TBSの『ニュースの森』のメインキャスター、


2011年最初のコラム
きょうで最終回です。


玉三郎さんの見た中国 3

玉三郎さんが中国の古典劇の主役を演じる。
日本人は玉三郎さんひとり、
あとはすべて中国人の役者だ。
日本で舞台をつくるのと
どこが一番違うのだろうか。

玉三郎さんは少し考えて口を開いた。
「時間とか、期限に間に合うかしら、と思うことは
 しょっちゅうありますね」
「日本みたいにきちんとは?」
「いかないですね。大陸的ですね。
 ですから、ある時間に
 全員が集まらないってことを、
 少々目くじらたててもはじまらないので、
 その国に入ったら、
 そこの様式を受けることですね」

中国人は個人主義でもあると
玉三郎さんは話す。

「はっきりしてますね。イエスとノーは」
「日本人とだいぶ違いますね?」
「違いますね。ですから
 ここでノーって言ったら気まずいかしら、
 って思っても、曖昧にしていたら
 ノーじゃないってことになっちゃうので、
 そうじゃないってはっきり言わないと。
 それでケンカもするし、
 でもあくる日、平気で仲直りしますから」

自分もはっきりものを言う性格だから
中国人と一緒にできたのかもしれないと
玉三郎さんは笑う。
『牡丹亭』の稽古風景を撮影した映像の中に
それを映し出す場面があった。
稽古している相手は
昆劇の代表的な劇団『蘇州昆劇院』の看板俳優、
中国の古典劇を熟知しているであろう
その彼の演技を止めて、
気持ちがこもっていない、と
玉三郎さんが注文をつけていたのだ。

「始めのうちはわかりませんよ。
 自分が覚えて一緒に芝居していくと、
 あ、これは結論は早いんじゃないかな、
 この言葉だったら
 ここでしか反応できないはずなんだけど、
 早めじゃない? って言ったら、
 先生に教わったとおりって言うから、
 それよりも自分の気持ちを
 大事にしてやりませんか、
 というようなことを話していくんです」

個人主義と、はっきりした意思表示、
そんな中国とどうつきあうのがいいのだろうか。
玉三郎さんは迷わず答えた。
「徹底的に論理的にしゃべりながら、
 飛躍することですよ」
論理的にしゃべりながら、飛躍する。
私はもう一度、その意味を訊ねた。
まず中国人は非常に論理的だと
玉三郎さんは経験から感じるという。

「中国の人はとにかく食事とか、
 お酒飲んだりとかしながら、話すの好きですよね。
 話もとりとめない話でなくて、
 ちゃんと論理的に話す。
 たとえば雑談が始まる中で
 ひとつのテーマが出てくると、
 そのテーマを皆がどう解釈するかって、
 それを論理的に話していくんですよ、
 これは正しい、これは正しくない、
 将来はこれだ、っていうのを
 ひとつずつ結論をだしていくんです」

ところが、中国人は論理的に話していても
ある時、ふっと飛躍する瞬間があるという。
玉三郎さんは続けた。

「論理的にひとつずつ結論を出していく中で
 じゃあ、この話題はどうするの? って時は、
 そこに別に現実がやってくる。
 それで現実がやってくるんだけど、
 この間、話した中の結論で、
 例題問題が解けたらもってくる、
 解けなかったら飛ばす。
 そう、何て言えばいいんでしょう‥‥」

その感覚を言葉にするのは難しそうだった。
玉三郎さんは少し考えてから続けた。

「非常に裏づけのある着実なことを考えて、
 それぞれが論理的にしゃべってるんだけども、
 いざとなったら飛躍して現実を受け止めていく。
 そういう人たちだと思いますよ」

その感覚を、私がきちんと理解したか心もとない。
だがこういうことではないか。
論理は論理として徹底的に論じる。
しかし答えが出ない場合もあるし
現実は論理的帰結どおりになるとも限らない。
そうした場合は、論理に拘泥せずに
あっという間に現実に身の丈をあわせていく。
理想主義的でありながら、同時に、
超リアリストという面も持ち合わせている
ということではないだろうか。

そうした面は、
玉三郎さんが感じた中国人のこんなところにも
つながっているように思える。

「日本人の本音と建前より
 もっとはっきりした本音と建前があって、
 建前同士の顔で、本音はどっち、ってことを
 平気でぐるっと取り替えてちゃんと話せる。
 たとえばこうして話しているじゃないですか。
 本音もあるじゃないですか。
 で、建前はずしましょって言ったら、
 ぱっと本音でしゃべれるし、
 本音をはずして建前で話しましょうって言ったら、
 ぱっと話せるし。
 それはもうウソとかホントとかじゃないんです。
 そこの場で生きていく様式を
 ぱっぱっと取り替えられると思います」

中国の歴史を振り返ると
うなずけるようにも思える。
中国は長い歴史の中で、
モンゴルの征服など
様々な民族による王朝が入り乱れ、
列強の植民地支配も経験、
中華人民共和国となってからも
文化大革命で多くの人が犠牲になるなど、
人々は歴史に翻弄されてきた。
そうした中で、生き抜く知恵を
獲得していったのかもしれなかった。


玉三郎さんにとって、
そんな中国人はつきあいやすい人々だと言って、
こう続けた。
「中国の人は、ラテン系な感じ。
 そんな気がする」

中国人はラテン系、という言葉が
玉三郎さんの口から出たとき
私は思わず、聞き返した。
私の中での中国人のイメージとは
かけ離れていたからだ。

「だってどんなに気まずくても、
 ご飯食べて、飲んじゃえば、
 歌い始めちゃうみたいなところがあって」
そう言って、玉三郎さんは声をあげて笑った。

「初めて聞く説ですが」と私は訊ねた。
「あ、そうですか。明るいですよ。けっこうみんな」
そうした気質も歴史を生き抜くうちに
つちかわれていったのだろうか。
それにしても『中国人はラテン系』とは‥‥。
私は心の中で、
思わずこのフレーズを繰り返していた。

玉三郎さんは中国を理解するために
思想家たちの本を読み続けてきた。
中でもお気に入りは、老子だという。
「中心を決めずになさい、
 っていうところが好きですね。
 中心はここだとか、物事はこうって決めないで
 大きな流れの中をゆっくりこう、
 中心があるようで、確かにあるんだけど決めずに、
 しかし、ちゃんとなければいけない。
 大きな川の流れの中にあるみたいにいなさい。
 ある種の自分があるんだけど、こうだって決めない。
 もしかするとこの場合は、自分はこうかもしれない、
 って考え方は好きですね」

「玉三郎さんに通じるところがある?」
「ぼくはある種の概念を
 決められない人間なんだと思うんです。
 (概念を決めると)日本の役者だから
 昆劇はできないという概念から、
 はずれられないじゃないですか。
 そういう概念を持たないで、
 やってみろと言われたら、
 じゃあやってみるって感じで、
 どんどんやって、できたって、
 あ、できましたか、みたいなね」

概念を持たない。
玉三郎さんはこの言葉を
かみしめるように繰り返した。


還暦を迎えた玉三郎さんは
これからも中国とつきあっていくのだろうか。
「いままで5分の2くらい
 中国とつきあってきましたら、人生の。
 ですからこれから、やめるわけにはいかないですね。
 まだつながると思いますよ」

最後に、夢を訊ねた。
「演出家になりたいんです。
 いろんな意味で創っていきたい」
演出家として舞台をつくるのも体力がいる、
だから体力があるうちにやりたいという。
中国からもそうした話が来ているという。

「でもファンの人は舞台に立っている姿を
 もっと観たいと言うんじゃないですか」
そう私が口にすると
玉三郎さんは少し高い声で、
でも柔らかい口調で言った。
「それは概念です。概念をはずして」
そして玉三郎さんはにっこりと笑った。

(終わり)

*坂東玉三郎さんの正月特別公演の情報はこちらです。

2011-01-03-MON
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