革とのつきあい方は、
ごくシンプル。
愛情をもってどんどん使う。
2009.11.25
ほぼにちわ。です。
革について、「ほんとはどうなの?」と思ったことを、
糸井重里が革のプロたちに訊いた座談会の、本日後編。

前編につづき、ボリュームたっぷりにお届けします。
お時間のあるときに、ゆっくりどうぞ。

【4人の革のプロたちのプロフィールはこちら

憧れのピッグスキン。

細井 今年、ピッグがやっぱり、ショックでしたねぇ。
糸井 ショックっていうのは?
黒澤 いや、いいショックでしょう。



糸井 あ、ニコニコしてますね(笑)。
細井 もちろんです。
この革は、籠浦さんが探してらしたんですか。
籠浦 ええ。ぼく、12、3年前に
イタリアのタンナーを何カ所か視察しましてね。
そのなかのひとつがチベット社っていう、
有名なピッグのタンナーだったんです。
細井 豚革っていったら、チベットですもんね。
黒澤 そう、そう。
もうヨーロッパ中、豚革といったらチベットですね。
細井 チベット社の革だと聞いたので、
当然いい革なのはわかってたんですけど、
実際に見てみると、
この薄さで、このボリュームでしょう。
これは、やっぱりすごいなーと思いましたねぇ。
籠浦 いや、うれしいな。



北川 ぼくも、今年このピッグが一番ですね。
なかでも、このグリーン。
糸井 ああ、そうですか。
北川 ぼく、イタリアの革で、
何色が好きになったかっていうと、
茶色とグリーンなんですよね。
そこから、革のとりこになったというか、
革を好きになった理由のひとつがこの色なんです。
で、日本ではこの色が出ないんですよ。
細井 日本では、たぶんグリーンの染料が革に合わないんですよね。
北川 よく、水が違う、気候が違うとか、言われますね。
同じタンナーでも時期によって色がぜんぜん違うこともあるし。
細井 川の水じゃなくて、地下水を使ってますよね。
籠浦 そう、地下水でやってますね。
細井 きっとね、炭酸カルシウムがたくさん入ってるんですよ。
だから、こういう色が出せるんだと思うんです。
糸井 じゃあ、炭酸カルシウムを入れればいいじゃないか。
一同 (笑)
北川 いや、どれだけの量を使うかというとですね‥‥(笑)。
細井 ほら、イタリアでエスプレッソを飲んで、
そこのコーヒー豆を買ってきて日本でひくと、
違うんですよね、飲んでみると。
黒澤 そう、あれは水が違うんですよね。



糸井 それ、ぼくは以前、
カレーで付き合ったことはあるんですよ。
その店で食べるカレーをレトルトにするときに、
工場が別の地方にあると、水が変わるでしょう?
その違いが一番大きかったんです。
水って、でかいですね。
北川 あと、この「しぼ模様」。
ここまできれいなしぼはやっぱりすごい、
このピッグスキンの特徴は、そこですよね。



細井 わたし、去年「関係者に聞く」という企画で、
「来年の手帳何使います?」と聞かれたときに、
ゴートかピッグで作りたいな、って話をしてたんですよ。
これはやられたなーと思いましたね。
糸井 ところで、ピッグスキンっていう革は、
日本では、どんなふうな位置づけなんですか。
細井 日本でピッグスキンっていうと、
ピンク色の食用豚を思い浮かべるんだと思うんですよね。
でも、ピッグはピッグでも種類が違うんですよ。
このピッグって、毛が生えた黒い豚ですよね。
籠浦 そうです、そうです。
細井 だから、豚の種類が違うんですけど、
牛肉と豚肉を比較するようなもんでね、
「牛肉のほうが高いのに、
革は、なぜ豚のほうが値段が高いんですか」
みたいな質問って、実際出てくるんです。
糸井 あるでしょうね。
細井 牛はからだが大きいけど、豚はこんな小さいから、
革もたくさんはとれないんですけどね。
しかも、この革はポーランドの豚ですよね、たしか。
籠浦 ええ、ポーランドの、これは猪豚ですね。
細井 その辺で、たぶん日本人の豚革と牛革の感覚が、
少しこう、ずれているような気がします。
籠浦 ほんとは日本の豚の革もいいんですけどね。
糸井 そうなんですか。
籠浦 ええ、革の質がいいんで、
ヨーロッパでは、日本の豚革も評価が高いんです。
ただ、こんな色は出ないんですが。
北川 日本の豚は、どちらかというと、
スウェードが多くて、
衣料品に使われてることが多いですね。

革小物の「いい仕事」とは?

糸井 みなさん、革小物を扱っていて
「いい革」だとか、これは「いい仕事」だな、
っていうときの、そのポイントはなんでしょう?
籠浦 北川とぼくは、同じ師匠をもってるんで、
たぶん、同じ意見だと思うんですが。
糸井 ぜひ聞かせてください。
北川 革小物は、「漉き」と「きざみ」ですね。



糸井 「漉き」っていうのは、薄くする技術ですよね。
「きざみ」というのは?
籠浦 角の丸みがきれいに出るように、
革をよせていく技術ですね。
北川 製品になったときの形っていうのは
このふたつで決まると言ってもいいんです。
籠浦 これ、2007年から担当させていただいた革カバーの
パーツを全部おさめたファイルなんですが、
こんなふうに、手帳のパーツごとに
全部へりを漉いてあるんです。
革小物って、折り返したり、革が重なる部分を
そのままの厚みでやってしまうと、
そこだけ分厚く段差が出てしまうので、
ひとつひとつ、へりの厚みを薄く漉いていくわけです。



北川 このへりの部分、0.4ミリとか0.5ミリにしてあるんですよ。
籠浦 タンナーから工場に革が入る段階では約2ミリの厚さ、
そこから全体を1.2ミリくらいに漉くんですね。
で、1冊の手帳のパーツは16ほどなんですが、
そのパーツのひとつひとつのへりを
さらに、0.4〜0.5ミリになるように漉いてあるんです。



糸井 まるで、子どものころに組み立てた、
プラモデルのパーツみたいですね。
へえぇ、これが組み立てられると、
きれいなものになるっていうことか。
細井 やっぱり、革小物とか革製品を見るときには、
「きざみ」が均等に入ってるかどうかは大事ですね。
それから、漉きもそうです。
これなんか、折り返した部分をさわって指が当たらない。
やっぱりいい商品だと思いますね。
籠浦 この工場は、「漉き」の技術が
よそとは比べものにならないぐらいうまいんです。
黒澤 いや、ほんとに完成度が高いと思いますよ。



細井 このファイルを見て、あらためて思うのは、
革小物って、使う人にはおおらかさを提供したいけども、
作る側はすごい緊張感をもって
やっているということですよね。
糸井 そうですね。
細井 革という素材の持っているおおらかさと、
製品化するときの緻密さっていうのは、
実は違うものなんですよね。
北川 違いますねぇ。
細井 でも、それがクロスしたときに、
いいものができてくるというところは、
たぶんあるんだと思うんです。

一方で、アンリさんのカバーなんかは、
素材のよさ、革のおおらかさを全面にだしていて、
こういう緻密な作業とはクロスはしてこないんですね。
でも、これはこれで、味があって。
黒澤 味があっていいですよね。
糸井 同じ革小物といっても、
コンセプトが違うものですよね。
北川 ぼくなんかは、このピッグとアンリさんのカバー、
「あ、これいいな。でも、こっちも持ちたいな」って、
欲張りで、「両方欲しい」って、思ってしまいますね。
細井 違うものとしてたのしみたいんですよね。
北川 そう、異なるものとしてひかれますね。

革のお手入れ。

糸井 最後に、革の手入れについて、
少しお聞きしていきたいんですけど。
(笑)なんだか、困ってますね。
細井 お手入れですか‥‥。
籠浦 ぼくが最初に言ってしまうと、
みもふたもないかもしれないですけど、
ぼくは、手入れは一切しないです。
北川 しないね。
細井 しないです。
黒澤 しないですね。
糸井 はあぁー、全員ですか!
籠浦 ぼくの使ってるカバーなんかも、いま3年めですけど、
これ、手入れはいっさいしてないんですよ。
じぶんなりにていねいに使ってるとは思いますけどね。
糸井 なるほどねぇ。
じゃあ、手入れには「栄養を与える」的なものと、
「いじめる」的なものと、2種類あると思うんですが、
まず、「栄養を与える」的なものはやらなくていい、
みなさん、そう思ってるということですね?
籠浦 はい。
細井 まあ‥‥そうですね。
糸井 細井さん、なにか悩んでますね(笑)。
細井 あのう、結局、自己責任で使うもの、
じぶんの、この子に対しての使い方の結果でね。
いや、自己責任というとちょっと言葉が乱暴ですけど、
もう、自分ちの子になったからには、
どう育てようとあなた次第なんですよ、と思うんです。



糸井 あぁ、はい。
細井 ただ、そうだなあ‥‥、
たとえばボールペンでちょっと書いちゃって、
というんだったら、消しゴムで少し、
こしこしやるぐらいの努力をすると思うんですね。
それを、もう1色、たとえば、
上から染料かなんかで染めてしまうというようなことは
絶対にやらないほうがいいと思うんですよ。
やりがちではあるんですけれど。
北川 靴墨を塗ってしまうとかですね。
細井 そう。やっぱりありますよね。
北川 ぼくもそう、おっしゃる通りだと思うんですよ。
「あなた色に染めてください」じゃないけど(笑)、
あなたの使い方によって‥‥。
糸井 そういうことですね。
北川 それが天然の、革の特徴ですよ、っていう。
糸井 そうですか、みなさん、手入れはしない。
でも、そうすると、靴はどうして栄養を与えるんですか?
細井 靴は、下足だからでしょうね、きっと。
糸井 傷むということですか?
細井 多少なりとも、上塗りが必要なんだと思うんですけど。
籠浦 ぼくは靴も何もしないです。
ぼく、靴はすごい好きなんですけどね。
糸井 いや、すっごい人現れたなあ。
一同 (笑)
籠浦 汚れたら、乾いた柔らかいネルの布で拭きますけど、
余計な油をつけたりなんかはしないですね。
糸井 そのことによって、
何が得られて、何が得られないんですか?
籠浦 たとえば、色をもう少し濃くしたいな、
みたいなことがあるとしますよね。
自分の持ってるカバンとかベルトがその色だから、
もう少し濃くしたいっていうときは、
色を塗るのではなくて、ミンクオイルみたいなものを塗って、
色をちょっと落ち着かせるということは、あります。



北川 そうだろうな。
籠浦 でも、ふだんはまったく何もしないですね。
余計なことはいっさいしない。
糸井 はあー。革が乾燥してきたりしませんか。
籠浦 そのときは、保革油を薄めに塗ることはあります。
糸井 保革油。
籠浦 ミンクオイルとか、馬油とか。
そういうのを塗りますね。
糸井 つまり、それを早いうちに塗っておけば、
もっとよくなるんじゃないかと人は思うわけですよ。
籠浦 ぼくもそういう時期はあったんです、実は。
糸井 ああ、聞かせてください。



籠浦 革靴の底の部分に最初に塗っておいたほうが、
「かえり」がよくなるんじゃないかって思ったんですね。
糸井 で、で?
籠浦 たしかに馴染みが早くて、履き心地はよかったんです。
ただ、縫ってある糸とかがけっこう早めに傷んだりしました。
だから、今はやってないです。
細井 たぶん、即席にしたいんだと思うんですよ、きっとね。
早く馴染ませたい。
糸井 ああー。
細井 早く自分のものにしたいと思うんですけど、
基本的には、そんなに早くはじぶんのものにならない。
使って、しごいてこそ、じゃないですか。



黒澤 そう思いますね、ぼくも。
糸井 いや、思いがけず「手入れはしない」ということで、
4人揃っちゃいましたね。
でも、「何かしたい」という気持ちが、
ぼくはベースにあると思うんです。

買った、手に入れた、うれしい。
そこに、「買っただけじゃなくわたしは何かしたい」
っていう気持ちは、やっぱりあると思うんですね。
手入れは必要ないっていうことも、わかりました。
でも、最低限するとしたら、何をお勧めしますか、
という質問には、みなさん、なんと答えますか?



籠浦 ぼくは、ていねいにガンガン使ってください、
ということだと思いますね。
糸井 あぁ、それはいいことかもしれないですね。
北川 それと、もし何かするんだったら、
使った後に乾いた柔らかい布で拭く程度、っていうのが、
正しい革の扱い方だと思います。
籠浦 もし、汚れたらね。
北川 いや、汚れなくてもさ。
指紋があったら、ハンカチで拭くとかね。
いたわるってことかなっていう気がします。
糸井 大事にしてるという気持ちだけあればいいです、
っていうことですね、いわば。
北川 ええ、一番はそこだと思います。
細井 手帳って、持つところのポジションって、
だいたい決まるじゃないですか。
そうすると、手の脂がつく回数が多い箇所が、
ほかより色が変わってくるっていうことも
あるかもしれないですよね。
じぶんは何もしないんですが、
やっぱり全体を均一に経年変化させていく方法を
提案してあげたほうが、
お客さんはうれしいかなと思うんですよ。

で、乾いた布で拭くっていうのは、
たぶん、それを均一にしてあげる行為に
近いのかもしれないなと思うんです。
籠浦 うーん、そんなに手の跡がくっきりっていうのは
あんまりないような気がするんだよなぁ。
だから、ごく自然に、愛着を持って使ってください、
ということじゃないかと、ぼくなんかは思うんですけど。
北川 心をこめて使ってください、と。
そうすると、自分の色に染まりますよって。
革っていうのはそこがいいような気がします。
そうでなきゃ、革じゃなくてもいいんです。
細井 そうですよねぇ、革なんですからね。
北川 それが革なんだよ、って、
ぼくは、そこに戻らない限りは、と思いますよ。



糸井 みなさんのお話をお聞きして思うのは、
なんだろうな、自分なんですね。
つまり、自分に対してのケアをしすぎて、
苦しくなっちゃったりすることもあって。
それを追求するよりは、何が基本だったの、
みたいなことを考えたほうがいいんじゃないか、と。
まあ、人はそれぞれなんですが、
革を選ぶなら、一緒になって育っていく、
と思ったほうが、たのしいかもしれないですね。

でも毎日使っていたら、進み方がどうってことじゃなく、
かならず、いい感じになりますよね。
籠浦 ええ。日々使うものだから、
変化に気づかずに使ってるわけですね。
で、あるとき、ふと気がついて‥‥
糸井 なるほど。
籠浦 というのが、ぼくは「経年変化」だと思うんですよ。
目標があって、そこに力づくで持っていこうというのは、
育てているというのとは、ちょっと違うんじゃないかって。
細井 そうですね。
北川 そうなんだよな。
糸井 それは、鉄腕アトムと天馬博士ですね。
いや、知っている人はほとんどいないと思いますけど(笑)、
「なぜ大きくならんのだ!」って、
身長を測っては、こう、
アトムの頭をガンガン叩いてたんですよ。
一同 (笑)
糸井 アトムがかわいそうと思いましたもん。
北川 毎日見てると、どう変わったかっていうのは、
わからないんですよね。
糸井 写真を撮っておくと、いいかもしれませんね。
北川 買ったときに、ということですか。
糸井 ええ。
そうしたら、ずいぶん違うのがわかると思いますよ。
犬を飼ってるとね、
子犬だったときと成犬になったときでは、
あたりまえですけど、はっきり違うんですよね。
だけど、成犬になってからは
変わってないと思ってるんです、みんなね。
毎日見ていたら、気づかない。
でも実は、成犬になってからも変わっていて、
それは、昔の写真をみるとわかるんですよ。
若い顔してますから。

みなさん、今日はありがとうございました。
お手入れしない、と4人揃っちゃったのは
すごかったですが、でもまぁ、
愛着っていうのがやっぱり革の特徴で、
その愛着っていうものをたのしんでください、
ということですね。
一同 そうですね。

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革について、こんなにも愛情をもって語る人たちが、
だれも手入れをしていない、というのには、
いやぁ、驚きました。
愛情をもって毎日使えば、いい感じになっていく。
この、ごくシンプルな革の極意、
マメじゃないわたしは、ちょっとうれしかったです。
みなさんは、いかがでしたか?
2010年、革カバーを選ばれたかたは、
ぜひ、おろしたての姿を写真を撮ってみてくださいね。
それでは、また。