オマケのタマゴ
稲崎
ひねくれた性格である。
そんなことはとうの昔にわかっている。

じぶんが素直な性格であれば、
どんなに生きやすいと思ったことか。
しかし40も半ばになり、
じぶんにできることはシンプルになった。
この性格を受け入れ、
他人に迷惑をかけないように、
なるべくごきげんな毎日を送ることである。

そんなことを思うできごとが最近もあった。

ほぼ日の近くにある中華料理屋で、
よく麻婆豆腐定食を食べている。
よく、といっても、
1ヶ月1回くらいなので常連ではない。
このお店に、カタコトの日本語で、
元気に注文をさばく中国人のお姉さんがいる。
そこは大きなビルの中のフードコートのような場所で、
じぶんの注文を受け取りにいくと、
そのお姉さんが「オニイサン、オマケね」と、
はにかんだ笑顔でこっそり煮玉子をくれるのだ。
最初の頃は「ときどき」だったのだけれど、
最近は毎回のようにオマケをくれるようになった。

さて、問題はここからである。
その状況を素直によろこべばいいものの、
「えっ、なんで毎回くれるの?」と、
そっちのほうが気になってしまうのだ。
まわりを観察するも誰もオマケをもらっていない。
トイレに行くふりをして他の席を見てまわるも、
煮玉子をもらっている人はいない。
ますます謎だ。なんで自分だけに毎回‥‥。
お姉さん、ぼくのこと、誰かとまちがってる? 
それともこうやって常連をふやす作戦?

こうなると、自意識過剰モードである。
もしお姉さんに気に入ってもらえているなら、
嫌われないようにしないといけない。
気楽になんて行けやしない。
その店に行く準備は朝からはじまる。
ちょっとだけいい服を選び、姿勢をただし、
相手に失礼がないように朝の犬の散歩をしながら
「麻婆豆腐定食をください」と、
滑舌よくメニューを伝える練習をしていたりする。
うん、われながらどうかしている。

あ、いや、先に言っておきますけど、
そこまでして煮玉子が欲しいわけじゃないですよ。
もちろんいただけるのはうれしいですが、
定食の量はけっこう多めなので、
むしろタマゴがあるとお腹的にはキツイんです。
でも、せっかくの好意を無下にしたくないし、
ぼくは煮玉子をあげがいのあるお客でいつづけたい。
ほんとにもう、ただそれだけなんです。

息子にはもっと素直に育ってほしい。
こんなオマケごときで、
心を乱されるような大人になってはいけない。
でも、仮の話として、
もし息子に同じ悩みを相談されたら、
ぼくはきっとこんなアドバイスをすると思う。

「人がやさしくしてくれたら、
まずは笑顔で『ありがとう』って、
ちゃんと感謝を伝えたらいいんじゃない?」

‥‥そうか、それをじぶんがやればいいのか。

で、先週、その店に行ってきました。
オマケが出てきたら、照れずに、
きちんとお礼を伝えようと思ったんです。
ところが、じぶんの番号が呼ばれ、
いつものように麻婆豆腐を取り行くと‥‥
オマケの煮玉子がない!

いやいや、それがふつうなんです。
だってオマケなんですから。なくて当たり前なんです。
おい、おれ、煮玉子を探すんじゃないよ。
おちつけ。気にするな。そんな日もあるさ。
‥‥と、あきらめかけたそのとき、
例のお姉さんが素早い動きでやってきた。
「オニイサン、マッテマッテ、コレ、オマケね」と、
小皿に乗せた煮玉子を持ってきてくれたのだ。

「アジ、シミテナイケド、ヨカッタラドウゾ」

それは煮玉子ではなく、ゆで卵だった。
ぼくはわけがわからぬまま反射的にお礼を言った。
そして、いまがチャンスとばかりに、
まわりに人がいないのを確認してから、
ちょっと小声で、でも滑舌よくこう伝えた。

「いつもオマケ、ありがとうございます。
タマゴ、うれしいです」

それを聞いたお姉さん。
おやっ、とちょっとおどろいた顔をしたあと、
へへへ、と笑ってくれた。


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