TBSの『ニュースの森』のメインキャスター、
編集長、ニューヨーク支局長を経て、
現在、「NEWS23 X(クロス)」で
メインキャスターをつとめている松原耕二さん。
いつもの仕事とはまた別に、
コラムニストとしての目で、いろんな人を観察したり、
いろんな人生に共振してきたようです。
誰も見ていなくても「ぼくは見ておこう」と、
松原さんが、心の奥の図書館に一冊ずつ集めてきた
さまざまな「人々の生き方」を、
「ほぼ日」に分けてもらうことにしました。

松原耕二さんのプロフィール

松原耕二さんのtwitter

2001年から2006年までのタイトルは
こちらからお読みいただけます。


北島とハンセンのライバル物語、
最終回です。


北島にインタビューしながら
彼が好んで使う言葉があることに気づいた。
“自分の感覚”という言葉だ。
北島は北京で金メダルをとったときの
「勇気を持ってゆっくり泳げ」という
成功体験を捨て
“自分の感覚”をより大事にする
泳ぎのスタイルを試そうとしていた。
それはストローク数にとらわれない泳ぎと
いえるのかもしれない。
実際に、北島はインタビューのする前の
幾つかの夏の大会で
その泳ぎにトライし、結果を残していた。

「北京との違いはどういうところでしょう?」
「簡単に言うと、
 ストローク数も多くなっていると思うし。
 より力強く見えるんじゃないかと思うんですけどね。
 そんなに体つきが変わったとかじゃないんですけど、
 水に対しての当たりが
 より力強くなっているかなあっていう。
 筋力アップしたとか
 そういうことではないんですけどね」

「ストローク数が少ないと顔を上げる数が少ない、
 つまり抵抗が少ないっていうじゃないですか。
 でも必ずしも少ないからいいってわけじゃない?」

「それを今回、証明できたと思っています。
 それが新しい部分かなって思っています。
 ストローク数が少なくすることによって、
 出来るだけ抵抗を減らして、
 なおかつワンストローク力強い泳ぎをすれば
 たくさん掻いても一緒だよ、っていうのを
 北京の時はチャレンジしたわけです。
 ですが今回はそのワンストロークで
 いかなきゃいけない、っていうのを
 一回全部捨てて泳いだんで、
 あまりストローク数にこだわりすぎないで
 泳いだのがすごくよかったんで」

「普段、泳ぐとき『よし今回は、
 前半の50メートルは何ストロークで行くぞ』
 とか考えたりします?」

「考えます」

「それで実際泳いで、今回、何ストロークだ、
 みたいな確認はできるものなんですか?」

「はい」

「それじゃあ、今回は考えなかった?」

「考えませんでした。身体が動くように、
 思いのままっていうか、自然に。
 合わせにいくんじゃなくて、
 身体が動くままっていうか」

「でもそれは怖いことじゃないですか?
 レースの前に組み立てて、
 イメージトレーニングして飛び込む、
 それをせずにやるというのは、
 実は怖いことじゃないんですか?」

「そうですね。まあ、予選もあったりするんで。
 予選と決勝でどうやって
 泳ぎを組み立てようというか、
 ある程度、自分の中で想像できるというか、
 自分の中で答えを出しながら
 イメージトレーニングしていくんですけど、
 この夏の大会にかぎっては
 予選のストローク数が多かったからといって、
 ストローク数を減らそうとは思わなかったですね」


むろんこの時期だからこそ、
いろいろなことを試せるのだと北島も話す。
五輪が近づくにつれて
自分の泳ぎのスタイルを確立し
本番に間に合わせないといけないのだ。
何年やっても平泳ぎは難しいと北島は言う。

「難しいですね」

「他の競技と比べて?」

「そうですね。わりかし技術であったり、
 そういうものが多く占めている種目かなと思います。
 力だけじゃ勝てないし、技術だけでも勝てないし。
 平泳ぎは4種目の中で一番遅いですから」

「一番遅い?」

「はい、一番遅い種目なんで、
 水との戦いでもあるのかな、
 水との戦いが一番大きいのかなと思います」

「ちょとしたズレでタイムが落ちたりする?」

「一瞬ですかね。
 1センチとか1ミリ単位じゃないですか。
 1ストロークの距離が1センチの伸びなくなったら、
 (50メートルで)16センチとかになるから」

「そのズレを感知することは難しい?」

「感知はね、レースになったら出来ないです」

北島はきっぱりと言った。

「出来ない?」

「だからより繊細にしていかなければならないし、
 そのレースの中に1センチの狂いを戻すことは、
 たぶんぼくは不可能だと思います」

「泳ぎながら、あ、ちょっと
 きょう狂ってると思ったら?」

「もう終わりです」

北島はあきれたように言った。

「あ、っと思ったら終わり。
 でも思うことはありますか?」

「ありますね。進んでないなあと思ったら」

「もう戻せない?その時は」

「戻せないです」

北島はそう繰り返してゆっくりと言った。

「でもいいときは、逆にすぐわかります」

「ロンドン五輪のときは、
 30歳目前になってますね?」

「30の年ですね」

「それは意識しますか?」

「年齢はあまり関係ないかなって思います。
 いまの自分を見ていると」

「でも昔はこの歳まで
 一線でやっているとは思わなかった?」

「まあ、思っていなかったですね。北京の前は。
 本当にオリンピックに命かけていましたから。
 でも今はオリンピックがすべて、
 という感じでもないんで」

淡々とした口調で北島は言った。


インタビューの最後に礼を言って
立ち上がりながらつぶやくように言ってみた。

「でもオリンピック3大会連続金メダルなんて、
 もう史上初めてだし、
 しかもたぶんもう誰も抜けないですよ、
 もしそんなことが起きたら・・・」

「まあ、頑張ってトライします。
 でもあまり期待しないで」

北島のわずかに懇願するような口調に
周りにいたスタッフから大きな笑い声が起きた。
すると北島も照れたような笑顔を見せた。

本番に強い北島と
大舞台で力を発揮できないハンセン。
そんなイメージに彩られながら
北京後、ふたりはそれぞれ異なった道を歩み
再びロンドンに照準を合わせている。
ふたりにとって
おそらく最後のオリンピックとなる舞台で
どんな歴史が作られるのだろうか。

(終わり)

2012-01-19-THU
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『ここを出ろ、そして生きろ』


新潮社 1470円
アマゾンでの購入はこちら
松原耕二さん初の長編小説です。
NY駐在時代、暗いうちに起きて、
出勤前の2時間を執筆にあて、
登場人物が動くまま
物語をすすめていったという松原さん。
帰国時には中編2本と、書きかけの長編1本、
短編が4本が手元に残ったといいます。
『ここを出ろ、そして生きろ』は
その中編の1本を肉付けし完成度を高めたもの。
ご本人はそのつもりがなかったといいますが、
帯文には林真理子さんから「壮大な恋愛小説」と
いう言葉をいただいたそうです。
ストーリーは‥‥(公式サイトより)
「目の前の誰かを救うためNGO活動に没頭しながらも、
 戦後利権に群がる民間組織の現実に
 戸惑いを覚えるさゆり。
 より危険な道を選ぶことでしか「生」を実感できない
 焦燥感に悩む、プロの人道支援者ジャン。
 コソボ、コンゴ、NY、エルサレムを舞台に、
 生死の境界を往く恋人たちの壮絶な闇を追う。」
立ち読み版は、こちらからどうぞ。


『ぼくは見ておこう
 ニュースな人たちが教えてくれた
 生きるヒント25


プレジデント社 1500円+税
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27年間、テレビの報道の仕事に携わってきた
松原耕二さん。
これまで取材してきたニュースの背後にある
さまざまなドラマ、
人間のものがたりを描いたコラムが
一冊の本になりました。
筑紫哲也さん、吉田都さん、坂東玉三郎さん、
釜本邦茂さん、フィデル・カストロ氏、
スティーブ・ジョブズ氏、クリント・イーストウッド氏、
ウォルター・クロンカイト氏、
さらには原発を止めるよう命じた裁判長の告白もあれば、
9.11後の熱狂に立ち向かって死んでいった
ジャーナリストの物語、
日米をつなぐ奇跡のような人間のつながりも。
松原さんがが直接向き合った人々からこぼれ出た思いや、
彼らが明かした人生の物語です。


『勝者もなく、敗者もなく』

幻冬舎 680円
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“ぼくは見ておこう”の前章ともいえる、
松原さんの2000年発表のコラム集が、文庫化されました。
世界的な指揮者・佐渡裕さん、
1996年の孫正義さん、
ヴァージン航空のブランソン会長、
パラリンピック出場の平澤知緒理選手、
田村亮子に涙をのんだ女子柔道の長井淳子選手、
チェリストから為替トレーダーに転身した田中雅さん、
そして、みずからの両親のこと、
日航ジャンボ機墜落事故の報道のことなど、
9つのエピソードを描くノンフィクションです。

これまでの「ぼくは見ておこう」

あるジャーナリストの死
2008-11-04-TUE
ローキー
2008-12-01-MON
世界を変えたオーケストラ [1]
2009-01-01-TUE
世界を変えたオーケストラ [2]
2009-01-02-WED
なぜオバマ大統領も
イスラエルに加担するのか[1]
2009-02-09-MON
なぜオバマ大統領も
イスラエルに加担するのか[2]
2009-02-10-TUE
なぜオバマ大統領も
イスラエルに加担するのか[3]
2009-02-11-WED
なぜオバマ大統領も
イスラエルに加担するのか[4]
2009-02-12-THU
あれから24年
2009-03-16-MON
インタビューの神様[1]
2009-04-20-MON
インタビューの神様[2]
2009-04-21-TUE
インタビューの神様[3]
2009-04-22-WED
ぼくは見ておこうの話
2009-05-01-FRI
ハリウッドから遠く離れて
2009-06-01-MON
108通の手紙
2009-07-01-WED
核のない世界
2009-08-06-THU
450年の記憶 [1]
2009-09-01-TUE
450年の記憶 [2]
2009-09-07-MON
なぜイラク戦争で
ジャーナリストは命を落とすのか
2009-10-01-THU
帰還兵たちの悲惨
2009-11-01-SUN
クロンカイトの遺言 [1]
2010-01-01-FRI
クロンカイトの遺言 [2]
2010-01-02-SAT
2010-02-01-MON
内なる声
2010-03-03-WED
旅する絵描き
2010-05-11-TUE
裁判長の孤独 [1]
2010-06-08-TUE
裁判長の孤独 [2]
2010-06-09-WED
裁判長の孤独 [3]
2010-06-10-THU
裁判長の孤独 [4]
2010-06-15-TUE
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2010-08-18-WED
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2010-12-21-TUE
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2011-01-01-SAT
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2011-01-02-SUN
最後のオリンピック[1]
2012-01-16-MON
最後のオリンピック[2]
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最後のオリンピック[3]
2012-01-18-WED