お気に入り記事の保存はアプリが便利!

ほぼ日刊イトイ新聞

2019-12-08

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・「みんな、すごいなぁ、たいしたもんだなあ」と、
 ぼくは、しょっちゅう思っているんですよ、もちろん。
 犬や猫やら赤ん坊やらに対しても、尊敬はあります。
 もともと「たいしたことない」犬や猫やぼくらが、
 それなりに「たいしたこと」「すっごいこと」をする。
 それをするし、それができる、ということが、
 すばらしいじゃないですか、いいねと思いますよね。

 そういうことを前提にした上で、さらに言うのですが、
 そんなに「たいした人」とかいないです。
 立派な人、たいした人、大物、偉人、すごい人に、
 思わせたいという人は、けっこうたくさんいますよ。
 あと、そういう「たいした人」を中心に据えて、
 そのありがたみで、金や権力を集めようという人もいる。
 でも、ほんとに「たいした人」がいるわけじゃない。
 語源は知りませんが、昔のおやじとかがよく言う
 「人間、みんなちょぼちょぼ」という考え(思想)は、
 見事だなぁと、ぼくは思います。
 ぼく自身にも、大好きな人、尊敬する人はいますが、
 「たいした人」と祭りあげるに相応しい人はいません。
 たいしたことをしちゃったり、
 すごいなぁという考えを持っていたりはしたとしても、
 「ちょぼちょぼ」の範囲の人にちがいないと思うのです。 
 そういう範囲を超えてるかのように振る舞うとしたら、
 それは、そうするべき動機や事情があるんだろうなぁ。

 だれか、人のことを、尊敬するまではいいけれど、
 それを「たいした人」だと思わないほうがいいよ、と。
 なんとなく若い人には、伝えておいたほうがいいなと、
 そう考えて、今日の文章、書きはじめたんです。
 その人が亡くなったときに、
 「巨星墜つ」という見出しの似合う人がいたとしたら、
 さすがにそれは巨星なのかなぁ、だれのことだろうか? 
 そんな人、いなかったような気もするんですよね。

 いろんな意味で、「畏怖(おそれ)」につながることは、
 ないほうがいいと思うんです。
 どれだけすごそうな人を見ても、
 「ちょぼちょぼ」から、ここまで歩んできたのか、
 と感じるほうがいいですよね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
星としては「巨星の半径は太陽の10倍から100倍」だって。


ここ1週間のほぼ日を見る コンテンツ一覧を見る



カート