HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督 2018・はじめての3年目編
オリックスで日本一に輝き、
メジャーリーガーとして
ワールドチャンピオンを二度も経験。
引退後はNHKの解説者として
あちこちの球場を飛び回っていた
「野球の人・田口壮さん」が、
2016年、満を持して、
オリックス・バファローズの
二軍監督に就任されました。
指導者になってはじめて体験する、
うれしさ、つらさ、たのしさ、難しさ....。
「書けるプロ野球選手」として知られ、
現役時代から著作も多い田口さんに、
「はじめての二軍監督」のことを
じっくり書いていただきます。
シーズンを重ねてもこのタイトルで、
どうぞよろしくお願いします。
プロフィール これまでの田口壮さん
登場人物紹介
28 最終回・見ること。気にすること。

2018年、野球を教えてくれた父が亡くなり、
愛犬の一匹もあとを追い、
別れを噛みしめる間もなくシーズンが終わりました。
しかし、いつの間にか
14歳の息子の背丈は僕に追いついて、
来季、一軍の「野手総合コーチ兼打撃コーチ」を
させていただくことが決まりました。

失うものも、得るものもある中で時間は勝手に、
そして力強く流れていきますね。

それにしても
「野手総合コーチ兼打撃コーチ」とは
肩書きが長いのです。

「なんて呼ばれてるの?」とヨメに聞かれて‥‥。

「んー、『田口さん』かなあ」

「『コーチ』は?」

「ないなあ」

「『野手総合!』は?」

「そんなやつはもっとおらん」

なんて呼んでもらってもいい。
チームが強くなればそれでいいのです。

二軍監督を3年間させていただいて、
ついに一度もファンの皆さんに、選手に、
優勝を経験してもらうことができませんでした。
数字で順位を追えば、5位→4位→3位、
おお、上がってるやないか、
などと無邪気に喜べません。
このまま来年2位になる、
再来年優勝する保証はないのです。

結果がすべてのこの世界。
僕は監督として、
チームとしての結果を残せなかったことを、
この場をお借りしてお詫びいたします。

一方で、自分にとっては
大変貴重な経験をさせていただきました。
「いかに人を見るか」という
人間観察に明け暮れた3年間。
一軍と二軍の間を結ぶ中間管理職として、
報告、連絡、相談の「ほうれんそう」を
徹底するための方法は、
相手の性格によって千差万別に変化する
ということを学びました。

コーチや選手、一人一人の
個性に合わせた取り組みが必要で、
そのために「人を観察する」。
自分の形を相手に押し付けて
納得させるのではなく、相手を理解したうえで、
その人にとって一番適した言葉や態度を
見せなければ、伝わるものも伝わらないと。

そうやって選手たちに一番汲み取ってほしかったのは、
「見ること。気にすること」の大切さです。

この3年間、若い選手たちには
「目配り、気配り」という
習慣を学んでもらいました。
たとえばグラウンドに転がっているボール、
ロッカーで倒れているスプレー缶を、
見逃すか、もしくは見過ごすか。
それとも気にして拾ったり、きちんと立てたりするか。
そういった小さな行為は、
その選手にとって大きな成長につながっていくのです。

今更プロ選手にそんなこと言うの? 小学生の子育て?
とご指摘を受けそうですが、当たり前のようで、
案外できていない選手が多いのも残念な実態。

埃の上を人差し指でつーっと撫でて、
「掃除したって言ってるけど、
こんなにまだやり残しが‥‥」などと
嫌味を言うドラマの中の姑、
きっと若い選手たちは僕のことを
そんなふうに思っていたかもしれません。
だって、僕のロッカーが
めちゃくちゃ整理整頓されてるわけでもないし、
むしろ汚い。なのに人に言い続ける。

しかし、グラウンド、ベンチの中、
みんなで使うロッカールーム全体。
こういった公共の場所への
「気づき」こそがまずは第一歩です。
バッティングや守備とは
技術的にまったく関係ないようでいて、
実はつながっている。
何事にも気づくことができれば、
いずれはそれが目先のことのみならず、
広い視野に変わっていきます。

バッターボックスや守備位置で、
それまで見えなかったものが見え、
気づかなかったことに気付くようになるのです。
相手の動きが見られるようになるのはそこから先、
つまり、二軍にいる選手は、
プロとして相手と戦うレベルに
まだ到達していないことが多いのです。

たとえば風呂場の入り口に脱ぎ捨てられたスリッパを、
最初のうちは「言われたから」、
「義務感で」揃え直していても、
そのうちバラバラである状態に違和感を抱き始めます。
すると、寮内だけではなく、他の場所でも
脱ぎちらかされたスリッパが気になり始める。
こうなってくると、
スリッパは最初から揃えて脱ぐようになるし、
スプレー缶は使ったあと投げずに立てる。
こうして「気づき」は広がっていきます。

目線や気持ちを張り巡らせることは、
プロ野球選手にとって大切な要素ですが、
二軍にいる若い選手にはなかなかそれができません。
自分自身を含め、目先のことで
いっぱいいっぱいになっているからです。

僕が徹底したのは、
こういった「意識の広がり」の植え付けでした。
一軍に上がっていった選手も、
二軍で挑戦し続けている選手も、
そして退団していったかわいい教え子たちも、
この三年間で選手たちの視野は
ずいぶん広がったと実感しているし、
いつかこの経験が、それぞれの場所で
実を結ぶと信じ、願ってやみません。


これにて、「はじめての二軍監督」も終了。
僕のたくさんの「はじめて」を支えてくださった、
糸井さん、スタッフの皆様、
そしてほぼ日読者の皆様の暖かな励ましに
感謝の気持ちでいっぱいです。
「はじめての野手総合コーチ兼打撃コーチ」で
お会いしてもしなくても、球場で、街で
出会ったらぜひ声をかけてください。

僕らはこれからも「ほぼにちわ」でつながりつづけます。




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2018
28 最終回・見ること。気にすること。 2018-12-12 更新
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03 選手に一軍昇格を伝える 2016-02-09 更新
04 しっかり答える野球のQ&Aシリーズ ピンチのときは、どうすれば? 2016-02-16 更新
05 はじめての試合 2016-02-28 更新
06 トレーナーからの報告 2016-03-13 更新
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