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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-09-23

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・連休中、予定の仕事が進まないままで苦笑いしている。

 「おまえは、いつもお気楽なこと言ってていいよな」
 と言われそうなことを、ぼくはよく言ってると思う。
 なにがお気楽で、どういうことがお気楽でないのか、
 お気楽でないことはえらいのか、お気楽は罪なのか、
 考えはじめるとよくわからないのだけれど、
 長年生きてきて、ちょっとだけわかったのは、
 「無理してでも、お気楽にしていたほうがいい」である。

 ものすごく単純に言うと、必死で叫んでいるよりも、
 お気楽にしている人のところには、
 助け舟が出しやすいということだと思う。
 水におぼれて助けを呼んでいる人が、
 大声で叫ぶわ手足をバタバタさせて水しぶきをあげるわ、
 という状態だったら、助けるにも技術が要りそうだ。
 必死なのはよく伝わってくるけれど、
 助けにいった人にむちゃくちゃにしがみついてきたら、
 ふたりとも共倒れになってしまうかもしれない。 
 そこらへんは、たとえ話のことだから、
 それほど厳密にあれこれ言うことでもないのだけれど、
 たいへんな状況があったり、助け合ったりということは、
 だれにでもよくあることだと思うのだ。
 そんな場面で、「お気楽に見える」ということは、
 「必死さがない」と判断されてしまうかもしれないが、
 実際には「お気楽に見えるけれど真剣」という
 そういう態度だってある…と、わたしは思うものです。

 いやぁ、ぼくはいまとても大変である。
 「考えごとの多重債務」というようなことかもしれない。 
 いい答えを出したい気持ちも強すぎるし、
 たくさんのことを一気に解決したいとも夢みている。
 それはもう、ひとりで森の中で絶叫しているような、ね。
 沼の中心でつかむワラを探しているようなものだ。
 笑え、無理でも笑え、おれよ、もともと泳げるんだから。
 何と何がわかっていることなのか、紙に書き出せ。
 時間割をつくって、空欄を少しずつ埋めてみろ。
 実は「ほとんどできている」のだ、それを知れ。
 無理をしてでも、お気楽に、うまいものでも食え。
 あ、こらっ!ソファに横になるな!寝るな、こら!おれ!

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
でも、この原稿を送るころには、きっと出来ているんです。


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