HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督 2018・はじめての3年目編
27 ラオウ! 仙台や!

早いもので、今季の前半戦が終了しました。
このところ時間の経過が異様に早く感じられて、
「もう7月か」と思うに至る感覚が、
明らかに以前より短いのです。
「あらもう戌年?」と言ってのけた
義母の境地にはまだ達していません。

その前半戦の締めくくり。
「野球を見ていて鳥肌が立った」のはいつ以来でしょう。
前日二軍の舞洲から飛び立っていったばかりの
杉本裕太郎選手が、仙台での一軍戦で即スタメン起用され、
満塁ホームランを放ったのです。
だいたい、1アウト満塁などというチャンスで
打席が回ってくること自体、
舞台は整っていた、というか「持ってた」のです。
フルスイングの球が伸びて伸びて、
バックスクリーンに飛び込んでいく軌跡といったら。

190センチの長身で、
あだ名は憧れの『北斗の拳』から「ラオウ」。
この呼び名は、彼の名字が「杉本」であるという事実が
忘れ去られようとしているほど、チームに浸透しています。
大柄な身体で、必死でひたむきで、
でもどこか少し抜けていて、それが憎めないラオウ。
若手の成長が著しい近年、
周りがどんどん一軍に上がっていく中で、
差をつけられたような焦りがあったことでしょう。
打撃不振の今シーズンは、何度もやってきては、
「どうしたらいいのか」と質問をぶつけてきました。

「どうしたら、試合に出られますか」

ラオウの質問は、いつだって直球です。

「聞かれればなんでも答える。
けれど、今、そうやって必死で自分で考えて、
あれこれ試している時期やろう。
それを突き詰めていけばいい」

僕はそう答えるのみに留めました。

野球選手の成長には、
「言われたことができるようになる」だけでなく、
「自分でものを考えられるようになる」ことがとても大事です。
あまりにも指示ばかり与えられていては、
いつしか自力で状況を読むことができなくなってしまいます。
僕としては、彼の自立を大きく見守る立場でありたい。
そのために彼が、
(なぜ監督は自分に声をかけてくれないのか)と
思っていたとしても。

自ら考えながらラオウは、
何度も何度もコーチ陣に居残り練習をしてもらい、
さらに自分だけでも残って打ち込み続けました。
スタメンはおろか、
代打でも試合に出られないもどかしさを
バネにしているうちに、
「どうしたら、試合に出られますか」という、
どこか人任せな質問が、
「こうしなければ、出られない」という
考え方に変わってきていたかもしれません。

ちょうどそんな前半戦最後の試合は、
相手が左ピッチャーでした。

(ここまで、ラオウには全然チャンスをあげられなかった)
とふと思い、先発ラインナップに加えたところ、
ヒットを3本連続で打った彼。
その試合をテレビで見ていた一軍から
「すぐにラオウをこっちに寄越して」と連絡が入り、
試合途中、絶好調であるにも関わらず、
途中交代での仙台(一軍の楽天戦)行きとなったのですから、
運命はどう転がっていくかわかりません。

この話には余談があります。

試合中、3本目のヒットを打ち終わったラオウを呼んだ僕が、
「ラオウ! 仙台や!」
と声をかけると、
「ハイッ!」と元気な返事。

「詳しいことはマネジャーに聞いてくれ!」と僕。

「ハイッ!」とラオウ。

いつだって、一軍に選手を送り出す気持ちは最高です。
しかし、ふと見ると、
ラオウがフットガードやエルボーガードをつけて、
4打席目の準備をしているではありませんか。

「おいっ! ラオウっ! 仙台や!」

「ハイッ!」元気に返事しつつも何やらいぶかしげな彼。

「えーと、仙台、ね? すぐ、移動してね?」

「センター、ですよね?」

「はい?」

「センターに入るのかと‥‥」

じゃあお前はセンターの詳細を
田中マネジャー(もと外野手)に
聞きにいくつもりやったん‥‥?




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