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トスカーナの小さな村から。

未分類

伊藤
きょうは、「CI-VA」を
長く手がけていらっしゃる田中さんに
いろいろなことを教えていただきたいと
思って伺いました。
質実剛健な印象のある、
イタリア・トスカーナのファクトリーブランド、
ということくらいしか、
わたしは、知らずにいたんです。
田中
トスカーナのフチェッキオ(Fucecchio)
という自治体のなかの
トッレ(Torre)という小さな村にある、
自宅からスタートしたファクトリーブランドです。
現社長のお父さんが創始者で、
パオロ・チオーニさんというんですが、
ハンティンググッズのメーカーに
勤めていらっしゃったんです。
そしてご自身でもハンティングをなさるということで、
独立して、ハンティングのためのウェアや装具、
バッグや小物をつくるための工場として、
「CI-VA」を立ち上げたんですね。
「CI-VA」の「CI」(チ)は
チオーニさんのチ、なんですよ。
伊藤
「VA」(バ)は?
田中
創立時の共同経営者の名前のイニシアルだそうです。
それが1978年のことですから、
今年が41年目になりますね。
最初は、家の居間の横に裁断するための机を1個置いて、
ひとつずつつくっていたそうですよ。
伊藤
革バッグを、家で。
もともと、そういうメーカーに
お勤めだったということですが、
そのあたりはそういった産業の多い
土地柄なんですか?
田中
そうですね。革製品は、地場産業といえます。
同じトスカーナの隣町、サンタクローチェには、
革のなめし工場がたくさんあります。
「CI-VA」は、そのうちの22社が加盟する
“イタリア植物タンニン鞣し革協会”の
ギャランティを得られる、
トスカーナ産植物タンニンなめし革を
使用しているんです。
「CI-VA」製品についている
ギャランティカードに描かれている
手のひらのマークは、その証なんですよ。
伊藤
小さな村とおっしゃいましたが、
きっと、自然のゆたかなところなんでしょうね。
田中
そうですね、とってもいいところです。
僕はとても好きです。
田舎で、非常に「スロー」なんです。
食事もそうですし、生活の仕方も。
そして中小企業は家族経営が多いので、
ぼくらがイメージするよりもはるかに
集中して働いています。
昼休みは2時間半取るけれど、
働く時間は思いっ切り働くんです。
伊藤
時間の使い方が、
きっと私たちとは違うんでしょうね。
田中
そうですね、実際、かなり時間のかかるつくり方を、
日本の工場さんより、していると思います。
伊藤
根(こん)を詰めるためには、休みが必要ですね。
田中
一日のなかでもそうですし、夏休みや冬休みもたっぷりと、
きちんとリフレッシュすることが必要ですよね。
彼らは昔からそういう生活をしているようです。
同じ国でも、いわゆる都会のビジネスマンのかたがたとは、
仕事の仕方が違うと思います。
伊藤
そんな「ハンティングのグッズをつくっている工場」と、
日本のアパレル商社である金万とのおつき合いは
どうやってはじまったんですか?
田中
弊社の以前の取締役が、
フィレンツェのピッティ・ウォモ(毎年2回行われる
世界最大級のメンズファッションの見本市)に行き、
中央市場に出ていた屋台で、
とてもいい感じの革のバッグを見つけたんです。
それが「CI-VA」のヌメ革のリュックでした。
非常に価格が安く、クオリティがいいけれど、
全く知らないブランドだし、
小さく「CI-VA」のマークが入ってはいるものの、
それはフィレンツェの紋章でもあるので、
最初、ブランドとは思わなかったそうなんです。
地場産業ですから、
そもそもレザーは出展数が多いですしね。
あらためて商工会議所で調べてみたら、
「CI-VA」がハンティンググッズの
ファクトリーブランドであることを知った。
伊藤
どうしてその屋台に出ていたんでしょう?
田中
たまたま、その屋台のオーナーと
創業者のパオロさんがお友だちで、
屋台で展示したいと頼まれ、
断り続けたのにしょうがなく
3つだけつくった鞄があったんだそうです。
それをうちの取締役が見つけたのが最初の縁です。
伊藤
そこからはじまったんですね。もう30数年?
田中
そうですね、僕が関わってからでも、
30年以上になりますね。
いまは二代目の社長であるマッテオさんと組んで、
製品をつくっています。
いま「CI-VA」は、
輸出に関しては100%うちだけです。
伊藤
ということは、イタリアで、
ここのバッグを持たれてる方は‥‥?
田中
イタリアでは、ハンティンググッズとして、
完全に彼らのオリジナルとして売っているものがあります。
けれども日本で展開しているような
ファッション性の高いものについては、
イタリアでは販売をしていません。
ハンティングに使うものは、実用性が第一ですし、
色にしても森の中で目立ってはいけないから、
自由な色展開ができないんですよ。
伊藤
ハンティンググッズ、
いまでも、つくられてるんですね。
田中
つくってます。ただ、
ハンティングをする人が減ったし、
彼らが毎年出展していた
大きいハンティングの見本市もなくなっちゃった。
だから発表の場がなくて、
いまは、継続している得意先のオーダーを受け、
つくっているような状況なんです。
伊藤
地場産業だという革製品は、
そういったハンティングの文化から育ったんでしょうか。
それとも‥‥。
田中
「CI-VA」はハンティングがルーツですが、
一般的な革産業ということでいうと、
もともとフィレンツェ県って、
牛肉を多く生産する地域なんです。
その副産物として、当然、革ができますよね。
社長の子どもの学校の送り迎えについて行ったとき、
そこで会う父兄の人たちは、ほとんどみんな革産業に従事していました。
伊藤
福井県鯖江市が、めがね産業に
特化しているみたいな感じですね。
田中
そうですね。革自体をやってる方もいれば、
革に彫り物などの加工をする仕事、
そのための刃物をつくる仕事と、
いろんな意味で皆さんが革に関わっています。
毎年トレンドのカラーを出すためのデザイン会社、
設備の会社、使う金具をつくる工場さん、
売るメーカーさん‥‥。
伊藤
その土地でつくられたものが、イタリア全土に、
もしかしたら世界中に?
田中
はい、世界で売られていますね。
いまは中国のかたが多く買い付けに来ていますよ。
けれども、もとが肉牛ですから、
大量のオーダーが入ると、革が足りなくなり、
原料の相場が上がっちゃうんです。
いまは比較的落ち着いてますけれど、
イタリアの革で全て、つくれるかっていったら、
全然、賄えないんです。
だからいま、「CI-VA」もそうですけど、
フランス産の革が多くなりました。
伊藤
「CI-VA」は、OEM(自社製品ではなく、
発注先のブランドの名前でつくること)も?
田中
ヨーロッパでは、ありますね。
各国の有名なハンティングメーカーとのコラボも。
そんなふうに黒子でやっている仕事もあります。
伊藤
でも「CI-VA」が「CI-VA」としてつくる、
女性が持ってもかわいい、素敵だと思えるバッグは‥‥。
田中
そう、うちだけなんです。

CI-VA

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両手を自由に。

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出かける時、
何はさておき心がけるのは
「荷物はできるかぎり少なめに」ってこと。

いつも大荷物で移動する、
スタイリストという仕事をしている反動からか、
ふだんは手ぶらで歩きたいくらいなのです。

とはいっても、
お財布に電話、ハンカチ、リップ‥‥
いくら少なめにしたとはいえ、
ポケットにはおさまらない。
小さくて、両手も自由になって。
そんなバッグが欲しかったのでした。

今週のweeksdaysは、
イタリア・トスカーナに工房をかまえる
「CI-VA」と作ったネイビーのショルダーバッグ。

小さいけれど、必要なものはちゃんと入る。
カジュアルにも、
ちょっときちんとしたい時も、
旅にだって持って行けちゃう。
一年通して持てるシックな色合いもいいのです。

「CI-VA」の刻印をひっそり内側にひそませて、
かぎりなくシンプルにした
weeksdaysのオリジナルは全部で4つ。
手ぶらでらくちん。
足取りも軽くなりそうです。

いっしょにつくった「トラベルセット」のこと。

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伊藤
わたしが「OSAJI」につくってほしいと思ったのが、
基礎化粧品のトラベルセットでした。
毎日使うものは、旅にも持って行きたい。
だから旅用のちいさなパックが欲しい。
探すと「ないなぁ」と思うものなんですよ。
それで面倒くさいから、
家で使っている大きなボトルを
そのままトランクに入れて持って行っていたんです。
飛行機に乗る時は、たとえば、コットンに沁み込ませて、
ちいさなビニール袋に入れて‥‥って。
茂田
機内は湿度がゼロパーセントですからね。
伊藤
保湿し過ぎは肌が怠けるというけれど‥‥。
茂田
「ある程度、保湿は必要なんだけど、
やりすぎはだめですよ」
ということだと思います。
伊藤
それで、よく使う基礎化粧品は、
大きいのを持って行くんじゃなくて、
ちょうどいい量で旅行に持って行ける
セットが欲しいなって思ったんです。

――シャンプーやボディソープではなく、
基礎化粧品なんですね。

伊藤
そう。シャンプーやボディソープは、
洗い流しちゃうから、まだ我慢ができるんです。
ホテルにある、いつもと違うものを試すのも楽しいし。
でも基礎化粧品は肌にずっとつけてるものだから、
じぶんの肌に合ったものを持って行きたいんですよね。
茂田
だから、今回のセットは、
フェイシャルクレンズと、
フェイシャルウォッシュ、
フェイシャルトナー、フェイシャルゲル、
それからボディゲルとUVプロテクト ローション。
伊藤
日焼け止めを入れるかどうかは迷ったのですが
茂田さんが
「今は、年中つける人もいるし、
夏に関係なく、日差しの強い場所に
旅に行く人も多いから、つけましょう」と。
「たしかに私も毎日つけているわ」って。
香りは基本的に無香料
(OSAJIでは「ムク」と表記)
ですが、ボディゲルだけは、
好きな香りをつけてもらって。
その香りを選ぶ工程も楽しかったです。
茂田
セージや、フェンネルやレモン、
いろいろ試しましたね。
伊藤
こっくりした感じがいいと、
オレンジとクローブに決まりました。
最初は、ほかのものにも香りがあったのだけれど、
そこまで要らないかな、
ボディゲルだけでいい、と。
パッケージは、
OSAJIを知ってる人に馴染みやすく、
かつ「weeksdays」らしくと考えて、
オリジナルでつくりました。
旅に良いサイズにおさまりましたね。
――
極力シンプルに、6本を入れて持ち歩ける
プラスチックのケースに容れました。
内田
これがほんとうに「かわいい」。
しかもこういうセットで
6種類入っているのも珍しいですよね。
茂田
デザインは、ぼくと、
伊藤さん、「ほぼ日」のみなさんとで
ずいぶんやりとりをしましたね。
こうしていいものができて、
ぼくも嬉しいです。
伊藤
機内持ち込みもできるサイズですよね。
――
国際線の機内持ち込みは、化粧水など、
「100ml以下の容器に小分けして、
1リットル以下のジッパー付き
無色透明プラスチック袋にまとめる」
というルールがあります。
今回、フェイシャルクレンズと
フェイシャルウォッシュ、フェイシャルゲル、
UVプロテクト ローションがそれぞれ30ml、
フェイシャルトナーとボディゲルは各50mlですから、
じゅうぶん機内に持ち込めます。
茂田
うんうん。
伊藤
いつもドキドキしちゃうのが、解消される!
それさえ持てば、旅立てるっていうのが、
いいでしょう?
茂田
伊藤さん、いままでこれを、
フルボトルで持って行ってたんですね‥‥。
伊藤
そうなんです。
でもこれくらいで1週間、ちょうどいいはず。
容器の種類も、内容に応じて、
茂田さんのアドバイスもあって、
使いやすいかたちをえらびました。
粘度の高いものはこういう容器がいい、
というようなことは。
私たちがわからないことだったので。
茂田
チューブはキャップが離れないほうが便利とか、
伊藤さんがおっしゃってくれた意見も取り入れていますよ。
伊藤
そうそう、飛行機の中で転がって行かないようにって、
1つずつ、使い勝手を考えての
パッケージにしたんですよね。
あと、大事だったのは、
それがちぐはぐにならないで、
6本が並んだ時に、かわいいものにしたかった。
買う時のポイントって、もちろん品質が第一だけれど、
内田さんがさっきおっしゃったみたいに、
「かわいい」って、すごく大切だと思うんです。
――
旅行用としてつくりましたが、
家で使ってもいい感じですよね。
伊藤
そう! 家に置いても嫌じゃない。
すごく細かいやりとりが、
会うたびにいろいろあって、
ちょっとずつ進んで形になりました。
茂田さん、今回のアイテムが
ちゃんとみなさんに受け入れられたら、
わたし、次につくりたいものがあるんです。
茂田
ん? なんですか。
伊藤
それは‥‥(モニョモニョモニョ)。
茂田
なるほど! それはいいですね。
つくりましょう。
だったら、成分をああして、こうして‥‥。
伊藤
わぁ、できそう!
――
次のアイテムが決まりそうです。
まずはこのトラベルセットを
たくさんのかたに使っていただきたいですね。
伊藤
茂田さん、ありがとうございました。
これからもどうぞよろしくおねがいします。
茂田
こちらこそよろしくおねがいします。
また、相談しましょう。

肌質を選ばない、ユニバーサルなものづくり。

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伊藤
メッキの仕事にやりがいを感じていたなかで、
化粧品への情熱を失いかけていた茂田さんに、
社長でもあるお父様からのひとことが、
「お前、いつまでメッキの仕事やってるんだ?!」。
そもそも、お父様は、
メッキの業界の未来を憂いていたわけですから、
ずっと、そう思ってはいたんでしょうね。
社長って、やっぱり、先を見据えますよね。
従業員もいるし、家族もいるし。
茂田
時代って、ずっと同じじゃないですからね。
先を見たことに対して
ガンと貫いてやりきらないと、
やっぱり変革って、できない。
変化っていうのは怖いものだし、
変化した先の保障って何もない中で、
それでも変化をしていかなきゃいけないわけだから、
そういう意味では、うちの社長は、すごいと思います。
中小企業としては、かなり早い段階で
インドネシアに工場を作ったし、
タイに日系企業が進出する時も、
メッキ屋のコンサルを3社くらいやったりとか、
本当に、未来に明るい人なんです。
伊藤
そんなお父様から、
「いつまでメッキをやってるんだ?」。
でも、茂田さんは、
化粧品へのモチベーションが、ちょっと落ちていた。
どうやって持ち直したんですか?
茂田
人づてに、ある女性を紹介されたんです。
それが東京に出るきっかけにもなったんですが、
その人が「nesno」を見て、
「この化粧品は売れる」って断言してくださって。
さらに、その方を通して知りあったふたりの方から、
──ふたりとも、その業界ではよく知られた方ですが──、
マーケティング、PR、
クリエイティブ、パッケージデザイン、
ブランディングの攻め方などを、
ぼくは学ぶことになったんですよ。
伊藤
へぇ!
茂田
そのおふたりが、またすっごく
いろんな人をつないでくださって。
それが震災前の2010年のことでした。
いろんなことがバタバタバタって動きました。
伊藤
きっと「この人はやるわ!」みたいな感じで、
いろいろ紹介してくださったんですね。
「メッキに費やしていたエネルギーを、
こっちに持っていらっしゃい」みたいな。
それで、ふたたび、茂田さんは
その気になったわけですね。
茂田
はい。やっぱりものづくりが楽しいなって、
あらためて思いました。
ぼくらは、客観的なマーケティングデータとかを
まったく無視して、とにかくいいものをつくろう、
そんな気持ちがもともとのルーツにある。
でもあらためて、ものづくりっていうのは
こんなふうにプロセスを踏むものだ、
みたいなことを学ぶのも、
その時、とても楽しかった。
伊藤
そんななかから「OSAJI」が生まれたんですね。
茂田
そうですね。ぼくは、じつは化粧品では
子ども用のスキンケアライン、
ラグジュアリーなスキンケアラインなど、
いろんなブランドを立ち上げているんです。
そして、世の中のトレンドとしては、
オーガニックへの信頼、植物への信仰、
そういうものが強くなっていきました。
でも、母は植物由来の化粧品でかぶれたわけです。
そのことをずっと考えていて。
伊藤
私も、そういう化粧品で、荒れる時がありますもの。
茂田
ありますよね。
伊藤
オーガニックだからいいはず、
って思っちゃうんだけど、
そうだとは断言できないんだな‥‥って。
茂田
だから、ぼくは、「OSAJI」に行き着くまでは、
「植物由来成分だって、怖い時は怖いんだよ」って、
いろんなところで書いてきたんです。
日本の化粧品メーカーとして
そういうポジショニングのメーカーが
あってもいいだろうと思ったし、
「脱クレンジング」と言って、
クレンジングがなくても落ちるメイクを提案したり。
とは言え、自分たちの資本力と、
拡散する力がうまく回らなかった。
ぼくらが、そういう志向で提案しても、
思うように広がっていかない。
「nesno」にしてもそうでした。
結局、オーガニックっていう言葉の響きって、
すごく魅力的だから、皆さん、
他社にブランドスイッチ(こころがわり)
する方も結構いて。そんななかで
「ぼくらはこれから化粧品メーカーとして、
どうやって生きていくべきか?」
を、すごく考えるようになりました。
そこで、敏感な肌のためにつくるっていうよりも、
「肌質を選ばない、ユニバーサルな化粧品」
を目指したんです。
伊藤
ユニバーサルというのは、
「みんなが使える」という意味ですね。
茂田
はい。もちろんオーガニックを魅力と感じる人にも
きちんと響きながら、安心に使えるものをつくろう。
そういう考え方を持つことが、
化粧品をつくるぼくらがやるべき使命なんじゃないのか、
と思い直したことから、「OSAJI」がうまれました。
伊藤
「OSAJI」には「敏感すぎる肌にならないために
続けたいもの」がラインナップに揃っていますよね。
わたしはもともと、メイクアップアーティストの
草場妙子さんに頂いたんです。
茂田
草場さんは、ぼくは付き合いが長くて、
『リンネル』で連載を持っていた時、
草場さんが、撮影のメイクで入ってくださったりとか。
伊藤
いただいた化粧水が、
敏感肌のわたしにもすごくよくて、
それからずっと使っています。
私は乾燥に弱く、
乾くとすぐトラブルをまねいてしまうので、
日々のケアがものすごく大切。
どうにかなってからでは遅くって、
いつもすこやかな肌でいるために、
何をつけたらいいのかなと思っていたところに、
OSAJIと出会ったんです。
気軽に通販で買えるのもうれしいし、
値段も魅力です。とても求めやすい。
それならずっと使い続けられる、という価格設定が
すばらしいと思うんです。
内田
ありがとうございます。
「OSAJI」は、もっと上の価格帯のものと同等か、
それ以上だと思います。
どうしてですかと訊かれるんですが、
こうして自社工場でつくれるからなんですよ。
伊藤
この品質と、この価格設定だったら、
繰り返し使うお客様がすごく多いと思います。
茂田
そうなんです。
こうして細々とでも商売をやってこれたのって、
リピート率が高いからなんですよ。
魅力をわかって、使い始めてもらうまでの
ハードルは高いんだけれど、
一回使い始めた方のリピート率が高いんです。

家族の肌をなおすために。

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伊藤
工場を見せていただいて、おどろきました。
1階に「真空乳化装置」という、
製品をつくる、大きな機械がひとつ。
そこでつくられたものを、
2階にはこび、ボトル詰めをして、製品化する。
ほんとうにコンパクトにつくられているんですね。
「OSAJI」にはたくさんのラインナップがあるので、
きっと大きな工場で
オートメーションでつくっているのかと思っていたんです。
それが、機械を使っているとはいえ、
つくるのも、容れるのも、すべて手作業で。
茂田
ちいさな工場でしょう?(笑)
さすがにもう、設備が足りなくなってきたので、
拡大したいと思っているんですが。
伊藤
開発をおこない、レシピをつくるのは、
東京の日本橋にあるラボですよね。
茂田
はい、開発や営業、デザインのチームは
東京に置いているんですよ。
群馬には、この工場のほかに、
車で20分くらいのところに
パッケージの工場があるんです。
だからぼくは、群馬2箇所と
東京を行ったり来たりして仕事をしています。
伊藤
もうひとつ驚いたのは、
ここ(高崎)のOSAJIの工場が、
「日東電化工業」という、
メッキの工場のなかにつくられていたこと。
もともと家業がメッキ工場で、
そのなかに「OSAJI」など、
茂田さんがなさっている基礎化粧品ブランドの
ヘルスケア事業部があるんですね。
茂田
はい、メッキ工場は父で三代目になります。
いまは主に兄が、その部門を担当しています。
伊藤
茂田さんは、なぜメッキ工場のなかで
ヘルスケア事業部を立ち上げたんですか?
茂田
話せば長いことながら‥‥、
こことは別に、
前身となる会社をやっていたんです。
ぼくが大学を出た頃は就職氷河期の時代で、
だったらベンチャー企業を
立ち上げようという気運がありました。
ぼくは最初は音楽業界に入ったんですが、
それを辞めて、友人といっしょに
パッケージデザインの会社をつくりました。
ものをつくることが好きだったので、
ゆくゆくはメーカーとして何かやりたい、
と考えていたなかで、母が交通事故に遭いました。
その後遺症なのか、母は顔や身体に湿疹ができ、
いままで使っていた化粧品で
炎症を起こすようになってしまったんです。
母はもともと食品も無添加のものを選び、
化粧品も「食べても安全」をうたっているような
メーカーのものを使っていた人なのに、
それが肌に合わなくなってしまった。
ぼくはその当時、化粧品のことを
何も知らなかったんですが。
伊藤
それが何年くらい前のことですか。
茂田
1999年あたりだから、20年前くらいですね。
母親がそういう状態になって、
なぜ使えなくなったのかを調べることから始め、
母が使える化粧品をつくろうと、
自宅のキッチンでつくりはじめたのが
いまにつづく事業を立ち上げたきっかけです。
それで、やり始めたら、無性に楽しくなって。
伊藤
そのレシピはどうしたんですか?
茂田
それが困ったんですよ!
化粧品を学ぶための本は、
世の中に1冊くらいしかなくて、
読破しても、つくるための本当のノウハウは
書かれていないんです。
そこで原料メーカーさんに直談判して、
いろいろ教えてもらったり。
当時は、工場もなく製造ができたわけじゃないから、
製造を頼んでいた会社を見学させてもらったり、
そんなふうに自分の中でノウハウをつくって、
やっと、こうしてつくれるようになったんです。
伊藤
それでお母様のお肌の調子はどうなったのでしょう?
茂田
いろんな意味で行き着いた処方があって、
それを使うことで肌が改善していきました。
もちろん時間が経っていたので
自然治癒的にもよくなっていったんだろうけれど、
ずいぶん落ち着いていったんです。
それから、もっと突っ込んで、
皮膚の機能だったり、構造だったり、
それが改善するとか悪化するとかっていう要因はなんだ?
みたいなことを勉強していきました。
そういうことを学ぶことが自分にとっては楽しくて。
叔父が皮膚科医だったので、最新の論文とか、
「こんなの出たよ」みたいなことを
教えてもらったりとかしながら。
伊藤
なるほど。
茂田
そうして最初につくったのが、
「nesno」(ネスノ)というブランドでした。
これは今も継続しているんですが、
当初、その箱をつくっていた人を、
事業を立ち上げるにあたって、
仲間として呼ぶことにしたんです。
それがいまプロダクトマネージャーをつとめている
内田謙太郎です。
内田
ある日、茂田が「俺、化粧品つくる」と言うんです。
それで、「化粧品をつくるんだったら、
自分に全部そのパッケージをやらせてくれ」と。
そしてたまたま自分がその会社を辞めた時、
「一緒にやろうよ」って、引っ張ってくれたんです。
ところが、すっかり化粧品をつくる気でいたら、
最初に茂田といっしょに
メッキの仕事をやることになって。
伊藤
えっ、えっ?(笑)
茂田
これも話せば長いんですが、
父の経営する日東電化工業に入った理由っていうのは、
これから先、自動車のエンジン部品の仕事は
電気自動車になれば減っていく、
そうなった時に、今の売上軸はなくなるわけだから、
何か新しい事業を始めたいと、
父である社長は思っていたからなんです。
そんなところに、自分がちょうど、
サラリーマンとしてじゃなく、
外で化粧品メーカーをはじめていたものだから、
「だったら日東電化の中でやろうよ」という話になって。
ところが、入ってみたら、
若手の職人が多い会社だったこともあって、
多少の無茶がきくものだから、
仕事がたくさん入ってきていたんですね。
他のメッキメーカーで応えられないことを、
応えられる体力があった。
ぼくは化粧品のことをやるために入ったんだけれど、
その状況をみて、
「いま、化粧品やってる場合じゃない!」
と、なってしまって。
本当に、待ったなしで明後日には
モノを納めなきゃいけないのに、
不良品が出た! どうする? 寝ずに働くか?
‥‥みたいなことをやっている現場を無視して、
化粧品をやるのも、違うよね、って。
だから「いつか化粧品をやるんだ」っていう
未来のビジョンをもちながらも、6年間ほどは、
内田も巻き込んで、メッキの仕事をしていたんです。
ほんとうに働きに働いて、
その6年間で社員も増え、
年商も2.5倍くらいになりました。
伊藤
じゃあ「nesno」は、
その時は、止めていたんですか?
茂田
いや、売ってはいましたけれど、
県内の美容院とか、ちょっと通販とか、
そんな程度でした。
伊藤
会社が安定して、それで化粧品に戻られた?
茂田
ところが、ぼくもそこまでメッキにどっぷり浸かると、
すっかり化粧品へのモチベーションが
低くなってしまったんです。
母親もすっかりよくなっていたし、
しかし父である社長が、ぼくの肩を叩いて、
「お前、いつまでメッキの仕事やってるんだ?!」
と。

OSAJI

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イベントのお知らせ 「伊藤まさこの器のお店」@TOBICHI東京

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伊藤まさこの器えらび』出版を記念して、
イベントを開催します。
題して「伊藤まさこの器のお店」。

ゴールデン・ウィークの
TOBICHI京都から始まったイベントを
TOBICHI東京で開催します。

書籍の中で紹介されている
weeksdaysの鋼正堂の器や、
買いつけたふるい器やかごなど、
伊藤さんがセレクトした器を販売します。

▲こちらは5/8(水)までTOBICHI京都で開催していた
イベントの様子です。

会期は、5月17日(金)から5月19日(日)まで。
会期中は、伊藤さんが毎日在廊し、
初日の夜には、トークショーを行います。

伊藤まさこさんと、
担当編集者のトークイベントを
開催します。

テーマは「器とのつきあい方」。
『伊藤まさこの器えらび』担当編集者の
見目勝美さんと一緒に
器えらびのポイントから、盛り付け方、お手入れ方法など、
器にまつわるいろいろなお話をうかがえます。
【日時】
5月17日(金)
19:30スタート(20:30終了予定)
【場所】
TOBICHI② 2階(開場19:15)
【定員】
20名
【参加方法】
こちらのページをご確認ください。

伊藤まさこさんが、毎日在廊します。

毎日数時間、伊藤まさこさんが在廊します。
タイミングがあえば、伊藤まさこさんご本人から
器えらびのアドバイスをうかがえる可能性も!
在廊時間はTOBICHI東京のtwitter
お知らせしますので、
ぜひチェックしていらしてくださいね。

伊藤まさこさんがセレクトした
器などを販売します。

『伊藤まさこの器えらび』書籍にも紹介されている
weeksdaysで取り扱っている器をはじめ、
伊藤さんがセレクトした器などを販売します。
普段はネット販売のみのweeeksdaysの器を
実際、手にとってご覧いただけます。

鋼正堂東屋、などのほかにも
伊藤さんが買いつけたふるい器やかごなども取り扱います。

3日間のぎゅっとしたイベントです。
みなさまのご来場、心よりお待ちしています。

再入荷のおしらせ

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完売しておりましたアイテムの、再入荷のおしらせです。
5月16日(木)午前11時より、以下の商品について、
「weeksdays」にて追加販売をおこないます。

折敷 胡桃油仕上

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「なんだか、
いつもより特別に用意してもらったみたい」
これははじめて折敷を使った娘が言った言葉。
「自分のためだけ」って気がするんですって。
なるほどなぁ。

用意するこちらとしては、
この長方形の中に器をどう配置するかが
腕の見せどころでもあるのですが、
じつは範囲が限られているからか、
テーブルに配置するより、
ぴたりと決まる確率が高い。
使い始めると、折敷のすばらしさに気づかされます。

サイズは、ふだんのごはんに合うスタンダードなものと、
ちょこっと飲みたい時やおやつを食べる時に重宝しそうな、
小さなものの、大小ふたつ。
使い始めて気づいたのは、
和のものと思っていた折敷が
洋もののプレートや中国の茶器とも相性がいいということ。
素材が楢で、この上なくシンプルなデザインだからかな、
これはうれしい発見でした。

朝も昼も、おやつの時間も。
また夕暮れ、お酒を飲む時も。
あらゆるシーンに活躍してくれそうです。

(伊藤まさこさん)

saqui Vネックワンピース

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ブラック、ネイビーが入荷します。

同じ形でボートネックのワンピースを持っているのですが、
パンツ同様、こちらもとても出番が多いアイテムです。
今回、weeksdaysのために襟元をVネックにしてもらい、
首まわりすっきり。
ネックレスやピアスとのコーディネートが
たのしめるのもうれしい。

1枚着るだけで、すらりと洒落た印象になるワンピース。
ソックスにヒールの靴は私の定番ですが、
これから冬にかけてはタイツやブーツとも合わせてみたい。

(伊藤まさこさん)

旅の仕度とスキンケア

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長い休みが終わったのもつかの間、
次に心が向くのは夏休み。

どこに行こうか、
何をしようか?
頭の中で、妄想してはひとりでわくわく。
そう、予定を立てる時から、
旅ははじまっているのです。

行き先が決まったら、
旅仕度にとりかかります。
といっても、
私の仕度はいつも簡単。
リラックスできるルームウェアと下着、
デニムにTシャツ、
ちょっとおしゃれして出かける時のワンピース。
スニーカーとサンダル。
それから本を数冊。
それらをスーツケースに入れたらおしまい。
忘れものをしたら、
旅先でそろえればいいさ、
おおらかな気持ちになるのも、
休みの前だからかもしれません。

けれども、どうしても忘れてはならない、
そう思っているのがスキンケアのアイテムです。
機内での乾燥や、
日焼け対策、
気温や温度の差などなど、
旅先ではいつもとちがう環境にさらされる機会が多いもの。
肌もいつもより敏感になりがちです。

そんな時は、
自分の肌に馴染んだ、いつものアイテムを使いたい。
詰め替える必要がなく、
ちょうどよい量のものがあったらいいな、
そう思っていました。

今週のweeksdaysは、
これさえあれば準備は万端。
そんな心強いアイテムがセットになった、
OSAJIのスキンケアをご紹介します。

ほどよい分量がおさまっているので、
旅だけでなく、
OSAJIが「はじめまして」の方にも、
お試しいただけてよいのではないかな、
なんて思っています。

chizuさんに着ていただきました③

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白から生成りにかけてのグラデーションがうつくしい、
ローブのコーディネート。
「同系色でまとめるとラクよ」。
さらりとおっしゃいますが、
折りあげた袖からのぞく、白い長袖Tシャツの分量とか、
素材の組み合わせ方とか。
さりげない「抜け感」は、
そうそう真似できない。

「60年も着たり脱いだりしていると、
これにはこれかな? なんて、なんとなく分かるものなの」

ローブについているリボンは、
結ばずにたらして。
ずるっとだらしない感じにならないのは、
身長168センチのchizuさんだからこそ。

今回、とても意外だったのは、

「最近、リネンの服を着る時は、
きちんとアイロンをかけてる」

というchizuさんの言葉。
リネンのシワも味わいのひとつ、
と思っていた私には目からウロコでした。

「くたびれたよさみたいなものが似合う年頃もあるけれど、
私くらいの年齢になると、それが似合わなくなるの。
とにかく身ぎれいにしていないとね」

なるほど。
おしゃれの先輩の言葉には、
説得力があるのです。

(伊藤まさこ)

chizuさんに着ていただきました②

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「パンツが多いけれど、スカートももちろん履くわよ。
ほとんどがタイトだけどね」

とchizuさん。
そういえばワンピース姿、
今までお見かけしたことないかも?
‥‥ということで、
今回、とてもたのしみにしていたのが、
chizuさんのスリップドレスの着こなしでした。

重ね着するのかな?
足元は?
「あまり出さない」とおっしゃっていた首元は?

とわくわくしながら待っていたら、
おー!!
スリップドレスの下に、
同じネイビーのシースルーのシャツ?!
足元は素足にすっきり白い靴!

「このシャツね、縫い目の線がいろいろあるから、
視線がシャツの奥にあまりいかなの。
素肌問題も解消よ」

とはおしゃるものの、なかなか真似できないスタイル。
でも、すっごくかっこいい。
リネンの服の違う一面を見たような気になりました。

足元は、
仕事の時は、歩きやすいスニーカーや紐靴を。
おしゃれする時はヒールは履かず、
今日のようなフラットな靴が多いとか。
「足全体をおおうスリッポンとかではなくて、
甲が見えるタイプのものが好き」。
甲を見せると足が長く見えるし、
足首も華奢に見えるでしょ?とのこと。
なるほど、こちらは真似できそうです。

ネイビーのパンツに、
Gジャンのシンプルなコーディネート。
ちらりとのぞくスカーフは、
あの高級メゾンの‥‥と思いきや、

「スーベニール(お土産もの)のものよ、
西海岸のなんとかパークの」

とおっしゃるではありませんか。
ああ、10代の頃にお土産でいただいた、
エッフェル塔柄のスカーフ、
だれかにあげるんじゃなかった!

「ブランドものも着るけれど、
でもそれだけじゃつまらないし、もったいないなとも思う」とchizuさん。
ファストファッションも着るし、
キッズものものぞくことがあるんですって!

ブランドものもファストファッションも。
垣根なく「いいものはいい」と、
取り入れられるその柔軟さは、
ご自分のスタンダードがあるからこそ。
chizuさんの「かっこいい」の秘密のひとつは、
こんなところにあるんだなぁ。

(伊藤まさこ)

chizuさんに着ていただきました①

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スタイリストをはじめて
40年近くになるというchizuさん。
知り合って四半世紀(もうそんなに!)になりますが、
その間、いつも私の先を歩く大先輩。
そのお仕事ぶりはもちろんのこと、
なんといってもご本人のかっこよさに、
いつも惚れ惚れしています。

今回、fog linen workと作ったリネンの服を、
どなたかに着ていただくコンテンツを作ろうとなった時、
まっ先に思い浮かんだのがchizuさんでした。

コーディネートによっては、
ともすると、ちょっと部屋着っぽくなったり、
ほっこりしすぎてしまうリネンの服。
chizuさんならばきっと、
そうはならない着こなしを披露してくださるにちがいない、
と思ったのでした。

黒のサロペットに合わせたのは、
大胆な柄のブラウスと、ワンストラップのスニーカー。

「ブラウスは20年くらい前に買ったマルニ、
スニーカーは知人のギャラリーのフリマで買ったものなの」

20年前!?
服の変遷期はなかったのでしょうか‥‥? とたずねると、

「そうねぇ、好きなものはあんまり変わらないわね」

とchizuさん。
それは服にかぎらず、
髪型も、ナチュラルなメイクも、
すらりとしたそのお姿も、
私の知るかぎり、
25年前からずっと変わらぬchizuスタイル。
そりゃ、憧れる人は多いはずです。

「もちろんいろいろ変わってきてるわよ、体型も肌も。
(サロペットを着た上から
カーディガンを羽織った私を見て)
そんなに首元、見せられないもの。
もともと襟ぐりがそんなに空いていない服が
好きではあるけれどね」

襟元はVネックより、
だんぜん丸首をえらぶことが多いのだとか。
それでも、きちんととめた第一ボタンの下から、
時々、見え隠れする素肌がかっこいい。
大人の肌の見せ方のバランスは、
こうなのか! と膝を打ったのでした。

(伊藤まさこ)

fog linen workのサロペット

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大人のサロペット

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若い頃は、
少ないおこづかいをやりくりして、
おしゃれを楽しんだものでした。
古着屋をめぐって、
ワンピースやアクセサリーを探したり、
問屋街に行って、
プロ仕様の安くてかわいい
バレエシューズを見つけたり。
欲しい服がないときは、
自分で服を縫うこともしょっちゅうでした。

似合うものより、着たいものを着る。
若いからこそのいきおいの、
なんとまぶしかったことよ‥‥。

それがだんだんと、
自分を客観視できるようになり、
これは似合う、これは似合わない。
そんな風にふるいにかけていくのが、
大人のおしゃれというものなのかもな、
なんて思う今日この頃。

けれども、
まだまだ挑戦したい服だってある。
去年あたりから、
ものすごく気になっているのが、
サロペットとオールインワンです。

今週のweeksdaysは、
fog linen workと作ったサロペットをご紹介します。
リネンをたっぷり使った、
大人だからこそ着こなせる服。

これを着ると、
まだまだ新しいおしゃれって、
あるものだな、なんて思うのです。

やすみの日にしたいこと[7] 靴をみがく

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履くたびに手入れができればいいけれど、
なかなかそうもいかない毎日。
ここ最近はやすみの日に、
えいやっとまとめて靴みがきをすることにしています。

手入れはいたってふつう。
ウェスに専用のクリーナーを取り、
靴全体にうすくのばしてから、
やさしく汚れを拭き取ります。

気がつけば、
今日はぐうぜん全部白い靴。
汚れが目立つからと、敬遠されがちですが、
私は大好き。
なんといっても全体がかろやかに見えるものね。

さて、
包丁も研ぎました。
ハーブも植えました。
靴も磨きました。
ふだんできなかったことが、
やすみのおかげで整って、
さあ明日からはりきっていこう、
そんな気分になる。
いつもの毎日があって、
やすみがあって。
そのメリハリがきっといいんだろうな。

(伊藤まさこ)

やすみの日にしたいこと[6] 好きなものを好きなだけ

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じつは休みの日にいちばんしたいことは、
「日がな一日、好きなことをする」
です。

眠たくなったら寝て、
喉が乾いたら何か飲む。
その日によってしたいことはいろいろだけれど、
時間を気にせず、自分のペースで好きなことをします。

朝起きて、ベッドでだらだらしながら本を読み、
クッキーをひとつまみ。
その後は、ソファに寝転びながら、
映画を2本観ていたら、
知らないうちにウトウト。
‥‥たとえば今日の私はこんな風。

夕方近く、
急にお腹が空いたので、
買い物に行き、
ステーキを焼きました。

部位はランプとヒレとトモサンカク。
せっかくだから、
3種の肉の味をたのしもうというわけ。

あとは赤ワインで、今日の晩ごはんはおしまい。
え?
つけ合わせはないの?
サラダも作らないの?
と思うでしょう?

そう。
だって今日は「好きなことをする日」なんだから、
これでいいのだ。

(伊藤まさこ)

やすみの日にしたいこと[5] ハーブを植える

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昨年の秋に引越した家のバルコニーには、
幅20センチ、長さ2メートルくらいの
細長い花壇があります。
土もいい感じにならされていて、
あとは植えるばかり。
‥‥なのですが、
じつは私、植物を育てるのが大の苦手。
グリーンフィンガーならぬ、
ブラウンフィンガーなのです。

窓の外のバルコニーを眺めるたびに、
ああ、ここにグリーンがあったらどんなにすてきなことか。
そう思うけれど、
今まで何度も枯らしてしまった苦い経験があるから、
手つかずのまま。

ところがある日、
ふと通りがかった近所の花屋の店先に、
いせいのいいローズマリーが並んでいるのを発見。
バルコニーに植わったローズマリーが風に揺れて、
いいにおいが部屋までとどいたらどんなにすてきなことか!
ためしに3鉢買って植えてみることにしました。

時々、水をやって、
時々やり忘れて。
そんなことを繰り返しているうちに、
春が来て、あれ?
気がつくと3倍くらいの大きさになっている。

これに気をよくした私は、
その花屋の店先でハーブの苗を見るたび、
時間ができたら植えよう、そう決めたのでした。

さて、休日の朝。
いそいそと花屋に向かい買ったのは、
ワイルドストロベリー、シソ、バジル、
タイムが2種類。
それに実家の母の庭のミントもくわえ、
さあ植えましょう。

時々、水をやって、
時々きっとやり忘れるにちがいないけれど、
なんだか今度はうまくいきそう。
そんな予感がしています。

(伊藤まさこ)

やすみの日にしたいこと[4] 煮込み料理

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一日中、家にいられる日は、
時間のかかる煮込み料理を作ります。

と言うと、
さぞかし手の込んだ‥‥と思われるかもしれませんが、
いえいえそんなことはありません。

たとえば、鶏一羽とブーケガルニ。
たとえば、根菜とソーセージ。
材料と水を入れたらあとは火にかけるだけ。
煮込んだ時間の分だけおいしくなる、
魔法のような料理なのです。

今日は、先日旅したハワイでおぼえた
オックステールのスープを作りました。
「作る」と言っても、
私がしたのは、
おいしそうなオックステールをえらんだことと、
ていねいにアクをすくったことくらい。

鍋にオックステールとネギの青い部分、
しょうがのかけらをいくつか入れて火にかけ、
煮たったら中火でコトコト煮ること3時間。

味つけは塩をほんの少し、
スープ皿に盛ったら、香菜たっぷり、こしょうを振って、
しょうが醤油をちょっとずつつけながらいただきます。

途中、大根を入れたのは私のアレンジ。
こんな風に、
旅の思い出が少しずつ変化しながら、
自分の家の味になっていく。
それはなんだかとってもうれしいことなのです。

(伊藤まさこ)

やすみの日にしたいこと[3] 白湯で過ごす1日

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時々、半日か1日丸ごと、
白湯だけで過ごします。

と言っても、
意識的にしているのではなく、
「もうお腹に何も入らない」
と限界を感じることがあるから。

頭の中もそうだけれど、
胃袋も情報がいっぱいになると、
自分に何も入ってこなくなる。
だからいったんからっぽにして、
一度、整えるというわけ。

「からっぽ」の日は、
パソコンも開かず、携帯電話も見ず。
連絡を取りたい時はどうすればいいの?
仕事は大丈夫?
なんて声が聞こえてきそうですが、
あんまり気にしません。

喉が乾いたら、白湯を飲み、
お腹が空いても少しがまん。
グーグーというお腹の音に慣れる頃には、
あれ? 体調がよくなっている。

読みたいなと思っていて、
手つかずになっていた本でも読みながら過ごす1日。
ほかにはなーんにもしません。
だって、せっかくのからっぽデーですもの、
たまにはこんな日があってもいいじゃない?

(伊藤まさこ)

やすみの日にしたいこと[2] カトラリー磨き

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包丁研ぎが終わったら、
次に向かうのは、カトラリー磨き。

ふだんお世話になっているにもかかわらず、
放っておいてごめんね。
曇ったカトラリーを見ながら、
反省することしきり。


フランスやイギリスで買ってきた、
古いシルバーのカトラリー。
いつの間にやらたくさん集まって、
今では100本くらいになりました。
といっても100本すべて磨くのは大変だから、
よく使うものを20本くらい、が1日のめやす。
せっかくの休み、根を出しすぎて疲れてしまっては
元も子もないですからね。

さぁて。
お茶を入れて、
ダイニングテーブルにずらり並べてはじめましょう。
好きな音楽でもかけながら。

(伊藤まさこ)

やすみの日にしたいこと[1] 包丁を研ぐ

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気づいた時に、
すぐ行動に移せればいいけれど、
日々の忙しさにかまけて、
なんとなく後回しにしてしまうことって、
いろいろあるものです。

やすみの日、
少しゆっくりした朝の時間を過ごしたら、
さて、と向かうのは台所。
ここ最近、ずっと包丁研ぎをしたいなぁと
思っていたのです。

有次の包丁に、
高知の朝市で買った菜切包丁、
パリの道具屋で買ったペティナイフ‥‥。

シャッ、シャッ。
砥石にたっぷり水を含ませて、
背筋をピンと伸ばして。
砥石と包丁がすれ違う音は、
なんとも気持ちがよい。
研ぐうちに、気持ちも研ぎ澄まされていくから不思議です。

包丁がピカピカになると、
料理もたのしくなる。
トントン、トントン。
台所に包丁の音がきげんよく響くと、
家中が、なんだかうれしそう。
道具の手入れって、
大事だなぁと思う瞬間です。

(伊藤まさこ)

イベントのおしらせ「伊藤まさこの器のお店」@TOBICHI京都

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伊藤まさこの器えらび』出版を記念して、
TOBICHI京都TOBICHI東京
イベントを開催します。
題して「伊藤まさこの器のお店」。
書籍の中で紹介されている
weeksdaysの鋼正堂の器をはじめ、
伊藤さんがセレクトした器などを販売します。
京都での期間は4月26日(金)から5月8日(水)まで。

1日だけ、書籍へのサイン会も行います。
ご来場くださった方には、
「TOBICHI京都から歩いていける おいしいものMAP」を
無料でお配りします。

このイベントは、
京都からスタートして、内容をすこし変えて、
東京では5月17日(金)から5月19日(日)に開催します。
関東圏のみなさまは、もう少しお待ち下さいね。

TOBICHI京都でのイベントの詳細は、
下記をごらんください。
TOBICHI東京の詳細は、後日お知らせいたします。

伊藤まさこさんのサイン会を
開催します。

4月26日(金) 14:00〜16:00ごろを予定しています。
・対象となるのは、
TOBICHI、または書店で
「器えらび」をご購入いただいた方。
・「器えらび」の書籍にサインをします。
・当日(4月26日)、12:00より、
TOBICHI京都のレジで整理券を配布します。
・整理券の配布状況や、定員に達した場合は、
TOBICHI京都のTwitterでご案内します。

「TOBICHI京都から歩いていける
おいしいものMAP」を
無料でお配りします。

伊藤まさこさんがおすすめする、
「TOBICHI京都から歩いて行けるおいしいものMAP」を、
無料でお配りします。
ゴールデン・ウィークのお出かけにぴったりですよ。

伊藤まさこさんがセレクトした
器などを販売します。

『伊藤まさこの器えらび』にも紹介されている
weeksdaysで取り扱っている器をはじめ、
伊藤さんがセレクトした器などを販売します。
普段はネット販売のみのweeeksdaysの器を
実際、手にとってご覧いただけます。
主な取り扱いは、鋼正堂、東屋などを予定しています。

みなさまのご来場、心よりお待ちしています。

気持ちのいい場所へ。

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伊藤
関根さんはリネンがお仕事の中心だと思いますが、
お店に伺うと、布だけじゃなくて
いろいろな雑貨が置かれていますね。
関根
はい。わたし、リネンの人間といわれますが、
どっちかっていうと雑貨屋だと自分で思っているんです。
伊藤
そういえばこのごろは
インドのものも増えてきましたね。
関根
そうなんです。金物をつくっています。
そもそもは、ワイヤーのカゴをずっと、
サンフランシスコのかたを通じて、
メキシコから仕入れていたんです。
ところが20年ぐらい経って、オーナーさんが亡くなり、
もうこれ以上カゴを供給できないと言われ、
メキシコに行ってほかのカゴを探そうかと
思ったんですけれども。
メキシコに行った人が、危ないよと。
それだったら、インドのほうが、
ほかにも何かいろいろあるかも? と探して、
カゴをつくってくれるところを見つけました。
伊藤
どうやって探したんですか?
関根
インターネットで探しました。
伊藤
!!!
関根
オーナーさんの写真は、
サングラスしていてコワモテだったんですが、
やり取りをしていると感じはいいし、
サンプルづくりもスムーズだったので、
1回訪ねてみたんです。
伊藤
ひとりで?
関根
ひとりですね。
なんとかなります。
そのバスケットをつくっているところは、
町中が金物をつくってる土地で、
どこでもトンテンカンってして溶接して、
金物をつくっているところでした。
バスケットはその町の中心部から車で30分ぐらいの
小さな農村で、農閑期にそれぞれのお庭で
みんなが編んでつくってくれているんです。
つくるものは、絵で説明をするんですって。
そして、日本に輸出するということは、
長く船に積まれることであるとか、
日本の気候のなかでどう使われるのかなどが
最初は抜け落ちていたので、
届いたら全部錆びていたりして、
大変だったんです。
今度はちゃんとしているかなって思ったら、
設計図とまるでちがう! ということも。
それで何回もやり取りがあって、
どうにかできるようになりました。
とはいえ、量をつくってもらうと、
直角にしてほしいところの角度がちがったり、
ちょっと気を抜くと、3歩進んだつもりだったのが、
また2歩下がるみたいなことが続いています。
それでも、インドに行くと
「もう家族だよ」って言われて、
社長の親戚の家でご飯食べたりもして。
インドの人とのやりとりは、
いろいろ失敗はあるんですけど、
本当に家族っていう感じになっているんです。
伊藤
関根さん、それをやり取りできるのがすごいと思います。
その動じなさも、おばあさまから受け継いだものなのかも。
これから、つくりたいもの、したいことも
たくさんあるんじゃないかしら。
関根
いまやってることを、
なんとかするのでせいいっぱいです(笑)。
南インドでの布製品づくりもはじめたんですが、
秋物を頼んだつもりだったのに、
まだ、できてなくて、
1年先になるかもしれません。
伊藤
fogの商品は、買いやすい価格で、
そのことにいつも驚くんです。
すごいことですよね。
関根
説明するのが苦手なので、
置いてさえおけば「いいものだ」って
わかってもらえるようなものをつくり、
納得いただける価格にしようと思っているんです。
──
今回、ローブとバスマット、サロペットなど
いくつか、一緒につくらせていただいたんですけれど、
バスマットの大きさに目から鱗で。
バスマットって、お風呂のドアのそばに置いたときに
ちょうどいいサイズにできていますよね。
そうするとじつはちょっと面積が足りない。
でも、まあ、そういうものしかないよな、
と思いながら使っているわけです。
ところが伊藤さんは、
大きな麻袋を使ってるっておっしゃって。
伊藤
イギリスで買ったんですけど、
穀物入れみたいな袋なんです。
わたしも常々、思いっ切り拭きたいのに、
自分がバスマットに合わせることないんじゃない? って。
こんなものかな、この大きさなんだな、
って使ってるものでも、
そうじゃなくていいんじゃない?
って思うものが多いんです。
──
それで、fogのリネンのバスタオルを
半分に折ると正方形になって、使ってみたら快適で、
「それでいいんじゃないかな?」って。
伊藤
リネンは、本当にすぐ乾きますしね。
毎日乾きたてで、気持ちよく使えるんです。
その流れで、「weeksdays」で
家で着るバスローブがほしい、という話になったんです。
そうして関根さんとものづくりがはじまりましたね。
そしていざサンプルができあがってきたら、
チームのみんなが「外へも着ていける!」って、
うれしそうにしているんです。
海に行ったときや、
ちょっとした夏の羽織ものみたいに着られると。
わたしはバスローブ、単機能を考えていたので、
なるほど! と思って、
それはわたしがみんなから教えてもらいました。
だからアイテムの名前からは「バス」の言葉を外しました。
バスローブとしても使える、ローブ。
そして、その下にも着るものもほしいねって、
どんどん夢が膨らんで。


──
バスローブ専用、となると、
ちょっとハードルが高い気がしたんです。
とてもべんりなものだということはわかるので、
「weeksdays」を通して
そのよさを広めたいなっていう気持ちは
伊藤さんにも、わたしたちにもあって。
ただ、使い慣れてない人は、
生活習慣からかえないといけない。
伊藤
関根さんはローブやガウンは
おうちで着られますか。
関根
わたしは、小さいときから、わりとガウン生活でした。
家族でみんなガウンを着ていたんです。
ローブっていうよりガウンですね。
パジャマの上に着ていたから。
盛岡で、寒かったせいもあって、
みんなそれぞれのガウンを持っていました。
weeksdaysは、これからバスグッズが広がるんですか?
伊藤
ずっと続けていくつもりなので、
「これがほしい!」って思いついたら、ぜひにと思います。
でもなにしろわたしがあつがりなもので、
バスルームの滞在時間が短いから、
長風呂系はないかもしれないですね。
それに、わたし、バスルームにものが少ない。
からだも手で洗うんですよ。
皮膚科の先生のおっしゃるとおりにしていて、
ゴシゴシするものを持っていないんです。
でもわたしがなるべくものを置かないのは、
汚れやカビの可能性が増えて、
その分掃除の手間が増えるからなんです。
関根さんには「理想のバスルーム」がありますか?
関根
うーん、どうだろう?
わりとわたし、いまの暮らしが気に入っていて、
トイレとお風呂が一緒なのも、使いやすいんです。
ただユニットバスがちょっと、って思ってるぐらいで。
でも‥‥もうちょっと洒落た感じになればいいかな。
伊藤さんは?
伊藤
すぐ乾くバスルームだといいな。
あと、白いこと、自然光が入ること。
実家のバスルームは広くて、出窓があるんですね。
だから昼間にお風呂に入りたくなる。
でもいまのような賃貸の集合住宅では
お風呂っていちばん選べないところで、
でも毎日使うから、入るたびに、
ちょっと嫌だなぁと思ったりもします。
関根
そういうこと、ありますよね。
伊藤
なかなか難問ですよね。
前に住んでたところは、
取り壊しになっちゃったんですけれど、
築50年ぐらいで、バスルームは本当に外国みたいでした。
洗い場がなく、バスタブのなかでシャワーを浴びる、
まあまあ不便なんだけど、すごくかわいいなって、
いつも思っていました。
わたし、便利より、かわいいほうがいいんだと思います。
関根
わたしも結構そうかも!
伊藤
便利、便利でいくと、
素っ気なくなっちゃいそうな気がするけれど、
きもちよくシンプルにしていくのはいいと思うんです。
シャンプーとか置く用の台なのか、
プラスチックの棚はいらないのになと思ったり。
置きっ放しにせず、
毎回シャンプーを持って行けばいいんだから。
関根
わたしも、お風呂の蓋さえ
いらないと思っていたんですけど、
絶対いるって言われました。
伊藤
ええっ、いります?
関根
冷めるから、あったほうがいいって。
伊藤
沸かし直すために。
でも、それでは乾くヒマがないというか、
カビの温床になりそうな気がして、
わたしは好きじゃないな。
関根
素敵なお風呂って難しいですね。
伊藤
「わたしが快適かどうか」は大事だと思うんです。
とあるかたの別荘に遊びに行った時、
そのかたもシャワー派だとおっしゃっていて、
湯船がありませんでした。
ベッドルームの脇にちっちゃいシャワールームがあって、
それだけ。
そっか、親しい人以外は家に入れないだろうし、
こんなふうに親密な感じでもいいんだ、と思いました。
ほしいものはほしいけれど、
いらないものはいらない。
「weeksdays」が提案しても、
「わたしはちがうな」ということがあれば、
それでいいと、わたしは思うんです。
関根
ほんとうにそうですよね。
伊藤
関根さん、いろいろお話がうかがえてたのしかったです。
今後のfogが、ますますたのしみです。
関根
こちらこそありがとうございました。
またぜひいらっしゃってくださいね。

リトアニアへ。

未分類

伊藤
大伯母さまは、リトアニアで、
リネンの仕事をなさっていたわけじゃないですよね?
関根
そうじゃないんです。ふつうの主婦だったんです。
たまたまリトアニアから留学生がホームステイしていて。
その間に、リトアニアがロシアから独立したので、
情勢が危ないから家族も呼びたいと、
大伯母の家にご家族が引っ越していらして、
2年ぐらいいたんです。
そしてやっぱり国に帰りたいっていうときに、
むこうに帰っても仕事がない、となって、
大伯母が手伝って、
みんなで出資して和食の店を始めよう、って。
伊藤
えっ?!
大伯母様は、じゃあ、
そのご縁でリトアニアに?
関根
そうなんです。
といっても大伯母は基本的には日本に住んで、
ちょくちょく行っていたという感じですね。
伊藤
すごい‥‥。でも、そうでした、
先ほど話してくださった関根さんのご両親も
よく外国のお客様を招いていたというし、、
おばあ様は、たしか‥‥。
関根
そうです、そうです。
「みちのくあかね会」(*)。
伊藤
創立メンバーでいらしたんですよね。
盛岡の、戦争で夫を亡くした女性にも仕事を、って。

(*昭和33年に、羊毛を手染め、手紡ぎ、
手織りした織物をつくる「盛岡婦人共同作業所」が発足。
昭和37年に「株式会社みちのくあかね会」となる。
現在も、工程・運営のすべてを女性が行なっている。)

関根
はい。祖母は医者でしたから、
祖母自体が織ったりは全然してないんですけれども、
会社の立ち上げを手伝いました。
思えば、祖母も大伯母も両親も、
すごくオープンな感じで、
祖母の家にもいつも留学生がいましたね。
わたしも小さいときからそんな環境で。
伊藤
そうなんですか!
それで納得がいきました。
いま、外国のお客様をどうぞどうぞ、
長くいてくださいってお招きしたり、
リネンを探そうとリトアニアに行かれたのも、
関根さんにとっては、きっと、
躊躇するようなことではなかったんですね。
関根
もう、そのときは、本当に生活のためっていうか。
ここで何か稼ぐ手段を見つけないと
暮らしていけないって思っただけなんです。
「何か買い付けをしたい」と思って‥‥。
伊藤
リトアニアでは、すぐにリネン製品の
手配ができたんですか?
関根
ところが、探したかったものを
売っているお店がまったくなくて!
リトアニアはロシアから独立してまだ間もなかったので、
そもそもお店なるものがそれほどなく、
あっても普通のスーパーマーケットで、品薄でした。
お土産物屋さんに行っても、琥珀のアクセサリーと
結婚式用のドレスみたいなものがあるだけ。
普通の布巾とかエプロンとか、
みんながふだん使っている麻の布って、どうしてるの?
どこで手に入れるの? と聞いたらば、
「つくってもらえばいいじゃない」って言うんです。
大伯母の和食の店でも
座布団カバーや暖簾が麻だったんですが、
そういうのは近所のおばあさんに縫ってもらったと。
伊藤
近所のおばあさん!
関根
そういう人に頼んだら? って。
でも、日本で仕事にするには枚数が要る。
きっと何十枚もは縫ってもらえないし、
おばあさんも、その人たちも輸出の手続きはできない。
毎回、毎回、人を通すのも、
いずれ大変になるなと思ったので、
これはひとりでなんとかしなくちゃって、
電話帳で工場らしきところを調べて‥‥。
伊藤
電話帳!
関根
リナス(LINAS=リネンのこと)って書いてるところに
電話をしたんです。
といっても、3軒ぐらいしかなかったんですよ。
だから、全部に電話してみて、
日本に商品を買いたいみたいなことを英語で言ったらば、
1軒目は言葉すら通じず、すぐガチャンと切られて、
でも2軒の人は話を聞いてくれました。
行ってみたかったんですが、場所が首都から遠かったので、
資料を送ってくださいと言ったらば、
小さい封筒で、リネンの1センチ角ぐらいの端切れが
3つぐらい入ったものが郵便で届きました。
「この生地があるから、何がほしいのかを言ってください」
そうやっていまの工場とおつきあいがはじまったんですが、
わたしは自分で商品を企画しようなんて、
そのとき、まったく思っていなかったんです。
伊藤
あるものを買おう、と思っていたんですね。
関根
そう思っていました。
それまではアメリカで、できあがった製品を買って、
日本に持ち帰って売っていたわけなので、
リトアニアでも
製品になったものを買おうと思っていたんです。
だから「こういう商品をつくってください」という
指示書を書く仕事が、全然わからなかった。
伊藤
どうなさったんですか?
関根
昔働いていた家具の会社の人で、
そういう仕事をしていた人に、
どういうふうに指示書を書いたら
海外の人に通じるのか、教えてもらいました。
それでなんとか仕様書をまとめて、
キッチンクロスを30枚と、
エプロンも30枚ずつ、3型ぐらいお願いしたらば、
3週間ぐらいでサンプルが郵便で届いたんです。
伊藤
ああ、ドキドキ。でも早かったですね。
ちゃんと、できていましたか?
関根
はい! 「思った通りのが来た!」って。
リトアニアのひとたち、
きちんとしてるんですよ、すごく。
伊藤
「weeksdays」でもサンプルをお願いして、
あがってくるのがすごく早かったので驚きました。
関根
ありがたいです、本当に。
伊藤
それを、どこで売られたんですか?
まだfogのお店をつくられる前ですよね。
関根
そのときは、バスケットを卸しているお店があったので、
その方に声をかけました。
すぐになくなったので、
次の月は200枚ずつとかっていうふうにまた注文すると、
またそれが届いて、みたいな。
そうしてだんだん広がっていって。
伊藤
それが、いまに至る?
関根
はい、そうなんです。
伊藤
そして最初のお店をつくられたんですね。
たしか下北沢の周辺で、
本当にこじんまりしたお店でしたね。
わたしが『まいにちつかうもの』っていう本を出したときに
紹介させてもらったのを覚えています。
そのときの記事、自分で書いたのを見ても、
関根さんのつくられる麻の製品について
わたしの思っていることは、いまも変わりません。
「まとめて買ってます」
「どんどん使って毎日洗うと気持ちいいですよ」って。
当時、こういうものが日本にはなくて、
海外へ行くたびに買っていたんですが、
どうしてもいろんな柄のものになってしまうんですね。
かわいい柄のリネンは、
旅先で1枚、2枚買うと盛り上がるものの、
家にふえていくと、統一感がなくなっていくんです。
そしたら、関根さんがつくられているfogを知って、
「もう、全部換えてしまおう!」みたいな(笑)。
関根
全部(笑)!
伊藤
そうなんです。
たとえば野田琺瑯もそういう感じで、
食材を冷蔵庫にしまうのに
いろんなプラスチック容器を使っていたんだけれど、
白い琺瑯がとても気に入って、全部換えたんです。
fogのリネンに出会ったときもそう思いました。
しかもとても安価でよかったんです。
関根
キッチンクロス、最初の頃は
いまより安価でしたものね。
伊藤
リネンはずっとリトアニアですか?
関根
はい、リネンは全部リトアニアです。
伊藤
最初の工場のまま、
つくる量が増えていったんですか?
関根
最初からずっと同じ工場です。
わたしが最初訪ねて行ったときは、
もう家庭科教室みたいな感じで、
1部屋のなかに裁断するところがあって、
縫う人が4人ぐらいいただけの、
ちっちゃな工場だったのが、
なんと、いま、ビルになったんですよ。
伊藤
すごい!
リトアニアの経済にも貢献しているんですね。
関根
いや、いや、わたしたちは規模が小さいので、
そうとは言えないと思うんですけれど、
工場は着々と大きくなっているんですよ。
伊藤
いまも、年に何度も行かれるんですか?
関根
年にだいたい2回です。
基本的には電話とメールでのやり取りで、
1日に何回もしてるので、
国内の工場と同じような感覚なんですよ。
「ここ、どうするんだっけ?」
「こうしてください」みたいなことが
すぐに伝えられる。
伊藤
それでも、やっぱり年に2回は、実際に足を運ぶ?
関根
そうなんですよね。
会わないことには片づかないことが、
いろいろあって。
伊藤
たしかに、ものをつくっていると、
つくり手や工場のかたに会うことが
いかに大切かわかります。
全然違いますよね、仕上がりも、進むスピードも。
関根
そうですよね。
わたしが行くときは、工場の人にしてみたら、
関根が朝から晩まで難題を言いに来たぞ、
みたいな感じかもしれないけれど(笑)。
伊藤
ずっとお付き合いがあっても、
いまだに「えっ?」と思うことはあるんでしょうか。
関根
「えっ!」ていうことはないんですけど、
なかなか解決しない問題はあります。
たとえば端切れ。
布を使って製品をつくると、
端切れがどうしても出てしまいます。
いま、端切れだけで家1軒分ぐらいの倉庫があるんです。
手を変え品を変え、端切れセットを売ったりするんですが、
なにせ、どんどん出て来るので、なくならなくて。
使いみちのアイデアをインスタで募ったりしてるんですが、
抜本的な解決策は見つかりません。
伊藤
裂き織りにも短いですしね‥‥。

古本屋から雑貨屋へ。

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伊藤
関根さん、おじゃまします。
うわぁ、ものが少ない!
すごい、どうしてだろう?
関根
いらっしゃいませ。
ほんと、どうしてだろう?(笑)
伊藤
しかも扉のある食器棚じゃなくて、
オープンな棚に収納をしているんですね。
関根
この棚、わたし、自分でつけたんですよ。
伊藤
ご自身で? すごい。
関根
でもね、いつかドンって
取れてるんじゃないかなと、すごく心配。
水平が出ていないし、
浮いているところもあるし。
どうしてオープンな棚にしたかというと、
うちは、泊まりに来る人が多いんですね。
外国の人とか、長期滞在の人とかもいて。
だから勝手にいろいろできるように、
オープンにしているんです。
伊藤
1階はゲストルームだと
おっしゃっていましたものね。
キッチンのある2階も自由にどうぞ、
ということなんですね。
関根
はい。1階にはお客様用寝室がひとつ、
それからシャワーとトイレが、
3階のわたしたち用とは別に設けてあるんです。
伊藤
いいですね。
関根
わりと稼働率がよく、
いろんな人が泊まりに来るんですよ。
伊藤
あんまりお構いはしないんですか?
関根
お構い、全然しないんです。
盛岡にいた頃、両親も、
よく外国のお客様を招いていました。
あるとき、フランスの田舎町と
わたしの住んでいたところとで、
人の交換をしよう、っていうことになって、
それをうちの母と、母のお友だちグループが
めんどうをみていたんです。
どうやって実現したのかはわからないんですけど、
フランスにいた誰かの伝手で、
モンド・マルサンっていう、
ボルドーの近くのちっちゃい町から、
1回に12人ずつぐらいお呼びして、
盛岡のお家に1カ月ホームステイをするんですよ。
そうするとこんどは盛岡の人たちが
モンド・マルサンに行って、ホームステイをして。
若い人だけじゃなくて、60代ぐらいの人もいれば、
主婦のかたがいらっしゃったり。
伊藤
おもしろいですね。
しかも、その時代に珍しいですよね。
関根
不思議ですよね。しかも盛岡で。
だからわたしもぜんぜんへいきなんです。
伊藤
それにしても、ものが少ないですし、
おふたり暮らしと聞きましたが、
「だれか」の気配がない。
どうしてなんだろう?
関根
わたしが、引っ越しが多かったからかもしれません。
家の引っ越し、会社の引っ越し、
20回近く経験しているので、
また引っ越すかもって思っていると、
ものを、あまり増やさないようにしようと考える。
伊藤
わたしも引っ越しは多いほうですが、
そのたびにものを減らす努力はしていても、
いつもクローゼットは一杯になってしまうんです。
関根
それでも伊藤さんのお宅を誌面で拝見すると、
収納をきれいになさっているから、
とってもシンプルできれいですよね。
伊藤
ありがとうございます。
バスルームも拝見していいですか?
関根
どうぞ、どうぞ。
でも、ほんとうにふつうですよ。
ユニットバスですし。
伊藤
ううん、かわいい。
とってもシンプルで、いいですね。
ふつうのユニットバスでも、
こんなに“関根さんらしく”できるんだ。
同じ柄のバスタオルが2つ掛かっているのも、
とてもかわいい。
さすがにリネンが多いですね。
関根
こうして自分で使えるので、
麻の仕事をしていて本当によかったなと思います。
このテーブルクロスもそうですね。
伊藤
家具は古いものが多いですか?
関根
古い‥‥といっても、
ダイニングテーブルに使っているのは、
ずいぶん前の、MUJIの作業台なんですよ。
この椅子だって、大学を卒業して最初に働いた家具屋さんの
B品セールで1脚500円で買ったものです。
その後、「いつかいい家具を買おう」って
引っ越しのたびに思いながら、
結局、ずっと使っているんです。
伊藤
もともと家具の会社にいらっしゃったんですね。
関根さんのこと、知っているようで知らないかも。
どんなふうにいまのお仕事に就かれたのか、
教えていただけますか。
関根
学校を卒業して就職したのが家具の会社で、
5人ぐらいの小さい会社で、
すごくお世話になりました。
そこには2年間しかいなかったんですが。
フィリピンで家具をつくっていたので
出張に行かせてもらったり、
ヨーロッパの展示会も連れて行ってもらったり、
店をオープンするっていうので、立ち上げを手伝ったり、
そういうことをキュッとやりました。
辞めてから、赤坂に「ハックルベリー」っていう
小さい洋書屋さんがあったんですけれども、
そこでお手伝いをするようになりました。
ちょっと変わった本屋さんで、
電通と博報堂の人を中心に、6人のオーナーがいました。
みんなそれぞれお金を出して、夢を買おうっていうので、
ニューヨークのリッツォーリ書店から
本をセレクトして送ってもらったりと、
小さいけれども素敵な本屋さんだったんです。
入ったきっかけは、馬詰佳香さんという、
いま鎌倉でLONG TRACK FOODSを
やってらっしゃるかたが店長さんで、
誘っていただいたんです。
ところがだんだん都内に洋書屋さんが増えてきて、
お客さんが来なくなり、本が売れなくなり、
どうしようっていう話をしていたときに、
わたしが「ニューヨークに行って古本を買いたいです」
っていうふうにオーナーのひとりに言ったんですね。
そうしたら
「自分のお金でするんだったらいいよ」って言われて。
「お休みをあげるから、買うのと旅費は自分で、
そして買ってきた本は店先に置いて売ればいいよ」って。
その「ニューヨークに古本を買いに行く」というのが
自分で仕事をするスタートになりました。
伊藤
それは、どうだったんですか?
関根
その頃は、そういうことをやっている方がいなかったので、
古本を持って帰って来ると飛ぶように売れました。
もう25年ぐらい前のことです。
そうこうしてるうちに、
ニューヨークの古本屋さんでほしい本も買い尽くし、
サンフランシスコに行ったり、
ポートランドに行ったり、
アメリカ中のあちこちに行って、
さらにはヨーロッパまで行き、
毎月どこかに行って買って帰って来るという生活を
1年半ぐらい続けました。
伊藤
関根さんが仕入れたのは、
どんな本だったんでしょう。
関根
主に売っていたのは、
イラストがある料理の本です。
よく、料理研究家の方が買ってくださいました。
あっという間に売れるんですが、
仕入れはほんとうにたいへんで。
郵便局まで持って行って日本に送る分と、
持ち帰る分もあったので、
スーツケースは壊れるし、リュックは破けるし、
もう、このままだと身体をこわすかも!
と思うくらいでした。
そうこうしてるうちに、サンフランシスコで、
バスケットを売っている会社の人に会ったんです。
とてもステキだったうえ、日本に卸していないと知り、
じゃあ、わたしが日本に持って帰って売ってみたい、
というところから、雑貨業のほうに入りました。
伊藤
それがいまの原点ですね。
関根
はい。本は本で楽しかったんですけど、
古本は、売れたからといって、
また同じものが手に入るわけではない。
しかも自分で選びに行かないといけない。
売るときも1冊1冊違うので、
現物を見てもらうのに、
お店に持って行ったり、
うちに来て選んでいただかないといけない。
当時はワンルームマンションに住んでいたので、
ベッドの上に座って商談ということもありました。
伊藤
それがおいくつのときですか?
関根
26~7のときです。
それでだんだんと雑貨の輸入が広がってきて、
そうこうしてるうちに
『雑貨カタログ』とかという本で紹介してもらい、
卸先が増えていきました。
そうして、なにか布ものも欲しいな、
と思うようになったんです。
大伯母がリトアニアで和食のお店を始めたので、
じゃあ、リトアニアのリネンを探しに、
行ってみよう! って。
伊藤
それで、リトアニアに!

fog linen workのリネンアイテム

未分類

リネンのこと。

未分類

台所仕事に欠かせないのは、
清潔なリネンのキッチンクロス。
ここちよい眠りのために
用意しているのは、
さっぱり洗いあがったベッドリネン。
fogのリネンと出会って20年近く経ちますが、
その間ずっと私の毎日を、
ささえてくれている。
なくてはならない存在です。

さらりとしたリネンが、
ことさら恋しくなる夏。
fogと一緒に服を作りました。

家でくつろぐ時、
リゾートにも、
また夏のお出かけ着として。

ローブ、スリップドレス、
ワイドパンツにキャミソール。

袖を通すだけで、
心の中に風が通ったような、
そんな気分になるリネンの服。
ワードローブにいかがですか?

わたしのバスルーム

未分類

南東ロンドンにある丘の町クリスタルパレスに引っ越して、そろそろ4年が経とうとしています。住所はどこ?と尋ねられるたび ‘I live in Crystal Palace.’ (ガラスの宮殿に住んでいるの) と、ギャグみたいな回答になるのが気に入っています。

私たち夫婦はここに人生で初めて住まいを購入しました。お買い得な物件を探し求め、いくつ内見したことでしょう。やっとのことで出合ったのが現在のフラットでした。

けれども、やっぱりうまい話はそうそうあるものではありません。値段のわりに広々としている点はよかったものの、前の持ち主は一刻も早くその物件を売りたかったらしく、低予算で急いで改装したと思われる内装はお世辞にも素敵とは言えないものでした。いちばん粗雑にリフォームされていたのはバスルームです。タイルの目地やシリコンはあちこちはみ出ていて、なによりも収納スペースが全くついていませんでした。必要以上に大きな洗面台とバスタブがいっそうバスルームを狭くしています。イギリスでは多くの場合がユニットバスで、バスルームは脱衣所も兼ねているのですが、あとから棚を設置する場所もなく、お風呂洗剤もトイレットペーパーのストックも隅っこのそのへんに置くしかありませんでした。

20代のころ、伊藤まさこさんが当時住んでいらしたご自宅に数日間居候させていただいたことがあります。白と落ち着いた木の色を基調としたお家は、食器、家具、ひとつひとつがきりりと美しく、すっきり片付いていて、朝日がさしこむと思わず目を細めたくなる清々しさ。当時まだ小さかったお嬢さんの胡春ちゃんもすでに片づけ上手の片鱗が見られ、案内してくれたお家の中の「秘密基地」も宝物がビシッと整理整頓されていて感心しました。うまく言葉で説明するのがむずかしいですが、伊藤さんのお家は自然体なミニマリズムが恰好よく、あたたかみのある整然さがとても快適でした。

中でもいちばん印象的だったのはバスルームの広い脱衣所です。白い壁の横に洗濯機がありました。これまた白い、モダンでおしゃれな洗濯機です。それだけでも絵になるデザインなのに、洗濯機の上に一枚の白い布が乗せられていたのです。私ははっとしました。それは明らかに洗濯機のボタンを隠すための布でした。きっと伊藤さんが縫われたのでしょう。パーフェクトなサイズの麻の布で、洗濯機をひとつの「白い箱」に変身させていました。その布があるのとないのとでは、はっきりと脱衣所が違って見えました。空間の中における「白」の追求と、さりげない工夫。伊藤さんのスタイルは、日常生活のその一枚の布に集約されている気がしました。

話を戻しまして、クリスタルパレスの我が家のバスルームは、当初、あこがれの伊藤家のバスルームとは対照的な、ごちゃごちゃしたものを隠せていない空間の代表でした。しかし、家を買ったばかりでもうお金がないし、チープでもいちおう新しいのでしばらくは我慢してこのまま使おう、と夫婦で話し合いました。お風呂の時間が大好きな私にとって、また、四国の温泉地出身の夫にとって、バスルームが使いづらいのは思ったよりもストレスで毎日足を踏み入れるたびにどよんとした気分になってしまうのでした。

それから2年後、私の40歳の誕生日がやってきました。学生結婚だったため、婚約指輪を辞退した私を今でも気にかけてくれている夫が「せっかく今は宝石の仕事をしているのだから、自分でダイヤモンドを選んで作ってみたら?」と、泣ける提案をしてくれました。けれども私の答えは決まっていました。「その案は(ちゃっかり)しばらく温めておくので、かわりにプレゼントは、豪華でなくていいから家族にとって使いやすいバスルームがほしいです」

イギリスですから便利な銭湯などありません。小さい子どもを二人抱えてのお風呂の改装は大変なので、施工時期は夏休みに子どもたちを連れて私が日本に帰省している間にすることに決まりました。収納スペースをつくるため、壁の一部も壊しての工事になり、施工期間は3週間弱。そのあいだ夫は仕事のかたわら現場監督をし、お風呂は勤め先の建物の中にある簡易シャワーで済ませる、という生活を続けました。

イギリスに帰ったら新しいバスルームが待っていると思うと嬉しくて仕方ありませんでした。建築の仕事をしている夫は気合を入れて自ら設計図をひき、収納棚の扉をヘリンボーンにするため、板を一枚一枚夜なべして貼り合わせました。ハイライトはイギリス生活十余年目にして遂に導入した、日本が誇るトイレテクノロジー(ウォシュレット)です。これまでイギリスの賃貸暮らしで、陶器製、アクリル製、木製、と、あらゆる冷たい便座を経験してきた私ですが、これでもう冬の苦しみとはおさらばです。

新しいお風呂公開の日、勇んで入ろうとする私と子どもたちを制し、夫が言いました。「一番風呂は、過酷な3週間を耐え抜いた者にのみその権利がある」と。(え、これは私の誕生日プレゼントでは?) 「ふう~、最高やわあ」幸せそうな夫の声がバスルームから聞こえてきました。

あれ以来、私は子どもたちや夫がお風呂やトイレを使って汚したままにしていると、「お母さんの誕生日プレゼントなんやから、バスルームは大事に使ってください」と、声をかけるようにしています。

ぼくの宝石

未分類

パチッ、パチパチッ。
木のはぜる音とともに、鉄製の湯船の底から
じんわりとぬくもりが上がってくる。
もうもうと立ちのぼる湯気にまじり、
ふんわり鼻先をかすめるのは煙のにおい。
そう、我が家のお風呂は薪風呂である。

ぼくは高知県・仁淀川上流の山あいにある、
築120年超のちょっと古めの家に暮らしている。
お風呂は薪火で焚くむかしながらの五右衛門風呂。
趣味や道楽で別設えしたものではなく、
ふだんづかいの唯一のお風呂が薪風呂なのだ。
山の暮らしのここちよさをヒントに
モノづくりをしたいと思い、
それなら自分が山に暮らさなきゃ、ということで、
住み慣れた京都の街から約5年前に夫婦で引っ越した。
ぼくは高知県生まれなのでUターン。
奥さんは生まれも育ちも京都なのでIターンとなる。

うちの集落は、
南国土佐といっても標高の高い山あいにあって、
冬本番になるとマイナス10度まで気温が下がったりもする。
そんな寒い一日のおわりに
薪で焚いたお風呂につかって芯までぬくもると、
寒さにちぢこまったからだもこころもカンペキにほぐれる。
なぜか電気やガスで沸かしたお湯とは、
ぬくもりかたがひと味ちがうのです。
しかも湯冷めしにくいのが薪風呂のいいところ。
どうも、湯船につかりはじめた湯温より、
出るころの湯温のほうが高くなっていると
しっかりからだがあたたまって湯冷めしにくいみたい。
流行する風邪の警報もどこ吹く風で、
こちらに引っ越してから風邪知らずで過ごしている。

そして薪風呂には入浴以外にもたのしみがある。
うちの場合、薪をくべる焚き口は、
台所からお勝手を出てすぐの場所にあり、
ちょくちょく火のあんばいを見るのに都合よくできている。
となると、食材を焼きたくなるのがヒトの性(さが)。
じゃがいもやたまねぎ、さつま芋などを
皮つきのままアルミホイルにくるんで窯に入れておくと、
だいたい2人ぶんの入浴時間で焼きあがる。
アチアチのアルミホイルをサササッとめくって
天日塩をひとふり。

ふうふうほうばる丸焼きの、
トロンとあまいおいしさと言ったら、もう。
田舎ばかり礼賛するつもりは露ほどもないけれど、
田舎のほうが敷地が広くて暮らしに自由がきくのは確か。
たとえば火を焚いてお風呂に入ったり、
庭に七輪をだして鮎や猪肉、干物を焼いたり。
家は暮らしの宝石箱でなければならない、
とはル・コルビュジエのことば。
じゃあぼくにとっての宝石とはなんだろう?
自家用の茶畑や菜園、それに果樹園、
陽当たりのいい南向きの縁側、
屋根ごしの天の川などを挙げたいが、
やはり薪風呂もそのひとつ。
ちょっと古めの家なので、いずれ手を加えて
よりよい宝石箱にしていきたい気持ちはある。
たとえば台所のリフォームや薪ストーブの導入など。
でもぼくたちにとっての暮らしの宝石は、
いまでもじゅうぶんに輝いている。
こういう、きもちのいい暮らしのなかから、
ぼくらなりのモノづくりを探っていくことができれば
なによりしあわせだと思う。

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