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2018-04-26

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・木造の家だったらもっとなのだけれど、
 いま住んでいる古いマンションなんかだと、
 なんだかよくわからない音がよくするものだ。
 なんだろう、と考えることも必要ないくらいなことで、
 気にもしていないのだけれど、音には気づいている。
 犬がいるときには、どんな音がしていても、
 なんとなく生きものの気配として済ませていたのだろう。
 犬が音を立てていたわけでもないのにね。

 聞かれるたびに、「平常運転中」を強調しているが、
 平気のこころのどこかに、穴が空いているらしい。
 なにかの拍子に、犬のことを思い出して、
 かわいくてしょうがないという気持ちがあふれてくる。
 それにつられて泣きたくなったりもして、
 これは困ったなぁと思ううちに泣き出す。
 他人事のように、それを見ているじぶんもいるので、
 なにやってんだよと笑いたいことでもある。
 悲しいのでもない、さみしいに近いのだけれど、
 泣き出したいことの原因は「かわいい」なのだ。
 かわいくてかわいくて、こころが痛い。
 妙な気持ちだなぁ、こういうのははじめてだ。
 やっぱり恋みたいなものなのだろうか。
 つまり、これはのろけであるのか。
 すみませんねぇ、なにかとこういうことばかり書いてて。

・でもね、ちゃんと仕事してるのもほんとなのです。
 なんてったて、今年は、6月6日になったら
 「ほぼ日創刊20周年」になるのですからね。
 どんなことでも、毎日やって10年続けたら一人前、
 ということを吉本隆明さんが言ってました。
 ぼくはそれを本気にして、「ほぼ日」を毎日休まずに、
 10年続けたのですが、さらにそこに10年足しちゃったぞ。
 もう、ここまできたら多少は本気だとわかるでしょう。
 飽きっぽいと思っていたじぶんの性格が、
 飽きっぽいどころか、しつこいということもわかったね。
 20年も経ったら、生まれたばかりの赤ん坊だって、
 成人式に出て暴れちゃったりもできるんっすから、もう。
 二十歳の乙女が、四十歳の婦人になっちゃうんですから。
 こんなに年を重ねながら、元気でやってるというのは、
 よっぽど快感があるからできることなんだろうな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「時間が経つほどよくなること」を、やっていきたいな。


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