ほぼ日WEB新書シリーズ
人を表現するのに、
天才だの達人だの鬼だの名人だのという
冠になるような言葉があるのだけれど、
米原万里さんのような人は、
どう言われるのだろうか。
高等数学の記号を扱うような
細密さで言葉をあつかい、
しかも笑顔のような見えない言葉も見逃さない。
米原さんの本を読んでいたら、
すごい人だなぁということはわかるのだけれど、
じかにお会いして、正直言って、ぼくは圧倒された。
こういう人に会うのは、初めてのことだった。
米原さんの冠が、
天才なのか達人なのかわからないけれど、
数十年後にも確実に残っている人なんだろうなぁ
ということは、つくづく思った。
そんなぼくのショックが、
伝わってくれたら、おもしろいんだけど。
────糸井重里
第15回
書く訓練
米原 ソビエトの学校では
自分のことを書くというのはほとんどなかった。
ほとんど、「冬について書け」だとかね。
糸井 それは、すごいなぁ。
米原 サーカスについて書けとか、そういう感じで、
あまり自己暴露というか、
その趣味はなかったですね。

日本はきっと、何か明治維新のときに
そう思い込んだみたいね、
「文学とはそういうものだ」って。
糸井 「文学とは自己暴露である」‥‥。
米原 まあ、自分と向き合うというのは
とても大切なことなんだけれども。
糸井 自我の発見っていう、とんでもない
大テーマを探させられちゃったんで、
慌てて探してみたら
裸の自分がいましたみたいな、
そういうことかもしれないですね。
米原 それでも、
恥ずかしいことを書くということがね‥‥。
確かに一方的な
自慢話を聞かされるのも困るんだけど、
ほとんどの私小説は、「卑下慢」の世界ですよ。
糸井 洋服の文化が育たないのと同じですよね。
洋服という、自分さえもちょっと我慢したり、
快適だったり、他人の目と自分の心地よさが
一緒に存在するようなものの表現というのを、
日本はずうっと育てられないで来た。
それと、作文教育も同じだと思うんですね。
米原 でも、そういう下地があるから、
糸井さんが受けたりするんじゃないですか。
糸井 自分のことはよくわからないんです。
ぼくは単純に、書くことは簡単、
というところだけを伝えたいんですね。

自己暴露するのが得意だったらすればいいし、
大ウソつきたかったらすればいいし。

よく若い子に課題を出すのは、
「自分の好きな食いものを人に勧める文章を書け」
これはみんな名作ですね。
米原 なるほど。
糸井 で、「えっ、これでいいの?」ってわかると、
どこがよかったかというのが見えてくる。
それはさっきの政治家の答弁じゃないですけど、
「思い」なしには書けないんですよ、
好きな食べものに関する文章は。
米原 そうですね。おざなりにできないからね。
糸井 ええ。
非常に生理的な、内臓感覚まで
一緒についてくる文章しか、
やっぱり人は受けてくれないんです。
米原 それはうまい方法ですね。
糸井 これは非常に便利です。
やっぱりつまんない人は、
人が褒めていたものを受け売りで書くんですね。
米原 ああ。そうするとあれね‥‥。
糸井 はい、さっきの官僚になっちゃうんです。
米原 なっちゃうのね。
糸井 だから、サバずしについてや、
おやきについてのことを
じょうずに書ける子がいたら、その子は、
「思いがある」ということは確かなんで、
いろんなことに対して課題を出せば、
書けていくんです。
米原 そうですね。
つまり、いいたいことが
自分でわかってない限り、
「単に書く」ということは不可能ですものね。
糸井 だから、冬についてということを
書けるようになるまでの間を埋めていく、
今度は修行が要るんだと思うんですけどねぇ。

そうか、外国語を学ぶって、
「日本語を学ぶこと」ですねえ。
米原 基本的にはそうですね。
日本語を徹底的にやると、外国語をやる時、
すごく入りやすくなると思います。
糸井 俺はどうしてこんなに
外国語が苦手なんだろう。
もう、イラ立つんですよ。
米原 でも、アクターズ・スタジオの俳優さんたちの
英語を聞かれるわけでしょう?
糸井 いや、それは日本語訳で字幕が出ている。
米原 ああ、日本語の字幕でね。
糸井 で、悔しいんですよ。
米原 ただ、外国語は必要なければ
必要ないと思うんですけど。

まあ、知ってた方がおもしろいし、
みんなが知らないことをいち早く知れるとか、
まったく違う発想法に接することができるとか、
そういういいところはあるけれども、
差し当たってなくても済むなら、
なくていいと思うんですけど。
糸井 「なくて済んでる」から、
外国語がだめなんですかね、
もしかしたら。
米原 済んでるから。
糸井 この間、ヨーロッパに行って帰ってきて、
僕は全く語学はだめなんですけど、
ヨーロッパだとしょうがないんで、
間の英語を使いますよね。
そのときの方が、
アメリカへ行って英語聞いているより楽なんですね。
米原 アメリカ人の英語は聞きにくいです。
つまり、母国語の人の英語って聞きにくい。
聞く立場に立てないから。
外国人の英語の方が聞きやすいですね。
糸井 ちょっと楽なんですね、かえってね。
米原 それで、文法的に
正しくなくてもいいんだものね。
糸井 そうそう。だから、たまに、
「あ、そういう使い方でいいわけ?」って……。
米原 通じればいいんだものね。
糸井 ですよね。
「あ、そうか、ドイツ人でも
 こういう英語しゃべっているんだったら、
 俺らがいってる言葉はあんまり変じゃないか」
っていうふうに、ちょっと安心したりして。
それは意外と快適だったんです。
米原 通じるといいですよね、通じた瞬間ね。
(つづきます)
2014-08-17-SUN
(対談収録日/2002年10月)


第1回
もうひとつの世界を持つということ
第2回
「他人の代表」という集中力
第3回
大事なところを掴めばいい
第4回
無難な翻訳=誤訳
第5回
真意をごまかさない方がいい
第6回
どれだけ自分を殺せるか
第7回
イタコになること
第8回
神と透明とのジレンマ
第9回
ロシア語の地獄
第10回
オクテの方が、完成度は高い
第11回
愛と憎悪
第12回
感情をこめると、相手に通じる
第13回
熱演だけじゃ、説得できない
第14回
ソ連の作文教育
第15回
書く訓練
第16回
グローバルスタンダードはない
第17回
日本の特色を聞かれたら
第18回
ロジックは記憶の道具
第19回
記憶は創造の源泉