COLUMN

私だけのクリスマスケーキ

内田真美

ちいさいころのクリスマスの思い出を、
こんなかたに綴っていただきました。
料理研究家の内田真美さんです!

うちだ・まみ

長崎県生まれ。料理研究家として、
雑誌、広告、書籍などで活動。
著書に『洋風料理 私のルール』
(アノニマ・スタジオ刊)他など。
近著には、台湾の食、人、土地に魅了され
長年通っている台湾に関する本
『私的台湾食記帖』『私的台北好味帖』
(アノニマ・スタジオ刊)がある。
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ミッション系の学校で育ったせいか、
クリスマスは割と身近だったように思う。
11月末くらいから準備がはじまり、
学校自体が慌ただしくも慈愛に包まれるような、
独特の雰囲気になる。
ミサでは、アドベントキャンドルが
クリスマスまで毎週1本ずつ灯されていく。
其処此処に、生誕のアドベントやツリーが飾られ、
大きなモミの木の点灯式、
聖歌隊の募集に、クリスマス会の練習。
クリスマス会では、最後に聖堂にて
高等部の全員によるハレルヤの大合唱を披露するのが
会の一番の演し物で、
この時期は、クリスマスに向けて
ハレルヤの練習を授業そっちのけでやっていた。
今でも、ハレルヤのソプラノは全て歌えると思う。
思春期には、聖歌隊に誘われないように
静かにしていた位だが、
幼稚園の頃のクリスマス会は、
それは待ち焦がれた一大事であった。

私の一番の楽しみは、
会の最後に表れるサンタクロースが、
園児全員に小さなケーキをプレゼントしてくれる事だった。
ひとりずつに配られるクリスマスケーキは、
小さく作られた丸型で、
バタークリームのバラの花が飾られ、
メレンゲのサンタクロースが乗っているもの。
バニラ味とチョコレート味があり、
ランダムに配られる。
どちらがくるのかは不明で、
その当時はチョコレート味がよかったのか、
開けてみて、白いバニラ味だった時の
落胆した気持ちはよく憶えている。

生家は、商売を営んでいて、
毎年お付き合いという事もあり、
クリスマスケーキが最低でも3~4台はあった。
生クリームのもの、アイスケーキ、焼き菓子のもの。
幼稚園時代は、そこにクリスマス会の小さなケーキ。
このクリスマスケーキの渋滞にあまりいい思い出はなく、
「頑張って食べなければならない」
という、家族全員の静かな決意の元に、
冷蔵庫にある大きな箱がなくなるまで続いた。
特に、生クリームのケーキは急がねばならず、
いつもより大振りに切られたケーキが毎食後並ぶ。
アイスケーキは、まだいい。
急がずとも、お客様がいらした際に
出せばよいという感じだ。
焼き菓子は、これは大体どちらかに
渡していたのではないだろうか?
私自体はあまり食べた記憶はない。

家に数多あるクリスマスケーキの中でも、
特別な美味しさや珍しさもない
バタークリームで作ったクリスマス会のケーキだけは、
別格だった。
私だけに渡されたケーキである。
切られていない丸いままのケーキ。
勿論ひとりでフォークを入れる。
メレンゲのサンタは途中で食べる。
チョコレートの家は一番に。
このケーキを誰が作ったのかも知っていた。
ケーキ屋さんである同級生のお父さんだ。
いつも買いに行くと、
笑顔で迎えてくれる友人のお父さんが作ったケーキ。
それもあわせて特別だったのかもしれない。
毎年同じでも、心待ちにし、嬉しくて特別だったケーキ。
自分だけの小さな丸いケーキにフォークを入れる、
年に一度だけの高揚感を今も手先が憶えている。

2018-12-12-WED