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2017-10-23

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・10月22日は村田諒太の世界戦だって、
 あちこちにメモしたりして待っていた。
 あちこちに、この日の予告編の役割をするような記事や、
 インタビュー映像などが出てきたから、
 そういうものも見逃さないようにして、
 贔屓の野球チームが日本シリーズに出るときくらいの
 意気込みで、この夜の試合を待っていた。

 この試合までの経緯やら、結果やらは、
 わざわざぼくがここに書くまでもないと思うので省略。
 新しくぼくが思ったのは、
 勝ってからの「ことば」が、すべてよかったということ。
 いま木の枝に実っているりんごを、
 そのままもぎとって、がぶっと噛っているようなことば。
 世界チャンピオンとしての名言をねらうわけでもなく、
 じぶんをそれ以上に見せようとする感じがない。
 それでいて、いま、そのときに言いたいことが、
 こころから出てきている感じが、とても好もしかった。
 もともと、インタビューで語られてきたことばも、
 うそや飾りのない印象ではあったし、
 じぶんなりに考えてきたことを、なんとか、
 そのまま出そうとする意志が見えていたが、
 思いのある試合の直後に、あんなふうに、
 もぎたての果実のようなことばが、差し出されるとはと、
 あらためて感心して、ますますファンになってしまった。
  
 同じ日の、同じ時間や、その後の時間に、
 ずっと選挙に関わるニュースや取材の番組が続いたので、
 ますます対比したくなったのかもしれない。
 こころから、すっと出ることばが、
 失礼になったり、野卑になったりすることなく、
 素直に人のこころに届くというのは、もう人徳である。
 裸で立って嫌悪の情を催させないヌードみたいなもの
 ‥‥という比喩はちょっとちがうか。

 なにを言ってるのかわからないことばと、
 なにを言ってるのかわからなくさせるためのことばが、
 テレビのなかからあふれ出ている夜に、
 こころから、仲間たちや応援してくれた人たちに感謝する
 村田諒太のことばは、ぼくのこころにまで響いてきた。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「おれも、がんばろ」と思わせてくれるものは、いいよね。


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