ご無沙汰しております。
少々間が空いてしまいごめんなさい。
と言いながら、
これで今年は最後になると思います。
来年もどうぞよろしくお願いします。
そして、よい年をお迎えください。
さあ、今回のコラムは
中国人ジャーナリストの夢です。
きょう、あすの2回に分けて報告しますね。



25年目の登山1

ノーベル平和賞の授賞式の前日に
ひとりの中国人ジャーナリストに会った。
名前は安替(アンティ)。
人民日報といった政府系メディアではなく
ネットやツイッターといった新しい言論空間で
活躍する35歳だ。
日本の国際交流基金の招きで
2ヶ月ほど前から来日していた。

中国に言論の自由はどこまであるのか。
政府がブロックしているはずの
ツイッターを中国の人はどう使っているのか。
ネットは中国の体制を変えうるのか。
今が旬の中国だけに
安替氏はいくつもの講演に引っ張り出され、
雑誌や新聞のインタビューでも
中国への疑問に丁寧に答えていった。

私がノーベル平和賞の授賞式の前、という時期に
安替氏に会いたいと思った理由は
言うまでもないだろう。
ノーベル平和賞をめぐって
ネットやツイッター上でどんなやりとりが
繰り広げられているのか、
中国人の本音はどこにあるのかを
探ってみたかったのだ。

安替氏から返ってきた答えは
テレビカメラがなければお会いします、
というものだった。
それまで雑誌のインタビューで
こちらが心配になるほど、
かなり自由に発言していただけに
カメラは遠慮して欲しいという申し出は
少しばかり意外だったが、
考えてみれば
それがいまの中国の現状なのだろう。
ノーベル平和賞の授賞式の前で
政府の苛立ちはかなりのものだろうし
活字よりも映像での発言のほうが
当局を刺激しやすいのは容易に想像できたからだ。
テレビカメラがないほうが
より本音に近い言葉を発するかもしれない。
私はそう考えながら、安替さんを待った。

その日も、安替さんは午後6時から
講演の予定が入っていた。
その1時間ほど前に安替さんは姿を見せた。
細身にスーツを着こなし、
ストライプのネクタイをしめていた。
にこやかな笑顔を浮かべて
ソファーに腰をおろし、足をくむ。
彼は自由な風を身にまとっているように見えた。

「日本の印象は?」と私は訊ねた。
「前は軍国主義的な国かと思っていたけど
 来てみると民主的な国なので驚きましたよ」
と安替氏は面白がるような調子で言った。
彼は南京生まれ、
もちろん反日教育を受けて育った。
昔は悪いのはすべて日本だと思っていたが
インターネットやツイッターを使うようになって
日本に対する悪い印象は消えたという。

「日本での講演やインタビューでの発言を読むと
 かなり大胆ですよね」
こう感想をのべると
安替氏はわずかに得意げに言った。
「中国にいる友人たちは
 私などより大胆な発言をしています。
 2000年以降、インターネットによって
 中国も確実に自由度は広がったと思う」

しかし、ノーベル平和賞の授賞式を前に
何か動きがありますか、と訊ねると、
彼の笑顔が消えた。
「受賞する劉暁波(りゅうぎょうは)氏に近い人や、
 自由な思想を持った人の
 携帯電話などがつながらなくなっています。
 当局が取材を受けさせないようにしているのでしょう。
 これから2,3日の間のことでしょうが‥‥」
もしかしたら安替氏も中国にいたら
携帯を切られたひとりなのかもしれない。
この時期のカメラ取材を避けた心情が
垣間見えたような気がした。

劉暁波氏がノーベル平和賞に決まったことは
当初は中国のほんの一部の人しか知らなかった。
だが政府が受賞を批判する記事を載せたことで
皮肉にも多くの国民に知られるようになったという。

「政府がどれだけ批判しても
 そのまま政府を信じない人も増えています。
 ここ10数年、
 政府の公式見解を信じない人が増えているのです。
 でもだからといって劉暁波氏を支援する人が
 増えるということにはつながってはいません。
 その理由は、中国政府のプロパガンダが
 今も効いているという面もあります。
 しかも政府系のメディアではない
 自由なはずの新聞や雑誌も黙っています。
 政府と違う立場をとりたいと思っても
 それを記事にはできないのです。
 やっているのは、
 政府系メディアの記事をそのまま転載して
 もとはどこの記事かをはっきりと示すことです」

政府に加担する記事は書かない。
しかし政府の劉暁波氏への批判の記事を
そのまま載せて、
これは自分たちの見解ではなく
あくまで政府の見方であることを示すことで
意地を見せているということなのだろう。

「政府系のメディアでない新聞や雑誌も
 そのトップの人事権は。政府が握っているんです。
 少なくとも気に入らなければ
 トップを変えることができる。
 メディアの側からみると
 変なことをすると首が飛ぶということです」

中国政府は言論の自由をどこまで認めるのか、
その線引きはどこにあるのか。
前から知りたかった質問をすると
安替氏は少し考えて明快に答えた。
「政府の“政策”を批判することはできます。
 しかし政治“制度”を批判するのは危険です。
 今のところ政府は、
 社会の安定を第一に考えているからです」
その意味では、
劉暁波氏へのノーベル平和賞の授与は
中国政府にとって
最も敏感にならざるをえないところなのだろう。
なぜなら劉暁波氏の主張は
共産党一党支配をはっきりと否定しているからだ。

それではツイッターにおける
言論の自由はどこまでどうなのか。
これまでのインタビューの中で、安替氏は
「中国の長い歴史の中で、ツイッターは
 100%自由な発言空間を手に入れた
 初めての空間だ」と語っていた。
本当にそうなのだろうか。

(12/21更新の[2]へ続く)


【編集部より】
松原さんのツイッターは、こちらです。

2010-12-20-MON
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