未分類カテゴリー記事の一覧です
わたしが ふだん つかうもの [12] 石ころ
海辺や河原に行くと、
「いい石、落ちてないかな?」
とついキョロキョロ。
景色よりも足元に目がいきます。
まあるいの、細長いの、小さいの。
色も柄もいろいろで、
ずっと見ていても、飽きることがありません。
気に入りは、
すべっとした丸いもの。
荒波やはげしい流れに
もまれたでしょうに、
そんなこと全然感じさせないところがいい。
いつか、こんなおばあちゃんになりたいものです。
「昔はいろいろあったけどさ、
今じゃ丸くなったわよ」
なんてすべっとした肌で言ったりして。
拾ってきた石は、
じゃぶじゃぶ洗って乾かして、
器に入れておきます。
時々、ペーパーウェイトになったり、
箸置きになったり。
大きなものは漬物石にすることも。
道具として作られたわけではないけれど、
立派に道具の役割を果たしてくれる石。
見るたび、使うたびに、
ああ、いいなぁと思うのです。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [11] 部屋のあちこちにスツールを
「この家、スツールがたくさんあるね」
友人のそんな一言がきっかけで、
どれどれ・・・と並べてみたら全部で6脚ありました。
リビングのすみっこに2脚、
廊下に1脚、
バスルームに1脚、
玄関に1脚、
娘の部屋のベッドサイドに1脚。
「座る」という本来の目的よりも、
どちらかというとサイドテーブル代わり。
ライトや本、トレーにのったお茶など、
ちょっと何か置くのにちょうどいいんです。
20年以上前に買ったもの、
ヘルシンキで一目惚れしたトナカイの革の座面のもの、
新入りは冬のはじまりに買った座面がモフモフのもの。
ひとつふたつと揃えていくうちに、
こんなにたくさんとなったわけですが、
こうして並べてみると、
それぞれ愛嬌があって、なんだかかわいい。
昨日まで、リビングにあったスツールが
今日からバスルームに。
バスルームにあったスツールが
今はベランダに。
そんなことがしょっちゅうの我が家。
スツールをちょっと移動させて、
部屋の小さな模様替え。
気分転換になるから、
好きなんです。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [10] 空き缶には何を入れる?
この世の中には、
かわいい缶に入った食べものがたくさんあるから困りもの。
だって、どんどん空き缶がたまっていってしまうから。
それでもせっかくだからと、
それぞれの空き缶に用途を与えるのが私の使命。
クッキーの缶には小銭や新札入れを。
キャンディーの缶にはミシンの下糸をいくつか。
おかきが入っていた渋めの缶にはポチ袋を。
缶と中に入れるものがぴったりだと、
すごくうれしい。
「空き缶」から
「用途のあるもの」になるのだから。
先日、フランス土産にいただいた
プルーンのお菓子の缶に入れたのは、
シルバー磨きの布と専用の磨き剤。
今までカトラリーの引き出しに、
ポンと入れていただけなのですが、
大きさも深さもちょうどぴったり。
缶も役どころを得てうれしそうではありませんか。
ところで先日、実家の屋根裏部屋で
探しものをしていた時に見つけたのは、
鯛せんべいの缶。
年季の入ったその缶の中には、
若かりし頃の父の写真がおさまっていました。
どうしてアルバムじゃなくて缶なの?と母に尋ねたら
「さあ、缶が気に入ったんじゃないの?」という返事。
血は争えないものですねぇ。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [9] しましまパジャマ
もう何年、いや何十年(?)も、
上下お揃いの、
いわゆる「パジャマ」を着ていませんでした。
では何を着て寝ているかというと、
夏はシルクのスリップ、
冬は部屋着にもなるワンピース。
ワンピースはコットンやリネンなど、
気持ちのいい素材が基本で、
形は、ピーンポーンと突然、配達の人が来ても、
まあまあ変ではない範囲の、
ネグリジェっぽくないものを。
ところが、どういう風の吹きまわしか、
このサンスペルのパジャマを見た時、
着てみたい!
何かがピーンときたのです。
男物をそのまま小さくしたような形は、
ありそうでないし、
お父さんのパンツみたいなしましま柄も、
なかなかいいじゃないですか。
昔から
「なんでも形から入るタイプ」と
言われ続けている私ですが、
形から入るのも悪くないもの。
だって、不思議なことに、
これを着ると
「さあ寝るぞ」とか、
「さあ起きよう」なんて気分になる。
気持ちや時間の区切り方が、
潔くなったとでもいえばいいのかな。
しましまパジャマの効力はすごいんです。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [8] 先っぽにコルク
旅には、ペティナイフと
ワインオープナーを持って行きます。
ホテルで借りれば、それでいい話ではありますが、
貸してくれるナイフは
100パーセントに近い確率で切れ味が悪いし、
借りに行くのも面倒だし。
ペティナイフの先っぽには、
ワインのコルクを刺します。
これはこのナイフを買った
パリの料理道具専門店のアイデア。
包む前に定員さんが手慣れた手つきで刺して、
刃先を保護してくれたのです。
さすがフランス人、
なんて洒落た廃物利用なのだろう!
といたく感激したのですが、
今ではすっかり私もアイディアを拝借しているというわけ。
旅に出る前は、よくよくナイフを研いでコルクを刺し、
ワインオープナーと一緒に、
小さなテーブルクロスでぐるぐる巻きに。
部屋に着いたら、テーブルにそのクロスを広げ、
ワインとチーズで、
ちょっと休憩。
旅先の慣れない部屋に、
自分のものがあるとほっとするもの。
この3つの道具、
スーツケースにしのばせてはどうでしょう?
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [7] 夜の暗さをたのしむ
照明は「暗い室内を明るくする」という役割だけれど、
一日中、目に触れるものだから、
使わない時も(つまり日中も)、
気に入ったデザインのものにしたい。
リビングにはダウンライトの他に、
メインの照明をつける部分がありましたが、
薄暗いのが好きな私には不要と思い、
そこを取り払い、
パテで埋めてペンキを塗り、
フラットな天井にしました。
その代わり壁につけたのが、
白いふたつのライトです。
光の具合は、
ひかえめでおだやか。
明るいのが好きという人には向かないけれど、
夜は私にとって、
眠りに向かう時間だから、
このくらいがちょうどいい。
ひとつ、またひとつと照明を消していくうちに、
まぶたがだんだんと重くなって、
やがてすやすやと眠りにつくのです。
眠る2時間くらい前、
たまにはテレビやパソコン、携帯電話を見ずに、
過ごしてみませんか。
夜の暗さをたのしむのも、
たまにはいいものです。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [6] 好きな色の中に住む
この秋、引越しをしました。
新しい家は、前の前の住民の残した「跡」みたいなものが
色濃く感じられるインテリア。
天井と壁は濃いめのクリーム色で、
照明や取っ手はすべてピカピカの金。
どうにも居心地が悪いのです。
照明など、取外せるところは取り外したものの、
それでもやっぱり落ち着かない。
1ヶ月を過ぎたあたりで、
「やっぱり好きな色の中で暮らそう」
そう決意しました。
まず天井は白に。
ダイニングの壁はすべて深いブルーに。
リビングの壁は白、
腰板は薄いブルーグレーに塗り替えました。
色がもたらす効果というのはすごいもので、
「自分の好きな色にする」というそれだけのことで、
ずいぶん気持ちがすっきり。
そこに今まで持っていた家具を配置して、
やっと「自分の家」になった気がしたのでした。
使ったのは、
イギリス製のFARROW & BALLというペンキ。
同じ白にしても、まっ白もあれば、
ちょっとグレーがかった白や、
あたたかみのある白もある。
自分の気持ちにぴったりな色がそろっていて、
そこが何よりこのペンキの好きなところ。
ちょっと部屋に変化をつけたかったら、
色を変えてみるといい。
壁とはいかないまでも、
椅子とか棚とか。
好きな色が身近にあるという、
ただそれだけのことで、
うれしくなったりするものだから。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [5] 針には糸を
前の日の夜から、
「よし明日はあの服を着るぞ」と決めていたのに、
朝になって、
裾がほつれていたり、
ボタンがとれていることに、
気づくことはありませんか?
「ああ、どうしてこんな時にかぎって!」
と嘆きたくなりますが、
そんな時は、ささっと裁縫箱を出して
対処することにしています。
億劫にならないために、私がしていることは
生成りとネイビー、
よく着る2色の糸を針に通しておくこと。
これなら、後回しにせずに、
今やろう、という気持ちになるものです。
裁縫道具は、小さなシェーカーボックスに入れて、
リビングのすぐ手が届くところにおいています。
「しまいこまない」というのも、
すぐやる気になる工夫のひとつですが、
だからといって、
なんでもかんでも出しておくというのも、
雑然とした部屋になるからこまりもの。
その塩梅がなかなか難しいのですけれど。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [4] 本を飾る
壁がちょっと殺風景。
でも気分に合う絵がない。
そんな時、私は装丁が気に入っている本を飾ります。
今日はストックホルムの本屋で手に入れた本を。
そして、それだけでは少し物足りなかったので、
大きなきのこの本を後ろに置きました。
きのこの本は、つるつるした表紙を取り去り、
布張りの部分を見せます。
本の前には、追熟中の洋梨、古い鍋にボウルなど、
好きなものを自由に配置。
そう、何もアートを飾らずとも、
雰囲気ある空間は作れるのです。
重さ2キロはある、きのこの本は、
あのファーブルが描いたもの。
時々、好きなページを開いて
サイドテーブルの上に置きます。
写実的だけれど、ちょっとほのぼのした雰囲気が、
きのこ好きの心をくすぐります。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [3] お茶はガラス瓶に
料理の撮影で、台所に立ちっぱなしの日が
続いたことがありました。
ふだんなら、頃合いを見てお茶を出したり、
おやつを出したりするのに、それがなかなかできない。
どうしたものかと考えて、
ウォーターサーバーの横に、お茶とカップを用意して、
飲みたい人はどうぞご自由に、
という一角を作りました。
黒豆茶、プーアール茶、ルイボスティ、
アーティチョークティー、ほうじ茶などの
ティーバッグをそれぞれガラスの瓶に入れて、
はいどうぞ。
これがなかなか好評だし、私も楽だし。
これはなかなかいいこと考えついた。
ガラス瓶は北欧に行くたびに、
マーケットで少しずつ集めたもので、
密閉するためのゴムパッキンと金具がついていたのですが、
パッキンがよれよれだったり、
金具が曲がっていたり(なにしろ古いものですから)
していたので、思い切って処分しました。
今はガラス瓶の本体に蓋が乗っているという状態ですが、
お茶がすぐに取り出せるし、
まあこれはこれでいいかな、なんて思っています。
忙しい時は、無理しないのが一番ですからね。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [2] 男の道具入れ
大工仕事は、すべて、
部屋の内装をたのんでいる友人にお願いするので、
自分で手を動かすことはほとんどないのですが、
でもそれなりにトンカチとか、釘とか、
ドライバーは持っています。
大工道具や工具を眺めるたびに、
「男っぽい道具だなぁ」としみじみ思います。
きっとそれはなんだか固そうなものばかりだから?
でも私はその男っぽい道具が、とても好きです。
フィンランドのマーケットで、
この缶を見つけた時、
「これはいい!」とピンときました。
男っぽい道具を入れるのには、
男っぽいいれものがいい、ってね。
聞けば、軍で使っていたものだそうで、
それもなるほどのアーミーカラー。
一見、無骨だけれど、
どの角度から見ても無駄のないデザインで、
それが私には逆に美しく感じられたのでした。
最近、無駄のないデザインを考える時、
軍で使われているもののことを考えます。
デザインとしてシンプルな形を考えたわけではなく、
まずは用途が先に立ってできたデザインが、
結果的にシンプルだった、ということ。
weeksdaysも、
そんなものづくりができたらいいなと思うのです。
(伊藤まさこ)
わたしが ふだん つかうもの [1] 測る道具
「どうせしまっておくものだから、なんでもいいや」
そういう気持ちでものえらびをすることはありません。
扉を開けた時、
引き出しを開けた時、
いつでも好きなものが目に入ってくる。
そんな状態でいたいと思うのです。
高価なものだからいいというわけではなく、
ものえらびの基準は自分にしっくりくるもの。
それから飽きのこないもの。
自分の持ち物を見返していると、
わりと質実剛健なものが好きみたい。
メジャーや定規などの測る道具も、
こつこつ時間をかけてえらびました。
定規はロンドンの布屋街で、
店の人が布を切る時に使っていたもの。
数字のフォントが気に入って、
どうしても欲しくなり、
「どこで売っているのですか?」とたずねると、
それが案外近所の店。
店を出てすぐに買いに走りました。
探そう、見つけなくては!と意気込むと見つからず、
ひょんなきっかけで手に入る。
ものとの出会いにあせりは禁物だなぁと
思ったできごとでした。
今のところ、
「測る」についての懸念事項は体重計。
どこかにいいものはないかなぁ、
でもいつか出会えるかなぁ、
などと思っているところです。
(伊藤まさこ)
デザイナー・惠谷太香子さんにきく 「私が、シルクの下着をすすめたい理由」
その3 毎日、着てほしい。
今回、「weeksdays」で
伊藤さんが選んでくださったのは、
トップスにはキャミソール、
ヒップラインまですっぽり隠れるキャミチュニック、
そして袖のパターンがやさしくなじむVネック長袖。
ボトムとして、ヒップをすっぽりつつむショーツ、
この4アイテムです。
トップスは、丈の長さ、肩、袖の仕様がことなりますが、
丸胴仕上げでチューブなので、
縫うところは裾と襟と袖口と脇のみ。
縫い目が肌にあたりませんし、
やわらかく伸びる素材ですから、ストレスフリーです。
いずれも胸元にシンプルでやわらかな
ポリエステルのストレッチレースを使っています。
シルクのレースにすると、レース自体が伸びがないので、
そこを考えて今回は一番繊細なレースにしました。
キャミソールに使っているストラップも、
ソフトでフィット感のあるものを使っています。
それぞれMサイズとLサイズ、
色はモカ、ネイビー、モーブの3色。
モーブはweeksdaysオリジナルの、
パープル寄りのピンクです。
ショーツも、脇に縫い目のない丸胴仕上げで、
ヒップをすっぽりつつむ安心丈です。
縫い目が肌に当たりませんから、
ほんとうにストレスフリーで穿きやすいと思います。
足口にゴムを入れていないので、
鼠径部、リンパを圧迫しません。
ゴムで絞め付けると、肉が分かれて、
色素沈着して肌の色が変わっちゃうんですよ。
水着を着たときにその跡が見えて、
あんまり綺麗じゃないですから。
そうそう、ショーツの内側のマチもシルク100%です。
ここ、とても大事な部分ですから、
そのほうが汚れも早く落ちますし、
ある意味匂いも取れやすい。
マチをシルクにしているショーツって、
たぶん、ないんじゃないかなと思います。
ここはリブだと食い込んでしまうので、
マットにフライスの素材にしています。
ma.to.waは、繊細なものをつくりたかったんです。
なぜなら、肌に近いものにしたかったから。
素材の透け感と伸びを考えると、
ちょっとセレブな爪のついてる指輪をしたままでは
引っかけることが、どうしても、ある。
もっとリアルクローズでバサバサと
日常でどんどん着るものを、というふうにも考えつつ、
やっぱりそのバランスは難しいですね。
それで繊細よりのものに仕上がりました。
おそらく他のシルク100%の製品より、繊細だと思います。
それでもね、ネットに入れて洗濯機で洗えますし、
旅先では手洗いしてタオルに包んで
キュッと絞ったら、すぐ乾く。
出張が多い方にも、ものすごく便利ですよ。
単価としては高いものですけれど、
着る回数を考え、日割り計算すると結構安い(笑)!
そう思っています。
(おわります)
デザイナー・惠谷太香子さんにきく 「私が、シルクの下着をすすめたい理由」
その2 和の技術で、洋の仕立て。
このシルク素材が「ウォッシャブル」ということにも、
みなさん、とても驚いてくださいます。
この加工、じつはとてもたいへんで、
京都の小さな工房でやって頂いています。
どんなふうにすればそうなるのかは
企業秘密だということなんですけれど、
糸を「かせ」(枠に糸を巻いてとりはずし、
その糸を束ねたもの)の段階で入れて、
ウォッシャブルにしています。
洗いをかけて、温度管理と時間を
いちばんいい状態で加工をするんです。
この加工、歴史がとても古くて、
なさっているかたは「ほんの平安時代から」と仰います。
もともとは、京都御所の中に工房があったそうで、
やんごとなきかたがたの
お召物に使われていた技術だということです。
私個人では巡り合えなかったはずのご縁ですが、
ma.to.waとcohanの製造をしている
豊島通商さんが、
その工房とおつきあいがあったということで、
私にとって、それがとてもラッキーでした。
思い出すのですが、初めて見たとき、
ほんとうにびっくりしました。
ずっとやりたかったシルクの下着が、
この技術があればできるかもしれない! って。
今まで、自分のコレクションは、
ヨーロッパのハイブランドである
ランバンとかニナ・リッチの、
1960年代の生地のデッドストックを頂いて
つくっていたんです。
それはやはりウォッシャブルシルクで、
イタリアのコモという町でつくられているものでした。
エルメスのスカーフでも有名な産地です。
エルメスは、
いかにもウォッシャブルなものではありませんが、
特殊な工房で、コモでおつくりになっている。
そういえば、話が逸れますが、
3ヶ月ほど、コモの工房で、
シルクのプリント図案の修業をしたことがあったんですよ。
私がオペラ座の衣裳室にいたとき、
日本人がどういう図案を描いて、
どういう色使いをするかというのが知りたいと呼ばれて。
私、元々は着物の柄を描きたくて、
辻ケ花の勉強をしていたんです。
面白かったですよ、むこうでつくったものは、
「こんな柄? こういう色なの?」と
向こうの人にはあんまり評判はよくなかったんですが、
それでも気に入ってつくった色が、
日本に持ち帰ったら、まるで違って見えるんです。
光がまったく違うんですね。
‥‥とまあ、ヨーロッパのシルクしか知らなかった私が、
「シルクの仕事をしたい」と言っているのを、豊島さんが
「実は面白いシルクがあるんだけど、
どう扱っていいかわからない」と。
豊島さんの担当の方もずっと悩んでいたそうです。
何を作っていいかがわからないと。
それで私が「是非やらせて欲しい」と立ち上げたのが
ma.to.waなんですよ。
ずいぶん回り道をしましたが、願いが叶いました。
それがいまから3年半ほど前のことでした。
このウォッシャブルシルクは、
もともと和装のための技術ですから、
オペラ座で立体裁断を学んだ私にとって、
まったくの異世界でした。
それで洋装の下着をつくるというのは、
誰にとっても挑戦だったと思います。
ほんとは生地があってデザインを出す
という方が早いんですけど、
正直、その糸自体、リブ編みができるのか、
普通のマットなフライス編みしかできないのかもわからず、
開発がどこまでできるのかもわからないわけです。
ですからとにかく
「こんなものがやりたい」というデザインを出しました。
すると、それは糸番手は何番ですねとか、
匁(もんめ=重さ)を考えてもらい、
サンプルをつくり、そこから生地のバランスを見る。
そんなやりかたですすめていきました。
(つづきます)
デザイナー・惠谷太香子さんにきく 「私が、シルクの下着をすすめたい理由」
その1 シルクは、第二の肌。
ma.to.wa(マトワ)の名前は、
衣類を「まとう」という言葉からつけました。
シルクはセカンドスキン、第二の肌、
そんなふうにも呼ばれていて、
シルク100%の布を肌にまとわせることは、
とても気持ちのいいことなんです。
以前「weeksdays」で取り上げていただいた
cohan(コハン)というブランドは、
湖のそば、湖畔という言葉からついた名前で、
“リラックスをするもの”ということで、
コットンやウールなど、いろいろな素材を使います。
そちらは、ブランドが先にあり、
私があとからデザイナーとして入りました。
けれどもma.to.waは、
ずっとシルク100%の下着を作りたかった私が、
この素材と出会い、立ち上げから関わっているものです。
「どうしてそんなにシルクが好きなんですか」
と、聞かれることがあります。
なぜ私がシルクをみんなに着て欲しいと思っているか。
それは私のライフワークとして、
体にいいものを作っていきたいということがあります。
いろいろな素材の中で、シルクがいちばん人の肌になじむ。
シルクは、肌と同じ成分であるアミノ酸なので、
理論上、肌にやさしいわけなんですけれど、
みなさんのイメージの「シルク」というのは、
つるつるしていて、ピカピカしていて、
ちょっとひんやりと肌をすべって‥‥
というものだと思います。
これは、じつは、肌にあたる糸の表面の部分は、
シルクとは言えないんですよ。
もともと、蚕が吐き出す糸はとても繊細なので、
それを織物にするためには、
強度を増すために、糸にコーティングをします。
だから糸自体はシルクなんですけれど、
合成物を使って、表面に糸を硬くする加工をし、
織りやすいようにするんです。
皆さんが思われているシルクのサテンとか、
よく出ているシルクの下着は、
洗った後にパリッとするというか、シワになる。
それは糸の周りにコーティングをしているからです。
ma.to.waに関しては、その硬いコーティングをしないで、
糸をそのままニットにしています。
ma.to.waのふわっとした柔らかさは、
それゆえに出ているんです。
逆に言うと、テカテカ・ゴワゴワのほうが、
作り手としては、製品化しやすい。
だからma.to.waに関しては、
作り手がすごく苦労するんです。
それでも、実際に着る方の気持ちになったら、
こっちのほうがいい、と、
自分もユーザーのひとりとして、心の底から思うんです。
ほかの下着とは、つくるときの発想が違うんですね。
何故シルクが好きかと言うと、
やっぱり肌に馴染んで気持ちがよくて、
夏は涼しくて冬は暖かいという、
肌と同じように調節をしてくれる素材だから。
ma.to.waの下着は「白いシャツをめぐる旅。」でも
取り上げていただいていますが、
夏に着てもベトベトしないし、
冬に汗冷えしても寒くない。
旅行に持っていき手洗いをしてもすぐ乾く、
そんな評判をいただいていています。
「汗の匂いもしなくなりました」と
おっしゃるかたも多く、
消臭機能をつけているわけではないのですが、
こういうところは、さすがに自然素材ですよね。
匂いがこもりません。
結構長く着ても、乾きがいいので生乾き臭も少ないです。
シルクを編んだり織ったりしたときに、
ボロボロ落ちていくローシルクから
化粧水や乳液をつくる技術があって、
基礎化粧品の分野では注目をされていますよね。
化粧水は、滲み込みは早いんですけれども、
塗っちゃうと落ちちゃうので、
下着であれば、いつも化粧品を着ている、みたいな、
そんな感じですよね。
じっさい、シルク工場の女の子たちの、
蚕を茹でてお湯から糸を引き揚げる作業をしてる手は、
ものすごく綺麗なんですよ。
そういえば、私が小さいとき、
祖母がもうボロボロになったシルクのお腰を
切り刻んでちっちゃい袋を作って、
その中に米ぬかを入れて顔を洗っていました。
しかも、その後、何もつけないでいても、
とても肌がきれいでした。
亡くなるまでツルツルでピカピカだったんです。
私もじっさい、シルクを身に付けてから、
ストレスでできる吹き出物が
ずいぶん減ったように思います。
私みたいにふだんノーメイクで、
一切何もつけない、という人にも、すごくお勧めです。
ma.to.waの下着は、
シルクってつるつるしてひんやりするでしょう?
‥‥と思っているかたにこそ、
ぜひ、試してほしいと思うんです。
(つづきます)
ma.to.wa
やさしい肌ざわりを、自分のために。
年齢を重ねるごとに、
気になってきたのは、
下着の肌ざわり。
やさしく、やわらかく、
なるべく肌に負担をかけないものをと、
くしゅっとさせたり、さすってみたり。
ことに肌が乾燥にさらされる冬は、
いつもより慎重にえらびたいもの。
今週のweeksdaysは、
「ma.to.wa」のシルクの下着をご紹介。
持った時に、ふわり。
着てみると、しっとり体に馴染みあたたかい。
「体がやさしい何かに守られている」
そんな着心地。
キャミソール、キャミチュニック、
Vネック長袖、ショーツ。
色は冬の空気に馴染みそうな、
おだやかな「モカ」「ネイビー」「モーブ」の3色。
「今日はどれにしようかな」
服をえらぶように、
下着もえらびたい。
今年の自分のクリスマスプレゼントは、
「ma.to.wa」の下着にしようかな、
なんて思っています。
私だけのクリスマスケーキ
ミッション系の学校で育ったせいか、
クリスマスは割と身近だったように思う。
11月末くらいから準備がはじまり、
学校自体が慌ただしくも慈愛に包まれるような、
独特の雰囲気になる。
ミサでは、アドベントキャンドルが
クリスマスまで毎週1本ずつ灯されていく。
其処此処に、生誕のアドベントやツリーが飾られ、
大きなモミの木の点灯式、
聖歌隊の募集に、クリスマス会の練習。
クリスマス会では、最後に聖堂にて
高等部の全員によるハレルヤの大合唱を披露するのが
会の一番の演し物で、
この時期は、クリスマスに向けて
ハレルヤの練習を授業そっちのけでやっていた。
今でも、ハレルヤのソプラノは全て歌えると思う。
思春期には、聖歌隊に誘われないように
静かにしていた位だが、
幼稚園の頃のクリスマス会は、
それは待ち焦がれた一大事であった。
私の一番の楽しみは、
会の最後に表れるサンタクロースが、
園児全員に小さなケーキをプレゼントしてくれる事だった。
ひとりずつに配られるクリスマスケーキは、
小さく作られた丸型で、
バタークリームのバラの花が飾られ、
メレンゲのサンタクロースが乗っているもの。
バニラ味とチョコレート味があり、
ランダムに配られる。
どちらがくるのかは不明で、
その当時はチョコレート味がよかったのか、
開けてみて、白いバニラ味だった時の
落胆した気持ちはよく憶えている。
生家は、商売を営んでいて、
毎年お付き合いという事もあり、
クリスマスケーキが最低でも3~4台はあった。
生クリームのもの、アイスケーキ、焼き菓子のもの。
幼稚園時代は、そこにクリスマス会の小さなケーキ。
このクリスマスケーキの渋滞にあまりいい思い出はなく、
「頑張って食べなければならない」
という、家族全員の静かな決意の元に、
冷蔵庫にある大きな箱がなくなるまで続いた。
特に、生クリームのケーキは急がねばならず、
いつもより大振りに切られたケーキが毎食後並ぶ。
アイスケーキは、まだいい。
急がずとも、お客様がいらした際に
出せばよいという感じだ。
焼き菓子は、これは大体どちらかに
渡していたのではないだろうか?
私自体はあまり食べた記憶はない。
家に数多あるクリスマスケーキの中でも、
特別な美味しさや珍しさもない
バタークリームで作ったクリスマス会のケーキだけは、
別格だった。
私だけに渡されたケーキである。
切られていない丸いままのケーキ。
勿論ひとりでフォークを入れる。
メレンゲのサンタは途中で食べる。
チョコレートの家は一番に。
このケーキを誰が作ったのかも知っていた。
ケーキ屋さんである同級生のお父さんだ。
いつも買いに行くと、
笑顔で迎えてくれる友人のお父さんが作ったケーキ。
それもあわせて特別だったのかもしれない。
毎年同じでも、心待ちにし、嬉しくて特別だったケーキ。
自分だけの小さな丸いケーキにフォークを入れる、
年に一度だけの高揚感を今も手先が憶えている。
白いモスリン。
十数年前にロンドンの小さな食料品店で出会い、
長年気に入っていた紅茶を輸入し始めて、5年あまり。
出張ティールームのようなイベントも多いので、
ここ最近はクリスマスが近づくと、
ひたすらお菓子を焼く日々が続きます。
イギリスのクリスマスの伝統菓子といえば、
ミンスパイとクリスマスプディング。
ミンスパイは、ドライフルーツやスパイスで作る
ミンスミートを詰めた、小さなパイのこと。
クリスマスから公現祭の十二夜、
毎日1個ずつ食べると幸運が訪れる、
という言い伝えもあって、
イギリスでは毎年シーズンになると、
デパートからスーパーのお菓子売場まで、
ミンスパイが山積みになります。
いろいろな店で買い集めて、
食べ比べをしたこともありました。
有名シェフプロデュースのミンスパイは、
もみの木の香りをつけたお砂糖が
表面にパラパラとかかっていて、
ロマンティックな演出だったけど、
お味は正直‥‥。
いろいろなレシピがありますが、
私は数種類のレーズンやオレンジの絞り汁、
スパイス、刻んだりんごやくるみなどで
ミンスミートを作ります。
欠かせないのは、ブランデー。
香りづけはラム酒ではなく、
ブランデーを使うのがイギリス。
ミンスミートは作りたてよりも、
しばらくおいた方が
味がなじんでおいしいので、
11月になると、
早く仕込まなきゃとそわそわします。
一方で、毎年苦戦しているのが、
クリスマスプディング。
ドライフルーツをふんだんに使った生地は、
材料を混ぜるだけなので簡単ですが、
専用の陶器のボウルに詰めて、
長時間、蒸すのがひと苦労です。
昨年、ロンドンの友人が送ってくれた
彼女のママのレシピでは、
蒸し時間は、なんと4時間。
さらに半年以上、涼しい場所に吊るして干し、
食べる直前にまた温かくなるまで
数時間蒸すというのです。
いったいいつ作って、どこに干せばいいの?
暑くて湿気の多い東京で、
半年もおいて大丈夫だろうか‥‥。
もう少し手軽なレシピもあるけれど、
なかなか手強い。
北国のどこかに物置を借りて、
漬物小屋ならぬ、プディング小屋を作ろうか。
そんな妄想はふくらむものの、
試作すらままならず、挫折のくり返し。
以前、ロンドンのある店で見つけた
クリスマスプディングは、
プディングの入った陶器のボウルを
白いモスリンでふわりと包み、
素っ気ないタグをつけたシンプルさで、
造り物の柊の飾りや
クリスマスカラーのリボンもなく、
モスリンの柔らかな白さが際立っていました。
ガーゼのように薄く柔らかい
モスリンの布は、イギリスでは、
赤ちゃんのおくるみに使われるコットン。
そんなクリスマスプディングに憧れて、
ロンドンの生地街で
イメージ通りのモスリンを探し、
抱えて持ち帰ったのは、もう数年前。
今年こそは、いや、来年こそは‥‥。
出番を待つ白いモスリンを
横目で眺めながら、
寒い12月も、慌ただしく
過ぎ去っていきそうな気配です。
ロロスツイードのこと。
ノルウェー中部のロロス村。
海抜600メートル、冬はマイナス40度にもなるという
世界遺産としても知られる小さな村で、
「ロロスツイード」はつくられています。
無農薬の牧草で育つ羊の新毛(ニューウール)をつかい、
北欧で唯一、国内で紡績(糸づくり)をしている
関連会社のラウマ社とともに、
染織、機織りまでの製品化の工程を
グループ内で一貫しておこなっているロロスツイード。
その織物づくりの歴史は、
18世紀にまでさかのぼります。
ロロス村はもともと銅鉱山の町として
1644年から333年にわたって栄えてきました。
そんななか、18世紀に、鉱山管理者のヒョルト氏が、
まずしかった村の人々のための基金を設立。
それをもとでに、村人たちは
ウールなどの手織りの仕事をはじめます。
それが伝統的に受け継がれてゆき、
個人宅での手織り仕事をグループ化して、
まとまった販売所をもうけるというかたちで、
1938年にロロスツイード社が誕生しました。
そして1952年には織機を使っての工業生産を開始。
そうして現在のような、世界的に評価される
ロロスツイードがつくられるようになったのでした。


▲ノルウェーにあるロロスツイードの工房
原毛は「ノルウェージャン・ホワイトシープ」から。
無農薬の牧草を食べて育った
健康な羊たちから、春に刈り取った毛をつかいます。
この羊毛のいいところは、
水に強く、かつ、繊維の回復力が高いこと、
そして柔らかさも兼ね備えていることです。
織り上げた生地は、お風呂くらいの温度のお湯で洗浄、
乾燥ののちスチームとブラッシングを繰り返して、
ふんわりと起毛させることで、
ほどよいボリューム感がありながら、弾力性にとみ、
防寒・保温性ばつぐんのツイードがうまれます。
ロロスツイードの魅力は、品質だけでなく、
そのデザインにもあります。
ブランケットなど製品のデザインは、
基本的に社内のデザインチームが行ないますが、
ノルウェーを代表するような芸術家たちとの
コラボレーションも数多く手がけています。
もちろん、長く愛されている定番的なデザインもあります。
品質そして色とデザインのよさ。
これは、冬がながく厳しいノルウェイで、
家の中でたのしくあかるく暮らしたいという
ひとびとの気持ちから、来ているのかもしれません。

▲「ヴィンタースコッグ」(Vinterskog)という
ロロスツイードを代表する「もみの木」柄。
ROROS TWEED
ブランケットと湯たんぽ
陽だまり。
毛糸玉。
やかんの湯気。
ぶあつい靴下。
マグカップに入ったミルクティ。
雪柄のミトン。
キャンドルの炎。
空気も地面も冷たくなる、
こんな季節はやっぱりあたたかいものが恋しくなります。
今週のweeksdaysは、
ロロスツイードのブランケットと湯たんぽ。
色は、森のような深いグリーンと
部屋も気持ちも明るくしてくれる赤の2色です。
湯たんぽをかかえて、
毛布にくるまりながら、
読書したり映画を観たり。
寒い日が待ち遠しくなる、
ぬくぬくのアイテム。
冬仕度にいかがですか?
ちいさな革のトートバッグのコーディネート
ワンピースをさらりと一枚。
それに気に入りのバッグと靴。
そんなシンプルなよそおいが好きです。
今回、バッグと合わせたこのワンピースは、
さらりと一枚着ただけ‥‥なのですが、
ふわりとした袖やスカート部分のフレアのラインなど、
細かい工夫がところどころに感じられるもの。
シルバーにもよく馴染み、
ニットの質感をさりげなく引き立たせてくれています。
そこに合わせたのは、赤いショートブーツ。
少しだけクリスマスをイメージしたのですが、
明るめのブルーとか、
きいろなどのブーツでもよさそうだな、と思いました。
シルバーって、懐の深い色なのです。
バッグの持ち手に、
しなやかな素材のスカーフを結びました。
間口が空いているので、
スカーフを目隠し代わりにしても。
容量はたっぷりながら、
合わせる服によって、
ちょっとした夜のお出かけにも合うのも
このバッグのいいところです。
黒とグレーで統一したコーディネートを、
シルバーがまとめてくれる。
バッグを主役にした着こなしです。
清楚な水玉ワンピースを着る時は、
髪をしゅっとひとつにまとめて。
ふだんは小さなバッグを合わせるところですが、
今日はシルバーのバッグ。
バッグとファーのコートに目がいくから、
アクセサリーもつけません。
マットなシルバー、やわらかな質感のワンピース、
ふかふかファー。
色や服の形だけでなく、
「質感」のコーディネートもたのしんでくださいね。
(伊藤まさこ)
菊池亜希子さんとちいさな革のトートバッグ
シックになったり、カジュアルになったり。
このバッグ、持つ人によって
ずいぶん印象が変わりそうだな、
できあがった時にそう思いました。
あの人が持ったらどんな感じになるのかな?と
想像するのはたのしくて、
友人たちの顔を思い浮かべてはひとりでニヤニヤ。
おしゃれって、たのしいものですね。
weeksdaysでこんなバッグを作ったんだ、
と“あっこちゃん”こと菊池亜希子さんに報告したら、
「すてきなバッグ! 持ってみたい」とのお返事。
どんなコーディネートで
来てくれるのかなとたのしみにしていたら、
わー、全身まっ白でした!
「まっ白いコーディネートがもともと好きで、
モヘアとかコットンとか、いろんな質感の白の延長に、
シルバーのバッグを合わせたらきれいだなと思って」
あたり一面銀世界っていう景色が好き、
というあっこちゃん。
今日のテーマは雪の結晶とか、ゆきんこ、なんですって。
ギャザーがたっぷりよった
白のコットンパンツに古着のモヘアのセーター。
その袖口から出たブラウスのフリルがかわいい。
「襟とか袖とか、どこかにどっさり
フリルをこぼれさせるのが好きなんです」
ところで、
シルバーのバッグを
いくつか持っていると言っていましたが?
「基本的にマットなものとか、
もけもけした質感のものが好きだけど、
それだけだとなんだかケモノ的すぎるというか、
森の中の住人っぽくなってしまうので、
時々ツヤりとしたものや、
キラリとしたものが欲しくなることがあるんです。
そんなときにシルバーをひと匙足したくなります。
ゴールドより、そういった有機的な質感のものに
馴染む気がします。光とか水の輝きに近いからかな」
主役というより、あくまでひと匙、ひとつまみ、
味をひきしめる感じ、なのだとか。
さりげないシルバーづかい、参考になります。
「マチが大きくて、荷物が見やすいカバンには、
ストールとかを目隠しがわりに乗せることが多いけど、
わたしのストールは大抵フリンジとか
タッセルが付いているので、
このシンプルなバッグからはみ出ていたら
かわいいなと思いました」
ほんとうだ、
毛糸のポンポンがちょっと出ている。
ところどころで「ゆきんこ」が見え隠れしています。
かわいいけれど、シックでもあって
大人っぽいんだけど、お茶目なところもある。
さすがのおしゃれさん、なのでした。
(伊藤まさこ)
田中真理子さんとちいさな革のトートバッグ
おしゃれな人の定義は、
流行りに敏感とか、スタイルがいいとか、
そういうことではなくて、
なにより一番は
「自分に似合うものをよく知っていること」なのだと思う。
編集者の田中真理子さんとは
15年以上前からの知り合いですが、
その当時からずっと、ご自分にぴったりな
「真理子スタイル」を築いてらっしゃる。
まっ赤な丸襟のシャツとか、
だぼっとしたパンツとか。
おおっ! という新鮮な色づかいや、
私には着こなせなさそうな形の服をさらりと着こなす。
私のずっと先を歩くおしゃれのセンパイです。
「自分の持ってるバッグのほとんどが四角」
とおっしゃる真理子さん。
「しかも縦横の比率はだんぜん横長で、
ファスナーや蓋つきはほとんどなし。
色や素材は、様々なんだけど、
そこが共通しているところかな。
トートの延長でえらんでいるのかも。
だから、このバッグも最初見たときに、
いいなって思ったんだ」
古着のネイビーのニットに、
白いコットンのギャザースカート。
首元にはショッキングピンクのマフラー。
シルバーのバッグをお届けしてまだ間もないというのに、
もう完全にご自分のものにされているではありませんか。
「シルバーもいい。ピカピカしてないから、
グレーに近い感覚で持てて、白より私にはなじむと思う。
横長好きの私にもこのバッグの縦横比率は新鮮です」
でも、ですね、と真理子さん。
「口がしまらない分、たしかに緊張感もある。
持ちやすいか、っていうと
もっと持ちやすいものはあるかもしれない。
安全かというと、もっと安全なものはあるかもしれない。
いろんな場面に使えるか、というと、
A4サイズの書類は、とび出ちゃいますしね。
でも、そういうのは持ってるし、
このバッグ、他のバッグが持っていないものを
持ってますから、それでいいんです」
そうそう、私もひとつのバッグにすべての要素は求めない。
かわいければいいんじゃないの。
持っていてうれしければ、それでいい。
分かってくれて、うれしいなぁ。
「新鮮とか緊張感って、おしゃれにはとても大事。
持つと気分が上がるもの、着ると気分があがるもの、
そういうものを一つは身につけていたいです」
この日、散歩がてら真理子さんと近くの公園に行きました。
ネイビーのちょっとごわっとした
厚手のコットンのコートと、
足元はコム デ ギャルソンとドクターマーチンが
コラボレートしたという黒いごつめのタッセルつきの靴。
バッグの中を見せていただくと‥‥
わー、かわいい。
黄色いマフラー、ピンクの携帯カバーとエコバッグ。
「マフラーとか手袋とか、
冬の小物は派手めなものが多いので
そういうのを上にちょこんと乗せて見せられるのも、
うれしいです。
このバッグ、東京の街の今年の冬のお出かけ用になりそう」
なんてうれしいお言葉をいただきましたよ。
(伊藤まさこ)
シルバーの革のバッグ
曇った冬の空の下
ネイビーや黒など、モノトーンの服が多くなる冬。
コーディネートをあれこれ悩んだ末に、
よし、出かけようと鏡の前に立つと
「あれ?」
全身、なんだかくらい印象。
そんな時、ひとつ持つだけで、
モノトーンのコーディネートをかろやかに見せてくれる
バッグがあったらいいのにな。
そう思っていました。
素材は少しマットで
色は、はなやかさをプラスしてくれるものがいい。
形は少し変わった横長かな?
‥‥やがてできたのが、
このバッグです。
真横から見ると折り紙をパタンとふたつ折りしたような形。
でもマチがたっぷりあるから、荷物もたくさん入ります。
何よりうれしいのは、
コーディネートの主役になってくれるところ。
これさえ持てば、アクセサリーいらずなのではないかしら?
ちょっと曇った冬の空の下、
手元にシルバーのバッグはどうですか?
明日のLOOKBOOKをどうぞおたのしみに。
わたしのリースのかざり方
森のにおいを1日、感じていたいから
玄関ではなく、家の中に飾ることにしました。
場所はどこがいいだろう?
大きいのと小さいの、
よくばってふたつのリースが手元にある。
あっちをウロウロ、こっちをウロウロした結果、
大きい方はリビングのドアにかけることに決定。
少し明るめのグレーのドアと、
葉っぱと実だけの素朴なリースがなかなかいいじゃないの、
ひとり悦に入ります。
ドアを開け閉めするたびに、空気がちょっと動いて
リースが香る。
きらきらした街のイルミネーションよりも、
こんなクリスマスが私はだんぜん好みです。
小さな方は、テーブルの上においてもいい。
合わせるのは、ちょっとなつかしい感じの花柄のお皿。
リネンのナプキンと、シルバーのナイフ。
それから1ドルで買った古いグラス。
いつもと変わらぬセッティングでも、
まん中にリースがあると気分が違います。
食事が終わったら、リースは子ども部屋に移動。
ベッド脇のぬくぬくの座面の上におきます。
そう、壁に掛けるだけでなく、
こんな風に椅子の上や棚の上に飾ってもいいのです。
娘が「pomme(りんご)」と名づけたうさぎを
横においたら、
あたたかそうな空間のできあがり。
「子ども」というには、ちょっと大きすぎる娘だけれど、
いくつになっても、かわいいのが好きみたい。
あと何回、一緒に過ごせるのかしらね。
(伊藤まさこ)
木曜日のクリスマスイブ
私は木曜日が定休日の本屋で働いています。
大人の本ももちろんあるけれど、
絵本や児童文学をたくさん扱っている
子どもの本専門店です。
12月、クリスマスが近づく木曜日に店を閉めていると
私はそわそわとしてどこか落ち着きません。
定休日というのはわかっているのだから
わざわざ閉まっているだろう店を尋ねる人は
いないかもしれないけれど、
ひょっとしてクリスマスの贈り物の本を探しに来た人が
いたとしたらと考えずにはいられないのです。
うちは街中にあるので、他にも本屋はあるし、
今ではインターネットでいくらでも買えるのだから
きっと目当ての本があれば
手に入れることはできるでしょう。
けれどひょこりやって来てくれた誰かが
閉まっている扉の前で
がっかりして帰って行く様子を思い浮かべると
なんともやるせない気持ちになります。
そんな訳でなんとなく
12月の木曜日は店を開けてみるのです。
その年は12月24日が木曜日でした。
さすがに世のサンタクロースの皆さんは
早々とプレゼントは準備しているようで、
イブのその日はのんびりとしていました。
日も暮れてそろそろ店を閉めて
家に帰ろうかと準備をしていると
「まだいいですか?」
とお客さんが飛び込んで来ました。
「娘のクリスマスプレゼントに
ちょっと特別な絵本をあげたいと思うんですけど、
一緒に探してもらえませんか?」
とその人は息を切らしながら一気にそう言うと
すこしほっとしたようでした。
(うちは古いビルの5階なので
もし階段でいらっしゃればすぐにわかるのです。)
「もちろんです!」
と私は嬉しくなって
娘さんの年齢や
どんな本を最近は気に入って読んでいるのかなど伺って
気になる本を何冊かお見せしました。
するとその人が
「あ! この本、日本で翻訳されてたんですね」
と信じられないという風に一冊の本を手にとりました。
「私が子どもの頃
父親がアメリカ土産に
洋書のこの本を買って来てくれたんです。
もちろん英語はわからなかったけれど、
それはそれは夢中になって読んでいた
大好きな本でした。
いつの間にか手元から
なくなってしまっていたのに‥‥」
と懐かしい友達に再会したように話してくれたのです。
その本を包みながら
「ほうら、店を開けててよかったでしょう?」
とどこかでにんまりする自分がいました。
「やっぱりここに来てよかった」
と言ってくれたお客さんを見送りながら、
私も素敵なプレゼントをもらったような
気持ちになりました。
私は店を閉めてすっかり暗くなった道を
急いで家に向かいました。
今頃お腹をすかして
夫と子どもたちが待っているだろう、
夫は何かご飯を作ってくれているかもしれない
と考えながら‥‥。
本屋をしていると
クリスマスは自分の家や子どもたちのことはそっちのけで
ついつい店のことばかりになってしまいます。
けれど
「何か大切なものを届けたい」
という目に見えない想いのようなものがあるとすれば、
私が店や本やお客さんに向けているそれが巡り巡って
何処かから子どもたちに届けばいいのになぁと
都合のいいことを考えたりします。
街に溢れるクリスマスソングやイルミネーションに
少々うんざりするのですが、
たくさんの
「誰かに喜んでもらいたい想い」
が集まっているクリスマスの夜は
やっぱり特別な日なんだろうなと思ったりするのでした。
クリスマスとの戦い
高校生の頃、新しいカレンダーや手帳を手にするたびに
すぐ調べることがあった。
それは「バレンタインデーは何曜日か」である。
休日だとほっとした。
助かった。
学校に行かなくても済む。
でも、平日だと暗い気持ちになる。
自分がチョコレートを貰えるはずがない。
そう知りながら下駄箱を開ける時はどきどきして、
もちろん空っぽで、「ほら見ろ」と思う。
バスケ部のトースケと立ち話をしているところに
下級生の女子が近づいてきたら、素早く脇にずれる。
でも、そんなことしなくても
彼女のきらきらした目にはトースケしか映っていない。
終業のチャイムが鳴ったらすぐに下校だ。
もたもたしていて、何かを期待していると思われたくない。
だが、そんな脳内の戦いのすべては無意味。
私のことなんか誰も最初から気にも留めていない。
苦しかった青春のバレンタインデー。
でも、大人になってからのクリスマスはもっと厳しかった。
その日が何曜日でも逃げ場がない。
一年の中のただの一日に過ぎないのに、
どうしてこんなにも
自意識過剰にならなくてはいけないのか。
だいたい日本人は同調圧力が強すぎるんだよ。
もしも私が独裁者だったらクリスマスなんか‥‥、
とどんどん妄想が暴走してゆく。
会社にいる間はまだいい。
けれど、その日はやはりみんな早めに引き上げてゆく。
恋人のもとへ、家族のもとへ。
一人で残業する勇気はない。
でも、すぐに帰宅したら、
クリスマスなのにずいぶん早く帰ってきたな、
と家族に思われる。
ずっと独身で実家住まいの私のことを母は心配していた。
突然「結婚してくれる人はいないのかい」と訊かれて、
まさかそんな直球を投げてくるとは思わず、
ごくりと唾を飲んでしまったこともある。
仕方ない。どこかで時間を潰して帰ろう。
そう考えて会社を出た私は、気づくと銀座にいた。
どうしてそんな最前線に‥‥、と今考えても不思議だ。
たった一人でクリスマスと戦うつもりだったのか。
自分でもわからない。
寄り添う恋人たち、笑い合う家族たち、
そんな人々を見守る大きなクリスマスツリー。
逃げ場を失った私は、
ふらふらと高級時計店に入ってしまう。
よせ、やめろ。
自分で自分に豪華なクリスマスプレゼント。
それ、いちばんやばいやつだから。
でも、私には私の声が届かない。
アンティークの時計を買ってしまった。
チュードル・クロノタイム、二十六万円也。
店員さんは花のような微笑みを浮かべて
店の外まで見送ってくれた。
「ありがとうございました」。
美しい時計を腕に巻いて、魂が抜けた私は、
凍りつくような舗道を歩き、
路地裏の古いゲームセンターに入った。
もちろん、店内はがらがらだ。
でも、一人だけ、
トレンチコートの女性がテレビゲームをやっていた。
煙草をくわえたまま、敵の宇宙船と戦っている。
その無表情が美しい。
少し離れた席で、卓上に硬貨を積み上げて、
私も同じゲームを始めた。
ぴきゅーん、ぴきゅーん、ぴきゅーん、ぴきゅーん。
街中が幸せに輝くイブの夜、
私と彼女だけが地球を守っている。
あれから二十数年が経った。
あの時の腕時計はまだ実家のどこかにあるはずだ。
結局、一度もしていない。
クリスマスの季節になると、
ゲームセンターの彼女のことを思い出す。
幸せになっただろうか。
同志よ、あの夜、我々のおかげで
地球は、
人々の笑顔と安らかな眠りは守られた。