今日のダーリン

・できるだけコロナのせいにしないように考えようと、
 それなりにがんばってきているつもりだ。
 コロナの時期があるからこそ育っている力もあると、
 ほんとうに思っていることもある。
 
 しかし、慣れちゃいけないと、じぶんに言い聞かせている。
 ほんとに「With CORONA」と言えるのは、
 後遺症のことも心配せず、治せる病気になってからのこと。
 いまがほんとはおかしいんだ、ということを忘れたくない。

 ぼくらのチームにしても、なにがどう弱くなっているか、
 いずれもっと詳しくわかるのだろうとは思うが、
 このままだとまずいよなぁということは感じている。

 家でやっていたほうがうまくいく仕事のことも、
 家族でできることが多くなったことも、
 集中してなにかすることがやりやすくなったことも、
 それはそれで、みんないいと思うし、
 この先も残していきたいこともたくさんある。
 しかし、知らず知らずのうちになくなったことがある。

 流れている匂い、届いてくる音、目に入ってくる笑顔、
 ふいに飛び出す質問、そこに広げられた製作途中の企画、
 試作中の商品や作品、仲間たちの気になるファッション、
 用もないのに盛り上がる雑談、お茶を飲みに行くこと、
 「いっしょに行く?」という誘い、分け合うお菓子、
 会社に来ていると自然に出会うようないろいろ。
 そういうものが、ほとんどなくなりつつある。
 それでもやっていこうと決めたのだから、それはいい。
 
 通りがかりのだれかが、「いいね」と言ってくれたとか、
 「それ、赤いのもつくるの?」みたいな提案や、
 遠慮がちながらの「賛成できない」という意見や、
 そんなことが空気のようにあったから、
 「ほぼ日」の仕事や姿勢があったようにも思えるのだ。
 やるべきことがあって、その空欄を埋めていくようなことは
 いまのままでもできるんだろうけれど、
 「もっと、なんか」が生まれるためには、コロナは困る。
 人って、じぶんの全力を出すよりも大きなことが、
 助け合ってできるという実感、それがほしいんだよな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
愚痴のつもりじゃないよ、どういうふうにか変えたいんだ。