光を受けて千鳥が浮かぶ
「ブラック・チドリ」
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2010年の手帳を作るにあたって、
たくさんの生地のサンプルを見せていただいて
あれもすてき、これもかっこいい、と
大騒ぎしながら選ばせていただいたんですが、
なかでもこの「ブラック・チドリ」の生地、
圧倒的な魅力がありました。
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牧野 |
ありがとうございます。
これはウールなので、素材は違いますが、
傾向としては昨年の「モノトーンチェック」に
近い生地ですね。 |
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しっとりとした黒で、
それだけでも十分かっこいいんですけど、
角度によって千鳥が見えてくるのが
なんともいえず、おしゃれで。 |
牧野 |
これは「モノトーンチェック」と同じ、
ジャガードで織っていて、
「モノトーンチェック」のほうは
比較的、柄をくっきり出したものですが、
この生地は、できるだけ凹凸を少なくフラットにして、
光の微妙な加減で、千鳥の模様が
浮かび上がるようにしているんです。 |
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角度によっては無地にも見えるぐらい、
とても繊細な模様ですね。
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牧野 |
そうですね。平面のなかに
シャドウのように千鳥が浮かんでくる、
これを繊維組織で作っていることによって、
高級感が出ていると言えると思います。
それに、カズンサイズになったことで
千鳥の柄もよく引き立ちましたよね。
カズンの面積に、大柄の千鳥が
うまくマッチングしてよかったです。 |
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そうなんです、すごくぴったりで。
カズンが仕立てのいい上質な服を着たみたいです。
ウール100%の存在感っていうんでしょうか。 |
牧野 |
たぶんウール100%の手帳をつくるという発想は、
これまでほとんどなかったでしょうね。
ぼくらとしても、これから使われた方々から
どんな反響をいただけるのかたのしみです。 |
モノフィラの光沢のひみつ
「ゴールデンブラック」「パープル・ストライプ」
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もうひとつ、ウールとは180度違う、
新しい素材をご提案いただきました。
「ゴールデンブラック」と「パープル・ストライプ」は
同じタイプの生地なんですよね。 |
牧野 |
「モノフィラ」ですね。
モノフィラというのは、歯ブラシのブラシ部分の糸版、
あと、釣り糸ともいっしょですが、
この2種類は、どちらもモノフィラの生地です。 |
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最初にうかがったときも、
すごいおもしろい、はじめて見る布だったんですが、
モノフィラは、どんな特徴がありますか? |
牧野 |
これ、釣り糸を思い浮かべていただくと
わかりやすいかと思うんですが、
こう、パーンと張った糸なんですね。
だから、織りあがった生地も、張りがある。
張り感がでるというのが、まず特徴のひとつです。
それから、光沢感。 |
ーー |
ほんとに、独特の光沢感がありますよね。 |
牧野 |
ええ。これは生地の表面に加工したりとか、
わざと光らせているわけではなくて、
モノフィラの糸の特性で光っているものです。
ちょっとくすんだ透明感のある糸なんですよ。 |
ーー |
あ、釣り糸といっしょと思えば、
なんとなく想像できます。 |
牧野 |
モノフィラ、正確にはモノフィラメントといいますが、
糸って、通常はフィラメント、
要するに、細い糸を何本も束ねて
1本の糸に縒った状態なんですね。
それに対してモノフィラというのは、
1本で形成してる糸なんです。
通常の糸は束ねてあるために、
白っぽく、不透明になるんですよ。 |
ーー |
なるほどー。
で、モノフィラは1本だから透明感がある、と。
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牧野 |
そう。糸に透明感があることによって、
色をつけると、ちょっと光沢感が出てくるんです。
組織との組み合わせにもよりますが、
光沢感が、こう、出てくる。 |
ーー |
それも、いかにも光ってるって感じじゃない、
シックな光沢ですよね。 |
牧野 |
そうです、そうです。
ぼくらの表現では、「底光り」と言ってるんですが。 |
ーー |
底光り、ですか? |
牧野 |
ファッションの仕事をしていると、
いろいろと、無理難題なリクエストがあるんですね(笑)。
光沢感はほしい、でも、
いかにも光ってますよというのではなく、
底光りがほしい、と。
底光りって、どないしたらええの?
っていうことなんですけど、まあ、
どうしたらできるだろうかと、いろんなテストを重ねて。
これは、透明感のある糸を組織のなかに隠して、
内側から光を出していく。
ミクロの世界ですが、組織の隙間から光を出すことで、
この光沢感、底光りが実現できたんです。 |
ーー |
「パープル・ストライプ」と「ゴールデンブラック」、
同じモノフィラですが、印象がちがいますね。
こちらの「パープル・ストライプ」は
紫のグラデーションが人気で、
待っていてくださる方も多いんです。 |
牧野 |
うれしいですね。
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牧野 |
「パープル・ストライプ」は、
縦糸に色糸を使い、グラデーションの柄を作っていて、
横糸には何も染めてない、透明の糸を使っているんです。
そうすることで、なにか濡れてるような光沢感が出て、
上に膜を張ってるようなイメージなんですね。 |
ーー |
なるほど、うん、わかります。
もうひとつ、「ゴールデンブラック」のほうは、
見る角度で、色の見え方が違うのが
とても不思議なんですが。 |
牧野 |
ああ、「ゴールデンブラック」のほうは、
黒と色の反射効果をねらって、底光りさせてるんです。
この生地は、縦糸が黒い糸なんですが
縦糸が黒のときに、横糸に色を持ってくると、
反射効果が出て、横糸の色、
この場合は、オレンジイエローの色ですね、
それがより引き立ってくるんです。
かつ、この生地は組織が斜めに走っていってますから、
こう、向きを変えると色が違って見える。 |
ーー |
へええ、おもしろいですねえ。 |
牧野 |
ほんとはこの生地、最初は黒と白だったんですよ。
糸が硬くて、染まりづらいということで、
黒と白の糸の2種類しかなかったんですね。
で、本来は先染めの生地なんですが、
横糸に色をつけるために、先染めで作った生地を、
さらにもう一度加工場に入れて、
後染めするということをしているんです。 |
ーー |
それは、すごい人の手がかかっているという‥‥ |
牧野 |
通常は、先染めは先染め、後染めは後染めでやるのが
順当なやり方で、
こういうことはあまりやらないんですけど。
この横糸を染めたっていうのは
あるブランドのデザイナーのアイディアで。
もともとの、黒と白で織った生地を見せたときに、
「横糸を染めてよ」と。
横糸だけで、そんなに色が変わるのかなと、
最初はね、思ってたんです。
でもまあ、ひとつのアイディアとしてやってみようかと
実際に色を変えてみると、それぞれ色が違って見える。
それによって、より高級感が増してきた
というところがあります。 |
ーー |
モノフィラの生地は、ファッションでは
どんなものに使われてるんですか? |
牧野 |
そのブランドのコレクションでは、
特徴のあるジャケットに使われてましたね。
ただ、モノフィラは、硬くて縫製がむずかしいので
どちらかというと、オートクチュール向きの生地です。
ほかは、カバンなどに多く使われてますね。 |
ーー |
この糸で生地を織ってみようと思われたのは、
なにかきっかけがあったんですか?
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牧野 |
いま、いろんな種類の糸がありますから
これを織ったらどうなるだろうって、
検証の目的で織ってみることがあるんです。
モノフィラも、ある機屋さんが試しに織ってみたら、
これが、なかなかおもしろかった。
そこから、生地としては何に向いているだろう、
硬いイメージがあるんで、
カバンにしてみようかな、とかね。
ぼくだけじゃなくて、
アパレルさんであったり、業者さんであったり、
それぞれの立場でいろいろ置き換えて考えて。
そういういろんなアイディアがヒントになって、
さらに調整しながら、形にしていく。 |
ーー |
生地づくりに携わる人たちの
いろんな角度からのアイディアで、
新しい生地ができていくんですね。 |
牧野 |
機屋さんや、同業者たちと、
いろんな情報交換を、常にやってますからね。
そうやって話をしているなかで、
まぁ、夜、飲みながらなんてことも多いんですけど、
ふつうのくだらない話もしつつ、
ひょんなことから、ひとつのアイディアが出たときに、
「なんかそれ、おもしろいよね」というところからはじまって
「じゃあ、こういうの作ったら、こうなるん違うの?」
って、広がっていくことが多いんです。
そういう会話のなかから
新しい生地の閃きが生まれることもけっこうあります。 |
ーー |
そういうコミュニケーションのなかから
たくさんの魅力的な生地が生まているんですね。 |
牧野 |
だから、人としゃべってることがほんとに多いんですよ。
誰かに話しながら、これはおもしろいなと
あらためて思ったり、話すことで、
倍に広がるということはしょっちゅうあります。
誰かと話すことによって、ますます真剣になってくる。
たいがい、冗談みたいにしゃべってるんですけど、
結局、そのことを実現したいという思いがみんなにあって、
新しいことが動いていく、という感じですね。
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