ほぼ日、12周年おめでとうございます。
ひとりの読者として
これからほぼ日がどこに向かうのか
ますます楽しみです。
それから、つい最近、
私もツイッターを始めてみました。
ここでは、もうひとつの「ぼくは見ておこう」
という気持ちで、
心に残った言葉などを発信できればと
思っております。
暇な時があったらのぞいてみてください。

さあ、きょうはひとりの裁判長の物語です。
ぼくも長くインタビューをする仕事をしてきましたが
これほど刺激的なインタビューは
あまり記憶にありません。
お時間があったらおつきあいください。
4回に分けてお伝えしようと思います。



裁判長の孤独1

ことの始まりは、新しい番組スタート3日目だった。
ゲスト出演した元東京地方裁判所・裁判長の
山室恵(やまむろめぐみ)さんに、
スタジオでお話をうかがっていた。
死刑判決が出たある裁判のニュースで、
解説を求めていたのだ。
と言っても決して長くないニュース番組、
彼に聞くコーナーは2分半という、
ごく短いものだった。

あっという間に、時間は過ぎたのだが、
最後にひとつ聞いておきたいことがあった。
スタジオでは、フロア・ディレクターが
「もう閉めてください」という紙をこちらに向けている。
予定時間を超えているので、
これ以上聞くな、という指示だ。
でも元裁判長がテレビに解説者として出演し
死刑判決について語る機会はめったにない。

私はもうひとつ訊ねてみた。
「判決を出したあとに、
 『あー、違った』と後悔したことはありますか?」
「(オウム裁判の)林郁夫の事件は、いまだに時々、
 あれでよかったのかと考えることがあります」
山室元裁判長はゆっくりと答え、
いくつかの理由を語った。

自分の出した判決は、果たして正しかったのだろうか。
そうした心からの問いを、元裁判長が、
テレビの生放送で吐露するとは思ってもいなかった。
「ぜひもう一度伺いたいので、また来てください」
私はこう言って、やむなく次のニュースにうつった。

山室恵さんは、1997年からおよそ7年間、
東京地裁の裁判長をつとめた。
日本の裁判制度は3審制度だから、
ふつう地方裁判所、高等裁判所、
最高裁判所と流れていく。
だが現場の最前線は、なんといっても地方裁判所だ。
ありとあらゆる事件が、
むき出しのまま持ち込まれてくる。

その中でも東京地方裁判所は、
大きな事件が目白押しだ。
山室さんが担当した事件は、そんな東京地裁の中でも、
もしかしたらとびきり難しいものだった。
そのひとつが、地下鉄サリン事件の実行犯である
林郁夫被告(当時)に対する判決だ。

林被告は1995年に、
満員の地下鉄でサリンをまいたひとりだった。
この事件で12人が死亡したほか、
重軽傷者は5500人以上にのぼった。
空前の地下鉄テロだった。

ところが林被告は、犯行のすべてを告白、
法廷でも涙を流して後悔の姿勢を見せていた。
エリート医師の転落、そして懺悔の涙は、
マスコミの格好の話題にもなり、
その判決は日本中の注目を集めることになった。 

無期懲役か、死刑か。悩みぬいた末に、
山室裁判長は、自らの判決を出した。
ところが、それから12年、
山室さんは
「林郁夫の事件(判決)は、いまだに時々、
 あれでよかったのかと考えることがあります」
というのだ。

東京地裁のエース裁判長と呼ばれた山室さんは、
いまどんな思いで当時を見つめているのか、
彼にもう一度インタビューを試みることにした。

インタビューの場所は、東京練馬区にある
撮影用の法廷セットだった。
担当した『NEWS23X(クロス)』の
佐藤忍ディレクターが、
探しに探して見つけてきた場所だった。
インタビューの成否は、その場所が大きく左右する。
どこで語ってもらうかによって、
人は心を緩めることもあるのだ。 

法廷セットに入った山室さんは、
本物の法廷みたいだと思わず声を上げた。
昔の職場に戻ったような、
なつかしさもあったのだろう、
「よかったら、座っていただけませんか」と
私がうながすと
彼は真ん中の裁判長席にゆっくりと腰をおろした。

「カメラの頭録りの最中は、
 まばたきをしないことにしていました」
裁判の冒頭撮影は、たいてい2分ほどだ。
「え、ずっとですか?」
「私がうつっている時です、
 カメラが法廷全体を撮るために
 横にふったときに、
 急いでまばたきをするんです」

裁判官は、まばたきをしてはいけない。
そんなルールがあるはずもない。
それは山室さんが自分に課していた
ルールのひとつだったという。

私もオウム裁判の法廷で、何度か
山室裁判長を間近で見たのをよく覚えている。
表情はまるで能面のようだった。
まるでロボットのように感情がない、
いや感情を見せることを
堅く禁じられているかのような佇まいだった。

その山室さんが、わずかに緊張した面持ちで、
表情豊かに自分の目の前に座っている。
私は不思議な気持ちで、インタビューを始めた。

(あすに続く)

2010-06-08-TUE
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