logo_1101

2017-10-17

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・大人と大人が、大人どうしで、
 大人らしいテーマで、大人のように話しているね。

 大人は、大人のようにしていないと、
 大人に思われないのではないかと、
 もしかしたら心配をしている。

 大人のようにしていることで、
 お給金をもらっているからなのか。
 大人に見られているからこそ、
 他の大人たちが、じぶんを認めてくれるからなのか。

 そこらへんはよくわからないのだけれど、
 大人のようであることと、
 ほんとうに大人であることは、ずいぶんちがうよな。

 ほんとに大人であるならば、こどものように語っても、
 おばさんやおじさんのように考えても、
 おじいさんやおばあさんのようにふるまっても、
 まちがいなく大人であるはずである。

 大人と大人が会って、
 とてもたのしい時間を過ごせたときは、
 大人のようにしていなかったと、あとでわかる。
 大人のようにしていなくても、
 大人になるまでに身につけてきたことを、
 じゅうぶんに語りあえる。

 こういうことがあったんだよ。
 そうかい、それは、こういうことと似ているね。
 ああそうだね、それはあの人も、そうやっていた。
 それは、こんなことを考えていたからだろうな。
 うん、そうそう、そこまではわかってたんだ。
 少年のときとおなじような単語をやりとりしながら、
 大人だからこそ言えることを、話しあえる。

 なにを経験してきたか、なにを考えてきたか。
 その旅によって、大人になっていくのだとしたら、
 その物語は、大人のことばでなくても語れる。
 ここ数日のあいだ、ずっとそんな気がしていた。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ぼくの、秋の留学旅行、京都から東京に戻ってきました。


ここ1週間のほぼ日を見る コンテンツ一覧を見る



カート