今日のダーリン

・「落ち着いたら会いましょう」だとか、
 「落ち着いたころに行きます」だとか、たくさん言ってる。
 本気で言ってることだから、ほんとになると思う。
 「落ち着いたら」のそのときに、
 すぐ動けるようにと思うと、いま準備をしておきたい。
 いまやっていることをしっかりやっていきたいし、
 近々やってくる「落ち着いたら」の仕入れもやりたい。
 そう考えると、いまはかなり忙しい時期なのだ。
 実際に、やることはこんこんと湧き上がる泉の如しである。
 
 「ほぼ日」をスタートさせたころ、
 ぼくのキーボードの漢字変換で、
 よく「磯が渋ってる」という表現が出てきて困った。
 当然、「忙しぶっている」の変換ミスなのだけれど、
 そんな誤変換がよく出てくるということは、
 そのことばをよくタイプしていたということである。
 ほんとうは「忙しい」と言いたくてしょうがないのに、
 ちょっと見栄を張って平気なふりして
 「忙しぶってる」と言っていたのだろうなぁ。
 あのころ精神的にも肉体的にも忙しかったのは憶えている。
 その理由のひとつが、じぶんでやらなきゃならないことが、
 それまで以上に多かったということだった。
 やりなれない「インターネット」の世界で、
 とにかくじたばたしながら考えたり口説いたり書いたり、
 相談するにもだれにしていいかもわからないし、
 「ヘタな考え」を休ませるひまがなかった。
 ある意味、ずっと「孤独」を感じていたなとも思う。

 それに比べると、いまは目の前に景色は見えている。
 ただ、あんまり広くてでかいので、
 一度に手を付けられるものじゃないということだ。
 小分けして仕事して、つなげて、まとめて、
 再び広い景色を眺めて、また小分けして仕事して…。
 「ほぼ日の學校」が、そんな感じで進行している。
 おおぜいの力や発想をたくさん集めないとできないことが、
 チームの力で、じわじわと実現していくのがすごい。
 「じぶんがたのしいと思ってないことを、
 見てる人がたのしいと感じるわけないですから」とは、
 釣り番組における大魔神佐々木主浩のことばである。
 ほんとにそうだと、大いにうなづいている6月中旬である。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
いまの忙しさは、ぼくらの運のよさであるとも思うんです。