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2017-07-27

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・なんとはなしに、人に怖がられている人がいる。
 それぞれの、そういう人に、
 怖がられる理由もあるのだろうけれど、
 怖がられていることで、損をしていることがあると思う。
 ちょっとすてきな話だとか、おもしろいことだとかを、
 あんまり教えてもらえないような気がするし、
 周囲の人たちとわきあいあいとやってたほうが、
 本人も含めてみんなが気持ちいいと思うのだ。
 そういうことを思っているせいか、
 ぼくは怖いと言われやすい人に、ちょっとやさしい。
 やさしいというのとはちがうか、
 なるべく、怖い人を特別扱いしないようにしている。
 過剰になれなれしくするとかではなくて、
 ただ単に、ふつうにしているというだけなんだけどね。
 だいたい、怖いと言われてる人は、怖くないものだ。
 だれだよ怖いとか言ってるのって、と思うこともある。

・それとは別に、怖がらせるのを商売にしている人もいる。
 暴力を匂わせる人たちは、もちろんだけれど、
 怖がられたり、怖いと噂されたりすることだけで、
 それが仕事に有利になったりするのを利用している人。
 ただ、怖い怖いと騒ぎたてる側の人たちが、
 怖がらせる商売をしている人たちの、
 いちばんの協力者になっていることも多いとも思う。

 だれだって、それほど気が強くないものだし、
 怖がらせている人のことを怖いと感じるのは、
 ごくごく普通のことなのだろうけれど、
 できるかぎりは、「怖いものは少ない」と思いながら
 生きているほうが、自由になれるというものだ。
 同時に、じぶんも、他の人に怖いと感じさせずに、
 生きていくということも、互いの自由のためではある。
 脅かして人を操ることは、コストもかかるものだ。
 時間も労力もかかるし、いわば返り血も浴びる。
 勝手に怖がってくれる人たちが騒げば手間要らずだ。
 弱いものが怖がっていたら、永遠に自由になれない。
 怖いを減らしてものを考えると、見えてくるものがある。

 怖いと言われている人と、怖いを仕事にしてる人は、
 なんだか、まったく真逆の人だっていう気がしてきた。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
筋肉を使う暴力もだけれど、口撃っていう暴力も同じだね。


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