ほぼ日WEB新書シリーズ
人を表現するのに、
天才だの達人だの鬼だの名人だのという
冠になるような言葉があるのだけれど、
米原万里さんのような人は、
どう言われるのだろうか。
高等数学の記号を扱うような
細密さで言葉をあつかい、
しかも笑顔のような見えない言葉も見逃さない。
米原さんの本を読んでいたら、
すごい人だなぁということはわかるのだけれど、
じかにお会いして、正直言って、ぼくは圧倒された。
こういう人に会うのは、初めてのことだった。
米原さんの冠が、
天才なのか達人なのかわからないけれど、
数十年後にも確実に残っている人なんだろうなぁ
ということは、つくづく思った。
そんなぼくのショックが、
伝わってくれたら、おもしろいんだけど。
────糸井重里
第17回
日本の特色を聞かれたら
米原 外国人に自分の国について話す時は、
相手によって、違いますからね。
でも、日本にやってくると、まず、
「水道の水は飲めるか」ってすぐ聞かれます。

日本にやってきた人にとっては、
「ミネラルウオーターを買ったほうがいいか、
 水道の水を飲んでもいいかどうか」
というのは、だいじなことでしょう?

そうすると、
「ああ、日本の水道水はだいたい飲めますよ」
っていいますね、大阪は別にして。
糸井 ちょっと自慢ですね。
米原 自慢です。
「日本という国は非常に工業先進国で
 開発が進んでいるけれども、
 日本の総面積の85%は山で、
 だから、水が汚れる暇がない」と言います。
糸井 斜めだからですね。
米原 そのことで、
日本という国が、ちょっとわかるでしょう?
糸井 結果的には、ぼくの言っているのと
同じようなことをいって‥‥(笑)
米原 そうなんです。
糸井 ぼくは、今、農業の方に、ずいぶん
頭の中を向けちゃっているものですから、
そうやって日本を見ると、
すごくありがたい国なんですよ。
米原 そうなんですよね。
糸井 これがうれしくてねえ。
ついつい四季とか
言いたくなっちゃったんですけどね。
米原 いや、ほんと。
これだけ環境汚染が進んでいるのに、
日本って湿気が多いから、いざとなったら、
農業国としてやっていけるんですよね。
糸井 東京都の面積の7倍の
あいている畑があるんです。
米原 あ、そんなに!
糸井 水が絶えず供給されているんですね。
台風一つだって、あんなもの、
なかなか来ないですからね。
で、全部斜めにちゃんと地下でも
流れていくような仕組みになってて見事ですよ。
四季があるから、温暖の差を利用して
いろんなものをつくれる。
米原 そうですね。
本当にいろんなものがつくれる。
それで、寒流と暖流があるから、
お魚にも、いろんな種類があるし。
糸井 その山というのは、
今までの農業のパターンだと、
利用しにくい場所と思われたんですけど、
実はそっちの方が向いているということが‥‥。
米原 ええ、棚田のお米の方がおいしいですよね。
糸井 よくご存じですねえ、やっぱり通訳しているから?
米原 いや、違うんです。
私、棚田のお米を取り寄せているんです。
糸井 つまり、たっぷりやり過ぎるもの、
というのは、だいたいダメなんですよね。
米原 そうです。人間もそうね。
糸井 まったくそうなんです。
ちょっと余談ですけど、
急斜面で牛を飼うという牧場があるんです。
一番ひどいところだと、
45度の傾斜のところに牛がいるんです。
これはねえ、牛、実はご機嫌なんです。
米原 ああ、筋肉も鍛えられるだろうし。
糸井 自分の生きる力が呼びさまされるんです。
牛って暇ですから、別にどこかへ行くのに
時間かかってもいいですし‥‥。
米原 ああ、そうか。
糸井 見ると、牛歩でいく道が、
ちゃんとできているんです。
そこで育った牛のミルクは、うまいんです。
米原 そうでしょうね。
狂牛病の原因って、結局、
お乳を搾り過ぎのせいでしょう?
糸井 えさなんですけどね。
米原 150%とっているんでしょう、実際は。
糸井 もともと言えば、
いっぱいミルクを出すというのが
いい牛を育てたということで、
それで賞をもらうような体系が
できあがっていた‥‥。
でも、今いった牛は、従来の枠組みで
優秀とされる牛の8割ぐらいしか出ないんです。
米原 その方が絶対いいんですよね。
糸井 そう。
おいしくて、高く売れるからいいんです。
米原 ああ、結局ね。
糸井 捨てなきゃならないミルクを
絞る必要はないんですよ。
そう考えると、さっきの85%の山間部は
全部オーケーなんです。野菜にしても何にしても。
米原 本当は腹八分の方がいいんだけど、私も。(笑)
糸井 全くそうです。
米原 なかなかそれができない!
糸井 その面でいうと、
日本は、すてきなんですよ。
自動車の輸出がどうであろうが、
何かもともといい場所に住んでいた、
という喜びがあるんですね。
(つづきます)
2014-08-17-SUN
(対談収録日/2002年10月)


第1回
もうひとつの世界を持つということ
第2回
「他人の代表」という集中力
第3回
大事なところを掴めばいい
第4回
無難な翻訳=誤訳
第5回
真意をごまかさない方がいい
第6回
どれだけ自分を殺せるか
第7回
イタコになること
第8回
神と透明とのジレンマ
第9回
ロシア語の地獄
第10回
オクテの方が、完成度は高い
第11回
愛と憎悪
第12回
感情をこめると、相手に通じる
第13回
熱演だけじゃ、説得できない
第14回
ソ連の作文教育
第15回
書く訓練
第16回
グローバルスタンダードはない
第17回
日本の特色を聞かれたら
第18回
ロジックは記憶の道具
第19回
記憶は創造の源泉