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2018-02-24

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・オリンピックのような大きな舞台で、
 いくつもの「自己ベスト」が出ている。
 説明の必要もないとは思うけれど、
 「自己ベスト」というのは、
 いままでじぶんが出した記録のなかで、
 これが最高だということだ。
 オリンピックの舞台で、ベストを出すように、
 もちろん調整して臨んでいるのだとは思うが、
 じぶんのこととして考えてみようよ。
 いちばんいい記録を、いちばん出すべきところで出す。
 すばらしいことだ、申し分のないことだ。

 オリンピック選手と我が身を比べるのもオコガマシイが、
 ぼくが「自己ベスト」を出したことはあったのだろうか。
 また、ここで最高にがんばるぞというときに、
 最高にがんばれたのだろうかとか、考えてみた。
 ‥‥ごめん、わからない。
 謙虚に言ってるのでもなく、ただただわからない。
 「よくやったぞ、おれ!」と思ったことならば、
 たまにはあるような気がする。
 しかし、だいたいはそういうことさえも忘れてしまう。
 ぐずぐずと準備をしたり、こつこつと励んだりしていて、
 毎日の仕事や、かなり先のプランがうまくいくようにと、
 真剣にやっているような気はする。
 あるいは、ここでじぶんの出番だと意識して、
 「よいしょ」っと解決の道筋をつけることもなくもない。
 だけど、「自己ベスト」みたいな実感はないものだなぁ。

 子どもの遊びで考えてみると、
 「かけっこ」には、順位もあるし「自己ベスト」もある。
 しかし「おままごと」の「自己ベスト」はどうなのかな。
 両方が、まったくちがうことなのだろう。
 そして、ぼくやぼくらがやっている仕事というのは、
 「かけっこ」というか「競争」のようなものでなく、
 「おままごと」というか「藝」のようなものを、
 なんとかしようとしているのかもしれない。

 だからこそ、「競争」や「自己ベスト」の世界を、
 お気楽に物語としてたのしんでいられるのかな、と、
 「自己ベスト」の選手に敬意をこめて、考えていました。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
金メダルのある仕事と、拍手や満席を求める仕事がある?


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