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2018-04-27

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・「ひとりでいる時間の顔が想像できる人」がいる。
 そうでない人もいる、ということになるが…。

 周囲にだれもいないところでは、じぶんが裸で出てくる。
 いつも陽気な人の表情にも憂いが見えるかもしれない。
 人間関係に気をつかって遠慮している必要もないから、
 重い部分や暗いところも出てきておかしくない。
 あんがい獰猛なまでの好奇心だってあるかもしれない。
 ひとりで感じ、ひとりで思い、ひとりで考える。
 この時間を持っているかどうかが、とても大事だ。
 ふだん、どんなに浮ついて見える人でも、
 「ひとりでいる時間」の顔が想像できる人なら、
 ぼくは、信じてつきあいたいと思っている。
 善悪とか、損得とか、趣味がどうのとか関係ない。
 「ひとりの時間」のあるなしは、なにより大事だと思う。

 というようなことを、ぼくは前々から思っていたが、
 「ひとりで考える時間」というものが、
 創造的な仕事をするときにとても重要だということを、
 創造技術者(と名付けた)の濱口秀司さんに教わった。
 「三人寄れば文殊の知恵」なんてことを言うけれど、
 三人で寄る前に、それぞれのひとりが考えてなかったら、
 ほんとうに芯のある答えにたどりつかないというわけだ。

 「ほぼ日」で、これまでやってきてよかったことのなかに
 「ミーティング」を大事にするということがある。
 会って集まって他の人の声を重ねていくことは、
 小さな社会にじぶんの考えをさらすということでもある。
 これはとてもいいことなのだけれど、その前の、
 「じぶんの頭をぐるぐる動かした」時間がないと、
 あんがい、ただの意見の調整のようになりかねないのだ。

 この4月から「ほぼ日」では新しい金曜日を設定した。
 この曜日を、じぶんひとりの頭で考えるための日にする。
 街に出ようが映画に行こうが、席にはりついてようが
 じぶんで選んだやり方でかまわない。
 とにかく、「ひとりの時間」に、ひとりで考えるのだ。
 このクセをつけることを会社としてやってみる。
 もしかしたら、かえって厳しい金曜日、とも言えるかな?

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
京都のTOBICHIでは「ブイヨンからのおれい」続いてます。


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