ほぼ日WEB新書シリーズ
人を表現するのに、
天才だの達人だの鬼だの名人だのという
冠になるような言葉があるのだけれど、
米原万里さんのような人は、
どう言われるのだろうか。
高等数学の記号を扱うような
細密さで言葉をあつかい、
しかも笑顔のような見えない言葉も見逃さない。
米原さんの本を読んでいたら、
すごい人だなぁということはわかるのだけれど、
じかにお会いして、正直言って、ぼくは圧倒された。
こういう人に会うのは、初めてのことだった。
米原さんの冠が、
天才なのか達人なのかわからないけれど、
数十年後にも確実に残っている人なんだろうなぁ
ということは、つくづく思った。
そんなぼくのショックが、
伝わってくれたら、おもしろいんだけど。
────糸井重里
第13回
熱演だけじゃ、説得できない
米原 今までの大臣や首相たちは、
官僚のつくったものを棒読みしてたからね。
糸井 小泉さんは、やっぱり才能があって、
相当細かいことを聞くような質問に対してでも、
「ワカったワカった」って言って、
「やるっていったらやります!」
とか、意気を出すでしょう‥‥?
米原 そうそう。
糸井 あれはやっぱり女優ですよね、男優よりも。
米原 そうね。
糸井 スゴいですよ。
米原 ただ、ずうっといつまでも
セリフにすぎないところがね‥‥。
糸井 きっと、アメリカ人とかは、
話す練習をしてるんでしょうね。
米原 私がプラハにいたときの授業は、
ペーパーテストは一切なくて、
つまり、マル・バツの選択式はなくて、
「ぜんぶ口頭試問か論文」だったんですよ。
糸井 へぇー。
米原 あらゆるテストの、知識の試し方がそう。

だから、人前でしゃべる訓練というのは、
それは国語であろうと、歴史であろうと、
地理であろうと、ぜんぶ、受けましたね。
糸井 そうか。
その訓練というのは、
さっきの文法の修得もそうですけれど、
日本人は、してないですねえ。
米原 ええ、してないですね。
ですから、ものすごく受け身ですよね、
日本の試験での試し方って。

つまり、マル・バツというのは、
既にもう答えがある中で選ぶだけだから、
受動的でしょう? 選択式も。
糸井 「黙ってできること」っていう感じで。
米原 黙って、つまり、採点するのも
機械でもできちゃうんですよ。
口頭試問や論文式になると、先生は大変なのね。
つまり、責任持って評価しなくちゃいけないから。
マル・バツや選択だと
機械にかけちゃえばできちゃうし。
糸井 就職試験の面接の練習というのを、
どうも学生さんたちが、するらしいんだけど、
結局のところ、演技の幅が1つしかないから、
熱心という演技しか、できないんですよね。

つまり、下手な役者って
「熱演」するじゃないですか。
結局のところ、魂を込めてっていうのを、
もう熱演でしか表現できない。
米原 できないんですね。幅がないんだ。
糸井 だから、バレちゃうんですよ。
ぼくが1回やったことがあるのは、
5人ずつ順番に会議をさせたんですよ。

で、テーブルの端っこに僕がいて、
「こういうテーマで会議してください」
ってやると、熱演できないんです。
「熱演は、演技である」ということが、
バレてしまうから。

つまり、あとの4人に対して
真実味があると説得できない熱演だと、
議論を進行させられないんですよ。
けっこうそれは、よかったですね。
米原 あぁ、人を見るのにね。
糸井 えぇ。ただし、
こっちの神経がものすごく疲れますね。
米原 そうでしょうね。
糸井 それぞれの採点を
ずっとしなきゃ、ならないから。

でも、ああいう表現力や根っこにある魂って、
実は、ひとつのものですよ、
というようなことを、
ちゃんと教えたいですよねぇ。
米原 通訳って、人が言っているのを理解して、
それから今度それを
表現しなくちゃいけないから、
「理解するプロセス」と
「表現するプロセス」と、両方があるんです。

これ、違うプロセスなんですよ。
ご存じのように、
理解するときには分析的になるんですね。
で、表現する時には
今度は、統合的になるんですよ。

というのは、
いろいろなものを、ひとつにまとめて
表現しないと、相手に向けては
表現することができないわけですから。
羅列になってしまいますからね、
バラバラの考え、というのは。

日本の学者の発言は、羅列が多いの。
いかに知識がたくさんあるかということは
わかるんだけど、それぜんぶを
1つにまとめる統合力というのがない。
恐らくこれ、訓練をしてないからだと思うんですね。
糸井 それはやっぱり米原さんの場合には、
小学校3年生のときに、文法という形で
ロジックの組み立て方を訓練したおかげで、
日本語の組み立てにまで応用されて、
今の自分ができていらっしゃる。
米原 文法というよりも、プレゼンテーションを
毎日、やらされたからですね、あらゆる科目で。
糸井 いい勉強をしましたねえ。
(つづきます)
2014-08-17-SUN
(対談収録日/2002年10月)


第1回
もうひとつの世界を持つということ
第2回
「他人の代表」という集中力
第3回
大事なところを掴めばいい
第4回
無難な翻訳=誤訳
第5回
真意をごまかさない方がいい
第6回
どれだけ自分を殺せるか
第7回
イタコになること
第8回
神と透明とのジレンマ
第9回
ロシア語の地獄
第10回
オクテの方が、完成度は高い
第11回
愛と憎悪
第12回
感情をこめると、相手に通じる
第13回
熱演だけじゃ、説得できない
第14回
ソ連の作文教育
第15回
書く訓練
第16回
グローバルスタンダードはない
第17回
日本の特色を聞かれたら
第18回
ロジックは記憶の道具
第19回
記憶は創造の源泉