きのうに続いて、
日航ジャンボ機墜落事故の
遺族の会の事務局長である
美谷島邦子さんと初めてふたりで
御巣鷹の尾根に登ったときのお話です。
事故から25年を前にした、
この夏の日曜日のことでした。



25年目の登山2

しばらく歩くと、
事故で亡くなった美谷島さんの当時9歳の息子、
健ちゃんの墓標が見えてきた。
健ちゃんの部分遺体が見つかった場所だ。

何度も来ていたはずなのに、
そこも記憶とは別の世界に思えた。
山の斜面に墓標は立ち、
そこから景色が大きく開けて見えた。
本当にそこだけが、
遠くの山々が一望できる、
パノラマが広がっているような場所だったのだ。

その方角は東京を向いているのだという。
「今日は、天気がよくて東京がよく見えるね」
と美谷島さんが言う。
「本当に見晴らしいいですね」
「この辺りに木があったら、
 お父さんがのこぎりで切っちゃうの」
美谷島さんがさも可笑しそうに続ける。
「健ちゃんが、見えないと困るって」

健ちゃんの墓標の周りには、ドラえもんの人形や、
オルゴール、おもちゃや、缶ジュースなどが
所狭しと置かれていた。
美谷島さんは、墓標に水をかけながら
「まだお酒って感じじゃないんですよね。
 お子さん亡くして20過ぎたからお酒を、
 という方もいるんだけど、
 健ちゃん、お酒はいまだにダメですね」
「事故がなければ、いま34歳ですよね」
「なりましたね。6月で」

オルゴールのねじをまく。
映画「となりのトトロ」の音色が聞こえてくる。
美谷島さんは花をたむけ、
私が線香に火をつけ、手を合わせた。
「25年をいま振り返ってどうですか」
「いま思うと、健はいない、迷子になっちゃった。
 この山で迷子になっちゃったのかなって
 探していたんだけど、振り返ると、
 健はいつも一緒にいてくれたんだなと、
 このごろは感じますね。
 迷子になっていたのは、私かなって」

美谷島さんはかみしめるように続けた。
「祭りで子供がいなくなるじゃないですか。
 それと同じで、どこに行っちゃったのかなって、
 私が必死に探して、
 でも健は、ママここにいるよって、
 ここにいるじゃないっていうのが、
 5年目くらいからかな。
 それからは何か、一緒にいるんだと、
 少しずつ思えて。
 でも1年目はここに来ると、
 健を連れて帰れない、
 『連れて帰ってよ、ママ』って声が聞こえて、
 本当にここから帰るのが嫌だった。
 でも今は、ここから東京も見えるから」
彼女はそう言って、山々の方角を眺めた。

日航ジャンボ機墜落事故の遺族の会としての活動は、
時間がたつにつれて広がっていった。
航空機事故だけでなく、鉄道事故、
さらには他の事故の家族たちとの
交流も深めていく。
特にここ数年は、
JR福知山線脱線事故や明石の歩道橋事故など、
様々な事故の遺族や関係者たちも、
御巣鷹の尾根に足を運ぶようになった。
いつのまにかこの山は、
安全を願う人々の『聖地』という呼び名も
与えられるようになっていた。

もちろん単独の航空機事故としては
世界最悪という衝撃の大きさもあるだろう。
だが美谷島さんらの活動が、
その後の遺族の会のありように
影響を与えてきたことも、その背景にはある。

事故から25年。美谷島さんらの活動も
世代交代の時期を迎えている。
「この2、3年前から、
 灯ろう流しなんかも若い子中心にやっているの。
 私も次にバトンタッチということで、
 いっぺんにはいかないからちょっとずつ、
 ホームページを開いたりいろんなことを始めているの。
 また新しい取り組みの中で、
 新しい若い仲間が増えていくだろうし、
 私たちの世代は、私たちの世代で残せることを
 残していけばいいと思うし」

美谷島さんは最後に、私との思い出話を、
わずかにいたずらっぽい表情で口にした。
「そう、健の部分遺体を探しに行ったときよね。
 すごく覚えているんだけど、
 マスコミはすごく怖くて、
 あの時の遺族の会を始めたばかりで
 マスコミは勘弁してね、という時だった。
 松原さん、覚えているか覚えていないか知らないけど、
 私が健の遺体、
 一部だけど見つかったよって言ったのよね。
 そしたらあなた、大きな目から涙を流してくれて、
 最初に会った時も、あなた泣いていたんだけどね。
 でも私はそういう涙があって、
 共有してもらって伝えていくものがなければ、
 私たち発信できないしね」

写真を見せられて、
美谷島さんに見合いを勧められたこともあった。
「え、そんなことあった?」
と彼女は私の顔をのぞき込んで言った。
「すごい余計なおばさんよね」
美谷島さんはなつかしそうに笑った。

私たちは、健ちゃんの墓標の前に座って、
大きく息をすった。
青空はどこまでも続いていた。

(終わり)

 

   美谷島邦子さんはこの6月に
   『御巣鷹山と生きる』(新潮社)を
   出版されています。
   機会がありましたら、
   どうぞ手に取ってみてくださいね。(編集部より)
2010-08-19-THU
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