憧れのピッグスキン。
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細井 |
今年、ピッグがやっぱり、ショックでしたねぇ。 |
糸井 |
ショックっていうのは? |
黒澤 |
いや、いいショックでしょう。
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糸井 |
あ、ニコニコしてますね(笑)。 |
細井 |
もちろんです。
この革は、籠浦さんが探してらしたんですか。 |
籠浦 |
ええ。ぼく、12、3年前に
イタリアのタンナーを何カ所か視察しましてね。
そのなかのひとつがチベット社っていう、
有名なピッグのタンナーだったんです。 |
細井 |
豚革っていったら、チベットですもんね。 |
黒澤 |
そう、そう。
もうヨーロッパ中、豚革といったらチベットですね。 |
細井 |
チベット社の革だと聞いたので、
当然いい革なのはわかってたんですけど、
実際に見てみると、
この薄さで、このボリュームでしょう。
これは、やっぱりすごいなーと思いましたねぇ。 |
籠浦 |
いや、うれしいな。
|
北川 |
ぼくも、今年このピッグが一番ですね。
なかでも、このグリーン。 |
糸井 |
ああ、そうですか。 |
北川 |
ぼく、イタリアの革で、
何色が好きになったかっていうと、
茶色とグリーンなんですよね。
そこから、革のとりこになったというか、
革を好きになった理由のひとつがこの色なんです。
で、日本ではこの色が出ないんですよ。 |
細井 |
日本では、たぶんグリーンの染料が革に合わないんですよね。 |
北川 |
よく、水が違う、気候が違うとか、言われますね。
同じタンナーでも時期によって色がぜんぜん違うこともあるし。 |
細井 |
川の水じゃなくて、地下水を使ってますよね。 |
籠浦 |
そう、地下水でやってますね。 |
細井 |
きっとね、炭酸カルシウムがたくさん入ってるんですよ。
だから、こういう色が出せるんだと思うんです。 |
糸井 |
じゃあ、炭酸カルシウムを入れればいいじゃないか。 |
一同 |
(笑) |
北川 |
いや、どれだけの量を使うかというとですね‥‥(笑)。 |
細井 |
ほら、イタリアでエスプレッソを飲んで、
そこのコーヒー豆を買ってきて日本でひくと、
違うんですよね、飲んでみると。 |
黒澤 |
そう、あれは水が違うんですよね。
|
糸井 |
それ、ぼくは以前、
カレーで付き合ったことはあるんですよ。
その店で食べるカレーをレトルトにするときに、
工場が別の地方にあると、水が変わるでしょう?
その違いが一番大きかったんです。
水って、でかいですね。 |
北川 |
あと、この「しぼ模様」。
ここまできれいなしぼはやっぱりすごい、
このピッグスキンの特徴は、そこですよね。
|
細井 |
わたし、去年「関係者に聞く」という企画で、
「来年の手帳何使います?」と聞かれたときに、
ゴートかピッグで作りたいな、って話をしてたんですよ。
これはやられたなーと思いましたね。 |
糸井 |
ところで、ピッグスキンっていう革は、
日本では、どんなふうな位置づけなんですか。 |
細井 |
日本でピッグスキンっていうと、
ピンク色の食用豚を思い浮かべるんだと思うんですよね。
でも、ピッグはピッグでも種類が違うんですよ。
このピッグって、毛が生えた黒い豚ですよね。 |
籠浦 |
そうです、そうです。 |
細井 |
だから、豚の種類が違うんですけど、
牛肉と豚肉を比較するようなもんでね、
「牛肉のほうが高いのに、
革は、なぜ豚のほうが値段が高いんですか」
みたいな質問って、実際出てくるんです。 |
糸井 |
あるでしょうね。 |
細井 |
牛はからだが大きいけど、豚はこんな小さいから、
革もたくさんはとれないんですけどね。
しかも、この革はポーランドの豚ですよね、たしか。 |
籠浦 |
ええ、ポーランドの、これは猪豚ですね。 |
細井 |
その辺で、たぶん日本人の豚革と牛革の感覚が、
少しこう、ずれているような気がします。 |
籠浦 |
ほんとは日本の豚の革もいいんですけどね。 |
糸井 |
そうなんですか。 |
籠浦 |
ええ、革の質がいいんで、
ヨーロッパでは、日本の豚革も評価が高いんです。
ただ、こんな色は出ないんですが。 |
北川 |
日本の豚は、どちらかというと、
スウェードが多くて、
衣料品に使われてることが多いですね。 |
革小物の「いい仕事」とは?
|
糸井 |
みなさん、革小物を扱っていて
「いい革」だとか、これは「いい仕事」だな、
っていうときの、そのポイントはなんでしょう? |
籠浦 |
北川とぼくは、同じ師匠をもってるんで、
たぶん、同じ意見だと思うんですが。 |
糸井 |
ぜひ聞かせてください。 |
北川 |
革小物は、「漉き」と「きざみ」ですね。
|
糸井 |
「漉き」っていうのは、薄くする技術ですよね。
「きざみ」というのは? |
籠浦 |
角の丸みがきれいに出るように、
革をよせていく技術ですね。 |
北川 |
製品になったときの形っていうのは
このふたつで決まると言ってもいいんです。 |
籠浦 |
これ、2007年から担当させていただいた革カバーの
パーツを全部おさめたファイルなんですが、
こんなふうに、手帳のパーツごとに
全部へりを漉いてあるんです。
革小物って、折り返したり、革が重なる部分を
そのままの厚みでやってしまうと、
そこだけ分厚く段差が出てしまうので、
ひとつひとつ、へりの厚みを薄く漉いていくわけです。
|
北川 |
このへりの部分、0.4ミリとか0.5ミリにしてあるんですよ。 |
籠浦 |
タンナーから工場に革が入る段階では約2ミリの厚さ、
そこから全体を1.2ミリくらいに漉くんですね。
で、1冊の手帳のパーツは16ほどなんですが、
そのパーツのひとつひとつのへりを
さらに、0.4〜0.5ミリになるように漉いてあるんです。
|
糸井 |
まるで、子どものころに組み立てた、
プラモデルのパーツみたいですね。
へえぇ、これが組み立てられると、
きれいなものになるっていうことか。 |
細井 |
やっぱり、革小物とか革製品を見るときには、
「きざみ」が均等に入ってるかどうかは大事ですね。
それから、漉きもそうです。
これなんか、折り返した部分をさわって指が当たらない。
やっぱりいい商品だと思いますね。 |
籠浦 |
この工場は、「漉き」の技術が
よそとは比べものにならないぐらいうまいんです。 |
黒澤 |
いや、ほんとに完成度が高いと思いますよ。
|
細井 |
このファイルを見て、あらためて思うのは、
革小物って、使う人にはおおらかさを提供したいけども、
作る側はすごい緊張感をもって
やっているということですよね。 |
糸井 |
そうですね。 |
細井 |
革という素材の持っているおおらかさと、
製品化するときの緻密さっていうのは、
実は違うものなんですよね。 |
北川 |
違いますねぇ。 |
細井 |
でも、それがクロスしたときに、
いいものができてくるというところは、
たぶんあるんだと思うんです。
一方で、アンリさんのカバーなんかは、
素材のよさ、革のおおらかさを全面にだしていて、
こういう緻密な作業とはクロスはしてこないんですね。
でも、これはこれで、味があって。 |
黒澤 |
味があっていいですよね。 |
糸井 |
同じ革小物といっても、
コンセプトが違うものですよね。 |
北川 |
ぼくなんかは、このピッグとアンリさんのカバー、
「あ、これいいな。でも、こっちも持ちたいな」って、
欲張りで、「両方欲しい」って、思ってしまいますね。 |
細井 |
違うものとしてたのしみたいんですよね。 |
北川 |
そう、異なるものとしてひかれますね。 |
革のお手入れ。
|
糸井 |
最後に、革の手入れについて、
少しお聞きしていきたいんですけど。
(笑)なんだか、困ってますね。 |
細井 |
お手入れですか‥‥。 |
籠浦 |
ぼくが最初に言ってしまうと、
みもふたもないかもしれないですけど、
ぼくは、手入れは一切しないです。 |
北川 |
しないね。 |
細井 |
しないです。 |
黒澤 |
しないですね。 |
糸井 |
はあぁー、全員ですか! |
籠浦 |
ぼくの使ってるカバーなんかも、いま3年めですけど、
これ、手入れはいっさいしてないんですよ。
じぶんなりにていねいに使ってるとは思いますけどね。 |
糸井 |
なるほどねぇ。
じゃあ、手入れには「栄養を与える」的なものと、
「いじめる」的なものと、2種類あると思うんですが、
まず、「栄養を与える」的なものはやらなくていい、
みなさん、そう思ってるということですね? |
籠浦 |
はい。 |
細井 |
まあ‥‥そうですね。 |
糸井 |
細井さん、なにか悩んでますね(笑)。 |
細井 |
あのう、結局、自己責任で使うもの、
じぶんの、この子に対しての使い方の結果でね。
いや、自己責任というとちょっと言葉が乱暴ですけど、
もう、自分ちの子になったからには、
どう育てようとあなた次第なんですよ、と思うんです。
|
糸井 |
あぁ、はい。 |
細井 |
ただ、そうだなあ‥‥、
たとえばボールペンでちょっと書いちゃって、
というんだったら、消しゴムで少し、
こしこしやるぐらいの努力をすると思うんですね。
それを、もう1色、たとえば、
上から染料かなんかで染めてしまうというようなことは
絶対にやらないほうがいいと思うんですよ。
やりがちではあるんですけれど。 |
北川 |
靴墨を塗ってしまうとかですね。 |
細井 |
そう。やっぱりありますよね。 |
北川 |
ぼくもそう、おっしゃる通りだと思うんですよ。
「あなた色に染めてください」じゃないけど(笑)、
あなたの使い方によって‥‥。 |
糸井 |
そういうことですね。 |
北川 |
それが天然の、革の特徴ですよ、っていう。 |
糸井 |
そうですか、みなさん、手入れはしない。
でも、そうすると、靴はどうして栄養を与えるんですか? |
細井 |
靴は、下足だからでしょうね、きっと。 |
糸井 |
傷むということですか? |
細井 |
多少なりとも、上塗りが必要なんだと思うんですけど。 |
籠浦 |
ぼくは靴も何もしないです。
ぼく、靴はすごい好きなんですけどね。 |
糸井 |
いや、すっごい人現れたなあ。 |
一同 |
(笑) |
籠浦 |
汚れたら、乾いた柔らかいネルの布で拭きますけど、
余計な油をつけたりなんかはしないですね。 |
糸井 |
そのことによって、
何が得られて、何が得られないんですか? |
籠浦 |
たとえば、色をもう少し濃くしたいな、
みたいなことがあるとしますよね。
自分の持ってるカバンとかベルトがその色だから、
もう少し濃くしたいっていうときは、
色を塗るのではなくて、ミンクオイルみたいなものを塗って、
色をちょっと落ち着かせるということは、あります。
|
北川 |
そうだろうな。 |
籠浦 |
でも、ふだんはまったく何もしないですね。
余計なことはいっさいしない。 |
糸井 |
はあー。革が乾燥してきたりしませんか。 |
籠浦 |
そのときは、保革油を薄めに塗ることはあります。 |
糸井 |
保革油。 |
籠浦 |
ミンクオイルとか、馬油とか。
そういうのを塗りますね。 |
糸井 |
つまり、それを早いうちに塗っておけば、
もっとよくなるんじゃないかと人は思うわけですよ。 |
籠浦 |
ぼくもそういう時期はあったんです、実は。 |
糸井 |
ああ、聞かせてください。
|
籠浦 |
革靴の底の部分に最初に塗っておいたほうが、
「かえり」がよくなるんじゃないかって思ったんですね。 |
糸井 |
で、で? |
籠浦 |
たしかに馴染みが早くて、履き心地はよかったんです。
ただ、縫ってある糸とかがけっこう早めに傷んだりしました。
だから、今はやってないです。 |
細井 |
たぶん、即席にしたいんだと思うんですよ、きっとね。
早く馴染ませたい。 |
糸井 |
ああー。 |
細井 |
早く自分のものにしたいと思うんですけど、
基本的には、そんなに早くはじぶんのものにならない。
使って、しごいてこそ、じゃないですか。
|
黒澤 |
そう思いますね、ぼくも。 |
糸井 |
いや、思いがけず「手入れはしない」ということで、
4人揃っちゃいましたね。
でも、「何かしたい」という気持ちが、
ぼくはベースにあると思うんです。
買った、手に入れた、うれしい。
そこに、「買っただけじゃなくわたしは何かしたい」
っていう気持ちは、やっぱりあると思うんですね。
手入れは必要ないっていうことも、わかりました。
でも、最低限するとしたら、何をお勧めしますか、
という質問には、みなさん、なんと答えますか?
|
籠浦 |
ぼくは、ていねいにガンガン使ってください、
ということだと思いますね。 |
糸井 |
あぁ、それはいいことかもしれないですね。 |
北川 |
それと、もし何かするんだったら、
使った後に乾いた柔らかい布で拭く程度、っていうのが、
正しい革の扱い方だと思います。 |
籠浦 |
もし、汚れたらね。 |
北川 |
いや、汚れなくてもさ。
指紋があったら、ハンカチで拭くとかね。
いたわるってことかなっていう気がします。 |
糸井 |
大事にしてるという気持ちだけあればいいです、
っていうことですね、いわば。 |
北川 |
ええ、一番はそこだと思います。 |
細井 |
手帳って、持つところのポジションって、
だいたい決まるじゃないですか。
そうすると、手の脂がつく回数が多い箇所が、
ほかより色が変わってくるっていうことも
あるかもしれないですよね。
じぶんは何もしないんですが、
やっぱり全体を均一に経年変化させていく方法を
提案してあげたほうが、
お客さんはうれしいかなと思うんですよ。
で、乾いた布で拭くっていうのは、
たぶん、それを均一にしてあげる行為に
近いのかもしれないなと思うんです。 |
籠浦 |
うーん、そんなに手の跡がくっきりっていうのは
あんまりないような気がするんだよなぁ。
だから、ごく自然に、愛着を持って使ってください、
ということじゃないかと、ぼくなんかは思うんですけど。 |
北川 |
心をこめて使ってください、と。
そうすると、自分の色に染まりますよって。
革っていうのはそこがいいような気がします。
そうでなきゃ、革じゃなくてもいいんです。 |
細井 |
そうですよねぇ、革なんですからね。 |
北川 |
それが革なんだよ、って、
ぼくは、そこに戻らない限りは、と思いますよ。
|
糸井 |
みなさんのお話をお聞きして思うのは、
なんだろうな、自分なんですね。
つまり、自分に対してのケアをしすぎて、
苦しくなっちゃったりすることもあって。
それを追求するよりは、何が基本だったの、
みたいなことを考えたほうがいいんじゃないか、と。
まあ、人はそれぞれなんですが、
革を選ぶなら、一緒になって育っていく、
と思ったほうが、たのしいかもしれないですね。
でも毎日使っていたら、進み方がどうってことじゃなく、
かならず、いい感じになりますよね。 |
籠浦 |
ええ。日々使うものだから、
変化に気づかずに使ってるわけですね。
で、あるとき、ふと気がついて‥‥ |
糸井 |
なるほど。 |
籠浦 |
というのが、ぼくは「経年変化」だと思うんですよ。
目標があって、そこに力づくで持っていこうというのは、
育てているというのとは、ちょっと違うんじゃないかって。 |
細井 |
そうですね。 |
北川 |
そうなんだよな。 |
糸井 |
それは、鉄腕アトムと天馬博士ですね。
いや、知っている人はほとんどいないと思いますけど(笑)、
「なぜ大きくならんのだ!」って、
身長を測っては、こう、
アトムの頭をガンガン叩いてたんですよ。 |
一同 |
(笑) |
糸井 |
アトムがかわいそうと思いましたもん。 |
北川 |
毎日見てると、どう変わったかっていうのは、
わからないんですよね。 |
糸井 |
写真を撮っておくと、いいかもしれませんね。 |
北川 |
買ったときに、ということですか。 |
糸井 |
ええ。
そうしたら、ずいぶん違うのがわかると思いますよ。
犬を飼ってるとね、
子犬だったときと成犬になったときでは、
あたりまえですけど、はっきり違うんですよね。
だけど、成犬になってからは
変わってないと思ってるんです、みんなね。
毎日見ていたら、気づかない。
でも実は、成犬になってからも変わっていて、
それは、昔の写真をみるとわかるんですよ。
若い顔してますから。
みなさん、今日はありがとうございました。
お手入れしない、と4人揃っちゃったのは
すごかったですが、でもまぁ、
愛着っていうのがやっぱり革の特徴で、
その愛着っていうものをたのしんでください、
ということですね。 |
一同 |
そうですね。 |