しました。
一番最初は「バイオシェイプピロー」というもので、
日本人の頭と首の形に合わせて作ってもらったタイプ。
今回の「フラットピッコロ」はイタリアでも販売している、
全世界型のノンシェイプタイプの低めの枕です。
ちなみに枕の中で、数的に売れているのは
「ピローグランデ」っていう大きいタイプですが、
「フラットピッコロ」はそれに次ぐ人気ですよ。
伊藤
「フラットピッコロ」の登場は、
本国では‥‥。
マニフレックス
本国は昔からありました。
日本に参入したのが2010年です。
伊藤
そうなんですね。
そこから、ロングセラーに?
マニフレックス
ロングセラー‥‥であることは間違いないんですけれど、
最初から売れていたかというと、そうではなく、
ここ4、5年で急にワッと評判になってきたんです。
伊藤
何かきっかけがあったんですか。
マニフレックス
女性の方に低めのまくらのニーズが増えてきたこと、
美容エディター的なお仕事の方たちが
テレビや雑誌で「気に入って使ってます」って
取り上げてくださったことですね。
それもタイアップではなく、
ご自身の思いでお伝えくださったのが
大きかったと思います。
伊藤
なるほど。
わたしは単純に「寝心地がいいなあ」と。
マニフレックス
ありがとうございます。
ロジカルに「こういう理屈だから、いいんです」よりも、
身体を預けたときのなんとなくの感覚、
無条件の開放感とか安心感、
落ち着くなぁとか、しあわせだなと思う、
その印象が大事ですよね。
伊藤
そうですね。
「フラットピッコロ」の素材は──。
マニフレックス
枕はすべて
「エリオセルMF(マインドフォーム)®」という素材です。
全身を受け止めるマットレスには
「エリオセル®」という反発力がしっかりあるもの。
頭と首を受け止める枕には
センシティブにきちっと反応して受け止められる
「エリオセルMF®」を使っているんです。
伊藤
クルクルってできることから、
旅に持って行かれる方も多いんですか。
マニフレックス
多いですね。
われわれもイタリア出張の時は持っていきます。
マットレスは、特にフィレンツェに行くと
マニフレックスが入っていることも多いんですが、
枕はフカフカッとしたタイプが多いんですよ。
伊藤
ヨーロッパのホテル、その印象がありますね。
フカフカの枕が複数あると、
幸せな景色が演出できるんですよね。
いかにも上等なベッドルームの雰囲気が出るから。
マニフレックス
そうなんですよね。使い勝手は別として、
見た目と、クッションに近い気持ち良さがありますね。
でも寝るときは、枕はやっぱりマニフレックスです。
伊藤
社内でも使ってる方が多いんでしょうね。
マニフレックス
弊社、自社製品の使用率がとても高いと思います。
ご家族を含めて愛用者が多い。
自社製品を、友人だったり、大切な人に勧めて
喜んでもらえるっていうのは、
社員としての誇りです。
伊藤
今回「フラットピッコロ」には
「トラベルロール」という
ピローケースをつけたまま丸めることができる
持ち運び用のアイテムが付属しますね。
これ、日本だけのオリジナルだと聞きました。
マニフレックス
はい、スタートは日本です。
もともとはうちの代表の発想で、
丸めたらいいんじゃないかって。
でも今は本国でも「スシ」といって、
製品化されているんです。
伊藤
すごいですね! 
そっか、巻くから「スシ」(笑)。
マニフレックス
身内ながら、代表のアイデアと着眼点、
先見の明はさすがだと思います。
今、良くも悪くもマーケティングで、
お客さんが何を求めるかを探りますよね。
それもまたすごく大事なんですけど、
代表はどちらかというと
「思い」で進んできた人なんですよ。
「これはいいものだし、自分がそう信じてるから、
皆さんにも伝わるはずだ」っていう信念で。
伊藤
それって大事なことですよ。
売る方が自信がないとお客様も不安です。
マニフレックス
そうですね。長く使ってもらうものだし、
枕もマットレスも誰もが使うものなので、
嘘がつけない。
リピーターを大切にしていこうというのも
一つはっきり最初からコンセプトとしてあったので、
アフターサービスとかいろんなケアを含めて、
大切にやらせていただいています。
今回も、耐久性の保証を3年つけています。
通常のご使用においてつぶれてしまったり、
変な形がついてしまったりすることは、
本来、ないので、そういうことがあれば
お申し出いただいて、
お預かりして検品をさせていただいて、
弊社規定に合致する場合は
新しいものに交換します。
伊藤
ありがとうございます。
気温、室温で変化がないというのもいいですよね。
マニフレックス
寒い部屋では硬くなったり、
夏場は逆にフニャッとしちゃったりする
芯材もありますからね。
その点、マニフレックスは安定しています。
伊藤
私がいいなと思ってるのは、
方向が決まっていないことです。
立体的な枕って、置き方が決まっているものが
多くあるんですけれど、
うっかり反対側にして寝ちゃったりするんですよ。
フラットピッコロはそれがないので、
表裏も、左右も気にせずに使えます。
逆にいつも違う方向で置いて、
片寄らないようにしています。
‥‥片寄ることもないんですけど。
マニフレックス
片寄ることはありませんが、
それがいいと思います。
より長持ちするのはそういう使い方だと思いますから。
伊藤
よかった! 
この気持ちよさが、
多くの方に伝わるといいなと思います。
ありがとうございました。
マニフレックス
ありがとうございました。

「マニさん」がはじめたマットレスの会社

未分類

伊藤
こんにちは。今日はよろしくおねがいします。
マニフレックス
こちらこそよろしくお願いします。
伊藤さんとお付き合いが始まったのは──。
伊藤
「weeksdays」でベッドフレームを作ったときですよね。
そのときはフレームのみの販売でしたが、
もともと私はマニフレックスのマットレスを
20年くらい使っていたので、
みなさん興味がおありかもしれないと、
クレジットを掲載させてください、
という連絡をさしあげたんですよね。
マニフレックス
そうですよね。
フラッグ・FX」を使ってくださっていると。
そういうありがたいご縁がありました。
伊藤さんに使っていただけたらいいのになって、
ずっと社内の話題になっていたんです。
伊藤
そしてきょうは、
「weeksdays」を読んでくださっているかたに
マニフレックスがどんなブランドなのかを
お伝えしたくて、取材にうかがいました。
マニフレックス
ありがとうございます。
そもそもマニフレックスは、
「マニさん」っていう人が創業したんです。
元イタリアの自転車ロードレーサーである、
ジュリアーノ・マニ(Giuliano Magni)さん。
伊藤
マニさん。そうだったんですね。
マニフレックス
今は亡くなって、代替わりしていますけれど、
現在も3人の息子さんが舵取りをしている
イタリア的なファミリー企業なんですよ。
大手資本ではなく、自分たちで運営をしています。
伊藤
そうだったんですね。ちょっと意外かも。
マニフレックス
日本では1990年代から輸入販売が始まりました。
伊藤
わたしがマニフレックスを体験したのは
たぶん、軽井沢の万平ホテルだと思うんです。
以前から好きなホテルで、
軽井沢の家をつくる前から、
よく宿泊していたんですよ。
マニフレックス
そうでしたか。
リニューアルで閉じられる前まで、
うちのマットレスを使ってくださっていました。
きっと伊藤さんも万平ホテルのお部屋で
知らず知らずこの寝心地を
体験なさっておられたんですね。
伊藤
そうかもしれないですね。
マニフレックスかどうか、確かめないままでしたが、
「寝心地に違和感がない」
という印象で宿泊をしていました。
寝るときって、違和感があると
ほんとうに大変じゃないですか。
海外でも、都市での宿泊には
アパートを借りることが多いんですが、
ちゃんとしたホテルに比べて、
枕がつらいな、と感じるんです。
それでフランスに仕事で行ったとき、
この枕を持っていったんですよ。
マニフレックス
ありがとうございます。
機内持ち込みにして、
移動中に使うかたもいらっしゃるんですよ。
広げてよし、まるめたままでも
クッション代わりになるので。
伊藤
たしかに、これぐらいなら大丈夫ですよね。
帰路は割れ物を包むクッションにもなりました。
マニフレックス
なるほど!
伊藤
旅先だけじゃなく、
軽井沢の家でも使っています。
枕に関してはこれまでもいろいろ試してきたんですが、
高さが合わなかったり、
「こういうふうに寝てください」というような
マニュアルが自分にピンとこなかったり、
なかなか気に入ったものに巡り合えずにいたんです。
でもこの枕は──、なぜでしょうね。
何がよかったのか、うまく説明ができなくって。
お客様は、どんな方が、
この枕がしっくりくるとおっしゃいますか。
マニフレックス
大きく厚い枕が苦手な方、
枕をあまり使わないでお休みになる方、
使ってもタオルを重ねる程度とか、
そういう方が、
これがしっくりくるとおっしゃいますね。
伊藤
ところで、マニフレックスがどういうメーカーなのか、
あらためて教えていただけますか。
マニフレックス
はい。マニフレックスは、
フィレンツェで創業して63年のマットレスメーカーです。
金属スプリングやプラスチック部品を使わず、
高反発フォームを使った
マットレスがメイン商品なんですよ。
オール・メイド・イン・イタリーで、
自社工場で一元管理をしています。
今では1日1万台以上、
年間でおよそ400万台のマットレスを販売していて、
世界で100カ国に輸出しています。
日本では取り扱いが30年を超えたのですが、
いま、世界でのシェアは2位なんです。
伊藤
そんなに! 
すごいことですね。
マニフレックス
伊藤さんのところにお届けしたとき、
意外なほどコンパクトなパッケージに
驚かれませんでしたか。
伊藤
はい、あの厚いマットレスをどうやって、
と思うくらいコンパクトに、
くるくるっと巻いた状態で届きました。
開封すると大きくなるんですよね。
マニフレックス
そうなんです。これ「真空ロール」と呼んでいます。
自社工場で一元管理をしているゆえ
できることなんですよ。
だから高品質の商品を
良心的な値段で世界中に展開できています。
他の海外メーカーでは、アメリカのブランドでも
じっさいはアジアの国でつくっていたりしますし、
もちろんそういう商品が悪いというわけではないですけど、
マニフレックスの強みは、
自分たちの目の前でできたものが
コンパクトな姿で世界中に流通していく安心感と、
クオリティに対して無駄がないというところですね。
ちなみに本社工場内には研究施設があって、
人間工学や睡眠の脳波、
脳の休み方みたいなこととか、
いろいろそういうことを研究しながら
製品の開発に反映させています。
国立のフィレンツェ大学をはじめ、
イタリア国内各地の機関、スペインの大学とも
共同研究をしたりしています。
伊藤
マニフレックスの日本の代表の方は、
どんな経緯で日本法人を立ち上げられたんですか。
マニフレックス
うちの代表は、山根崇裕(やまね たかひろ)といい、
もともとはナイキジャパンを日本で立ち上げ、
アディダスでも役員を務めていたことがある、
スポーツ畑の人間なんです。
もともと創業者のマニさんが
自転車で有名な選手だったこともあり、
ヨーロッパでスポーツレジェンドたちが集まる場があって、
そこに代表も出席していたんだそうです。
そこで紹介をされて、
自宅でマニフレックスのマットレスを使ってみたら、
これはすごい! と連絡を取って、
これまでの仕事を精算して
マニフレックスを日本に輸入して販売する会社を
自分で立ち上げたんです。
伊藤
すごいですね。
それが30年ほど前ということは、
日本ではだいぶベッドが主流になってきていましたけれど、
マットレスの質の大切さまでは、
なかなか考えが及ばなかった頃だと思います。
マニフレックス
そうですね。ようやくちょっとずつ、
みたいなタイミングだったんだと思います。
先見の明という意味では、
創業者のマニさんの思いとして
環境に配慮したものじゃなければいけない、
ということがあって。
伊藤
それ60年前から?!
マニフレックス
はい。
伊藤
それ、すごいですね。
マニフレックス
すごいですね。われわれもほんとに
ありがたい限りです。
60年前にマニさんが始められたときの思いを、
日本の代表が引き継いで、
「あなたと地球の健康を
マットレスで取り戻そうと思います」
ということで始めたんです。
当時はちょっと少しイデオロギーというか、
思想的なところで自然原理主義的な運動をしている、
と思う人もいたようで、どちらかというと
損することもあったみたいですけど、
いまようやく世の中的に
こういうことが当たり前というか、
恥ずかしくないというか、
どこ行っても自然な考えとして受け取られるようになって。
伊藤
でも曲げなかった?
マニフレックス
曲げずに、ぶれずに、
思いを発信し続けてきました。
おかげさまでといいますか、
ショールームにお越しいただく方の
6割以上がリピーターなんです。
ふつうは1割程度だと言われているので、
そんなに消耗するものではないのに、
ありがたいことです。
ご家族とか友人も含めて、
「薦められたから」と来てくださるかたも多いんですよ。
伊藤
わたしも、訊かれることが多いんです。
「マットレス、どのメーカーのものを使ってるの?」って。
マニフレックス
わりとそういう会話になることが多いらしくて、
リアルなお客様同士の口コミで
来ていただく方がいちばん多いかもしれません。
伊藤
それ、すごいことですね。
マニフレックス
ありがたいです。
それは製品品質があってこそだと思うんです。
低反発がすごい、と言われていた時代に、
マニフレックスは高反発を謳った。
当時から、うちの代表は、
高反発とは、硬いんじゃなくて、
ちゃんとフィットしてくれるものだと
言い続けてきました。
しっかり身体を支えてくれ、耐久性もあるのだと。
素材も金属のスプリングや
プラスチックファイバーを使わず、
「エリオセル®」っていう
特殊な硬い発泡ウレタンフォームを
芯材に使っています。
水をたくさん使って発泡させるという
特殊な技術を本国で行なっているので、
作るときにも害が出なかったり、
廃棄して燃やしても有毒ガスが出ないんです。
これは第三者機関で調べてもらって、
非常に高い水準でクリアしており、
エコテックススタンダード100
(OEKO-TEX®Standard100)」の
クラスⅠって一番厳しい基準と
「ステップ(OEKO-TEX®STeP)」をクリアしています。
それは芯材だけじゃなくて、
使われる側地(がわじ)を含めて、すべてにおいてです。
もちろん工場においても、
働く方の環境とか、
自然に対する排水や排気、排ガスの配慮、
ソーラーパネルを何%以上使っているとか、
徹底してやってます。
すごく先進的に意識高くというよりも、
そもそもヨーロッパの基準が非常に厳しいので、
当たり前に求められるっていうのもありますし、
その中でここをしっかり武器として
押し出したいと考え、
更にもう一つ上の水準を意識して取り組んでいます。
伊藤
なるほど。

ようやく見つけた

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リビングのはじっこにはデイベッドが置いてあって、
いつでもごろごろできるようにしている。

ソファでくつろぐこともできるのだけれど、
身体をまっすぐにして「眠る」体制になると、
とても楽だから。

時々、遊びにやってくる娘も
このスペースを気に入っていて、
「ちょっと横になっていい?」と言ってはごろごろ。
少し目を離すと、
すっかり寝ている時もあって、
びっくりする。
ほうっておくといくらでも眠れるらしい。

そういえば、昔私もそうだった。

母からは、
「若いからねぇ」なんて、
言われていて、ふーん? なんて思っていたけれど、
今は私がそう思う番。

いくらでも眠れるって、
うらやましいなぁ。

今週のweeksdaysは、
マニフレックスの枕をご紹介します。

長く決まった枕のなかった私が、
ようやく見つけた枕。
眠りのアイテムって、とても大事と思う今日この頃です。

再入荷のおしらせ

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完売しておりましたアイテムの、再入荷のおしらせです。
2月5日(木)午前11時より、以下の商品について、
「weeksdays」にて追加販売をおこないます。

zattu
HENRIK

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ワンピースにサンダル。
Tシャツにパンツにスニーカー。

自分にとっての定番アイテムを、
色違いで揃えているため、
毎日、同じようなスタイルをしています。
(まるで制服のように。)

着心地のよさと、洗濯などの手入れの楽さから、
この夏はこのままいきそう‥‥。
でも雰囲気変えたい! 
そんな時に出会ったのがzattuのリュックです。

展示会で目にした時、
なんだかすごく気になったんです。
「これ、持ってみたい!」
こういう気持ちって、すごく大切ではないかと思うのです。

デザイナーの布袋さんと赤澤さんのおふた方がおっしゃる、
「シンプルだけど、じつはデコラティブで、
ちょっと違和感があるデザイン」というところが、
ぐっときた理由でしょうか。
なんだか「かっこいいん」です。

私がとくにいいなと思っているのは、
口が「シュッ!」と気持ちよく開くところ。
間口が広く開くため、
中のものを取り出す時、
ガサゴソと手探りで探さなくてもいいんです。

それから見た目に軽やかなところ
(もちろんじっさい軽い)。
街にぴったりなリュックです。
(伊藤まさこさん)


北の住まい設計社
weeksdays PAS Stool

▶︎商品詳細ページへ

「座る」だけでなく、
部屋のすみっこに置いて、
小さなサイドテーブル代わりにしたり、
花台として使ったり。
部屋にひとつあると、
とても重宝するスツールです。
今回、お願いしたのは、
東川で35年に渡って家具を作ってこられた、
北の住まい設計社。
従来のデザインにちょっと変化を持たせ、
weeksdays仕様に
していただきました。

色はこれまでの
オーク×ナチュラル、
オーク×ブラックに、
今回、オーク×グレーが新色としてくわわりました。
やさしい色合いのグレーは、
部屋をやさしく、そしておだやかに見せてくれる。
使い方のコンテンツもどうぞご参考くださいね。
(伊藤まさこさん)

陶器のスツール わたしの使い方 伊藤まさこ

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雨にあたってもへっちゃら。
土がついても洗えば元通りきれいに。
庭で使われることの多い陶器のスツールですが、
じつは部屋に置いてもしっくりくるんです。

今の家は、全部屋カーペット敷き。
フローリングの床に比べると、
だいぶやわらかい印象。
そこで新たにくわえたのが、
ガラスのローテーブルや陶器のスツールなどの、
「かたい」家具。

カーペットと木の家具、
布張りのソファに、
いつもとちょっと違った質感をプラスすることで、
インテリアにメリハリができるのです。

陶器のスツールは、
その名の通り「座るもの」なのですが、
こんな風に、小さなサイドテーブルのように使ってもいい。

ある時は玄関に、
またある時はベッドサイドや、
リビングに。

やわらかな陶器の質感は、
どこに置いても新鮮な表情を見せてくれます。

また、こんな風に花を置く台としても。
花を長持ちさせるために、
氷を入れることが多いのですが、
焼きしめのピッチャーの底に汗をかいても、
気にならない。
木のテーブルの時は、
輪じみができてしまって
それが気になっていたのでした。

ダイニングチェアや、スツール、
ひとり掛けのソファに、
陶器のスツールをひとつ。

磁器のまっ白とは一味違う、
陶器のやわらかな白。
それからちょっとポテっとした形。
かわいいけれど、かわいすぎないところも魅力です。

冬の間は、
IKEAで見つけたエコファーの椅子敷きを。
これなら座っても、ヒヤッとしないから安心。

一年中、ともに過ごせる家具がまたひとつ増えました。

陶器のスツール あのひとの使い方・小堀紀代美さん 伊藤まさこ

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小堀紀代美さんのプロフィール

こぼり・きよみ
料理家。
東京・富ヶ谷にあった人気カフェ
「LIKE LIKE KITCHEN」を経て、
現在は同名の屋号にて料理教室を主宰。
大きな洋菓子店である実家をルーツとし、
世界各地への旅で出会った味をヒントに、レシピを考案。
著書に
『ライクライクキッチンの10分世界食堂』(宝島社)
『いつもの野菜ひとつで美味レシピ:
おかず、おつまみ、常備菜、使い切りにも。』
(小学館)
『予約のとれない料理教室「ライクライクキッチン」の
特製レシピ65 コボリ喫茶室』
(KADOKAWA)
『ライクライクキッチンの旅する味 予約の
とれない料理教室レッスンノート』
(主婦の友社)、
『ごはんにかけておいしい ひとさライス』(西東社)
など多数。

「weeksdays」でもこれまでに
いくつかのコンテンツに登場。


去年、越したばかりという小堀さん。

毎回、家が変わるたび、
自分たち好みにリノベーションを繰り返してきたそう。

今回もリビングダイニングの床の色に合わせて、
壁の色を同色に。
本がぎっしり入った棚は、
壁のサイズに合わせて幅を狭くし、
棚板や引き出しもテラコッタ色にしたのだとか。

キッチンカウンターの一部はなんと、
前の家で使っていたチェスト。

「北欧の古いチェストの左右を造作して、
上に天板を乗せて」

そう言われてみると、たしかに見覚えがある!
まだ引っ越して数ヶ月しか経っていないけれど、
すべてのインテリアが家にしっくりきているところはさすがです。

この日は教室後に伺って
リビングダイニングには椅子が20脚ほどあるとか。

「家具は、新しいものはあまりなくて、
基本的にずっと使っているものばかり」

全部で何脚あるの?と尋ねると、
少し考えて、
「うーん」と小堀さん。
ベッドルームや他の部屋にもきっとすてきな椅子が、
まだたくさんありそうです。

さて、
weeksdaysの陶器のスツール、
どうでしょう?

「ちょっとオブジェみたい。
テーブルの代わりにしたり、椅子以外の用途にも使えそう」。

「こんな風に、本を置いたり、お茶の入ったカップを置いたりしても」。

水色のソファに黄色のカーペット、
そしてピンクの本。
そうそう、色合わせがいつも絶妙なんだ。

ついついワントーンで揃えてしまう私とは対照的。
これはかなりの上級者でないとできないスタイリングです。

玄関に置いて、靴を履く時に座ったり、

買ってきた花を一時的に置いたり。

庭に置いたり。

訪れたこの日、
小雨がぱらついていましたが、
陶器製のスツールは濡れてもへっちゃら。

「経年変化しないのがいいな、って思いました」

白いテーブルと椅子にもぴったりです。

前の家ではあまり育たなかった、
いちじくや柚子が、
この庭ではぐんぐん枝を伸ばしているとか。

これから春を迎え、
夏が来て。
庭で過ごすひと時を、このスツールと一緒に過ごしてくれるとうれしいです。

「もの」を中心に拡げて

未分類

加藤
これ、昔の信楽焼を載せた冊子です。
伊藤
昔のものもかわいいですね! 
うちの実家にあるものも
こういう柄が入ってます。
上に天板が乗ったテーブルの形もいいですね。
加藤
僕らが今スツールとして作っているのは、
このテーブルセットで言えば軸の部分です。
昔は天井も低いし
生活の中の動線も低かったから
テーブルの軸も短かったんですけど、
今の生活にあわせて
軸を高く作り変えています。
伊藤
畳の部屋だとテーブルもちゃぶ台とか、
低いですものね。
なるほど。
佳世子
植木鉢も昔のものを復刻させて作ったり、
ヴィンテージを模して作ったお皿を
レストラン用に作ったりしています。
伊藤
気になるものたくさん‥‥。
これは花入れですか。
加藤
はい。
自立もするんですけど、
半円だから壁にもかけられます。
焼きものが好きな方って、
みなさん収納棚がいっぱいになってくる
って言われるんですけど、
壁は空いてるなと思って。
伊藤
ほんとうだ。
すごくいいですね! 
一輪挿しでもいいし、
何も入れずに壁にかけておくだけでも素敵。
加藤
ドライフラワーもいいですよ。
猫を飼っている方は
倒されないからいいとよろこばれてます。
伊藤
ここも楽しい空間ですね。
オフィスとして使われてるんですか。
佳世子
はい。
自分たちで材料を買ってきて、
2階部分や階段をDIYで作りました。
伊藤
えっ、すごい! 
こんなにきれいになって、
前の所有者の方はびっくりされてるんじゃないですか。
加藤
そうでしょうね。
工事中の時は知り合いに
「ほんまにここでやるん?」
って呆れられような状態でしたから(笑)。
伊藤
きれいにするだけじゃなくて、
その後こうして生まれ変わらせているわけですから、
すごいことです。
伊藤
案件ごとに作ったサンプルは、
毎回取っておくものなんですか?
加藤
そうですね。
それぞれに表情が違ったりすると
テストとしてやっぱり置いときたいっていうこともあるし、
良くできたものはもちろん捨てられなくて。
伊藤
作った時から何年か経ってから
「おや? これいいかも」
みたいなのもありそう。
佳世子
そうなんですよ。
だから、増やさざるを得ないものではあります。
加藤
個人作家さんだと器をメインに作られることが多いし、
メーカーの場合は量産するので分業制だと思いますけど、
僕らはそのどちらでもないので、
作っているものの種類も多いし
どうしてもサンプルが多くなるんです。
スタジオの作りも、
他とちょっと違うかも知れません。
伊藤
でも、だからこそフットワークが軽いんでしょうね。
佳世子
毎回新しい相談をいただくことが多いので、
失敗することもあります。
たとえば以前、
あるブランドが都内にビルを作るので
外壁に焼きものを使いたいとお話をいただいて、
タイルのサンプルを作ったんですが、
いろんな事情で実現しませんでした。
これ、釉薬は全て同じなんですが、
土が違うと色が変わるんです。
伊藤
えっ。同じ釉薬で? 
配合は記録されていると思うんですけど、
もう一度作ったときに同じ色になるんでしょうか。
佳世子
ならないんです。
窯が違ったり状況が違ったりすると
サンプルどおりにはならないですし、
同じ窯の中でもポジションが違えば
焼き上がりの雰囲気も変わります。
蓋を閉めて焼くので、
最終的には開けて見ないとわからない。
ギャンブルです。
伊藤
ほんと、ギャンブルですね!
加藤
僕らが作っているものは
一点ものというわけでもないんですが、
既製品のように安定したものにしてもおもしろくないので、
その間をとりたいなと思っています。
数年前に京都に立ち食いそばのお店ができて、
オーナーから器を作ってほしいと言われたんです。
ラフな内装で、
テーブルも陶器製のお店なんですけど。
伊藤
おそば屋さんの器、ですか。
加藤
お店の雰囲気から
凝ったデザインにするのは違う気がするし、
かといって普通に作っても面白くないので、
そば屋で一番よく使われている量産品の器を
ハッキングしようと思って、
上からさらに釉薬をかけて焼いたんです。
伊藤
わぁ、おもしろい! 
でも一番使われている器がきっと、
そばを食べるのには最適な形なんでしょうね。
加藤
そうなんだと思いました。
そんなふうに
自分たちがゼロから作ることに固執せずに、
その状況に合わせて
いちばんいい形を考えるようにしたいと思っています。
伊藤
ほんとうにいろんなお仕事をされていて
大変だとは思いますけど、
なんだかたのしそうです。
佳世子
ここでは国内外のアーティストに滞在してもらえる
レジデンスプログラムも設けているんです。
伊藤
レジデンスも? 
海外のアーティストが泊まることが多いですか。
佳世子
そうですね。
昨年はニュージーランドの作家を迎えて
ここで展覧会を開いたんですが、
せっかくだから何か一緒作ろうということで
私たちが作ったスツールに絵を描いてもらって、
その上からまた薬をかけて焼き上げました。
すごくいいものができたなと思います。
伊藤
それもここでしかできないものですね。
このふっくらした陶板みたいなものは?
佳世子
これはパンなんです(笑)。
好きなパン屋さんの実物のパンを石膏で型取って、
手が空いたときに粘土で作って
薪の窯で焼きました。
伊藤
パン、かわいい! 
やわらかいものを硬いもので表現するって
おもしろいですね。
佳世子
焼きものでできることなら、
何でもやってみたいなと。
伊藤
そうやってチャレンジをしてくれるから、
頼む人もすごくありがたいでしょうね。
いろんな方のお仕事場を拝見することがありますけど、
作られている作品はもちろん、
仕事の道具もほんとうにきれいです。
佳世子
どうしても物が多くなっちゃうので、
買う道具をちゃんと選んだり、
什器にも色を塗って白に統一したりしています。
伊藤
気持ちがいいですもの。
あ、ここにもスツールが。
やっぱりちょうどいい高さなんですね、
いろんな場所で使えて。
加藤
ちょっとあると便利ですよね。
ポットを置いてますけど、
例えば水をこぼしても拭けますし。
伊藤
私、昨年小さな家を作ったんですけど、
湿気がすごく高い場所なんです。
オイル処理が甘いウッドテーブルなんかだと
カビが怖いんだけど、
陶器なら安心だなと思いました。
加藤
あ、そうですね。
そういう機能面でもすぐれたものだと思います。
伊藤
あらためて、
この建物は外から見たら古い木造だけど
中はきれいに手を加えられていて、
ギャップが素敵ですよね。
加藤
お店もスタジオも、
良いところは残して
必要なものだけを取り入れて整えました。
たぶん建築家の方だったら
外から考えていくんですよね。
都市計画からスタートして、
建物の外観やファサードがどう見えるか
みたいなことをデザインしていくと思うんですけど、
僕らはやっぱり暮らしの中にある
家具、食器、道具のような「もの」が好きなので、
「もの」を中心にその周りを考えていく──、
建物の内側が拡張していく感覚なんです。


伊藤
なるほど。
内側から考えていく。
加藤
はい。
外観よりも中でどう暮らすか、
何と接するかの方を大事にしてします。
そうやって過ごす時間も多いですし。
伊藤
ほんとにそうですよね。
ここでいろんな「もの」を見せていただいて、
陶器というものの可能性を感じました。
スツールもたのしみますね! 
どうもありがとうございました。
加藤
ありがとうございます。
ぜひたのしんでください。

朽ちないもの

未分類

伊藤
今回、スツールの制作をお願いしたきっかけは、
私が小さい頃からうちの実家の庭にある、
陶器の椅子だったんです。
グリーンと茶色の模様が入っていて、
全然おしゃれではないんですよ。
でも陶器だから朽ちることもなく、
拭けばきれいになるし、
古いけれどいいものだなって
ずっと思っていたんです。
加藤
それは陶器の良さですよね。
屋外用の焼きもの自体は
戦後に多く作られはじめたので
昔からあるものなんですが、
時代を経てもサイズ感やデザインが
あまりアップデートされてこなかったんですね。
作風は時代とともに少し変わったりしていて、
僕は60年代~70年代のものが
モダンな雰囲気があって好きなので、
その頃のものをベースに、
今の時代に合わせて作りたいなと思いました。
伊藤
じゃあ、今回お願いしたスツールの原型になった
TONNE ROPE」が生まれたきっかけというのは、
昔からあるけれど欲しいデザインがないよね、
みたいなことだったんでしょうか。
加藤
まさにそうですね。
昔のままだと今の住空間に合わせるのが難しいので、
新たに作ろうということで生まれました。
伊藤
これなら室内に置いてもいいですものね。
今私が住んでいるマンションが、
床には全てカーペットを敷いておかないと
いけないんですね。
持っている家具が木製のものが多いので、
カーペットと合わせたときに
ちょっとほっこりしすぎるなと感じていて、
最近はガラスのローテーブルや
陶器の椅子みたいな
「硬い素材」のものが気になっていたんです。
いいものないかしらって探していて、
やっと見つけたのがこのスツールでした。
加藤
そう、陶器の家具って
意外とないですよね。
伊藤
花瓶をのせてみたりしてるんですけど、
一つあるだけで
部屋の景色が急に変わるんです。
加藤
陶器という素材のおもしろさというか、
存在感がありますよね。
焼きものって、
耐熱性があるし腐らないし、
もともと機能的な素材なんです。
今はプラスチックが出てきて
スツールでも軽量に作れるんですけど、
プラスチックの器で食べるのと
焼きものの器で食べるのとでは
全く感覚が違うように、
椅子にも陶器ならではの良さがあると思うんです。
伊藤
そう思います。
それにしても腐らないって、
ほんとうにすごくないですか? 
ウッドデッキや木のベンチは朽ちて
張り替えないといけないのに、
これは貫入(表面に入るひびで
強度には支障がない)が入っても
それがまたいい味になるし、
ずっと置いておける。
実はみんなが知っていて
使ったら絶対に便利なはずなのに、
「見えてない」ものだと思うんですよね。
加藤
そうそう、そうなんです。
昔の日本の住居って、
マンションが普及する前までは庭付き一戸建てという
サザエさんの家が一般的でしたよね。
60年代~70年代に
ガーデンチェアや信楽焼のたぬきも含めて、
「庭園陶器」と言われるものがたくさん出てきました。
けれどその後、
住宅様式の変化とともに庭が減り、
庭園陶器の需要も減ってきてしまったんです。
じゃあ今どういうものが求められるかというのは、
やはり色やサイズ、
形を作り変えることかなと考えています。
伊藤
そうですよね。
実際に買われているのは、
どんなお客さまが多いですか。
加藤
幅広いですね。
個人のお客さまは屋内用に買われたり、
ホテルや飲食店で
屋外のテラス席用に使いたいと
お求めになることもあります。
屋外用でも強度は十分ですが、
陶器なので、あまりに強い衝撃を与えると
割れることもあります。
佳世子
普通に使うぶんには割れないんですけどね。
公園なんかで
スケートボードで激突する人がいるような場所には
向いていないです。
伊藤
ふふふ。それはそうですよね。
うちの実家のも
もう50年くらいあるから、
丈夫だなぁと思います。
スツールはロングセーラーですか。
佳世子
ロングセラーです。
定番で作っている色もあるんですけど、
実験的に色を変えて作ったりもしています。
伊藤
今回は私たちから、
原型の「TONNE ROPE」の
ロープを通している2つの穴を
1つにしてほしいとお願いして。
かなえてくださってありがとうございます。
加藤
いえいえ。
穴に手をかけられるので、
持ち運びもしやすいと思います。
見た目もすごくすっきりして。
伊藤
そう、シンプルな円柱に見えるのも
おもしろいです。
こんなふうにテーブルっぽく使うのも
かわいいですね。
佳世子
これは家具メーカーにお願いして、
このスツール用に木の天板を作ってもらって
乗せています。
伊藤
このままでスツールにもテーブルになるし、
使い方が無限ですよね。
それに、いろんな場所に置けるなと思いました。
玄関とか。
加藤
屋内にも屋外にも置けますからね。
こういう大型の焼きものを作れるのが、
産地としては国内ではほぼ信楽だけになりました。
旅館や銭湯の湯船だったり、
洗面台のような大きいものも作れるので、
そういう産地の特徴を活かすのは
大事なことの一つかなと感じます。
なるべくここでしか、
自分たちにしかできないことを
中心にやっていきたいとは考えています。
伊藤
ここでしか作れないもの、
他にはどんなものを作られているんでしょう。
加藤
ひとことでは言えないんですが、
信楽焼というブランドだからいい
というわけでもないと思うんです。
大きいものがつくれるという技術以外にも
土の特徴もありますし、
反対に「信楽焼だからこういうテクスチャー」と
こだわる必要もないかなと思っています。
例えば、量産型の焼きものなら
他の産地でも作れるので、
量産できない、特注のものも受けています。
伊藤
特注品は、
どういったところから依頼がありますか。
加藤
レストランとかですね。
おもしろいことを好んでくれるレストランに、
提案しながら一緒に作っていくような感じです。
それから、器のような小さいものを扱うお店は
東京にもいろいろあると思うんですが、
空間に制限があってあまり大きいものは置けないので、
うちではこの広さを活かして
オブジェみたいな大きなものもお作りしています。
伊藤
なるほど。
そういった大きいサイズのものは、
どんな窯で焼かれているんですか。
佳世子
大きいガス窯です。
信楽ではこのサイズがスタンダードなんです。
伊藤
わぁ。
ものすごく大きいですね!
伊藤
お仕事の幅が本当に広いですけど、
肩書はどんなふうに言われてるんでしょう。
加藤
「なんでも屋」です。
学生時代は映像やグラフィックを学んでいたんですけど、
モノもインテリアも好きだったんです。
機能的とか、便利とかいうことではなくて、
心の琴線に触れるようなモノやデザインが好きで、
いろいろなことを自分たちでやってみた結果、
今のような形になった感じですかね。
伊藤
陶芸とかインテリアとか、
分野が別れているわけじゃなくて
実際は全部が同じ空間にありますものね。
佳世子
そうなんですよね。
そういうものを誰かにお願いするよりも、
自分たちが本当にいいと思うものを作って届けるほうが、
大変だけど自然な気がするんです。

この場所からはじめる

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伊藤
はじめまして。
いいところですね! 
おふたりとも、こちらが地元ですか。
加藤
僕はここ信楽で、妻が兵庫県です。
伊藤
そうなんですね。
加藤さんは、東京にもよくいらっしゃるとか。
加藤
はい。
僕たちは3つの仕事をしていて、
1つはこのお店とギャラリーで、
いろんな作家の方の作品を扱ったり
企画展を催しています。
もう1つが隣の工房で行なう焼きものの制作。
オリジナルもあれば、
今回の「weeksdays」さんのスツールのように
特注品を作ったりもしています。
3つ目がデザインディレクションで、
グラフィックや空間、
インテリアスタイリングやコーディネートまで
いろいろと受けていて、
東京での仕事も多いんです。
伊藤
わぁ。それは大忙しですね。
加藤さんがこの道に進まれたのは、
ご実家が信楽焼の窯元だったり?
加藤
両親とも焼きものの家系で、
父方の親戚がここで事業を営んでいたんですが、
あるとき、ほぼ廃業状態になったと
親戚づたいに聞いたんです。
ちょうどその頃僕たちが
自分たちで焼きものをはじめたいと思っていたので、
この場所を引き継ぐことにして、
10年前に2人でゼロからスタートしました。
伊藤
ゼロからというのは、
10年前はここはどんな感じだったんでしょう。
佳世子
そのまま仕事ができる状態では
全くなかったんです。
使われていない型や土、機械まで
ものすごい量が山積みになっていました。
2~3年かけて
2人で不要なものを捨てたり片付けたりしてから、
スタジオの壁や天井を自分たちで塗ったりして
整えていきました。
伊藤
片付けるだけでもそんなに? 
それほどこの場所に
魅力を感じられたんですね。
加藤
僕はここにUターンしてくる前に
東京で広告の仕事をしていたんですけれど、
人も仕事も多くておもしろい反面、
何か違うなと感じていたんです。
仕事が多かったり大きかったりすると
分業せざるを得ないですけど、
僕はやっぱりつくるところから
届けるまでを自分でやりたいと思ったので、
ここに帰ってくることに決めました。
伊藤
でも、もともと不要なものばかり詰まった場所なら、
普通はそちらの方に目が行っちゃいますよ。
この場所のポテンシャルに気づかれたのがすごいです。
加藤
ここは作品を作るのに
十分な広さがあるというだけではなくて、
両サイドに建物がなくて
外を見れば自然の風景が広がっています。
このスケールが感じられるのが大きな魅力でした。
伊藤
ほんと、すごく素敵なロケーションです。
工房部分のリノベーションのこと、
もうすこし詳しく聞かせてください。
どんなふうにされたんですか。
加藤
この建物自体は元の古い木造のままで、
内側だけ、必要な部分に手を加えました。
たとえば天井はもともと天井板が張られていたんですけど、
それを取ってしまって、
あえて骨組みを見せることにしました。
スタジオの方は壁の色を塗っていますが、
ここは壁ももとのまま、
床だけを新しく作って、
コントラストをつけました。
伊藤
古いところと新しいところ、
対比がきれいですね。
加藤
屋根も瓦なので、
床もフローリングにすると
和風っぽくなりすぎるんですよね。
僕たちは古いものの良さも大事にしたいけど
現代的なものも好きなので、
ハイブリッドな空間にしたいなと思ったんです。
ここで扱っているものは
工芸、デザイン、アート、ファッションとさまざまなので、
どれも違和感なく扱えるような場所をめざしました。
伊藤
信楽焼というとやっぱり、
素朴で力強い焼きもの、
それからたぬきの置物が一般的なイメージですよね。
街の方たちは加藤さんたちの斬新な活動に
驚かれたりしなかったですか。
加藤
うーん、どうでしょうか。
でも、つくっているものについて言うと、
たぬきもそうですけど
信楽はもともと“大きいもの”をつくる町なんです。
その技術は活かしたいので、
僕らも器のような小さいものはあまり作っていなくて、
今回ご依頼いただいたスツールのような
比較的大きなサイズの焼きものを作ることが多いですね。
それと、僕がここで活動をはじめた理由のひとつは
地元の方たち‥‥とくに若い人たちに
いろんなものを見てもらえる場所を作りたかったんです。
でもいざはじめてみると
県外から来られる方がほとんどなんですけどね。
伊藤
地元の方はあまり来られないんですか。
加藤
Uターンをして
上の世代の方たちと話す機会を得てわかったのが、
この街には職人として技術を持っている方が
すごく多いんです。
そういう方たちにとってはこういう場所も
あまり目新しくないんでしょうね。
伊藤
なるほど。
何かしら焼きものに関わってきた方たち。
加藤
そうなんです。
作ることはできるんだけど、
何かをはじめたいとか
こういうものがつくりたいと
思っている人は少ないんです。
なぜかと言うと、
ここで事業を立ち上げた初代の人たちは
戦後の頃が多くて、
いいものをつくろう、豊かな暮らしにしようと思って
信楽焼をはじめたんですね。
それから人口が増えて生活が豊かになり、
事業も伸びて2代目・3代目になってくると、
僕の父もそうでしたけど、
何か目標があって作るというよりは
家業だから継ぐという方が多かったみたいです。
伊藤
家を継ぐか、
他にやりたいことがあるなら家を出るか。
加藤
はい。
こういう産地のような場所では
昔からのビジネスができ上がっているので、
卸先のルートも含めて継ぐというのが
一般的だったみたいです。
でき上がった焼きものは卸問屋から地元の問屋、
その次、という形で卸されていって、
自分で作ったものを使う方に直接届けるということが
難しかったんですよね。
それも時代とともに変わってきて、
今こうして届けるまでを含めて
自分たちでできるようになりました。
伊藤
じゃあ、もともと
自分たちでやりたいという気持ちがあったから
この場所でスタートを決められたんですね。
加藤
そうですね。
それと、お店を作ることに決めたとき、
やまほん」さんの存在は
僕の中で大きかったです。
伊藤
「やまほん」さん、
伊賀のギャラリーですね。
お近くでしたか。
加藤
信楽と伊賀は隣町で、
ここから車で15分くらいの場所にあるんです。
立ち上げられてもう25年くらいかな。
ギャラリーの近くには電車の駅もないし
もともと何もないような場所だったんですけど、
そこで表現する場を設けて、
作家と共に育って、
文化をつくっていかれて‥‥。
それを目の当たりにして、
僕たちも自分たちや
僕らの世代がいいと思えるものを
この場所から発信していきたいと感じました。
伊藤
そんな出会いがあったんですね。
加藤
けれど、
「やまほん」さんをそのままトレースするのでは
僕たちがやる意味がないので、
いいと思う部分を集めて
自分たちなりに編集したりして。
「やまほん」さんは主に
建築とキュレーションを手掛けてらっしゃるので、
僕らだからできることというと、
やはり自分たちで作ることかなと思っています。

変わらないもの

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私が育った家の庭には、
小さな池や、
砂場がありました。

そうそう、庭からガレージにつながる
階段の入り口には、
バラのアーチもあったんですよ。

30年ほど前に建て替えて、
庭の様子はずいぶん変わったのですが、
変わらずずっと置いてあるのが、
陶器のスツール。

その間、木のテーブルや椅子、
ウッドデッキなどは朽ちてしまって、
買い替えたり作り直したというのに、
それだけは変わらず、
そこにある。

座った時に、ちょっとひんやりする感触や、
ミントグリーンや薄茶色で描かれた柄は、
私の中の記憶にたしかに残っていて、
今でもそれを目にするたびに、
なんともいえない懐かしい気持ちになるのでした。

今週のweeksdaysは、
NOTA&designの陶器のスツール。

円筒形の、今の私たちの暮らしに合う、
スツールができました。

うつわは、料理が盛られて完成する

未分類

伊藤
これ、今回、健太さんが作ってくださった器を
うちで使ってる様子です。
健太
わぁ、チャーハンですね。
それから、柿。
こちらはネギでしょうか。
伊藤
はい、リーキ(ポロネギ)のマリネですね。
ポトフにも合いました。
もう自由に使っていますよ。
健太
ポトフいいですよね。
そういう時期なんですよね、今。
伊藤
これはちまき。
これは柿の葉寿司。
一瞬、小さそうに見えなくもないんですけど、
実は、深さも含め、絶妙なバランスの器なんです。
なんて言うんだろう、「ちょうどいい」んですよ。
今まで使ってきた隆太窯の器、全部そうですが、
「料理が盛られて完成」なんですよね。
使う人が自由になれる。
「この器はこう使わなくちゃいけない」
ということが、ないんですよね。
健太
うん、うん。
伊藤
「これも合う!」とか
「これも盛ってみようかな」みたいに、
想像が広がるような器だなって感じました。
こうして盛ると、どれもうちに置きたくなります。
健太
もったいない言葉をありがとうございます。
伊藤
隆太窯にはしばらく伺っていないんですが、
以前は、お寿司の会に呼んでいただいたことも。
工房のお庭に屋台を出して、
職人のかたがお寿司を握ってくださって、
中里家のみなさんの手づくりのおそうざいが並んで、
もちろんそういう時には
隆太窯の器を使われるじゃないですか。
ぐい呑みがずらっと並んでいるところや、
料理を盛った大皿が並んでいるのを見ると
「おおっ!」と思うんですよね。
伊藤
今回、武井さん(ほぼ日)が伺って、
隆さん、太亀さん、健太さんが
並んで作陶なさっているところを撮影していて。
あんなふうに3人並んで、って、珍しいのでは?
健太
そうですね。
僕と父はふだん隆太窯にいますから、
並んで作業をすることはあるんですけれど、
あの日はたまたま祖父もいて、
それぞれの仕事をしていましたね。
伊藤
奥さまの古都さんは
お仕事のお手伝いをされてるんですか。
古都
そうですね。つくる方というよりも、
作った後に手入れをしたり、梱包したり、
窯にいらっしゃるみなさまの接客をしたりです。
伊藤
お家で、もちろん使っていますよね。
古都
はい。我が家の器はほとんど健太さんのものです。
伊藤
どんな感じですか、普段は。
ちっちゃいお子さんもいらっしゃるんですよね。
古都
子供たちも離乳食の時から使っています。
「割れてもつくるから大丈夫」って言ってくれるので。
健太
でも、あんまり割ったことがないよね。
古都
そうなんです。私もちょっとびっくりで。
大切にしているんですよ。
「割れたら悲しい」という気持ちも含めて、
使いながら大切にしてくれているのが分かります。
伊藤
うちの娘も、もう26歳ですけど、
器を割ったことがないんですよ。
テーブルの上で高台を引きずっちゃだめとか、
漆器の上に陶器を重ねちゃだめとか、
日々の会話の中で伝えていくと、
器は大事だということを覚えていってくれて。
古都さんのところでも、同じかな。
古都
そうみたいです。
健太
自分も小さい頃、茶碗を割ったとき、
自分がびっくりっていうか、
「やっちゃった!」みたいな気持ちを味わったこと、
いまでも覚えています。
伊藤
怒られはしなかった?
健太
実際に怒られたかどうかすら覚えてないんですけど、
「ほら、だから落としたんだろう!」
みたいなことは、たぶん、言われたでしょうね。
それですごく「うわ、怒られるかも!」と、
そういう気持ちになったんじゃないかな。
伊藤
欧米で使う食器と日本で使う食器って
自分との距離感が違いますよね。
やっぱり手で持ったりするし、口をつけたりするし。
自分専用のお茶碗を使う人も多いですし、
私たちの国では器が身近な存在だなって思ってるんです。
健太
その通りだと思います。
伊藤
あと、初めてこういう「作家もの、工房作品」を
使う方もいらっしゃると思うんです。
健太さんの器を使った人は、
またきっと欲しくなると思うんですよね。
1回使うとよさがわかるから。
健太
そうだと嬉しいです!
伊藤
これからどんなもの作っていこう、
ということは考えますか。
健太
うーん? あんまりそういうのはないんです。
とにかくひとつひとつやってくことが
いちばん大事かなって思っていて、
あんまり先のこととかは考えないというか。
まあ‥‥考えなきゃいけないことは
考えなきゃいけないんですけど、
自分の展望みたいなものはあんまりないですね。
ただ、今やってることを、続けて、
自信を持って丁寧に積み重ねていけたら
いいのかなと思ってます。
伊藤
ありがとうございます。
隆太窯にいるとはいえ
作家として独り立ちをしてから、
太亀さんや隆さんが
健太さんに何かおっしゃることはあるんですか。
健太
修行の期間の3年間は
「もうちょっとこっちの方がいいんじゃないか」とか、
必要な手間が抜けているところがあると
「ちゃんとしといた方がいいよ」とか、
そういうのはありましたけど、
修業期間が終わってからは言われることはなく。
ただ、訊けば、答えてくれます。
たとえば父の技術ですごいなと思うのが、片口の水切り。
なかなかそこまで考えてる人って
いないんじゃないかなって思うんですが、
すごく切れ味がいいんです。
訊くと「こうでこうで、ここがこうだよ」
と教えてくれます。
でも、なんでもってわけじゃなく、
「じゃ、これさ、こんな感じでこうした方がいいかな?」
「いや、そこまでは分からん」みたいな感じですよ。
伊藤
隆さんも太亀さんも、
長いこと、数を作られてきたじゃないですか。
その経験ってすごいですよね。
健太
そうですね。たくさん作って、たくさん売って。
数を作って残さず売るって、
結構いろんなことを考えないと、
続けるのが難しいと思うんです。
そこはうちの基本的な、ちゃんと受け継いでいくべき
ポイントなのかなって思います。
伊藤
ありがとうございました。
またぜひ唐津に伺わせてくださいね。
健太・古都
ありがとうございました! 
ぜひ遊びにいらしてくださいね。

料理が好き、もてなすのが好き、が原動力

未分類

健太
さすがにスーツの勉強をしてきて、
その道に進むんだろうとまわりは思っていたわけなので、
「ごめんなさい、洋服はやめます。器をつくります」
となって、期待してくださっていた先生を
がっかりさせちゃったし、
両親にも隆太窯に入ることを反対されました。
それで「ちゃんとやりますから」とお願いして。
伊藤
え、太亀さんたち、反対されたんですか。
健太
そうです。
「長男の使命感みたいなことでやられても困る」みたいな。
伊藤
私はもうてっきり小さな頃から
おじいさまとおとうさまのところで
土をいじっていたのだとばかり! 
勝手にそう思っていました。
健太
それだったら天才陶芸家みたいになれたかも? 
でも僕はそうじゃないし、そうはなれなかったんです。
伊藤
そんなのわからないですよ。
まだまだ先が長いじゃないですか。
健太
です、です。まだ始めて10年なので。
伊藤
おじいさまの隆さんとはどういう距離感ですか。
健太
僕から見ると「家族の一員で、たまに唐津にいる人」
みたいな感じです。
基本的にはよそに旅をしたり(*)、
お客さまが来るとき唐津に戻って接待してくれている。
(*)中里隆さんはもともと
海外でのデモンストレーションや
研修・ワークショップ活動が多い。
1996年にデンマークのロイヤルコペンハーゲン、
米国コロラド州のアンダーソンランチより
招待をうけて以来、現地での作陶活動を続けている。
伊藤
私、コペンハーゲンで作陶されたという
隆さんの高台付きの器を持ってます。
健太
ありがとうございます。
海外には焼き物のコミュニティネットワーク
みたいなものがあって、
おたがいの地元を往き来して住まわしてもらいながら、
場所を借りて作陶する機会があるみたいです。
祖父は、そういうところに出かけていくんですよ。
日本は、僕たちみたいに篭って
ずっと作陶してる人が多い気がしますけど。
伊藤
おじいさまもおとうさまも高名な陶芸家で、
もちろん家族だとは思いますが、若干でも
プレッシャーを感じたことはありますか。
健太
いや、どうでしょうか‥‥、
祖父や父のことを有名だと言っていただけて
本当にありがたいんですけれども、
実際うちで仕事して、みんなで頑張って器を作って、
頑張ってそれを売って、スタッフと自分たちとで
生活していけるようにやっていこう、
っていう風なもので、プレッシャーを感じたり、
そもそもあまり考えたことがないんです。
祖父や父のすばらしい器であっても、
高いものがポン、と売れるわけでもないですし。
でも僕ももうちょっと頑張って
名前の知られる存在になりたい、とは思っています。
伊藤
ふだんの器づくりで心がけてることって何ですか。
健太
食べる人のことをちゃんと考えて作ろう、
ということです。
僕も料理が好きなんですよ。
もちろん料理人の最高の技術も素晴らしいし、
高い食材を味わう楽しみもあるんでしょうけれど、
「いっしょに食卓を囲む」ことのよさというか‥‥。
例えば付き合って初めて、本当に相手のことを考えて
作ってくれたお料理、って素敵だと思うんですよ。
そういうのが僕はいい料理だなと思っていて、
そこに自分の器を使ってくれたらうれしいな‥‥と。
だから「何を考えて作っているか」と言われたら、
「どんな場所でどんな人がどんな気持ちで使うのかな、
ということを想像している」という答えになるのかな。
そうそう、妻と子どもと住んでいる僕のうちで、
友人を呼んでの飲み会、ごはん会を
いっぱいやってるんですよ。
伊藤
あら。そうなんですか!
健太
近場に住んでいる、飲み食いの好きな友人や、
遠方からお越しになる親しい方がいると、
もちろん外にご案内することもあるんですけど、
うちでゆっくりどうぞって。
子供もいてちょっとバタバタするんですけどね。
別に、器を見て欲しいとか
使用感をわかって欲しいわけじゃなく、
こうやってみんなで楽しくやるのもいいもんだよ、
僕たちも楽しいです、っていうのをシェアしたくて。
人をもてなすの、苦じゃない方ですから。
伊藤
すごく気になります。行きたい!
健太
あはは。たいした会じゃないんですけどね。
そういえばまだ器に興味がない学生の頃からそうで、
僕が主催するごはん会は
途切れることなくずっとやってます。
もしかしたらそれが、
自分で器をやってみようっていう
きっかけの一つだったのかもしれないですね。
伊藤
お料理が好きっていうのは
器づくりの原動力になりますよね。
健太
なると思います。
料理が好きじゃなかったら
器をやっていなかったかも。
洋服で言うと、
人間が嫌いなのに服を作ってる、
みたいなことになりそうです。
とはいえ
「この料理のためにこういう器をつくる」ということは
全くないんですけど、
これぐらいの深さだと見え方的にかっこいいかなとか、
持った時に重さのバランスがこうかなとか、
こんなに重かったらもっとかっこよくないと、
とか、ちょっとだけそういうことを考えます。
重けりゃいい、軽けりゃいい、ということじゃなく、
友達とご飯を食べるのが好きだから、
その時のために、っていうことですね。
伊藤
仕事と暮らしが連動してる感じがしますね。
健太
たしかにそうですね。
とくに隆太窯は家族経営なので、そこは連動しますね。

洋服の勉強から器づくりへ

未分類

伊藤
健太さん、こんにちは。
このたびはありがとうございました。
私、隆太窯の器、
いろいろと使わせていただいていますよ。
健太
ありがとうございます!
伊藤
うちにある中里家の器を集めてみました。
引っ越しの時に欠けてしまったものもあったんですけど、
金継ぎをしたりして大切にしています。
いちばん最初に買ったのは‥‥20年ぐらい前かな。
健太
うれしいです、大切に使っていただいて。
伊藤
不思議なことに、花子さんの器は、
東京の自宅じゃなくて軽井沢の山の家で使っているんです。
けれど自宅では隆さん、太亀さん、健太さんのものばかり。
なぜだろうと思っているんですけどね。
周りが山だというのが、花子さんのつくるものと
合うのかな?
健太
野生味に溢れてるからかも? 
叔母のつくるものが。
伊藤
ふふふ。
気づいたらそんな感じでした。
ちょうど1年前に唐津に行くことになったんですが、
たまたま隆太窯がお休みの日だったんです。
なので洋々閣(*)に行って、
いろいろと買わせていただいて。
それを家で使っていて、
やっぱりいいなぁ、ということで、
weeksdaysでも扱わせていただきたいと思ったんです。
(*)洋々閣は唐津にある旅館。
隆太窯のギャラリーと、
中里花子さんのギャラリーが併設されている。
健太
ありがとうございます。
じゃあ、伊藤さんが僕のつくったものを
お使いいただいたのは、
この1年のことなんですね。
伊藤
そうなんですよ。
健太さんはいつからお名前を出して
器をつくるようになったんですか。
健太
2018年の4月です。
コロナ禍のすこし前ですね。
隆太窯では、僕が「卒業」した最後の弟子なんですよ。
隆太窯は、入ったら3年で卒業、
というルールがあって、
できるようになったらもちろん、
できなくても「卒業」なんですよ。
ふつうは卒業したら外に出ましょう、
ということになっているんですが、
僕はそのままいるんです。
伊藤
ということは「入門」して、
おとうさまである太亀さんの弟子になった、
ということですか。
健太
そうです。はい。
伊藤
小さな頃からそこで生まれ育って
器を見てきたんですよね。
健太
いえ、それが、以前は両親が借家で、
隆太窯の敷地内に引っ越したのは
僕が中学生になった時ぐらい。
だから父や祖父の仕事をずっと見てきたかというと、
そんなにないんです。
どうやって器ができるのかっていうのは、ふんわり、
「手で形を作ってるんだろうな」ぐらいしか
知らなかったんですよ。
伊藤
おうちでは太亀さんや隆さんの器を使っていたんですか。
健太
はい、使っていましたね。
でも、別に気にしていないというか、
何も考えてなかったと思います。
器への興味も、小さい頃はありませんでした。
僕はささっとご飯を食べて自分のことがしたいし。
伊藤
それが今、こうしてお仕事につながるまでに
どんなことがあったんですか。
「おまえが継ぐんだぞ」みたいな感じのことは、
おそらく、言われていなさそうな気がするんです。
健太
そうですね。はい。何も言われませんでした。
伊藤
それがどうしてそう今のようなかたちに?
健太
学生の頃、就職先を考えている時に、
そういえば実家が陶器の工房をやってるから、
ちょっと作ってみてもいいかなぐらいの感じでした。
伊藤
それがいくつぐらいの時?
健太
21歳くらいですね。
もともと、物をつくることには興味があって、
東京でファッションの勉強をする学校に行っていたんです。
ものの成り立ちを気にするタイプだったので、
ファッションのなかでもスーツ、それも
ビスポーク(職人によるオーダーメイド)の
勉強をしていました。
思えば焼き物も、最近ぽっと生まれた文化ではない、
という点では似ていますね。
伊藤
洋服と器‥‥は、
全然違うように思えるんですけど、
一緒?
健太
僕のなかでは、あんまり変わらないんです。
伊藤
あんまり変わらないんだ!
健太
発送する時に割れるのは違いますけどね。
洋服は割れないから。
伊藤
えっ、えっ! そういうこと?(笑) 
用途が違う、つくりかたも違うのに、
健太さんのなかでは「同じ」だというのが、
私にとってはとても新鮮で面白いです。
健太
そうですよね。どう言ったらいいのかな、
例えば、どちらも「誰でも使うもの」。
その中で、アート作品みたいなものを
作られる方もいらっしゃれば、
日常のものをつくる方もいる。
洋服なら、大量生産をするカジュアルウェアもあれば、
世界的なコレクションの
ランウェイで披露する一点ものがあって、
それはずいぶん違いますよね。
器も、そういうことから遠からずというか、
明らかに営業用食器で誰もが見たことがある
ラーメン屋のどんぶりもあれば、
高名な作家の作品もあるわけです。
しかも、そっちとこっちで両極端に分れてるわけじゃなく、
その間にずっとグラデーションがあって。
そういうところでは、
洋服も器も一緒なのかなって思ったんです。
伊藤
うん、うん。
男性のビスポークのスーツというのは、今は、
ちょっと特別なシーンで着ることが多いと思うんですが、
器に関しては、どういうものをつくりたいと思ったんですか。
健太
あんまり考えたことがないんです。
ビスポークのスーツも、
今は特別なもののようになってしまっているけれど、
イギリスではツイードのスーツは狩猟用でしたし、
それで馬に乗ったりもしたわけですよね。
僕が勉強していたのは「そもそものところは?」
ということだったんですよ。
特に男性の洋服って、用途から派生して、
いろんなつくりかたをされるようになって、
ファッションとして発展し、
そこから文化が出来てきたところがある。
じゃあ、器はどうだろうと考えると、
用途? かたちのよさ? 
いや、どっちと決める必要はないぞと。
そもそも、全然知らない世界だったので、
とりあえず勉強してみようというスタートでした。
素人が最初から目標を設定しても
やってみて違った、とかありそうじゃないですか。
伊藤
合う、合わないということがあるかもしれませんね。

きちんと、ていねいに

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ある日のごはんは、
切り干し大根のあえものに、ほうれん草のおひたし、
手羽中の塩焼き、きのこ鍋。

その翌日は、
春菊のサラダに、
れんこんの柚子胡椒オリーブオイルあえ、
鰯の梅干し煮とイカのいためもの。

ちゃんと作られた素材と調味料をえらんで、
ていねいに料理する。

心がけているのはそれだけで、
とくに凝った料理は作っていないのだけれど、
毎度おいしいなぁと思う。
(自分で作っているのですけれどね。)

見た目がとても地味な、
私の料理を引き立ててくれるのは、
隆太窯の器。

使い始めてかれこれ20年くらいになるのかな?

最初は唐津の工房で。
それから何度か工房におじゃまをしたり、
東京の展覧会で手に入れたり。

少しずつ集まったその器は、
けして派手ではないけれど、
料理をかくだんにおいしく見せてくれる。
毎日使いたくなる器なんです。

今週のweeksdaysは、
隆太窯の中里健太さんの粉引きのうつわ。
あなたの毎日のごはんが、
おいしく、たのしくなりますように。

EGIのインナー、こんなコーディネートで 伊藤まさこ 02 ロングスリーブインナーは、どんなトップスとも

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冬にうれしい、ロングスリーブ。
とはいえ、いかにも肌着に見えてしまうものはちょっと。
機能的すぎるのも味気ないし‥‥。

そんな方におすすめなのが、
EGIのロングスリーブインナー。

レースのロングスリーブインナー(ホワイト)/EGI
カシミヤのロングスリーブ(オフホワイト)/cohan
カシミヤのレギンス(オフホワイト)/cohan

カシミヤのニットレギンスを合わせれば、寒さ知らず。
そしてとにかくストレス無し。
着心地抜群なのです。

ニットからレースをちょっとのぞかせて、
襟ぐりと袖口にかわいらしさを。

グレーにはデニムを合わせます。

レースのロングスリーブインナー(グレー)/EGI
スクエアトップス(グレー)/L’UNE
パンツ 伊藤まさこ私物

上に着たのはスクエアトップス

グレーを重ねて。
レースを見せて。

ホワイト×ホワイトとはまた違う印象に。

レースのロングスリーブインナー(ブラック)/EGI
バックサテンベイカーラフパンツ(オリーブ)/Le pivot

ブラックにはカーキを合わせてみました。
なんだかぐっとと大人っぽい印象。

パーカーを着て、
レース部分をちらりと見せます。

シャツ、カーディガン、タートルネック‥‥。
ほどよく身体に添う、ロングスリーブインナーは、
どんなトップスとも相性よし。

着た姿もいいけれど、
着ていない時もまたいい。
何色か揃えて、
冬を乗り切りたいと思います。

EGIのインナー、こんなコーディネートで 伊藤まさこ 01 タンクトップは自分だけのたのしみ

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だれに見せるというわけではない、
自分だけの満足。
下着の中で、
タンクトップは大好きなアイテム。
しかも今回はレースがついていて、
「かわいい」の一言につきます。

今回ご紹介するのは、
ホワイト、グレー、ブラックの3色。
どれもそれぞれ魅力なのですが、
モデルの舞輝さんの、
赤ちゃんのような白い肌に
とてもよく映えたのがブラック。

レースのタンクトップ(ブラック)/EGI
リネンのフリルドロワース(ブラック)/cohan

リネンのパンツも同色で。
タンクトップはレース、
パンツはフリル。
ともするとかわいくなりすぎてしまう組み合わせですが、
そこはさすがブラック。
全体を大人っぽく、さらにはきりっと引き締めてくれます。

お風呂上がり、こんなコーデイネートでスキンケアを‥‥
なんて夢が広がります。

ちらりと見せても、
「下着、見えちゃった」と
周りの人をハラハラさせないのが、
このタンクトップのいいところ。
ブラックのパンツと、
透けるブラウスと合わせて。

ボタンをすべてしめて。
ブラウスの下からのぞくレースがアクセサリー代わりに。

ブラウスをジャケットに変えて。
オールブラックのコーディネートですが、
タンクトップからのぞく肌が大人っぽい印象に。

グレーのタンクトップはデニムに合わせて。
あえてインせずラフな感じに。

レースのタンクトップ(グレー)/EGI
C/Pe ZIPパーカー(オフ白)/Le pivot
パンツ 伊藤まさこ私物

裾をデニムに入れて、
白のパーカーをさらりと羽織って。

レースのタンクトップ(ホワイト)/EGI
カシミヤのレギンス(オフホワイト)/cohan

ホワイトのタンクトップに、
cohanのカシミヤのレギンスを。

このレギンス、
「あまりに暖かくて気持ちよくて。2枚買いました!」
なんて人もいるくらい。
パンツの下に穿けば、
冬でもぬくぬく。
トップスはちょっと厚手のタートルネックにして。

下にこんなかわいいタンクトップを着ているとは、
きっと誰もわからない。
自分だけのたのしみ、というわけです。

冬本番

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ある週末。

手紙を出そうとストールだけひっかけて外に出たら、
風がピュー‥‥
寒い。

落ち葉もくるくる舞っていて、
なんだかやっと冬本番。

家に上着を取りに戻るのも面倒で、
そのままストールをギューッと体に巻きつけ、
ポストの前のカフェで、
カフェオレを飲んでホッと一息。

この季節、
あったかいものってありがたい。

もともと冬が好きだったけれど、
歳を重ねるごとにそれが増している気がします。

子どもの頃、
まだ寝床にいる私のために、
母がその日に着る服や肌着を、
ストーブの近くに置いてあたためてくれたっけ。

そんなことを思い出しました。

今週のweeksdaysは、
EGIのインナー。
タンクトップもロングスリーブも、
さりげなくレースがあしらわれている。
あったかいだけじゃなくて、かわいい。
こういうインナー待ってました。

きらいなものはきらい

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伊藤
軽井沢の家を改修するにあたって、
吉田さんにいろいろお訊きしたいと思ったんですよ。
吉田
いや、とんでもない、とんでもない。
こちらがたのしみに拝見します。
伊藤
ええっ?! 怖いです。
いま考えているのはキッチンや水回りの改修なんですが、
もうひとつ、天井の高いリビングの開口部から
お隣りの家のプロパンとかが見えるんですね。
だからもういっそのこと、上の窓は残して、
1階にあたる部分を白い壁にしてもいいのかなと。
吉田
いいじゃないですか。
いま周囲はどんな建築が建ってるんですか。
できた50年前はいろいろ制約があったんだけれど。
伊藤
バラバラですよ、今は。
吉田
そうか、そうか。
伊藤
調和というよりは、みなさん、好きにしてる感じです。
ただ、緑が隠してくれる。
吉田
電柱は見えるんですよね。
伊藤
しょうがないんですけど、
けっこう目の妨げになるなと思います。
吉田
そうです。まったく。
だって、ほんと、外国の街には、
徹底してないところがあるじゃないですか。
ヨーロッパなんかどんな田舎行ってもないじゃないですか。だからすごいんだね。
なぜ日本はできないんだろう。
どこ行っても、電柱だらけだからね。
伊藤
窓を壁で閉じちゃおうかなということについて
「いいんじゃないですか」っておっしゃいましたが、
建築家の方によっては、
「この家具を置いてください」とか、
その人の作品に住まわせていただくみたいに
なることもありますよね。
吉田さんにとって、建築は完成したら施主のもの、
という感じですか。
吉田
うわぁ、むずかしいですね。
施主は私が何をどういうものを作るかわかっていて
依頼をするわけだけれど、
住み始めたというので招かれて行ってみると、
ちょっと合わない屑籠が置いてあったりする。
でもそれはそれで一所懸命気を遣われているんですよ。
だからむずかしいですね。
施主が8割満足してて、
私も8割満足してるっていうのが大半でしょうね。
さっきの窓の話になりますけども、
僕は既製品のものをできるだけ使いたくない。
それは商業主義に乗っかっちゃうことだから。
でもそういう商業主義に逆らおうなんていうのも、
たぶん今は通じないんじゃないかなと思う。
時代が変われば、そういうことを
平気でやっちゃう人たちもいる時代になってきた。
あなたに質問したいんだけど、
フェイクは許される? 
OK? それともNO?
伊藤
フェイクですか。
吉田
たとえば建築の例で言いますとね。
木造建築といいながら
アルミの板に木目を印刷するとか、
構造体も木の中に鉄骨を埋め込むとか。
それをわれわれはフェイクって言ってるんです。
紀子
フェイクってね、今、ハウスメーカーなんかでも
どんどん使ってますでしょ。
合板に木の模様を貼って天然木風にするとか。
吉田
われわれの世代には、フェイクは最悪でね。
装飾も悪であると言った建築家が
ヨーロッパにいるんですけど、
つまり真実じゃないものを否定するところから
現代建築は始まったんです。
僕たちはそれにどっぷり浸かって生きてきたもんだから、
最近のフェイクが許せないんですね。
‥‥っていう話を、若い、40代ぐらいの人にしたら、
「吉田先生、なんでフェイク、悪いんですか」。
伊藤
それは住宅でも使われているんですか。
吉田
そうなんです。
紀子
畳でもそうですよね。
イグサを使わないのありますでしょ。
伊藤
それは居心地が悪いというか。
吉田
かと言って「やっぱり本物はいい」に
行っちゃつまらないんだ。
偽物でもよきゃいいだろうと。
でもね、僕、よく言うんですけど、
侍が伝家の宝刀でスイカを切るとか、
懐刀で梨むいたなんていうと、ひっくり返っちゃう。
だけど「切れりゃいいじゃないか」という主義の人が、
最近増えてきたのにびっくりしてる。
伊藤さんなんか、やっぱ、
よきゃいいじゃないか、
悪いものはダメよっていうことでしょ。
伊藤
そうかもしれないですね。
吉田
ねぇ。てことは、まず、僕の質問自体がナンセンス。
伊藤
いや、そんなことないですよ。
吉田
あなたには「いいものはいい、悪けりゃ悪い」
っていうことがガンとあるわけですよ。
伊藤
そうですね。嫌なものは嫌。
みんなはどう思うかわからないけど、
「私はこれが好きです」
っていう気持ちは大切にしてると思います。
吉田
それでこれだけの人気が出るっていうことは、
「私が好きだ」っていうものを
みんなも好きになっちゃうのね。
そこが僕すごいと思って。
こんなすごいことってないですよ。
伊藤
ほんとうにありがたいことです。
吉田
普通ね、こうなってくると
「教えて、信奉者を増やす」んだけど、
あなたにはどうやらそれがないんだよね。
伊藤
はい、私は私なので‥‥。
吉田
あなたが建築家になったら
どうなるかなと思っちゃうぐらいですよ。
もし建築の道を行ってたらば、
誰になるかって、‥‥いない。
伊藤
私はきっと吉田さんと同じタイプです。
私の設計した家に、
施主の人が変なゴミ箱を置きだしたら、
私は嫌だと思うんじゃないかなと。
もし、私が建築家だったら、
日常で使うものまで全部揃えて、
その家をまるごと買ってほしいです。
吉田
ちょうど、僕が建築を始めた頃の
剣持勇(*)とかレーモンドが、
スプーンから建築までっていうぐらい
全部をデザインしていた。
(*)剣持勇(けんもちいさむ:1912-1971)は
インテリアデザイナー、プロダクトデザイナー。
代表作に、ニューヨーク近代美術館の永久コレクションに
選ばれた「KMチェア」がある。
ヤクルト容器のデザインでも知られる。
吉田
そういうのが時代と共にできなくなってきちゃってる。
だけど、昔の精神はね、
インテリアから全部作っていくっていうのが建築なんだ。
伊藤
今はその選択肢が広がったってことですかね。
吉田
いや、できないんじゃないかな。
建築家は、家具にまで手が回らない。
あなたは洋服もデザインしてらっしゃるんでしょ。
伊藤
いえ、デザインする人は別にいるんですよ。
その人たちを私が探し出して、
セレクトして売ってるんです。
時に「こうしてください」とお願いをしますけれど。
吉田
ディレクターだ。
かっこいいことやってますね! 
伊藤
いやいやいや! 
私の思いを形にしてくれる人、
好みが一致する人を選ぶんです。
これはこの人がいいんじゃないかな、
この会社がいいんじゃないかなと。
吉田
なるほどね。
吉田
糸井さんも、モノを作ることは一切しない?
伊藤
糸井さんも直接デザインをするのではなく、
「こういうのあったらいいんじゃない?」って
おっしゃいますね。私に対しても、
「まさこさん、こういうことじゃないかなあ」って。
「ほぼ日」のほかの商品のことはわからないんですけれど、
みんなに聞くと、デザイナーが作ったものを、
「うん? 違うな」とか「いいね」と
だんだん一致させていき、完成形を世に出す。
「ほぼ日手帳」もそうなんだと思います。
私の職業はスタイリストですが、
スタイリストって自分でモノを作らないんですよ。
選ぶことが仕事になっている。
とてもおもしろい仕事だなと思っています。
吉田
ディレクターとスタイリストっていうのは、
どういうふうに違うんですか。
伊藤
このweeksdaysの中では、
私はディレクターっていう役割で、
その中にスタイリングという仕事がある、
という感じです。おもしろいですよ。
吉田
たとえばどっかの敷地を見て、
もし「ここに休憩所を作って」っていう注文があったら、
やっちゃうんじゃないですか。
伊藤
やりたいです! 
今まさにそういう仕事がしたいです。
吉田
やっぱりね。
伊藤
ただ、それにはいろいろなパートナーが必要ですけどね。
今回の改修は、
ちゃんとした図面を引いてくれる建築士さんがいて、
それを形にしてくれる大工さんがいて、
その3人でやってるんですが、
そういうパートナーが必要です。
でも、やりたい! 
ホテルにも興味があります。
吉田
ホテルを? 
おーー。おやりになればいいじゃないですか!
伊藤
ですよね。できるのかなぁ。
吉田
よくね、古い建築、
もうほんとに歴史的にボロボロの古い建築を
よみがえらせて、改装して住まうようにするような
仕事もあるけれど、
それよりも、新築をやってみたいんですか?
伊藤
いや、今は古い物件がないとできないと思います。
建物の知識はまったくないので。
吉田
なるほど、なるほど。
伊藤
「これをこうしたらいいんじゃないかな」って。
たとえば今の軽井沢の家は、
もともとスキップフロアがあって、
上が4畳半・4畳半の続きの和室だったんですよ。
そのスキップフロアがあるから、
これはよくなるかもしれないと思って
内装が考えられたんですけれど、
一からって言われると、壮大過ぎて。
吉田
ふーん、そうか。
でもそういう建築家も現れていいんじゃないかなぁ。
伊藤
ありがとうございます。
‥‥だんだん日が暮れてきましたね、
夕暮れの窓もいいですね。
吉田
これ、全部葉っぱが落ちるんですよ。
冬には枝だけになってね。
モンドリアンの木みたいに。
紀子
この桜はよくこの空間に働いてるんです。
夏は茂って遮光になって、
冬は枝だけになるから日が入って。
伊藤
ほんとですね。とっても素敵です。
吉田さん、そろそろおいとまする
時間になってしまいました。
今日はほんとうにありがとうございました。
吉田
とんでもない。お役に立てなくて。
対談なんて成り立たなかったでしょう? 
なんかもうちょっとお役に立つことっていうか、
建築としてのお話をしなきゃいけなかったかな。
伊藤
いいえ、私はとても楽しかったですし、
勉強になりました。
吉田
いま個人で建築をやる人がいなくなってきて、
だけど、僕は個人の個性って、建築に必要だと思ってて。
理論だけじゃできない、技術だけでもできない。
どうしても個人のハートが大事なんです。
失礼な言い方だけど、
あなたにはそれが
わかっていただけるんじゃないかなと思って。
とてもたのしみです。
一番最初の話に戻ると、
やっぱり私はローコスト精神というのがいいんですよ。
88歳になるので、あらためてそのことを書いた
小冊子を作ったんですが、できあがってから、
あなたのお買いになった別荘の写真を1枚、
挟み込んで入れたんです。
でもそれだけじゃどうも足りなくて、
もうちょっと文章を書かせてもらおうかな(笑)。
気障な言い方をすると、けっこうそこに、
私のすべてを込めるような気になってきてね。
伊藤
えーーっ。
吉田
あの別荘は私のスタートですからね!
伊藤
ほんとですね。
吉田
絵を始めた人が模写をして勉強をしてるような、
そのときの作品だから。
だけど、あれ見てると、
「やるじゃねえか、こいつ」と思ってね。
伊藤
ほんと、すごくステキですよ。
うちの娘が「ママってやっぱり運がいいよ」と。
今日もこうしてお会いできましたし。
吉田
いや、もうたいへん光栄でございますよ。
なにしろ親子の差があってね。
伊藤
ふふふ。ほんとうに、ありがとうございました。

ありがとうございました。

吉田
お役に立てたかな?

これから芋煮会

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伊藤
信頼おける人と仕事するっていうのも、
すごく大事ですよね。
それが選べるようになってきた年代だというのもあるけど、
大久保
もうだいたい感覚や嗅覚で、
「あ、この仕事ヤバいかも」とか、
「あ、この仕事たぶんカロリーすごい使いそう」
「このスケジュールだと」って
わかるようになったから、
やめとこう、となりましたね。
そこはうまくある程度できるように。
伊藤
嗅覚が働くようになってきたのはいいですね。
仕事をして30年。
大久保
でもその嗅覚をたまに縫って悪い仕事が入って。
伊藤
嗅覚がにぶってるときに限って。
大久保
そしたらもう「なんや、この現場」って
しこたま悪口言って発散しておさめる。。
伊藤
いいですね。頑張りましょう。
大久保
まとめました、今?(笑)
伊藤
ひどーい。ひどいまとめ方!
大久保
頑張りましょう、出た!
伊藤
頑張らなくていいんですね。
大久保
そうですね。わかんないな、もう。
伊藤
わかんない。
大久保
毎日を、そう、毎日をね。
伊藤
生きていきましょう。(笑)
大久保
(笑)毎日生きていきましょう。
伊藤
何、それー。
大久保
毎日を無事に。
伊藤
つつがなく。
大久保
朝、目覚めましょう、ちゃんとね。
朝、元気だとうれしいから。
伊藤
ルーティンをこなし、
嗅覚を研ぎ澄まし、やがて会長職に‥‥。
大久保
就き。
伊藤
うん。いいですね。
大久保
人に悪口を言われても聞こえないふりして、
しあわせに最期お酒を飲みながら死んでいきましょう。
伊藤
ねぇー。そうしましょう。
いやあ、なんかありがとうございました。
大久保
いいんですか。ありがとうございました、こちらこそ。
伊藤
今日はこれからはお家に帰れるんですか。
大久保
今日これから友だちんちで芋煮会があって。
伊藤
この本にも載ってる会。
大久保
そうなんです。私、いつの間にか
謎の芋煮を作る人になってて、
私が作らなきゃいけないんですけど。
伊藤
大忙しじゃないですか。
大久保
うーん。でも、もう、それも、
決めたから芋煮を作らなきゃいけないって思ってるけど、
今、私、作りたくないんですよ。
そのときに、「ごめん。やっぱ、ちょっと無理だから、
なんか買ってくからいい?」って言うのって、
どの程度人としてダメなことなのか。
それとも、そんなのたいしたことないんじゃないか。
伊藤
たいしたことじゃないですよ。
大久保
いいですか?
伊藤
うん。大丈夫。
大久保
でも、みんなが芋煮会だと思ってる。
伊藤
芋の腹になってるのかな。
大久保
それ以外のサイドメニューばっか、
みんなが買ってきてね。
何故私が今からスーパーに里芋を買って、
芋の皮を剥き‥‥、と思ったら、
やりたくないなと思って。
どう思います、これ?
伊藤
こんな対談をした後に、
やらなくていいんじゃないですか。
あ、だからそれが真面目なカヨコ。
大久保
そう。出ちゃってる。
伊藤
フランス人とか、ほんと、ずっと前から約束してても、
「私、今日気分じゃないから行かない」と言えるんです。
大久保
ねぇ。そんなふうに聞くじゃないですか。
私がたぶん逆の立場として、誰かに
「ごめん。今日ちょっと芋煮できないわ」
って言われたら、
「あー、わかった」──でも
「その代わり」、ですよね。
代わりが何かちゃんとこう提示できてれば。
なんだろう。
伊藤
芋煮の代わりって何? 
大久保
鍋物で。
伊藤
ホクホクしたものが食べたいと思ってる。
大久保
他の鍋に代わってるのもちょっとなんか違う?
伊藤
いや、でもそれこそ「知~らない」で
いいんじゃないですか。
大久保
ええーー!
伊藤
いいよ、いいよ。
大久保
「知~らない」って言っちゃう?
伊藤
「だからこれ買って来た」って。
大久保
ほんと? そうしようかな。
伊藤
うん。だってこれから買いに行くんですよね。
大久保
うん。6時スタートだから。
伊藤
え、今何時? そっか、できちゃうねー。
「もう押してさー」とか言って、
「あのスタイリストがよー」みたいに、
私のせいにして。
大久保
いいですか。
伊藤
私のせいにしていい。
大久保
ほんとに?
「飲み出しちゃってさぁ」って(笑)
伊藤
「くだ、まきはじめてさー」
大久保
「同じことばっか話してさー」
伊藤
「『言ったっけ?』とか何回も言ってさー」
大久保
だいぶ悪口ですけど、いいですか。
伊藤
うん。そうですよ。人のせいにしちゃえ。
大久保
そうかな。ちょっと考えます。
まあ、まだこの時間ならいけるか。
そこでまたやらなかったことをモヤモヤするとか、
真面目なんだなぁ、たしかに。
伊藤
そうですね。でも芋買ってないんでしょ。
もっと真面目な人は午前中に買ってますよ。
大久保
すっごいわかる! おっしゃる通り。
昨日の仕事がトラブルなく遅い時間にならなければ、
疲れずに今朝7時ぐらいに起きれて、
9時からスーパーへ、って調べてたんですよ。
ところが朝、もうダールッ! って起きて、
ルーティンも何もできず。
ダメな人が揃った現場に行くと、
翌日まで引っ張るんですよ。
伊藤
そうね。気持ちも引っ張られる。
大久保
でも、こうやって悪口を言ってると、
エネルギーがみなぎってくるんで。
それはそれでありがたいと思って。
悪口言ってると、エネルギーがね。
伊藤
なんなんでしょうね。
大久保
憎しみを持つ力ってすごいですね。
元気になっちゃうから、これはこれでありがたい。
ありがとうと思ってね。
伊藤
あはは! ありがとうございました。(拍手)
バス旅行をご一緒にできる日を。
大久保
ご清聴、ありがとうございました。
伊藤
いいのかな。
大久保
ね。どうなるのかな。

玄関、寝室、パタパタ窓

未分類

伊藤
ドアを開けたらすぐにリビングルームで、
「玄関を作らなかった」と聞いていたんですが、
こうしてベンチで区切りをつけたことで、
ドア側の空間が玄関の土間のような印象になり、
同時にリビングの一角でもあり、という構造なんですね。
そしてリビングとキッチンは別。
LDK、にはしていないんですね。
吉田
僕の友人で黒沢隆さん(*)っていう人がいるんですが、
僕は彼に相当影響を受けて、
台所とダイニングを分けたんです。
当時、システムキッチンがワーッと流行って、
いろんなメーカーが登場してました。
私もね、ずいぶんシステムキッチンを手がけたけれど、
自分の家は分けた。
(*)黒沢隆(1941-2014)は日本の建築家。
居間と寝室という構成だった日本の住宅から、
ひとりひとりが使う「個室」を基盤とした
新たな住居形態を提案。
論考と、それを実践した多数の住宅を手がけた。
吉田
黒沢隆の考えは、台所とは作業場であると。
そして食事というのは一種のセレモニーだから、
きちっとした方がいい。
だから当然一緒にしちゃいけない。
それで私も分けたんです。
それから夫婦の寝室も分けています。
これも黒沢隆の影響です。
はっきり覚えてるんだけど、
1968年に『住宅特集』っていう雑誌が創刊され、
そこに黒沢隆が、夫婦の寝室は別にすべきだという
「個室群住居論」というのを書いたんです(*)。
女性もこれからはちゃんと独立してやっていく。
だから一緒が当然じゃなくて、
分かれた部屋で生活するべきだと。
僕はそれにすごく感銘を受け、感化されて、
うちも別にしたんです。
(*)黒沢隆の論考は『個室群住居』として
住まいの図書館出版局より書籍化されている。
伊藤
ご自宅のほかで設計なさった住宅でも、
夫婦別寝室を提案なさったんですか。
吉田
僕は50何軒、住宅を建ててきましたけど、
夫婦別部屋にしたのは1組だけ。
伊藤
へえ!
吉田
提案すると「あ、それはいいですね。
もううちの主人のいびきがうるさくて」と、
夫婦別寝室で設計が進んでいくんですよ。
だけど、いよいよ建てる段になるとね、
「これまで一緒で慣れてますから」っていって、
2つを1つにしちゃう。
伊藤
別がいいと思うんです、私も。
吉田
ねぇ。楽だもの。
あいつはいつまでも起きてるけど、
僕は先に寝ちゃうとかね。
ぜんぜん生活の時間が違うんだから。
伊藤
そうですよね。
ところで「パタパタ窓」(*)は
どこにあるんですか。
(*)吉田さんの自邸「チキンハウス」の
シンボルでもあるグリッド状に組まれた小さな窓のうち、
通風用の開口窓が「パタパタ窓」。
下部のハンドルを押して外に開ける構造になっており、
使っている「ホイトコ」という金物の特性で
好きな角度で留め置くことができ、
雨天の開口時には庇としても機能する。
ちなみに採光用の窓はすりガラスのはめ殺し。
吉田
上の階にありますよ。
伊藤
拝見していいですか。
吉田
ここと、この奥の僕の部屋にあります。
伊藤
かわいい! 
吉田
古い時代の話になりますけど、
この家を建てた頃、サッシ会社ができまして、
既製品でいろんなタイプのサッシが登場したんですね。
しかし既製品のものを使わないっていうのは
基本的に山口先生もそうだったし、
ぼくもそれを使うのが嫌いだった。
商業主義に乗るようでね。
伊藤
それで窓の設計を。
中2階のここも吉田さんがお仕事場として
使われているんですか。
吉田
ここはこの人(紀子さん)が使ってます。
最初は僕がここで仕事をしてたんですが、
今は僕が両親のいた部屋に移って。
伊藤
天井の高さをすごく大事にされていますね。
軽井沢の、吉田さん設計の山荘もすごく天井が高い。
平米数としては58㎡ぐらいなんですけれど、
天井の高さがあるので、すごく広く感じるんです。
2階に上がると四畳半のお部屋があって、
そこの天井も高いんですよね。
吉田
こっちが寝室。
寝るだけの部屋です。
伊藤
お~っ! ここも、すっごくいいですね。
吉田
壁はね、金がないから、
つい去年耐震のためにやった仕上げで、
構造用合板です。ここにあった本箱を玄関に持ってって、
補強をいろいろして、ベニヤのままにしとこうと。
もう貼らないで。
伊藤
Yチェア(*)もステキです。
(*)デンマークの家具デザイナーであるハンス・J・ウェグナー(1914-2007)が
カール・ハンセン&サン社のためにデザイン、1950年から生産が続いている名作椅子。
吉田
Yチェア、昔からあるんです。
それでね、このベニヤの汚さをカバーするのに、
天狗が頑張ってくれて。
伊藤
あら! 
寝室って天井が低いと落ち着きますね。
吉田
ここで2mですね。
伊藤
1階の天井高はどれぐらいあるんですか。
吉田
吹き抜けが4mです。2mと2mで。
伊藤
最初、どういうお家にしようと思ったんですか。
思うようにできました?
吉田
ハハハハ! 直球ド真ん中に来ましたね! 
空振りですよ、そんなの‥‥。
紀子
ファサードにものすごく気を遣ってましたね。
どういうファサードにしたいかを。
右のでっぱりは、
子供室を後から増築したんです。
伊藤
そうだったんですね。
吉田
話が最初に戻るんだけれど、
こういう取材も、10年ぐらい前までは
喜んで受けてたんです。
でももう古いから、しばらくやめていたんですよ。
それが去年かな、電話がかかってきて
「うちはもう取材を受けないんですよ、古いから」
と言ったら、
「その『古い』というのをテーマに」って言われて、
100年後まで住みたい家というテーマの雑誌
(『HOUSING by SUUMO』2024年4月号)に出た。
紀子
今年は、「窓研究所」の人たち
(Window Research Institute)もいらしたり。
吉田
『&Premium』(2025年3月号)
モデルを連れていきますって言うから、
それじゃ、ま、どうぞ、ってやって(笑)。
伊藤
あれはすごくよかったですね。
吉田
建築哲学とか理念、概念、
そういうものと一緒に作っていき、
建築家が喜ぶ専門誌に掲載される建築を作る一派に対して、
「どうだ。キレイでしょ」と、かっこいいものを作り、
一般紙に載る建築家は商業建築家だと言われたんです。
でね、これは私の説なんだけれども、
それを完全に一体にしちゃったのが
雑誌『BRUTUS』なんですよ。
伊藤
私も今、そのことを考えていました。
吉田
『Casa BRUTUS』なんか特にね。
丹下健三(*)のすごい建築の下に
モデルを置いたりしてね。
見事にそれを合体させてますね。
(*)丹下健三(1913-2005)は
世界で活躍した建築家・都市計画家。
代表作に国立代々木競技場、広島平和記念資料館、
東京都庁舎、東京カテドラル聖マリア大聖堂などがある。

勝ちたい欲は大事です

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伊藤
大久保さんの連載、ずっと続くんですかね。
大久保
それはちょっとわかんないですよね。
伊藤
マガジンハウスっていろんな雑誌があるから。
大久保
そうそうそう。ここまで囲われたら、
もうマガジンハウス内で移動してってもらって。
伊藤
それいいじゃないですか。
次、『クロワッサン』。
大久保
そうそう。ぜんぜんいけると思う、私は。
伊藤
ねぇ。その次『ku:nel』とかね。
大久保
ありますもんね。
伊藤
なんだったらカヨコ編集長の。
大久保
編集長? 
伊藤
『70代をいきいきと』みたいな。
大久保
あー、なるほどね。
特別編集部でね。
伊藤
それ、読みたーい。
カヨコの更年期以降の話とか。
大久保
ほんとですね。
でも、編集作業とか大変でしょ。
そういうのはあんまりやりたくないから、
それはプロに任せて、
好きなときに出社して、来たぞって言われて、
話し相手になってもらってという。
伊藤
それ、どこの会長?
大久保
そのポジションいいですよね。
伊藤
来たぞっていってね、お菓子出してもらって、
夕方4時ぐらいから「飲みに行きますか、ボチボチ」
って飲みに連れてってもらって。
そういうポジションになれたらいいですね。
伊藤
あー、それ、いい!
大久保
そういう居場所が何カ所かあると楽ですよね、きっとね。
伊藤
何カ所も?(笑)
大久保
だって1カ所だと重荷になっちゃうから。
伊藤
あ、そっかぁ。
大久保
分散させといた方が。
伊藤
その時々で忙しい編集部とかもありますし。
今日は入稿だから、あそこはやめとこうとか。
大久保
そうそう。3カ所ぐらい、
編集部じゃなくても、
今の人力舎(*)もね、
これだけお世話になって、
一所懸命働かせてもらったんで、
私が仕事なくなったとしても、フラッと行ってね、
「来たぞー」。
「来ちゃったよ」って言われて、ちょっとお茶して。
(*)人力舎は、大久保さんの所属事務所。
伊藤
これで2か所も。
大久保
見つけたでしょ。
やっぱりこうやって高齢化になった時、
一所懸命こうやって働いて貢献してきた人には、
我慢していただいて、
受け入れる場所をつくってもらった方が、
私たち健康でね。
伊藤
「またこの前と同じこと言うけど」。
大久保
言いますよ。
伊藤
「初めて聞いたようなフリしてあげて」
とか言われるんでしょうね。
でも、いいですよね、別に。
自分覚えてないしね。
え、じゃあ、結局、
会長になるっていうのが今日の‥‥。
大久保
会長というか、
好きなときに行かせてもらって、
新入社員の研修の一部で、
私の相手をするっていう。
伊藤
そっか。新入社員か。なるほど。
いや、でも私はやっぱり
大久保さん編集の雑誌がいいな。
書籍もいいんだけど、
ビジュアルでも見たいから。
大久保
私を?
伊藤
あさこさんとバス旅行とか。
そのときちょっと後ろの方に混ぜさせてもらって。
大久保
もちろん。行きましょうよ。
伊藤
ねぇ。信玄餅かぁ。一回行ってこようかな。
詰め放題とかあるんですよね。
大久保
おもしろいですよ。
伊藤
「勝ちたい!」みたいな。
大久保
勝負欲、勝ち負け欲みたいなのを
ずっと持ってた方が絶対元気。
それも勝負だと思ったら、やれるし。
だって、この業界とかでやってる人って
絶対負けず嫌いだし、
勝ち負けみたいなことにこだわってきた人、
多いと思うんで。
私もそれ、すごくあるんですよ。
たぶん負けず嫌いなんですよ。
勝負がかかると、一気に目覚める、覚醒するというか。
伊藤
どんな勝負ですか。
大久保
テレビでやってるような勝負とかもある。
値段当てとか。
そんなちっちゃいことから、
勝ちたいっていうのがすっごくあるので。
伊藤
それ、原動力なのかもしれない。
大久保
うーん。そうですね。じゃんけんとかでもね。
伊藤
ええっ? じゃんけん?
大久保
自分の中でこのじゃんけんは絶対勝つとか、
今日勝ったらこの1日は絶対いいことから始まるみたいな、
自分を奮い立たせてじゃんけんをしたいタイプ。
トランプのスピードとかすっごいしたいタイプ。
伊藤
カサカサしてるから、トランプ、滑らなくなっていくよね。
大久保
もうそれはもう全員同じ年代の人が
ぜんぜんめくれない感じで。あはは。
伊藤
もたもたしちゃって。
大久保
ぜんぜんめくれないスピード、いいかもしれませんね。
スピードじゃない。もう、もったもたして。
伊藤
もたもたして、イライラして、
2枚出しちゃったりして。
大久保
そう、そんなの。
そういうのを笑えたらいいですね。
伊藤
私の方がカサカサよ、みたいな。
大久保
人にやたらきびしいんですよ、そういう人って。
「今、2枚出してるからっ!」みたいにすぐ言うから。
伊藤
こうして、いつも
「お疲れ様でした」って対談が終わったあと、
あんなことも訊いてない、
こんなことも訊いてないと思うんですよ。
大久保
いや、でもそこがいいとこですよ‥‥、
‥‥ごめんなさい、今は適当に言いました。
伊藤
適当に言いましたね。
そうだ、このタイトルって絶妙じゃないですか。
『パジャマあるよと言われても』。
大久保
それはもうほんとに編集さんに考えていただいて。
伊藤
へぇーー。すごっ。
大久保
ジワジワいいなと思って。
伊藤
いいですよ。
大久保
最初、候補をいろいろいただいて、
これならいいか、みたいな感じだったんですけど、
ジワジワ、いいですね。
伊藤
小見出しっていうか、章だての
「ひとりで生きてもいいですか?
──カヨコ42歳-43歳」。
大久保
これもね、もちろん編集の方におまかせで。
イラストとかもかわいいし。
伊藤
へえー、じゃあ本文は書きましたから、
そこから先はプロにおまかせ。
大久保
だって絶対そっちの方がいいですもん。
伊藤
それかっこいいですね。
「脱! 都合のいい女──カヨコ44歳-45歳」。
大久保
そこも秀逸なんですよ、ほんとに。
伊藤
そうそう。私も思いました。
「恋はもう不戦勝──カヨコ46歳-47歳」
大久保
ねぇ。その文字数でまとめるって、
やっぱりすごいことだなと思うから。
伊藤
「Uber Eatsしか来ないけど──カヨコ48歳-49歳」
「セミダブルにひとり寝る──カヨコ50歳-51歳」
「何歳だって甘えたい──カヨコ52歳-53歳」
たしかにそうですね。でも、
大久保さんってすごくかっこいいなと思ったのが、
前、対談をしたじゃないですか。
そのときに一切、直しがなかったんですよ。
大久保
私ね、直さないですよ。
人がどのぐらいの程度直すかわからないですけど、
情報が間違ってたら、
後は言葉きついなと思ったら、ぐらいで、
文章は直さないことが多いです。
伊藤
それ、かっこいい。
あと、写真も。
大久保
写真はチェックもしない。
伊藤
私も極力、カヨコ方式で。
大久保
いや、それは人それぞれだから。
伊藤
一回直し始めると、
全部直したくなるみたいなときがあって。
そういうところでもう仕事をしない。
大久保
いや、ほんと。そこなんですよ。
たまにこんなこと言ったっけなっていうの、
ありますけどね。
「私なんて、ほんとにもう山口智子と
ほぼ変わらないって‥‥・違うか!?」
みたいな文章になってて、
あれ、こんなこと言ったかな? って。
変なノリの文章書かれたときには、
「えっ、これ全部直すの!?」と思って、
そしたらもうもうこの本は誰も読まないでください、
誰の目にも触れませんようにと思いながら。
伊藤
言ってないですね、その違和感は。
大久保
そうです。そこもわかんないけど、
文章にするとまたちょっと
トークのノリって伝わらないとこあるから、
むずかしいですよね。
伊藤
文にするときつくなる。
大久保
そう。だから、信頼のおけるライターさんだったら、
私のリズムでやってくれてるから、
ちょっとだけ「あれ?」って思ったとしても、
まあセーフかと思って。

僕の仕事場へどうぞ

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吉田
じゃあ、こんどはこちらへどうぞ。
伊藤
あれ? ここにも階段が。
上の階があるんですね。
リビングをはさんで両側に階段があって
それぞれの上階に行けるようになっているんですね。
吉田
(階段を上り切って)ここは僕の仕事場です。
仕事っていうか原稿を書いてるだけだけど。
伊藤
すごい。この下がさっき私たちがいたスペース。
吉田
ここには両親がおりました。
亡くなってから私が使っているんです。
伊藤
きっと奥が和室だったんですね。
障子もあって。
吉田
そうなんです。襖で手前のリビングと分けてました。
こちらに風呂場とか便所とか台所が。
もう今、本なんか置いちゃってますけど。
これ、実はですね、50年前はそんなこと
何も気にしないで建てちゃったんだけど、
この前の地震のときに計算してみたら、
いまの基準で必要な耐震強度が半分しかない(*)。
それでこういうふうに補強してるんです。
(*)1981年6月1日に施行された建築基準法で住宅の新耐震基準が定められ、
旧耐震基準(震度5程度に耐えること)から震度6強から7程度の大地震でも
倒壊・崩壊しないことを目標とすることになった。

この赤い鉄骨がそれ用です。
倒壊して隣の家に迷惑かけちゃいけないから。
ここも実はベニヤ、構造用合板を貼って、
仕上げする金がなかったから、
私の作品の写真を貼ってます。

伊藤
あら、ニーチェアがありますね!
吉田
伊藤さんの家にはニーチェアが似合うけれど、
これはもうね、ぜんぜん、色もさめちゃって。
伊藤
よく似合っています! 
そしてあちらにはデイベッド的なものが。
ここは吉田さんの基地ですね。
階段のつくりも素敵です。
吉田
普通の手すりをつけるのが嫌でね。
いかにも老人みたいじゃないかと。
それで垂直水平の手すりをつけたんですが、
この年齢になると設備のためのお金を
役所が援助してくれる、
というから申請を出したんです。
そしたら業者が見にきて、
こういう手すりはダメだと。
こんなんで金出ませんと言うんだね。
ちゃんと階段の角度と平行にしなきゃいけない。
伊藤
もうちょっと、行政も
頭を柔らかくしてもらいたいですよね‥‥。
吉田
ルールが厳しいんだ。
掃除もここまでですとか、
買い物も酒、タバコはダメですよとか。
だから長生きはしない方がいいですよ。
伊藤
そんなそんな。
ほかにもいろいろな建築写真がありますね。
どれもお好きな建築なんですか。
吉田
‥‥っていうわけじゃなくて、
たまたま行って撮ったものなんです。
伊藤
これはフィリップ・ジョンソンの
グラスハウス(*)でしょうか? 
(*)ニューヨーク郊外にある、アメリカ人建築家
フィリップ・ジョンソン(1906-2005)の代表作。
19万㎡の敷地に点在するさまざまなスタイルの
10の建物のひとつが自邸であるグラスハウス。
ガラスとレンガと鉄で構成され、中が透けて見える。
吉田
いや、これはミース・ファン・デル・ローエの
ファンズワーズ邸(*)ですが、
実はジョンソンはミースのスタッフ(弟子)で、
「ファンズワース邸」の設計担当だったんですが、
そっくりな家を自分でも建てちゃったんです。
でも、似て非なるもの、ということで有名なんです。
(*)ミース・ファン・デル・ローエ(1886-1969)はドイツ出身の建築家。
20世紀モダニズム建築を代表するひとり。
その設計思想が最もつよく反映されていると言われているのが
アメリカ・イリノイ州にある鉄とガラスを多用したイーディス・ファンズワーズ邸。
紀子
この写真はアアルトの自邸(*)ですね。
すごくステキないい家でした。
(*)フィンランドの建築家
アルヴァ・アアルト(1898-1976)の自邸は
首都ヘルシンキのムンキニエミ地区にあり、
現在は博物館として公開されている。
吉田
伊藤さんはいらっしゃった? 
伊藤
ハイ!
吉田
いやぁ、あなたはすごいね。
これはフランスで、
ジャン・プルーヴェ(*)の自邸。
(*)ジャン・プルーヴェ(1901-1984)はフランスの建築家。その自邸はフランスのナンシーにあり、設計から施工まですべて一人でこなしたセルフビルド住宅。

こちらはアメリカで、
フランク・ゲーリーの自邸(*)です。
フランク・ゲーリー(1929-2025)はロサンゼルスを拠点にするカナダ出身の建築家。
自邸はアメリカ・サンタモニカにあり、1920年代に建てられた古い住宅を
ゲーリーが1979年に増築拡張した。

伊藤
わぁ、行ってみたいです! 
どれも素敵です。
吉田
それにしてもこんなゴチャゴチャした部屋、
あきれてるでしょ。
伊藤
そんなことないです。
ぜんぜんゴチャゴチャしてないですよ。

悪口のセンス

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大久保
若い子とも柔軟に喋れて、でも話がわかる
柔軟なおばさんになりたいわけでもないし。
なんなんでしょうね。
伊藤
それも考えちゃう。
若い子と一緒に柔軟に話をすると、
また痛いかなって思われるかなとか。
大久保
無理してるとか。
伊藤
かといって、説教臭くなりたくもないし。
そうか。いろいろ揺れてるんだな、今。
大久保
そうですね。だから若い子との会話、
むずかしくなってきますね。
伊藤
だから無言で口角上げですよ。
大久保
えー、しんどいし、なんか嫌。
会話はしたいんですよ、
私、人とは喋りたいし。
伊藤
この「痛いって思われたくない」という感覚って
なんなんだろう。
大久保
20代30代から、ちょっと年上の女性が、
見た目も服装も男性を意識した感じでいるとか、
「嫌だな、痛いなー」っていうのって
覚えてるじゃないですか。
伊藤
覚えてる。そうなりたくないって思ってた。
大久保
そうそう。
で、今年齢がそっちのポジションになったから、
痛いと思われてたらどうしよう、
扱いに困ると思われてたらどうしようと。
伊藤
でもさっき扱い困ると思われてることが
発覚しました。
「言ったってしょうがないんだから」って。
大久保
でも、今からでも、まだ間に合いますよ、ほんとに。
伊藤
そうか。今から間に合うんだ。今からね。
じゃあ1位、
「アンチエイジングはほどほどに」。
大久保
そうですね。人に押しつけない。言わない。
伊藤
2位「人に押しつけない。言わない」。
後は? 10個ぐらい書き出したい。
毎日それを見て。
大久保
ええーー、10個も? 
絶対やらないですよ、そんな。
伊藤
うん。やらない(笑)。
大久保
やらないでしょ。
伊藤
今言いたいだけ。
大久保
そうでしょ。今、なんかまとめようとして、
口からバーッと出たけど、絶対やらないし。
伊藤
ごめんなさい。やらないです。
大久保
そうでしょ。何喋ったかも、覚えてないから、ぜんぜん。
伊藤
(笑)そうそうそう。すぐ忘れるから。
反省もしなくなったし、「ま、いいかぁ」みたいな。
大久保
もう、ほんと、この年になって喋ってると、
何喋ってたかわかんないし、
たぶん覚えてなくてもいいような内容の話してるし。
だから会話って、
それでいいんだなっていうのもありますね。
伊藤
それでいいんですね。
大久保
うん、それでいいと思います。
本気で何か聞いてほしいし、相談に乗ってほしいときは、
もっとちゃんとした人を選んで、
ちゃんとした空間でやればいいし。
伊藤
同世代の人と忘れちゃうぐらいの
くだらない話をずっとしてたいんですよ。
大久保
うん、うん。あと、愚痴ね。
愚痴も言いたい。同世代の。
伊藤
そういうのは同業者がやっぱりいいって書かれてましたね。
大久保
控室でね、昨日の現場のスタッフの対応の悪さを
ずっと喋ってたんですけど。すっごくおもしろいんですよ。
「あのとき、ああでさ」みたいな。
「わかるぅ」みたいな。
「あ、これこれ」と思って。
そのときエネルギーがみなぎるというか、
イキイキと喋る。
伊藤
言ったらスッキリするし。
大久保
どういう笑いのジャンルになるかわかんないですけど、
笑えるんですよね。
伊藤
たぶん、いとうあさこさんとかだと、
暗い方向にいかないというか。
ちょっとたのしそう。
ゲラゲラゲラ、みたいになってそう。
大久保
そうですね。
悪口なり愚痴を言ったときに、この人が言う
「わかる。でもこれでさ」って
ちょっとまた違う角度から
おもしろいことを言ってくるっていう、
なんか一個ほんとエピソードトークじゃないけど、
かぶさりみたいになって。
そうすると「センスいい角度で持って来たね」
じゃないけど、「あー、そういうのもあった?」みたいな。
伊藤
センスよさそうですね。
大久保
悪口のセンス?
伊藤
それもセンスですよ。
大久保
そうですね。悪口こそ、ほんとセンスかも。
伊藤
わかった。じゃあ、
3「センスのいい悪口を言える人になる」。
大久保
あ、そうですね。それは大事かも。
伊藤
もう1を忘れちゃった。
大久保
わかる。そのぐらいでしょ。
伊藤
1、1、なんだっけ?
大久保
アンチエイジングがどうこうって言ってた。
伊藤
そうだ、「アンチエイジングはほどほどに」?
大久保
そうだ。そして「人に押しつけない」「センスのいい悪口」
伊藤
すごーい。
大久保
私ね、ほんとにセンター試験とか受けてるんでね。
暗記、暗記で受験を乗り切ったタイプなんで、
いまだに暗記できちゃうんですよ。
伊藤
へえー。あと、何かな、気をつけることって。
大久保
(笑)絶対考えてないでしょ。
なんなんですか、この時間。
伊藤
大久保さんからいい言葉を引き出せないかなと。
大久保
いや、私、もう、ない! 
最近それもあるんですよ。
取材とかしてもらっても、
なんかいい言葉を引き出そうとしてるなって思うと、
気づいたらいいことを言い出してんな、とか。
伊藤
真面目カヨコが出る。
相手の思いに応えたいみたいな感じなんですか。
大久保
最初はそれもちょっとよぎるんですけど、
結果そうやって喋ってる自分に
ちょっと悦に入ってるみたいなところが、
「あー、怖い、怖い!」と思って。
なんか語ってんじゃん! と思って。
伊藤
文章を書くとき、
急に酔ったりとかすることってありますか。
それはない?
大久保
あります。
月1回の短いエッセイは
「いかにくだらなく」がメインですけど、
振り返りで今書いてるじゃないですか、各章に。
そのときに「あー、ヤバい。
なんかいいこと書き出しちゃってる。どうしよう。
でもこの年だからちょっといいことを言うことを
求められてるのかもしれない。だったら言ってみようか。
でも、浅いな。浅いこと言ってんな、私」みたいな。
「でも、いいか。意外と文章にしたら読めちゃうかもな」
みたいに葛藤しながら書いてます。
伊藤
一晩寝かせることによって、落ち着いたりとかする?
大久保
いちおう読み返しますけどね。
でも、ブレブレかも。
当時の40幾つで書いてたときは、
月1の800字や600字のエッセイを、
いかにくだらなく、いかに日常のを下世話に、
みたいな目標があったんですけど、
今この年代になると、
「そんな、私がド下ネタ書いてて、どう思うんだろう」。
ド下ネタに対して、私がちょっと
距離を置くようになってるし、
日々男の人を見て発情しなくなってるのもあって。
伊藤
ラクですよね。
大久保
まあそっちはラクですけどね。
書くことがちょっとね。
気持ちよくそれを書いてたのが、
ちょっとブレブレになってきてるかなっていうのは、
最近になってちょっとあるのかもしれないです。
伊藤
でも、もうちょっとしたら、
きっと更年期が終わるじゃないですか。
大久保
うん、うん。
伊藤
そしたら、どうなるんでしょうね。
大久保
女子高校生みたいになったらいいですね。
高校生のときみたいに戻れたら。
伊藤
キャッキャみたいな感じですか。
大久保
そうそう。だってバスツアー行ってるおばさんたち、
ほんとたのしそうですよ、あれ。
伊藤
あ、じゃあ、そうなるのかな。
大久保
うん。みんなちっちゃいポシェット持って、
キャッキャキャッキャ言って、野菜の詰め放題。
伊藤
帽子かぶってね。
あのファッションって私いつするのかなと
思ってるんだけど。
大久保
どうなんだろう。
スタイリストさんがするのか、どうなのか。
伊藤
行くのかな、バス旅行、友だちと。
大久保
行きたくないですか。
私、めっちゃ行きたいですけど。
伊藤
え! あんま、行きたくないかも。
大久保
なんで? 連れてってくれるんですよ、
たのしいとこばっか。
伊藤
えー、何、どこですか。おいしいものを食べて?
大久保
うん。信玄餅詰め放題とか
それをみんなと競い合ったら。
伊藤
なるほどね。無邪気になるのかな。
一緒に行く人にもよるけど。
大久保
高校の同級生とそういうノリで
3年間過ごしてきてたので、
それはなれる自信があって。
馬鹿々々しいこと。
伊藤
そのときのメンバーだったらたのしいかもしれないですね。
大久保
たしかに更年期が終わって、
それこそ今よりも仕事のペースが
グッと下がっていったときに、
時間できて、どこどこ行こうみたいなのができたら、
もう超たのしいかもね。
そのために体力と元気と気力がないとね。
伊藤
体力、体力。

レンガの壁と小さなキッチン

未分類

吉田
1975年にこの家を建てることになって、
このレンガを積み始めたんですよ。
おじいさんの職人さんがなかなかうまいんだ。
何がうまいかっていうと、
レンガってきちっと積むと、
まるでタイルになっちゃうんですよ。
だからと言ってガタガタに積むとね、
下手くそが積んだみたいになっちゃう。
伊藤
すごく塩梅がいいっていうこと。
吉田
そう、塩梅がいい。
それを見てて、ちょうど1mぐらい積んだときかな、
「じいさん、うまいね。僕ね、レンガが大好きで、
実はレーモンドという建築家が新発田の教会をやって、
それを真似したんだよ」って言ったらね、
「それ、わしが積んだ」って。
伊藤
びっくりですよね! それは。
吉田
ギョッとしてね。まあそれは置いといて、
よかったですよ。
伊藤
レンガを白に塗られていますね。
吉田
レンガそのものの色もいいでしょう。
施工の時は全部水に浸けとくから、
レンガの茶色が濃くなるんです。
それが1週間経ち2週間経つと、
だんだん乾いてくるわけですよ。
僕は施工の様子を「いいなぁ」と思って見てた。
だけどね、いざ暮らしてみたらこの部屋が
「レンガの部屋」になっちゃうと気づいて。
伊藤
たしかにここが全部レンガのもとの色なのと、
こうして白く塗るのとでは、ぜんぜん違いますね。
吉田
ぜんぜん違います。
やっぱりレンガの部屋って言われるのはシャクだ、
僕の建築じゃない、って、塗っちゃったんです。
伊藤
最初は塗るつもりはなかったのに?
吉田
「僕、白に塗ろうと思うんだ」って。
そしたら、じいさん、手止めて、泣きそうな顔してね、
「塗るのかね」って言うんですよ。
それで心をいためてね、
「いやいや、やめた、やめた。
じゃあ、塗らない。
この感じはやっぱりね、絶対に残すべきだ。
じいさん、僕は塗らないよ」って言ってから、
1か月ぐらい経ってかな。
紀子
意を決して塗ることに。
吉田
ギリシャのミコノス島が、
あれは石灰かな、壁を白く塗っているでしょう、
それでうちも石膏を買ってきて塗り始めたら、
うまくいかないんですよ。
紀子
もう泣きたいほどひどくなっちゃったんです。
吉田
ちょっと塗ったらすぐ乾いてカチコチになるし、
とうとう音を上げて、ペンキ屋に頼みました。
そうしたらつや消しの水性ペイントを塗りました。
伊藤
何回も何回も塗り重ねて?
吉田
客がいらっしゃるたんびに塗るんです。
だけどほとんど変わりないですよ。
いつも、とてもキレイです。
伊藤
キッチンを拝見してもよいでしょうか。
紀子
恥ずかしいですよ、もうほんとに狭くて。
まさこさんの家のようにしたいんですけど、
できないんですよ、自分の生活では。
伊藤
でも、あそこは別荘ですから。
吉田
はじめはできてたんですよ。だけどもう。
紀子
この歳になっていろんなことが身の回りに起きますよね。
保険のこととか、介護のこととか。
そういうもの(郵便物や資料)を全部取っておく習慣が。
吉田
せめて、いらっしゃるときだけ片づけておこうと
思うんだけど、どこに置いたかわかんなくなると、
これまた困るからね。喧嘩になっちゃう。
伊藤
なるほど。喧嘩。
紀子
喧嘩ですよ、ほんとに。
彼の場合は見て言うだけですから。
私は生活をしなきゃいけない。
そこの差はすごくありますね。
伊藤
そうですよね、お掃除したりね。
吉田
どうぞ、見てください。
紀子
どうぞ、どうぞ。
伊藤
キッチンは改築しようと思ってるので、
参考にさせてください。
わぁ、すっごくステキ。かわいい。
使いやすそうです。
ちょっと写真撮らせてもらって。
紀子
これは私、たいへん気に入ってます。
ホーローのシンクと水切り。
今は作っていないんですよね。
伊藤
うわ、すごくいい。
(棚を見て)しかも、
脚立を使わなくても全部手が届きますね。
紀子
そうなんですよ。
手で全部取れます。
下の棚は、ちょうど一升瓶が入る高さ。
大皿も、この奥行きで十分。
伊藤
コンパクトで使いやすそうです。
紀子
ひとりで作業するにはね、
これで十分なんですよ。
伊藤
たしかに、そんなに広くはいらないですよね。
奥のオーブンとガス台は当時からの?
紀子
そうなんですよ。でももう、今、
下(オーブン)は使わなくなっちゃった。
家族も減り、客人も多くないですから。
今、もっと便利ですよね、オーブンも。
その不便利を補う意味で
こういうの(調理家電)が表に出て来ちゃうんです。
伊藤
トースターとか。
紀子
トースターは、ここに入れようと。
伊藤
ほんとだ。棚に仕舞えるようになっているんですね。
食器は全部ここに? 
戸板も建設当時のままですか?
紀子
いや。これは新しく‥‥といっても、
もう30年かぐらい経ちますけれど。
その当時は、台所をこういう
デコラ(*)で作ることはなかったんですよ。
ほとんどがステンレスのユニットを置いていて。
アメリカに生活してたお友だちから、
室内を設計してほしいと依頼されたとき、
向こうではこれを使ってるよというのが
デコラだったんです。
非常にいい素材ですよね、便利な素材。
(*)デコラは、かつて住友ベークライトが製造・販売していたもの。2015年生産終了。
一般名は「メラミン化粧板」として、今もいくつかのメーカーがつくっている。
硬く傷つきにくく、耐水性、耐熱性とデザイン性にすぐれる。
伊藤
キレイなまま、保てるんですよね。
紀子
そうです、そうです。
伊藤
天井が、上階の構造がそのままというのもいいですね。
床材も建設当時のままですか。
紀子
これも後からなんです。
もともとは木造のパーケットフロア
(寄せ木を組み合わせた床材)を並べていたんですが、
いまはラバリウム(主にゴムを主原料とする建材)です。

ワクワクしますね

未分類

伊藤
私、最近、2分半しか見ない整体、
ゴッドハンドに通ってるんですよ。
大久保
大丈夫ですか!
伊藤
(笑)すごくおもしろいんですけど、
そこの先生が
「ちょっと今気がかりなことを考えてください」
と言って、言うと、「ここ痛いでしょう」。
ゴッドハンドだからよくわかんないんだけど、
なんかやってくれるんですよ。
そしたら「あ、痛くなくなりました」って。
「あんまり、そんなね、親のこととかね、
しょうがないんだから、そんな気に病む必要ないんだよ。
知~らないでいいの!」って。
大久保
ええーー。
伊藤
「そんなにね、あれやってあげなきゃ、
これやってあげなきゃと思わなくていいんだよ」
「ですよねぇ」みたいに、また私も単純なものだから。
大久保
そうやって「知~らないでいいんだよ!」
って言ってくれる人がほしい。
どうせそれ言われても、また翌日考えちゃってるんだから、
一瞬「知~らない」でいいんだ。
意外とその日は考えずにすむかもしれないですもんね。
伊藤
たしかに。
「ちゃんとお母さんのところ行ってあげなさいよ」
とか言われたら、逆につらいけど。
大久保
そうそう。「できること、やってるよ!」
ってなっちゃうしね。
そうなんですよ、もう、これはね。
伊藤
そう。今、同年代のお友だちと会うと、
ほんとにこの話ばっかり。
骨折するよねーとか。ねぇ。
大久保
ほんとね。見事にそう。
人の一生ってうまくできてます。
見事に抱えるものがみんな似たり寄ったりになってきて、
「大変だよねー」って。
平等にできてますね、ほんとに。
伊藤
たしかに。ハタと気づくと
自分の体調、親のなんとか。
大久保
いや、もうだからワクワクしますね(笑)!
伊藤
顔の大陸移動もあるし、
どういうふうに年取るんだろうって思う。
大久保
私、あんまり身内の死を経験してないので、
死を間近にした人を
こうやって近くに存在として感じていると、
中学生ぶりぐらいに
「死ってなんだろう」みたいなことを考えます。
これ大人なのかな。
伊藤
大人じゃない?
大久保
忘れて生きてきたのが、
死ってあらためてなんなんだろうみたいになってきて。
伊藤
そんなこと一度も考えたことない!
大久保
ええーーっ。
ちっちゃい頃思わなかったですか。
死んだらどこ行くんだろうとか。
え?! まさこ!
伊藤
考えたのかな。子どものまさこは。
大久保
まさこ~。
伊藤
まさこ、考えたけど忘れたんですかね。
大久保
まさこ、じゃあ死とか怖くないんだ、あんまり。
伊藤
けっこう自分がどういう形で死ぬか、たのしみ。
大久保
あー、逆タイプかも。
ポジティブなんですかね、まさこさんって。
伊藤
あんまり考えてないかも。
どういうふうに死ぬのかなと思って。
大久保
そうか。でもまあそれも含め、そうかも。
死を間近にした人を見てて、
どうやって人は死んでいくって、
明らかにこう臓器の機能が一個一個落ちていくのが
もう日に日にあるんですよ。
ああ、人ってこうやって‥‥そっかぁ、
こういうとき、身体はどんどん衰えてって、
一個一個こう電気が消えるみたいになってくけど、
気持ちって今どうなってるんだろう、とか。
死んでく人って、もう諦めてるのか、
それとも意外と清々しい気持ちで
日々ベッドに寝てるのかとか。
伊藤
そうなんですよ。
子どもってヒアリングの方が先にできて、
喋るのが後らしいんですけど、
だから(死の床にあっても)聞こえてるのかなとか。
大久保
あー、なるほど。
よく「最後まで耳だけは残るんですよ」って
先生が言うから。
伊藤
そっか、そっか。
どういうふうになっていくのかな。
すっごく、うろたえるのかな。
大久保
ねぇ。そこに別の興味もわき出してるから、
たまに見に行ったりして、
今おしっこが自分でできないんですけど、
おしっこできないってことを
どういうふうに今思ってるのかなとか、
そんなんを、ポジティブに勉強させてもらってる、
‥‥とも言えるし、
ちょっと認知症も入ってるんで、
「ほんとは今どういう気持ちなの?」って
インタビューしたいぐらいなんですよ。
「お父さん、まあこの先5年とかは無理だと思うけど、
今どういうお考えですか」っていうのを
訊きたいぐらいな感じもあって。
でも、さすがに訊けないなと思って。
伊藤
たしかにね。でも、見せてくれてるんでしょうね。
うちの父親は13年前に亡くなったんですが、
もう病室には誰も呼ぶな、
葬式もしないでいい、
冷えたシャブリが飲みたい、と言うから、
最後、唇にちょんちょん、って。
大久保
あら? あらー、ステキ。
伊藤
そのとき死んじゃったんですよ、そのまま、スーッて。
大久保
ワイン、口にすべらせたら。
伊藤
うん。
大久保
いい生き方かもしれないですね。
伊藤
ねぇーー! 
すごい満足そうに。
大久保
ステキ。
大好きなお酒を口にちょっと湿らせてもらって。
最期までお酒を飲みたいっていうのは、
お酒のたのしさが残ってるわけだし。
伊藤
そうですね。
それでお葬式もしないで家に連れて帰ってきて、
マグナムのシャンパン、バーンと置いて、
親しい人だけ呼んで、みんなで献杯して。
大久保
ステキー。なんか、そういう、
どっちかと言うといい死に方、生き方を見てるから、
まさこさんは死があんまり怖くないというか。
伊藤
そうかも?
大久保
かもしれないですよね。
ほんとに、こんな死の話をするようになり、もう。
だから6年前話したときより、
よりいい意味で辛気臭いというか。
伊藤
あはは!
骨折してる人、いなかったですもんね、6年前。
大久保
54になったから骨折をすごく身近に感じてるけど、
ということは骨折世代に入ってきてるのかも。
伊藤
何、その世代! 骨折世代。
じゃあ、あれ飲まないといけないですね。
大久保
これ? カルシウムとビタミンDね。
骨密度測ったら、私、低いんですよ。
100なきゃいけないとこ、85とか。
ビタミンDも処方してもらってたくせに、
おしっこで出ちゃうんじゃないのって思っちゃって、
まったく飲んでなくて。
伊藤
自分の診断が強いですよね。
大久保
強い。
伊藤
なんで「私は大丈夫」って。
大久保
痛い目に遭ってはじめて反省するし、
改めようって思うタイプ。
でも、それも一回じゃ改まらないから、
もう一回骨折したら改まると思う。
伊藤
いやいやいやいや! 
骨折しないでほしい。
大久保
マジでしたくないです。
これを機に今日からまた
サプリを飲み出そう、ちゃんと。
伊藤
「飲んでる?」と言う友だち、ほしくないですか。
「ちゃんとしてる?」みたいな。
大久保
あんまり言われるの、むかつきません?
伊藤
そうですね。そうでした。
大久保
「ピラティス行った方がいいよ」とかすごい言う。
「ボクシング行った方がいいよ」とか。
伊藤
行ってる人に言われるとね。
大久保
「そしたら骨折なんかしなかったのに」とか言われると、
スゲェうるせえなと思って。
伊藤
あー、嫌だ。
大久保
「あなたがやるのは自由だけど、
それを人に押しつけるのはまた違うよ」って
こんこんと言ってやりましたもん。
あんまり言われるとイラッとするし。
伊藤
ほっとかれると、ちょっと寂しいし。
大久保
かまってちゃんなところはありつつ。
伊藤
アンチエイジングをするか、やめるかの、
狭間みたいなことに似てるのかな。
大久保
そうですね。こうなるとみんな人それぞれの
バランスでやってるじゃないですか、きっとね。
このぐらいにしとこうとか、やらないとか。
人に言われたくはないですね。
伊藤
そうですね。何かにつけて
人から言われたくなくなってきてます。
「うるせぇな」みたいな。
大久保
いやあ、わかります。
伊藤
もうちょっと聞く耳持ってたはずなのに、
だんだん図々しくなってきてる気がする。
大久保
自分の軸があって、正しいと思ってるから。
伊藤
そう。それが頑固ってことなのかなとか思って。
大久保
頑固。頑固、融通きかなくて。
伊藤
こわー。
大久保
悪口言われてますよ。
「何言ってもさ、聞かないんだからさ」とか。
伊藤
(笑)言われてるよね。
「言っても無駄!」みたいな。
大久保
「ほっとけばいいよ」って言われてますよ。
心当たりがある。
伊藤
「うーん」と言いつつ、向こう側で苦笑い。

レーモンドが憧れだった

未分類

伊藤
吉田さんの建築家としてのスタートのころの話を
聞かせていただけますか。
山口文象さんは、大学の時の先生でいらっしゃった?
吉田
そうなんです。学生時代ですね。
当時、アントニン・レーモンド(*)っていう
建築家がいまして、木造でたいへん有名なんです。
(*)アントニン・レーモンドは1888年オーストリア=ハンガリー帝国(現在のチェコ)
生まれの建築家。フランク・ロイド・ライトのもとで働き、帝国ホテル建設のため、
ライトとともに来日。日本にとどまり、多数のモダニズム建築を残す。
代表作に、聖母女学院、ノートルダム清心女子大学、聖パウロ礼拝堂、
聖アンセルモ目黒教会など。レーモンド事務所からは、前川國男、吉村順三、
ジョージ・ナカシマらを輩出した。

レーモンドの設計した軽井沢の
「聖パウロカトリック教会」(1935年)に、
僕はすごく惚れていたんです。
建築に惚れたというよりも、レーモンドに惚れた。
だから就職は絶対そこに行こうと決めてたんですよ。
それで会いに行ったんです。
就職するなら大将に会いに行くのが
一番だと思ったからね。

伊藤
弟子入りみたいな感覚で。
吉田
そう。それで挨拶に行ったんですよ。
そしたらすごくいい方でね。そして
「じゃあ、就職の世話の担当を紹介するから」
って呼ばれて出て来たのが、
背の高いスラーッとした、黒づくめのセーターの人。
はぁ、建築家って黒を着るもんだって(笑)思ってね。
「じゃあ、今度求人するときに声をかけてあげるからね」
っていうんで別れたんだけれど、
うちの母がくも膜下出血っていう病気になって、
倒れて半身不随になっちゃったんですよ。
そうしたら、母が言うんです、
そんな個人の事務所なんかに行っちゃダメだ、
寄らば大樹の陰だから、大きいとこに行きなさいって。
しかも、母の友だちに竹中工務店の重役がいて、
息子をよろしくって、話をつけちゃった。
伊藤
就職には、そんな経緯があったんですね。
吉田
もう嫌で嫌でね。しかもね、母は
「個人事務所に行ったらあんなふうになる」
といういい例があるというんです。
私の浪人中に、うちの前にタイちゃんっていう、
鹿児島から出て来た浪人生がいてね、
その人と仲良くなったんだけど、
その彼がね、自分はファッションデザイナーになるんだ、
って言ったんですよ。
『婦人画報』を愛読してて、
そこに執筆していたデザイナーの
伊東茂平(*)に手紙を書いたら返事が来た、
すぐに来なさいと言われたから僕は行くんだって、
荷物をまとめていなくなっちゃった。
浪人中なのに。
(*)伊東茂平(1898-1967)は
日本のファッションデザイナー。
洋裁の学校を作ったり、雑誌の執筆を通じて
日本に洋裁の啓蒙をした。
吉田
ちょうどそのあとくらいからですよ、
三宅一生とか山本寛斎、稲葉賀恵など、
ファッション界にスターデザイナーが現れた。
そういう人がデビューするなかに、
あの浪人生だったタイちゃんがいるんじゃないかと
気にしていたんだけれど、ついに出なかった。
どっかに消えちゃった。
そういうことがあったものだから、母も
「個人事務所なんかダメ」って言うわけです。
それで大手の建設会社に入ったんだけれど、
僕は入社式で泣きましたよ。
それを重役たちは、ああ、感激して泣いてるんだって。
伊藤
ふふふ。
吉田
就職が決まったとき、
山口文象先生のところに挨拶に行ったら、
吉阪隆正先生っていう(*)、
ほら、鈴木京香さんが買った
VILLA COUCOU(ヴィラ・クゥクゥ)を
設計された方がいらっしゃって、
「君、就職どこに決まったの?」って言うんで、
「竹中工務店です」って言ったんです。
その竹中工務店がつくったパレスホテルが
ちょうど『新建築』の表紙になっていたから、
「今月の表紙になっているあの建物を作った会社です」
って言ったらね、
「ああ、あれね。個性がないね」って言うんだ。
そのときにもう辞めようと、入社前から決心。
(*)吉阪隆正(1917-1980)は東京出身の建築家。
戦後、パリのル・コルビュジエのアトリエで修業。
「U研究室」を主宰し、代表作に
ヴェネチア・ビエンナーレ、江津市庁舎、
アテネ・フランセ、大学セミナー・ハウスなど。
VILLA COUCOUは、1952年、フランスから戻ってすぐ
設計した、住宅としては3つめの作品。
フランス文学者の近藤等邸として建てられた。
伊藤
じっさいは何年ぐらいいらしたんですか。
吉田
2年です。
そのときにちょうど国立劇場のコンペがあったんですよ。
その設計を岩本博行部長がやってたんですけども、
「応募するからチームをつくる、
興味のある者、集まれ」って言われて、
僕、新入社員だけど行ってみたんですね。
そこにはベテランの先輩たちが揃っていて、
こういう設計で行くんだっていうから、
僕、それはおかしいんじゃないかと。
だって校倉造(あぜくらづくり)でいくっていうんですよ。
伊藤
正倉院ですね。
吉田
理屈はね、古典芸能の保存といえば蔵だろう、
蔵といえば正倉院、正倉院といえば校倉造だから
劇場の設計は校倉造で行く、って。
「違うだろ」と思って。
それで「はい」って手をあげて、
「それはおかしいと思います」って言ったら、
「そんなくちばしの黄色いこと言ってどうすんだ。
コンペは通らなきゃダメだ」って言われてね。
それで僕は「工務店って施主の言うことばっかり聞いて
我慢して、施主の言うとおりに作ってるじゃないか。
だからコンペぐらい自分たちの本当に
作りたいものを出したらどうですか」って言ったりね。
伊藤
まあ。
吉田
1年後、辞めたいって相談したのはその岩本博行部長です。
「わかった」と。
「君はここは続かんだろうから、好きなようにしなさい」。
それで僕は、本社の副社長で東京本店長だった人にも
会いに行ったんです、辞めたいって。
そしたらやっぱり「わかった」って。
それからですよ、話をすっ飛ばしたものだから、
課長や部長だ重役が飛んできてね、えらく怒られましたね。
伊藤
「何を直談判してるんだ」と?
吉田
「お前、組織っていうものを知らないのか!」
伊藤
お幾つだったんですか。
吉田
25かな。大学に一浪して入ってるから。
伊藤
そのあと、どうなさったんですか。
惚れたとおっしゃっていた
アントニン・レーモンドさんは‥‥。
吉田
そのときはもうさすがにレーモンドの事務所に行かず、
多摩美の講師をして、早稲田の大学院に行き、
東海大の先生になって、
1968年に「吉田研介建築設計室」を立ち上げたんです。
ちょうどレーモンドは
高崎の「群馬音楽センター」(1963年)をつくって、
そのあとに新潟の
「カトリック新発田教会」(1966年)を
作っていた頃でね。
そこはレンガと丸太でできた実に素晴らしい教会なんです。
伊藤
今日お目にかかる前に、そこに行きたかったんです。
吉田
伊藤さんはすごく行動的な方ですね。
前に軽井沢の「聖パウロカトリック教会」の話を
ちょっとしたら、すぐに見てきたとおっしゃる。
すごい方だなと。
いろいろ教えてあげようと思ったら恥かくから、
もうなんにも言わない。ふふふ。
伊藤
いやいや、なんにも知らないので、ぜひ教えてください。

1966年に完成したアントニン・レーモンド設計のカトリック新発田教会。ドアを開けると目に入るのが、丸太材を用いた吹き抜け。そして吉田さんが「いい」とおっしゃる煉瓦の壁。訪れたこの日は、ちょうどクリスマス前。しんと静まり返った礼拝堂は厳かな空気が漂っていました。(撮影=伊藤まさこ)

「きっちり」でもなく、かといって「雑」ではない。とても塩梅のいい煉瓦の積み方。(撮影=伊藤まさこ)

拡大鏡こわい

未分類

伊藤
後はやっぱりもうこれですよ。
これ、持ってます?
大久保
鏡?
伊藤
拡大鏡。

「拡大鏡」
テーブルに置けるスタンドタイプの拡大鏡。
片面はふつうの鏡、もう片面は拡大鏡になっている。
「Amazonで買ったのでメーカー名が不明」(伊藤さん)とのこと。

大久保
怖い! 怖いじゃないですか、これ。
(見て)うおーーっ! いや、いやいや!
伊藤
大久保さんはね、ちゃんとしてるから!
大久保
ちゃんとしてないですよ~。
伊藤
すごいとこに毛とかないと思う。
大久保
ある。めっちゃあります。
伊藤
いや。でも、ほら、
メイクさんに見てもらったりとか。
大久保
いや、メイク自分でやるし。
伊藤
え、そうなんだ。
大久保
顔、普通の鏡見ながらやるじゃないですか。
この前、老眼鏡というか、このメガネかけて、
鏡を見たんですよ。
そしたら、眉毛の端の方から白い毛が! 
う、ゲホゲホ。ごめんなさい。なんかびっくりした。
伊藤
え、白髪?
大久保
うん。白い毛。
猫みたいな毛が生えるんですよ。
伊藤
え、かわいいー。
大久保
片方だけ生えてるんでバランス取れないんですけど、
すっごい太い毛が生えてくるから、
ちょっとでも頭出したら、
ピッとつかまえて抜くようにしてるんですよ。
それも「あ、最近生えてないなー」みたいに思って
疎かにして、久々にメガネかけたら、ガッツリ生えてて。
「生えてるじゃん‥‥」と思って。
伊藤
生えてるのが見えないだけ。
大久保
そう。年取ると。
伊藤
部屋の掃除もそう。疎かになる。見えないから。
大久保
怖いですね。ほんと怖い。
伊藤
それで言うと、アイラインを引くときに、
メガネ取らなきゃいけないから、見えないんですよ。
大久保
どこ引いてるか、もはや。
太さとかね。
伊藤
なんとなくニュアンスで引いてます。
大久保
でもそれができるのが、ある程度年齢ですよ、もう。
自分の顔わかってるし。
なんとかなってるんですよ、そこは。
伊藤
そっか。
でも、ほら、目尻も垂れさがってくるし。
大久保
長くなりますよ。
でも、いいお顔になってきてます。
非常に穏やかないいお顔に。
伊藤
よかった、よかった。
じゃあ、もうアンチ・アンチエイジングで。
大久保
いやあ、でも、行けるとこまでは行きたくないですか。
ほんとに諦めたら、そこで終了です、じゃないですけど、
落ちますよ、どんどん。
転げ落ちていきますよ。
伊藤
そうね、そうか。
でも石田ゆり子さんの話に戻っていいですか。
大久保
あはは。
伊藤
ほんと、可憐じゃないですか。
何してるんでしょうね。
大久保
‥‥まあ、素材がね、もともと素材があって。
伊藤
もちろん、もちろん。
大久保
女優さんっていうお仕事だから、
抜かりなく美に関しては向き合ってきてる
積み重ねじゃないですか、たぶん。
素材ありき、しかも10代からずっと努力。
伊藤
人の視線もあり。
大久保
だから性格ですね。
顔が性格に絶対出るじゃないですか。
まさこさん、いいお顔されてますよ。穏やかな。
伊藤
(笑)急に口角上げはじめて。
大久保
急にミッキーマウスみたいな顔して。
伊藤
顔が性格に出る、か。
大久保
出ると思う。
伊藤
出ますよね。
大久保
石田ゆり子さんの場合は、
穏やかなキレイな顔してるってことは、
普段穏やかな心持ちで生きてらっしゃるのかなと。
舌打ちとかね、溜息とかね。
伊藤
そうですね、注意、注意。
大久保
でもね、注意してもダメ。
無意識で出るもんだから。
注意したところで無理ですよ。
伊藤
せめて口角。
大久保
でも、そんな溜まってるような生活を
してるとは思わないですけどね。
舌打ちしたり溜息ついたりするような生活。
伊藤
そうですね。それはそうかもしれない。
今年、8月、休んだんですよ、1カ月。
大久保
休養っていうことですか。
伊藤
暑くないですか。
大久保
暑かった。
伊藤
もう無理と思って。
大久保
潔い。いい働き方ですね。
伊藤
みんなには撮影をずらしてもらったりとかして、
けっこうダラダラしてたんですよ。
大久保
どうでした?
伊藤
そしたらすごいダラダラしてる顔になって。
私、休んだらいけないんだ、
ヤバ、ヤバ! と思って。
大久保
あ、なるほど。
伊藤
だから来年も夏は休むけど、何かしようと思って。
大久保
人の中にいるとか、人前に出るとか。
伊藤
人と会うとか。
大久保
かもしれないですね。
私、書きましたけど、親の高齢に伴い、
動けるようにしとこうと思って、
昔に比べたら比較的仕事も選び、
休みを入れるようにして生きてるんですけど、
やっぱり二日連続で休みが出来ちゃうと、
何していいんだろうから始まり‥‥。
今まで働いてきた結果かもしれないですけど。
伊藤
急に休みが入ると。
大久保
持て余すということが。
伊藤
私も最初の1週間で、
家中がピッカピッカになっちゃって。
大久保
お掃除。
伊藤
カーテン洗ったりとか。
大久保
でも、それはいいかも。やってなかったから。
伊藤
やることないから。
じゃあ、今ご両親のところに行って?
大久保
なるべく行くようにしてます。
伊藤
お疲れ様です。
大久保
いや、もうこれはほんとにもうみんなが、
多かれ少なかれ通る道だからと思ってやってて。
皆さんもそうですけど、
今から迎えるものは親の死だったり、
自分の病気があるかも、
周りの人たちの病気があるかも、
何があるかわからないから、
向かい合えるかな、みたいなの、ありますけどね。
伊藤
ほんとですね。
うちは車で30分ぐらいなんですよ、実家が。
大久保さん、ちょっと遠いじゃないですか。
大久保
いいですね。ほんとにやろうと思ったら、
(帰るという)選択肢はゼロじゃないけど、
仕事を辞めることは選べないところもあるし、とか。
だから、できる限りやってあげたいけど、
私ができる限りやったところで、
親にとって満足かっていったら、
それが希望のことではない、とか。
伊藤
そうですよね。私も将来、娘が仕事を辞めて
私のために、とか言ったら、
「それはやめて」って言うと思う。
大久保
そこなんですよね。そう、わからない。
うちの父親はもしかしたら私が仕事を辞めて、
そばにずっといることを望んでるかもしれない。
伊藤
人それぞれですもんね。
大久保
そう。それは申し訳ない、できない。
「このぐらいまではできる」んですけど、
それは「このぐらいのこと」なんですよ、父親からしたら。
「このぐらい」だったら別にもう
ゼロと同じだってなったりとか。
だとすると、そっかぁ、やっぱ、人の気持ちを、
親といえども、100%満足させてあげることは、
当たり前だけどできないし、って。
伊藤
親と離れてる時期の方が
長くなってきてるじゃないですか。
よく何を考えてるんだろう思うんですよ。
大久保
むずかしいですよね。
やっぱり、親のことなんて
結局わからないんだっていう。
伊藤
わからないですよね。
大久保
親が何考えて、何したくて、
どういう性格で、何を大事に思ってるかなんて、
わかんないなと思って。
伊藤
ほんと。
大久保
自分の子どもっていうポジションの立場のエゴから、
これをしてあげたら喜ぶでしょうとか、
知らない時間の方が長いから、もはや、ねえ。
釣り好きだったから、釣りの話とかっていっても。
伊藤
私もなんかそういう感じで、
好きでしょうみたいな感じの本を持ってったら、
「あ、ふーん」ポイッみたいな。
今は違うんだ、と思ったり。
大久保
うちの母親と父親なんて、帰るたびに喧嘩してて、
母親が強気な人間だから、
「私はお父さんと一緒になってから、
一回も笑ったことがない」とか、
ほんと、なんてひどいことを言うんだと思いながら、
だったら離婚すればいいのに、
実はこの夫婦のことは、
私、知らないんだなって。
悪いなぁと思いながらもね。
伊藤
ふたりの中でしかわからないですもんね。
大久保
私が帰ったとき以外の時間はふたりしか知らないわけで。
伊藤
意外にラブラブだったりとかして。
大久保
そう。不器用な寄り添い方してたりとかね。
そうかもしれないとか思ったら、
もうわからないことだらけだなって。
だからもう考えてもしょうがない。

ローコストという精神

未分類

伊藤
吉田さんにはじめてお便りしたとき、
自己紹介を兼ねて、
糸井さんとの対談を添付したんです。
吉田
そうでしたね。もちろん拝読しました。
ちょっと話飛ぶけど、「ほぼ日」で
南伸坊さんと糸井さんと篠原勝之さんが
「老いと死」なんてテーマで話をしてるでしょ。
だけど、まだお若い。私より10歳若いの。
これからの10年がたいへんなんだよと。
これからの10年がね、ぜんぜん違う。
だからこの方たちはハッピーな話をしてるなと思って。
伊藤
なるほど(笑)。
吉田
一年一年がね、
去年できたことができなくなっちゃう。
伊藤
吉田さん、ちょうどうちの母と同い年で。
吉田
あなたがうちの娘と近いからね。
うちの娘や、うちの研究室のOBたちに
「ほぼ日っていうのを、
なんか糸井さんがやってらっしゃるの、知ってる?」
って訊いたら、みんな知ってるんですね。
それでいろいろ調べたら、
伊藤まさこさんという人も
すごい方なんだっていうのがだんだんわかってきて。
伊藤
私がですか? 
そんな、それはちょっと違いますよ。
吉田
それで今回、対談で会いたいっていうから、
これはおもしろそうだと思ってお受けした。
こういう方と建築のお話をするの、おもしろいなと。
伊藤
ありがとうございます。
吉田
ただ、この家はもう50年経ってるボロ家だから
来るのは勘弁してくださいよって
言ってたんだけどね(笑)。
「ほぼ日」であなたが対談をしていた深澤直人さん
あの方も建築家じゃなくデザイナーなんだけれど、
あの家(アトリエ)を見たら、またすごいんですよ。
要するに、あれは工芸ですよ。
私どもがやってるのとぜんぜん違う。
あんなすごいのを見てらっしゃって、
ご自身でも巾木のない家をつくった人が
うちに来られちゃ困るなって。
伊藤
いやいや、そんな!
紀子
うちはローコスト、と言っているんですけど。
吉田
そうなんです。私の主義はローコスト(*)なんです。
(*)吉田さんの提唱した「ローコスト」は、設計や資材の工夫で
よりよい建築をつくりたい、という精神論。「工場より安く、教会のように爽やかに」
という言葉は、自身の事務所のキャッチフレーズに。
伊藤
そのことが、すごくおもしろいじゃないですか。
建築家のご自邸って、
「どうだ!」みたいな感じがあるように
思っていたんですが。
吉田
そういう時代もありましたね。
僕がローコスト住宅に行ったのは、
さっきお話しした山口文象先生の影響なんです。
戦前に建てられた家によく呼ばれて行って、
いろんなものを見たその雰囲気が、
私の建築の原点になっている。
先生は、戦後、たいへん苦労なさった方なんですね。
大学ではなく徒弟(とてい)学校を出られた(*)。
そこから世界的にっていうぐらい
有名になっちゃった方なんですよ。
(*)山口文象は浅草の大工棟梁の家に生まれ、
府立一中(現・都立日比谷高校)に進学するが
親の反対で入学翌日に退学、
東京高等工業学校附属職工徒弟学校木工科大工分科入学
(現・東京工大附属高校)から
父のいた清水組(現・清水建設)へ就職。
しかし建築家に憧れ、逓信省営繕課の製図工を起点に、
建築家への道を歩みだした。
吉田
その方のところにも何回か出入りをしているうちに、
ローコストっていうものの精神を叩き込まれた。
そして先生の建築家としての地位が
グーッと上がっていくのを見て、
そういう建築家ってすごいなぁと。
ちょうどその頃は“おもしろい建築”を建てるのが
流行ったんですよ。
「どうだ? どうだ!」っていうような。
それに対して、山口文象っていう人は、
実に着実にローコストを守ってらっしゃった。
それが僕の身についている。
伊藤さんは、あんなふうにやりたいことをやったら、
けっこうお金かかったでしょう。
伊藤
はい、お金、かかりました。
吉田
巾木にしても、なくすよりも、
普通の巾木をつけるのがローコストなんです。
安いのはそれしかない。
「小さくする」ことはわりとお金に関係ないけれど、
「なくす」ところまでいくのはね、
工芸の世界に入ってるから。
それは建築のローコストではないんだ。
伊藤
そうなんですよ。
いかに綺麗にするかは、
職人さんの技が必要で。
吉田
建築では「納まり(おさまり)」っていう
言葉がありましてね。
納まりっていうのはモノのぶつかったところ、
あるいは切り離しのところ、
そこをどう納めるか。
そこをキレイに納めようと思うと、金がかかっちゃう。
欠けないようにするために、部材がよけいに必要だから。
そういう建築に対して、私のはローコストで、
だから一見すると非常にこう、何て言うかな、
粗雑なイメージがあるんです。
たとえば簡単な話、この壁。
90㎝の幅のボードを打ち付けていくと、
突きつけになったところに線が出ます。
場合によっちゃ割れが出て来る。
それを目立たなくするにはいろいろ工夫があるんだけど、
この家はそれを一切してないんです。
ローコストで建てたいという方が訪ねてらっしゃると、
こうなっちゃいますよと言うんですね。
「あなたの予算ではこうですよ」と。
「これでいいです。これでいい」って
感心して帰られるんですけど、いざ作ると、
「吉田先生、あそこに筋が出るの嫌だ。
あれは施工が悪いからでしょ」
って言われちゃうわけ。
「だから言ったじゃない」ってね。
言うんだけども、皆さんそれを欠点として見ちゃう。
だからね、あなたの家は写真で見ても
お金がかかっているというのがすぐわかるんです。
伊藤
そうなんですよ。
途中で妥協ができなくなっちゃった。
吉田
そうでしょう。
こういう精神の方はそうだと思いますよ。
粗雑なものを見ると、
気持ち悪くなっちゃうんじゃないか。
何やってるんだと。
伊藤
そんなことはないんですけれどね。
でも軽井沢の家は、とにかく好きなものを作ろう、
そのために頑張って働く! っていう気持ちでした。
今度の家は、大工さんと設計士さんに
「低コストでやりたい」とお願いをしているんです。
建築って、かけようと思えばいくらでも
お金がかけられると思うんですが、
工夫で乗り切りたいなと。
吉田さんにお目にかかると言ったら、
「じゃあ、聞いてきてください」って。
吉田
釈迦に説法じゃないけど、申し上げると、
時代ってやっぱ動いてますでしょ。
私の時代にはローコストは価値があったんですよ。
だけど、時代がよくなってくると、
ひとりでローコストで頑張ってても、
だんだん客が離れていっちゃう。
しかも私の年代で年を取った施主は、
みんなお金を稼いでいるから、
今さらローコストじゃない、
せっかくならいい家を建てたいっていう方が増えていく。
だから客がいなくなっちゃうんですよ。
ま、それは愚痴だけれども、
時代っていうのはやっぱり変わっていくんだなと思います。
その頃は美徳だったものが、
だんだん離れていってるなってわかりますね。
ローコスト住宅をやってきたから、
僕らもギリギリの生き方をしてきた。
リッチな建築家たちっていうのは、
どんどん稼いでいくでしょ。
事務所を畳んだのはもう10年くらい前になるけれど、
最後までローコストなんて言って、
だんだん時代に合わなくなってきちゃって。フフフ。
伊藤
ローコストだと、必然的に‥‥(*)。
(*)建築家の受け取る建築設計料(設計監理料)は、
施工費(工事費)からパーセンテージで計算される。
決まりはないが、現在、新築で10~15%といわれる。
吉田
そうなんです。
当時は5%ぐらいが普通でした。
伊藤
でも、時間もかかるし、
手間もかかるお仕事ですよね。
吉田
僕、主婦向けの雑誌に書きまくりましたよ。
デザイン料を10%は払ってくださいって。
そこで施主を叱るような原稿まで書いたら、
とうとうクビになっちゃってね。
「先生、そんなこと書いたら、
雑誌が売れなくなるからやめてください」って。
私は10%が限度でしたね。
あの当時12%取れたの、
吉村順三さん(*)くらいじゃないのかな。
(*)吉村順三は1908年生まれの建築家。
日本文化とモダニズム建築を融合した作風で知られる。
代表作に皇居新宮殿、軽井沢の山荘、国際文化会館、
八ヶ岳高原音楽堂、愛知県立芸術大学など。

頼れるものにはなんでも頼る

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大久保
じゃあ、一気に紹介しちゃっていいですか、私。
伊藤
お願いします。
大久保
これも、まさこさん、買っちゃうんじゃないかな。
伊藤
なんですか、それ。
大久保
穿いてるだけで‥‥。
伊藤
(食い気味に)買う、買う!
大久保
EMSが、お腹とお尻、全部ついてるんですよ。
だから穿いてるだけで、
プルプル、プルプルって刺激されて。

「イーサンテ EMSトレーニングボトムス」
EMSとはElectrical Muscle Stimulation
(筋電気刺激)のことで、
電気刺激によって筋肉を鍛える技術。
この機器はスパッツ型で、
おなか、お尻、内ももに、同時にアプローチ。

伊藤
それ、どうやって? スイッチがあるの?
大久保
そう。ここにカチャッて電源をつけると、
ブルブルブルってなって、
穿いてるだけでしまります。
伊藤
やるーー!
大久保
これを穿いて簡単なストレッチとか
エクササイズをすれば、効果2倍。
伊藤
じゃあ、毎日のルーティンの中に
これも組み込まれてるんですね。
大久保
そう。骨折して穿くのが面倒臭かったんですけどね。
でもこれEMSだけど、水をつけなくてもいいんです。
これ、おすすめ。
伊藤
そういう情報ってどこで得るんですか。
大久保
『ノンストップ』の通販コーナーから。
伊藤
あ、そうか。
大久保
後は、これもおすすめ。
まさこさん、白髪ないですか。
伊藤
ありますよ。3週間に1回染めてますよ。
大久保
3週間に1回は大変だ。
それしんどくないですか。
伊藤
しんどいですけど。
でもなんか2回に1回ぐらい、
分け目だけこれで染めるんです。
そうすると、なんとかかろうじて。
大久保
なるほどね。染めてから10日ぐらいで
生え際から白髪が出て来るじゃないですか、
シルバー、グレー、ステキな人ももちろんいるけど、
顔立ちもあるなと思ってて。
白髪は人を選ぶんですよ。
一気に山姥みたいに老けるパターンの人もいる。
で、そこに抗うのもいつまでかわからないけど、
今はこれ。すぐれもので、すごくいいんですよ。

「モンローブロンドR ヘアトリートメントファンデーション」
美容液ベースのヘアファンデーション。
部分白髪など気になる部分にブラシでひと塗りする。

伊藤
これって根元に?
大久保
そう。こめかみのところとか、
白くなって気になってる髪の根元に
刷毛でシャッシャッシャッてやるとよくて。
回し者みたいですけど、こげ茶色の1色で
どの髪色にも適用できて。
伊藤
え!
大久保
自然のものしか使ってないんで、肌に悪くなくて。
伊藤
ちょっと、もう、なんかもう!
大久保
買います?
伊藤
(笑)買わせてください!
大久保
普通に薬局で売ってるものよりは、
ちょっと割高になりますが。
伊藤
へえー。いやいや、もう買いますよ。
大久保
こちらお買い上げですね、伊藤さま、
ご用意しておきます。
伊藤
買います~! あと、その‥‥。
大久保
これはね、アンミカさんが通販でやってて。

「CBDスポーツバーム」
CBDとアルニカオイル、メンソールのリフレッシュバーム。
疲れた筋肉にすりこむように塗る。

伊藤
強いですね。
大久保
アンミカ姉さんと私が海外ロケで一緒になったとき、
首がつまるって私が言って。
疲れたりお酒が残ると、首、つまりません?
伊藤
今日つまってまーす。
大久保
あ。そしたら「これ、ええで」って言って。
「これ、どこに塗っても」。
スースーする系なんです。
これを塗ったら、効いたんですよ。
そっからつけてるんです。
‥‥買います?(笑)
伊藤
買っちゃうわ~。
首、つまってるし。
大久保
CBDが入ってますね。
伊藤
なんですか、それ。
大久保
CBDってなんかちょっとアレだよね。
伊藤
ちょっと、アレ?
大久保
麻薬系じゃないけど、大麻の成分ですよね。
もちろん合法で(*)。
(*)CBDは(カンナビジオール:Cannabidiol)は大麻から抽出した天然成分。リラックス効果、睡眠の質、心身のバランスのサポートが期待される。依存性がなく安全とWHOも報告しており、日本の法律上でも合法で、オイル、食品、スキンケア用品などで使われる。
伊藤
こういうふうに直接聞くと、
やっぱり欲しくなっちゃいますよ。
大久保
それはたしかにそうです。
信用できる人が言ってくれるとね。
伊藤
全部買いそうになってますもん。
今日大変。大忙し。
大久保
めっちゃ爆買いじゃないですか。怖いですね。
伊藤
こわーい。怖い。
私はこれ。ご存知ですか。

「シックスパッド パワーガン アクティブ」(SIXPAD)
充電式のコードレスマッサージガン。
5段階のレベルで、4種類のアタッチメントが付属。

大久保
あー、マッサージの? ガン? 
これ系、私1個持ってるけど、
なんか違ったりするんですか。
伊藤
‥‥わかんない。
大久保
ええーっ?
伊藤
売り場にちっちゃいのもあったんですけど、
ちょっと高そうな方が効きそうかなと思って。
大久保
えー、よくない選び方してません。それ? 
高そうなのが効くって。
伊藤
値段って比例しないのかなぁ。
大久保
まあね。
伊藤
アタッチメントで先が替えられるんです。
大久保
米倉涼子さんが宣伝してるやつ(*)は、
私持ってますよ。
(*)「ドクターケア エクサガン ハイパー」
伊藤
だからほんとにもう大忙しですよ。
全部終わったら1日が終わってるのかな。
大久保
やることいっぱいでねー。
怖いっすね。
伊藤
後はまあ、ちょっとこれで。
<

「uka scalp brush kenzan」
シリコン製の頭皮用ケアブラシ。
クレンジングやシャンプーで使う。
ソフト、ミディアム、55、ケンザン、バリカタの
5つの硬さがあり、伊藤さんが使っているのはケンザン。

大久保
持ってるかも! 使ってないけど。
頭皮マッサージですよね。
大事って言いますね。
伊藤
これいいんです。
頭皮はお顔の一部ですっていう人がいて。
大久保
マッサージして頭皮の血流をよくすると、
白髪も生えにくい説もあって。
だから血流をよくしてくださいと言われますね。
伊藤
たしかにつながってるもんね、と思って。
薄毛とかも防止できるのかな。どうなんだろう。
大久保
かもしれないんですね。
血流大事です。
伊藤
去年、爪がボロボロになった時期があって。
大久保
わかる!
伊藤
え? なります?
大久保
爪というか、爪回り。
ささくれもそうだし。
伊藤
欠けたりとかもすごくて。
でね、これは良質の馬油らしいんですけど、
爪と指の間に入れるんですって。
ここが爪を育てるらしくて、
毎日毎日塗って。

ベリュマン ハンドセラム No.1(BeLLEMAIN)
国産馬油を90%使用し、爪ダメージの修復と育成、
手荒れの改善を目的にしたハンドセラム。

大久保
毎日やってるんですか。
伊藤
はい、朝晩。
大久保
それはケア、大変だ。時間なくなっちゃう。
伊藤
そう。だからケアが終わると1日が終わる。ふふふ。
大久保
で、満足して。
伊藤
そうなんです。

はじめまして、吉田さん

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伊藤
吉田さん、はじめまして、
伊藤まさこです。
今日はご自宅にお邪魔させていただき、
ありがとうございます。
吉田
ようこそいらっしゃいました。
伊藤
どういうご縁かをお話しさせていただきますと、
私の家がある軽井沢で、
とても素敵な古いお家が売りに出たんです。
私、物件広告を見るのが好きで、
よくながめているんですが、
「あれ? このお家、うちの斜め前だ!」と。
それで一目惚れをしてしまい、中を見てみたいと思って。


前のオーナーが50年もの間、夏を過ごした思い出の山荘。下をのぞけば小川が、2階の窓からは軽井沢の森が望める。(撮影=伊藤まさこ)

吉田
すでに別荘を持ってらっしゃるのに、もう一軒? 
それは普通じゃないですよ、あはは。
伊藤
そんな、ぜんぜん、買うつもりはなかったんですよ。
誰か知っている人が買ってくれたら、
行き来ができてたのしいなあと思い、
友人に紹介したところ、
「夫がそんなに(別荘に)行くのかなぁ? と言ってる」
とか、
「資産価値はあるのかしら?」と言って、
なかなか決断できない。
でも物件は巡り合わせなので、
迷っているうちに
だれか知らない人の手に渡ってしまったら、
いやだなぁと思って、
「私が買う!」ということに。
吉田
そういうメールをいただきましてね。
普通のストーリーとしてはあり得ないじゃないですか、
自分が別荘を持っているのに、
向かいの家が売り出したから買う気になったって、
これ、どういう方だろうと思いましたよ。
ぜんぜん存じ上げなかったんです、
伊藤まさこさんという人を。
伊藤
いきなりメールをお送りしましたね。
その建物が吉田さんの設計だと知ったのは、
契約をするときだったんです。
前の所有者がいらして、
「これは吉田研介先生に、うちの父が頼んだものです」
っておっしゃった。
「え? 『チキンハウス』(*)の吉田研介さん?」と。
チキンハウスのことは、雑誌で紹介されていたのを見て、
とても素敵だなあと覚えていたんです。
調べたら、ホームページを持ってらっしゃったので、
ダメ元で連絡をさしあげたところ、
すぐにお返事をくださって。
(*)にわとり小屋のように小さな家、
という意味をこめて、吉田さんが自邸につけた名称。
吉田
いやあ、そりゃ、びっくりしましたよ。
最近、そんなに驚くこともないんです、
この歳で、平穏な毎日を送ってますからね。
そしたらそういうメールをいただいて、
「へえー、変わった方だなぁ」と。
メールには「ほぼ日」のことも書かれていて、
これ、なんて読むんだ? ホボビかな、
というくらい、知らなかった。
で、まあそれは置いといて、
その家が自分の設計だということが思いだせなくて。
伊藤
最初、連絡を差し上げたときのお返事は、
「確たる記憶が無いのですが、たぶん‥‥」と。
吉田
でもオーナーの名前が書かれていたので、
その方のお父さまが、うちの母と交流があったことが
だんだん思い出されてきて。
はっきり覚えてるのは、そのお父さまが、
私が学生の頃だったか、あるいは卒業してからか、
「自宅の玄関の庇(ひさし)を作ってくれ」
とおっしゃったんですね。
伊藤
それは東京の?
吉田
そうです。ご自宅と私の家が近かったんですよ。
伊藤
そんなご縁が。
吉田
そしてしばらく経ったらば、
「吉田さん、ついでだから、
軽井沢に別荘を建てるので、設計してくれる?」
っていうんで、「おお、やりましょう」と。
僕は事務所を持つ前で、
初めての戸建ての設計だったから、
とにかく見よう見まねで線を引いたんです。

2階の4畳半の和室。小さい空間ながら、
天井高があるので狭さを感じない。(撮影=伊藤まさこ)
伊藤
ということは、あの家は、
吉田さんの住宅設計の処女作?
吉田
そういうことになりそうです。
はっきりと図面は思い出せないんですが、
形を見れば見るほど、いいじゃないか、これ、って、
だんだん自分で思い出すに、庇なんかは、
山口文象先生(*)の家の庇がお手本だなぁと。
駆け出しの僕をかわいがってくださっていた、
建築界ではもうたいへんな大御所のかたで、
その方の家のつくりを参考にしているんです。
もちろん全体の形はぜんぜん違うんですけども。
(*)山口文象は、1930年代から60年代にかけて
活躍した建築家。近代日本建築運動のリーダーのひとり。
伊藤
そうだったんですね。
吉田
たいへん専門的なことなんですけれど、
庇が普通から比べるととても深くて、
民家風でもなければ農家風でもなく、
数寄屋造りでもない。
まったくの無国籍なんですよ。
それでだんだん「私の設計だなぁ」
ということがわかった。
「これはやってるよ、なかなか」って、
われながら思います。
伊藤
いや、もうほんとに素敵なんです。
うちに遊びに来てくれた人に、
「ちょっと斜め前の家、見る?」って、
お連れするんですよ。
今はかなり古びているけれど、
全部キレイにしたらもっともっと素敵になるよ、って。



改装前のリビングの様子。照明はイサム・ノグチ。時を経て和紙部分がぼろぼろになっているので、同じものを新調する予定。(撮影=伊藤まさこ)

吉田
もちろんいいって言ってくださったのは
たいへん光栄であるけれど、
まあメールのやりとりだけで、
それっきりにしよう、と思っていたら、
雑誌に出ていた、あなたがご自分でやってらっしゃる
軽井沢の別荘の白い建築、
その記事を、紀子が覚えてましてね。
紀子
「あの雑誌よ、あの雑誌!」って。
吉田
メールを頂いて
「伊藤まさこさんだって」と言ったら、
この人が名前を雑誌で見たっていうわけ。
すごい家をつくった人だと。
紀子
すごく目を引いたんです。
うわー、これだけ余計なものを
排除した家はないなぁと思って。
伊藤
私が軽井沢の家の取材を受けたのと、
吉田さんのチキンハウスが紹介されたのは、
同じ雑誌の同じ号だったんですよ。
吉田
それで「この人だったか」とわかった。
改めて雑誌を見て、
ちょっとこれは只者じゃないぞと。
まずね、単純な話、巾木(はばき)っていうものが
家には必ずついてる。
この人の家にはそれがなくツルンとしてるわけですよ。
枠もない。
なんだ、これは? と思って見始めた。
今、日本の建築界で、こういう、
全部をそぎ落とした家を作るので
有名な建築家が、ふたりいるんですよ。
そのうちのひとりが、
私の友人なんだけども、窪田勝文さん(*)、
もうひとりは小川晋一さん(*)。
両方とも有名なんです。こういうふうにそぎ落とす。
でも、そういうふうにそぎ落とす人は、
たとえばスイッチを見せなくするように
モノの後ろにつけたり、裏につけたり、
ボックスを作ってその中に埋め込んだりするんだけれど、
この方の家にはスイッチが見えるところについてる。
だから、この方はちょっと違うぞと。
僕、それがショックでね、
あぁ、これは返事書かなきゃと思って。
(*)窪田勝文さん(1957-)、
小川晋一さん(1955-)はともに山口生まれの建築家。
それぞれ、広島と東京に拠点を持ち活躍中。



スウィッチは、無駄がなく、見えても美しい、パナソニックのSO-STYLEを採用。下のモフモフは、ドアの隙間からの冷気を防ぐドアクッション。

伊藤
でも、やっぱり洗濯機もいるなぁとか、
ちょっと反省してます。
東京に持って帰ればいい、と考えていたんですけれど。
吉田
近くに温泉があるからバスタブは要らないと、
シャワーだけにしたというじゃないですか。
しかしわざわざ温泉に行くのと、
ちょっと風呂に入ってすぐ寝るっていうのは違いますよね。
伊藤
違いますよね。
吉田
でも「かっこいいな、この人は」と思った。
伊藤
ただ、家を使う人は私だけじゃない。
遊びに着た友人が
「お風呂、ないの?」とか
「バスタブに浸かりたいなぁ」とか言うんです。
そこはいま改修している家で実現させようかと。

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