HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督
20 鬼コーチ、
		復帰?

一軍、二軍ともに秋季キャンプを終了し、
いよいよ本格的なオフがやってきました。
今後は球団行事などに参加しつつ、
来シーズンを見据えることになります。
もっとも、オフこそが己との戦い。
どこまで自分に厳しく過ごせるかが、
来年の動きに大きく関わってくるはずです。

それにしてもファームの選手たち、
よく練習しました。よくついてきました。
はじめの頃はへとへとになって
口数も少なくなっていた90分間走後も、
最終日にはどこか余裕を感じさせるのです。
「もう無理っす! もうダメっす! 限界です!」
と訴えてくるので、
「限界やったらその場に倒れとるやろう?」と言うと、
「あ、そうか‥‥」と照れ笑い。
もう無理、もう限界、を気軽に口にすると、
言霊のように自分にリミッターをかけてしまいます。
特に今の若い選手は、大きなものを追いかけず、
「そこそこできていればオーケー」という、
どこかこぢんまりした
安全第一世代に思えて仕方ありません。
「おれらは、こんなやれるんだ」
「ホンマは、ここまでがんばれるんや」と、
この秋の練習漬けの日々が、
彼らの自信につながっていることを信じてやみません。

そんな選手たちにとって、
さらに僕にとっても大きな意味を持つのが、
大先輩である弓岡敬二郎・二軍育成統括コーチの加入です。

通称・弓さんです。
厳しいのです。恐怖の大魔王です。
僕が入団したころは、
誰よりも怖いコーチとしてチームを引き締め、
弓岡さん、という名前を聞いただけでも
震え上がるような存在でした。
自ら怖がられ役を買って出ているような節もあり、
その目の前では自然と背筋が伸びてしまうのです。

その弓さんがファームにいらっしゃる。
練習は胸をはれるほど厳しいけれど、
やけに和気あいあいとしている二軍を見て、
弓さんは何を思うでしょうか?
「なんやこの雰囲気はあっ!」
などと叱り飛ばされるでしょうか?
迫力ある姫路弁の説教に、
僕たち全員が首をすくめるでしょうか?
何しろ選手たちはともかく、僕たち監督コーチ陣、
ほぼ全員が弓岡さんのかつての教え子なのです。

笑顔がのぞく練習を、僕は決して悪いこととは思いません。
大切なのはオンオフの切り替えであり、
みんなで盛り上がっていく、という雰囲気は、
チームの結束にもつながります。
そしていままさに、ファームのムードが
その方向に進んでいる最中での弓さんの加入。
昔の野球選手にとって、笑顔を見せるなどご法度です。
それを弓さんはどう受け止めるでしょうか。
一歩間違えれば、仲良しごっこになりかねない、
というわずかな危険性を排除するために、
野球の神様が弓さんを遣わしてくれたのかもしれません。

かつて内野手だった僕にとって、
阪急の弓岡選手といえば、憧れのまとです。
若くして引退し、その後指導者として
長く球界を支えていらっしゃいます。
弓さんの野球理論を、技術を、
どれだけ吸収することができるかは、選手たちにとって、
今後の野球人生を左右しかねない絶好のチャンス。
その一方で、弓さんが
ほんわかしたずっと年下のコーチ陣の中で
戸惑ったり、浮いたりしないよう、
両者のいいかすがいになることが僕の役目です。

と、実際に弓さんがグラウンドにいらっしゃる直前まで
あれこれ思っていたのですが。

もう。

ぜーんぜん。

杞憂でした。

っていうか、弓さん、めちゃくちゃ優しいじゃないですか!
あの、僕をしごきまくった
鬼の弓岡はどこにいったんすかあー!
他のコーチにいじられて、わろてはる‥‥
弓さんを平気でいじれるコーチの若さが怖過ぎる。

ノックにしても、僕のほうがえげつないのです。
弓さんが思いやりをもって打つノックの横で、
僕は横を見ながら、
「おりゃあああ、昔は、こうやったんじゃああ!」と、
かつての鬼コーチを真似して
選手を休ませまいとすれば、弓さん、苦笑いです。

こんなふうに、本当に自然に、
弓さんは僕らの位置まで下りてきてくださいました。
年下の僕が監督のチームで、
そのコーチを務めるというのは、
いろんな意味で難しいと思うのです。
しかも、かつてここで監督もされているのです。
しかし、弓岡さんのプライドは、
もっと深く大きいものなのでしょう。
そんな存在を得ることは、
今までひっちゃきになり、
自分がどうにかしなければ、と思ってきた僕にとっては、
初めて得た寄りかかれる存在であり、
どれだけの心の支えになるかわかりません。

ある日の帰り道、
「監督は早よ帰らなあかんで」と言われました。
僕がいつまでもグラウンドにいることで、
コーチたちは僕に気を遣い、僕のやりかたを優先します。
また、自分たちが主導してコーチングをする
という意識や意欲を失いかねないのだと。

すべて自分で抱え込もうとせず、
「スタッフを信じて、任せる」は、
今まで僕が出来ずにいたことでした。
意識的にグラウンドを離れてふと見てみると、
なるほど、その言葉の意味がよくわかります。

かといって、弓さんを置いては帰れません。
「僕も早く帰りますから、弓さんも一緒に帰りましょう」
と提案したところ、
「俺は帰れんよー!」と一蹴です。

じゃあ僕も帰らない、っと。




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