HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督
9 しっかり答える野球のQ&Aシリーズ
イップスは克服できますか?
Q

田口壮監督へ

初めまして。
私は浩二と申します。

今まで、誰にも相談したことのないことを、
田口監督に伺ってみたいと思い、メールを送ります。

私は小、中、高、そして草野球も経験しました。
でも、ほとんど補欠でした。
声は人一倍大きかったですが、下手でした。
「試合には出てみたいけど、
 打てなかったらどうしよう、
 エラーでもしたらどうしよう」
と思うと、補欠でいることに、
どこかで安心するような弱気な選手でした。
そして、最終的には、
イップス(※精神的な原因により、運動選手が
思い通りのプレーがまったくできなくなる現象)
になりました。

「ボールを投げるのを失敗したらどうしよう」
そう思うと、
まさにその考えが原因となって、体が固まり、
ボールはとんでもない方向へと飛んでいきました。
試合中にそれが起こり、
ランナーが三塁に進んだ日のことを今でも覚えています。

巨人ファンである父は、
広島の山本浩二さんから頂いて、私を浩二と名付けました。
私にも去年息子が生まれたのですが、父のやり方に習って、
黒田博樹さんから頂いた名前を漢字違いでつけました。

野球が好きです。

息子が大きくなったら、
キャッチボールをしたいなと思うのですが、
恐くてボールを投げる練習すらできません。

今まで、たくさんの選手を見てきた田口監督であれば、
プロの方々が、どんな風に恐れを克服してきたのか、
詳しいのではないかと思います。

どうしたら、
ボールを普通に投げることができるようになりますか?

よろしくお願いします。

(浩二)


A

浩二さん、こんにちは。

そうですか、イップスになりましたか。
ずいぶんしっかり野球と向き合ったんですね。
補欠でいることを心から安心する人は、
イップスにはなりません。
ならなければそれが一番だけれど、
うまく投げられなかったらどうしよう、
と突き詰めて思い悩んだ結末なので、
いわばイップスは
「野球に生真面目すぎたで賞」かもしれません。
僕も新人の頃、同じ賞をいただきました。

残念ながらイップスはそう簡単に治りません。
実のところ僕のイップスも、
引退した今ですら完全には治っていないのです。
ごまかし方や、開き直り方や、
うまくいかないことを他の何かのせいにする、
なんていうズルい技を覚えたおかげで
プロ人生を全うできただけです。

わたくしごとですが、
うちの12歳の息子・寛(かん)は、
この春軟式野球を卒業し、硬式野球に進みます。
いよいよ「かっこいいおやじ」の見せ所でしょうか?
しかし残念ながら僕はもう、
引退間際に痛めた肩の影響で、
寛より「いい球」を投げることができないのです。

よく少年野球のコーチングをするのですが、
その時デモンストレーションで見せるスイングでは、
絶対に「びゅうん!」と
いい音をたてて振ろうと思っています。
その振りの強さ、速さに、
子供たちが「うわ、すげえ!」と思ってくれれば、
「プロってすごいんだなー」という
憧れにつながるかもしれないからです。
 

一方、キャッチボールはまた別物です。
びゅうんと胸元にストライクを投げ込むことが
果たしてかっこいいのか?
息子より強く速く投げれば尊敬されるのか?
そういったイメージは、
もしかしたら父親側が勝手に作り上げた
「こうでありたい、こうでなければ」
というかっこよさなのかもしれません。
「見ろ、パパはすごいやろ」という姿を見せたい、
本当はきっと僕もそんなおやじのひとりです。

けれど、少年野球を教えるに当たって、
僕が必ず子供たちに言うのは、
「キャッチボールは思いやり」だということです。
かっこよくいい球を投げられれば、
それはそれに越したことがない。
でも、そこに相手への思いやりがなければ、
ただの自己満足で終わってしまいます。

「受け取りやすい場所に投げたかな」
「受け取りやすいスピードかな」
そんなふうに、相手を思いやる心こそが
キャッチボールのすべてです。

もし、そう思っているにも関わらず、
昔の受賞歴のおかげでボールが
明後日の方向に飛んで行ったとしても、
「思い」は必ずボールに乗っています。
そしてそれは不思議と、絶対に相手に伝わるものです。

僕はそんな思いを込めて、
寛とキャッチボールをしています。
浩二さんもぜひ、
父子のキャッチボール、楽しんでください!




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