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2017-07-21

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・長年の研究、というわけではないんだけれど、
 ぼくはなかなかの発見をした、ような気がするのよ。
 みんなで飲んで騒いでが当然の居酒屋などは別として、
 大人が多いような、静かめの食事をする場所で、
 ちょっと場違いに騒がしいテーブルってあるじゃない。

 たのしい、うれしい、高揚しているということはわかる。
 ただ、他のテーブルに比べて、いわゆる‥‥うるさい。
 これ、そのテーブルのメンバーが、
 それぞれに大声を出しているせいだと思うでしょ?
 もちろん、そのせいもあることはあります。
 声量が大きければ、それだけうるさくなります。
 だけど、もっと大きな原因があったのです。
 大声は、ともかく、うるさいテーブルというのは、
 「人のしゃべる声が重なっている」んです。
 ひとりずつが、相手の話が終わってから
 順番にしゃべっている場合は、
 声が大きくても、あんまりうるさくないんです。
 一度に、何人もがしゃべっている状態が、うるさい。
 笑い声が、うるさく感じるのも、それ。
 笑いって、何人もが同時に声をたてるでしょう。
 さらに、笑い声に人のことばが重なっていきますからね。
 最後まで人のことばを聞かないで、
 次々、我先にとしゃべっている状態というのは、
 きっと本人たちには、たのしいのだと思います。
 そして、話の途中で割り込まれた人は、
 声量を大きくして、しゃべっている相手に向けて、
 じぶんの話をして押し戻そうとする。
 この全体の状態が、テーブルの外にいる人の耳に届くと、
 ものすごくうるさく感じるのだと、わかったんです。
 ひとりだけがしゃべってるときって、あんがい平気です。

 そういえば、と気づきましたよ。
 朝まで論じるテレビの番組、あれはいい例です。
 ひとりが唾飛ばしてがなっていても、わりと耐えられる。
 でも、人の話に割って入る人と、それを阻止する人と、
 さらに我こそはと参加する人が、いちどにしゃべると、
 もうどうにもならなくなって、ただ、うるさいだけ。
 うるさい本人たちは、あんまりうるさく感じないのか、
 それぞれが、あいつらはうるさいと思ってそうだね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
かわりばんこに、しゃべりましょう‥‥ってことですかね。


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