シャンソンって、フランスのふるい歌ですよね?
なーんて思い込んでいたら、もったいない。
それは、日本の歌謡曲の中にも流れ込んでいて、
いまもたまらない魅力を放っています。
たとえば、中森明菜さんの「難破船」の中で。
なかにし礼さんのつくった多くの歌の中で。
シャンソンのDNAみたいな何かが、
ぼくらの大好きな歌の中で、生きているんです。
そのあたりの尽きせぬテーマについて、
「神野美伽さんが歌う はじめてのシャンソン」
をやろうと言い出した画家の笹尾光彦さんと
糸井重里を囲んで、おしゃべりしました。
担当は「はじめてのシャンソン」係の奥野です。

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第7回  歌は「息」

──
今回、シャンソンの取材をやっていると、
越路吹雪さんの全盛期である
60年代とか、
日本でシャンソン華やかなりしころって、
テレビやラジオから
いろんな「歌」が街の中へあふれてきて、
みんなが、
それを聴いていたんだなあと感じました。
笹尾
そうなんですよ。
シャンソンって、みんな知ってるんです。
──
いまでは「敷居が高い」と思われている
シャンソンも、もともとは
みんなが大好きで聴いていた曲だった。
越路吹雪さんのシャンソンコンサートも、
2ヶ月間、劇場を一杯にしていたとか。
糸井
いろんな歌が同時に鳴っていたんだよね。
──
だから、この企画を通じて、
これまで、耳にイヤホンをしていたら
聴こえてこなかった歌を、
もっともっと聴きたいなあと思いました。
糸井
そういえば越路吹雪のマネージャーって
作詞家もやっていた岩谷時子さんだけど、
そういうのも、おもしろいよね。
元宝塚の役者と座付き作家が1対1でさ。
ある日ひとりの踊り子がここにいました、
みたいなことじゃない、つまり。
──
岩谷さんは、
宝塚のつくっていた雑誌の編集者のときに
14歳の越路吹雪さんと出会って、
越路さんが宝塚を辞めて歌手になるときに、
岩谷さんも一緒に宝塚を出て‥‥。
糸井
すごいなあ。

──
シャンソン歌手のソワレさんにうかがった
お話ですけど、
急きょ誰かの代役に指名された越路さんに
「この歌はどう?」って
黛敏郎さんから提案されたのが
エディット・ピアフの「愛の讃歌」で、
岩谷さんは、
その訳詞を一晩で書きあげた‥‥そうです。
糸井
いまの話そのものがもうシャンソンですよ。
本当にフランスで起きた話みたい。
岩谷さんは、加山雄三のヒット曲の作詞も
ずいぶん書いてるんだよね。
作曲は弾厚作つまり加山さんご本人だけど、
あのみごとな詞は、岩谷さん。
──
ああ、そうなんですか。おもしろい‥‥。
糸井
「君といつまでも」に出てくる
「しとねにしておくれ」の「しとね」って、
「ベッド」のことだからね?
──
歌詞って、すごい‥‥ということを、
シャンソンとか日本の昔の歌謡曲を聴くと、
しみじみと感じます。
糸井
ただ、ぼくは、
誰かの散文をシャンソン歌手に歌わせても、
感動するんじゃないかと思うよ。
シャンソンは「詞が命」って話も出たけど。
──
突き詰めれば「人」ということですか。
糸井
もっと言えば、その人の「息」‥‥かなあ。
笹尾
息! すごいなあ(笑)。そのとおりですよ。

糸井
うん。人であり、声であり、息である‥‥
というか。
子どもがうわんうわん泣いてる声だって、
あれは「息」そのものじゃない。
歌ってたぶん、そこに「秘密」があるよ。
──
弘田三枝子さんの「人形の家」も、
糸井さんのおっしゃる「息」だったんだと、
いま、ハッと思いあたりました。
サビの
「わたしはあなたに命をあずけた」の前後、
歌い出す前の息、歌いきったあとの息‥‥。
糸井
でも、その「息」に自信がありますって、
「人形の家」みたいに
竹内まりやの「駅」を歌ったら、
トゥーマッチだよね。さっきも言ったけど。
やっぱり、「駅」は竹内まりやがいい。
もっと言うと、徳永英明の「駅」がいい。
そこに「心」がありすぎないから。
心があると、あの歌、ダメになるんだよね。
でも、その徳永さんにも、
徳永さんの「息」が、あるんだよね。
──
となりの車両から横顔を見つめる歌ですね。
「駅」って。
糸井
そう。で、美空ひばりは、やっぱりすごい。
いろんな歌を「え、よくないんじゃない?」
くらいに歌ったりもするんだけど、
それ込みで「美空ひばり」の説得力がある。
あとは、ちあきなおみかなあ。
さっきも話に出た、
ニューオーリンズの黒人娼婦を歌った歌の
「朝日のあたる家」とかも歌ってるし。
──
シャンソンの「アコーディオン弾き」とか、
「ラ・ボエーム」なんかも歌ってますね。
糸井
秋元順子さんもいいし‥‥。
ぼくがつくった前川清さんの「初恋」って、
年を取ってから不倫をしたり、
夫を捨てて逃げたりする女の歌なんだけど、
「初めての恋を初恋といいます」
って、いちばん最初に言うんだけどさ。
笹尾
ああ、すごいなあ(笑)。
──
「初恋 Love in fall」。
人生の秋に、はじめての恋‥‥という。
糸井
あれをつくったとき、
秋元さんが少し念頭にあったんだよね。
笹尾
歌の話って、本当に尽きないですねえ。
糸井
尽きないです(笑)。
ぼくは「歌」が好きなんですよ。
歌についてなら、いつまでも話せると思う。
笹尾
本当にそうだと思う(笑)。

糸井
そういえば、「笑っていいとも!」に、
会場の100人に聞くアンケートで
1人だけ「はい」だったら賞品がもらえる、
みたいな企画があったでしょ。
ぼく、2回あてたことがあるんですけど。
──
えっ、すごい。あたるんですね、あれ。
糸井
あたったの。そのうちの1回は、
「カラオケではもっぱらシャンソンを歌う」
だったんです。
そう聞いたら、
会場で1人だけ手を挙げた人がいた(笑)。
笹尾
うれしかったでしょう。
糸井
うれしかったです(笑)。
で、それをきっかけに、ぼくもカラオケで
シャンソンを歌うようになったんです。
もっぱら、ではないけど。
──
あ、でも、シャンソンを聴くようになると、
ちょっと歌いたい欲も出てきますね。
糸井
みんなが油断しているときに、
急に「愛の讃歌」とかをやるといいんだよ。
一人芝居みたいに。
けっこうウケるし、自分も気持ちがいいし。
みんな笑うんだけどさ、
心の中では「俺もやってみようかな」って、
思ってると思うよ?(笑)

(終わります)

2025-10-23-THU

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