HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督
19 4年ぶりのマメ

「こんなに練習してる選手を久しぶりに見ましたよ」と、
田中マネジャーが笑います。
宮崎で行われていたフェニックスリーグから神戸に戻り、
本格的なオフシーズンに突入した。
といってもお休みではなく、試合がないだけのこと。
すなわちひたすら練習の毎日です。

この秋、高知に行かない居残り組は目の色が違う。
惨憺たる結果を自覚して、
ひっくり返すためにすべきことは、
ただひとつ練習あるのみです。

理屈や理論以前に、
野球を身体に叩き込むまで動き続けるしかありません。
どれだけ時代が進んで効率的な時短が流行ろうとも、
旧式だと言われようとも、あまりのきつさに、
メニューを組むコンディショニングコーチが
選手から憎まれようとも、
じっくり練習以外に答えはないのです。
早朝から、気が付けばもう真っ暗、という毎日で、
時間があまりにも足りません。
けれど時間が足りない、
と感じられるような練習ができている、
という喜びもあるのです。

僕のてのひらには、現役以来4年ぶりにマメができました。
さらにそのマメが剥けたとなると、
もっともっと昔の自分にさかのぼります。
来季から、あくまでも辻打撃コーチの
アシスト的な位置づけではありますが、
バッティングも見ることになったため、
このオフのバットは、よく見かけるイメージの
「監督が杖代わりに寄りかかる」ものではなく、
振るためのもの。
ひとたびバットを持てば、
1時間休まず1000球近くのノックとなるし、
受ける選手は1人の完全マンツーマンです。
選手も疲れるだろうが、アラフィフの僕もつらい。
家に帰るとぐったりして、ソファーと同化するばかりです。

野手が少ないので、
ランニングだって選手とぴったり一緒です。
選手からすると完全監視下ですからとっても嫌でしょう。
ともあれ、オリックスの
カンフーパンダ・奥浪選手と一緒に走り、
どうやったら効率よく脚を運べるか、
坂道の上り下りは、などとあれこれ話しながら、
じっくりと練習の基本に戻っていきます。
10キロ近くを走り終えれば、選手も疲れるだろうが、
アラフィフの僕も以下同文。

ここに至るまでの一か月程は、
頭の整理がなかなかできませんでした。
戦力外通告を受けた選手たちと、最後の挨拶をかわす日々。
ただ見送るしかできないのは、
この世界では仕方のないこと、とはいえ、
1年間我が子のように思いをかけた選手ばかりです。
同時に、退団や配置換えで
去っていくコーチングスタッフがいます。
指導者として僕よりずっと先輩だった彼らは、
新人監督を盛り立て、支え、そして何より導いてくれました。
その一方で、来季から一緒に仕事をする人たちが
続々とやってきます。
「さようなら」「元気でな」「ようこそ」「よろしく」
相反する挨拶が同時進行で飛び交って、
頭の中はぐるぐる回りっぱなし。
しかし寂しさを引きずってばかりもいられず、
目の前の今とこれからを見据えるしかありません。
頭を切り替え、前を向く。
さもなければ、心の置き所がなくなってしまうでしょう。

こんな時、気持ちの切り替えに
大いに貢献してくれるのが、新しい風です。
今シーズン限りで引退し、
二軍の投手コーチに就任した小松聖もと投手は、
選手たちから驚きをもって迎えられました。

ほんの1か月ほど前は、若い投手たちにとって
優しく暖かなお兄さんのようだった小松投手。
現役引退直後のとれとれぴちぴち状態ですから、
選手と一緒にランニング、なんていうレベルではなく、
ダッシュもするのです。
目を付けられた、もとい、特に厳しく教えられている
セナ(佐藤世那投手)や佐野皓大投手に、
「まだだ!」「もう一本だ!」と
息つく暇も与えず、ともに走る。
しかも、なんということでしょう。
時々小松コーチが勝っているではありませんか。
ふたりがどれだけへとへとでも、
涼しい顔で「ほら、早く!」と急き立てる様は、
(もしかして小松さんあんまり厳しくないんじゃないか)
なんていう大方の予想を激しく裏切る鬼コーチぶりで、
優しいけれど、ちっとも甘くはなかったのでした。

寒くなってきた神戸は、
室内など凍えるような冷え込みです。
今日からはレッグウォーマーも使い始めました。
けれどその中にあって、選手たちも、コーチたちまでもが、
一体となって身体から季節外れの熱気を発散し続けています。

だから暖房がまだつかないのでしょうか‥‥。




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