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今年は背中を気にかける。

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「白いシャツの下に、
どんな色の下着を合わせればいいのかわからない!」

とか、

「胸元のくりが深い服を着る時、
下着がチラリとのぞくのが気になって‥‥」

とか。
みんな服と下着の関係について、
いろいろ思うことがあるみたい。

最近、友人から受けたのは、
「背中が開いた服を着る時、
何を下に着ればいいの?」
と言う質問。

おおー、
そんなセクシーな服は持っていないから、
考えたことなかったよ‥‥と思いつつ、
自分のクローゼットを見直してみると
意外にもあった、あリましたよ、
背中を気にしないといけない服が数枚!

「男は背中で語る」と言うけれど、
女だって語らねばね。
今年は背中を気にかけるぞ。

今週のweeksdaysは、
cohanの下着。
いつものシームレスブラキャミと
シームレスショーツにくわえて、
背中がぐっと開いた「バックシャン」をご紹介します。

シームレスブラは、weeksdaysだけの新色も登場ですよ。
どうぞおたのしみに。

「ほぼ日刊イトイ新聞 創刊23周年企画 ほぼ日の神田まつり LIVE&SALE 2021 NICE TO MEET YOU SALE!」に 「weeksdays」も参加します。

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5月30日(日)午前11時から
6月14日(月)午前11時まで開催する、
「NICE TO MEET YOU SALE!」。

期間限定のウェブのお店
「NICE TO MEET YOU SALE!」がオープンします。
「weeksdays」の一部商品も、こちらのお店に並びます。
期間中は、対象商品が
30%~50%割引価格でお求めいただけます。
割引対象商品は、
特設ページでのみご購入いただけますので、
通常の「weeksdays」ページではご購入いただけません。
なにとぞ、ご了承ください。
割引対象商品ラインナップについては、
特設ページをご確認くださいね。

また、期間中にほぼ日ストアで
合計5,000円(税込)以上お買い求めいただくと、
ほぼ日グッズがいろいろ当たる、
ウェブ福引をおたのしみいただけます。
「weeksdays」のすべての商品も対象です。
(福引をおたのしみいただける期間は、
5月30日(日)午前11時から
6月15日(火)午前11時までになります。)

くわしくは、特設ページをごらんください。
▶ほぼ日刊イトイ新聞 創刊23周年企画 ほぼ日の神田まつり LIVE&SALE 2021
▶︎NICE TO MEET YOU SALE!

北の季節の移り変わり。

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東京から北海道の美瑛に移住してきてから
ちょうど一年が経った。
北国の長い冬がようやく終わり、
植物も動物も雪から解放される目覚めの春。
5月に入り、
白から土一色だった大地も緑の草に覆われ、
小さな花々が順を追って短い命を輝かせている。
虫が飛び交い、カッコーが鳴けば、
いよいよ畑は種蒔きの季節だ。

北海道の夏は、
言うまでもないことだけれど東京に比べて涼しい。
東京の真夏に比べれば、拍子抜けするほどだ。
昨年の夏、暑いと感じたのは
ラベンダー畑の真ん中で
ひたすら草むしりをしていた時くらいである。
むしろ夕方になって日が沈めば、
Tシャツ一枚では肌寒いほど。
長袖のシャツを羽織って庭で焚き火をするのに、
ちょうどいいくらいの気温だ。
焚き火はやがてバーベキュー
(こっちでは焼き肉と言う)になり、
夜遅くまで快適に外で過ごすことができる。
もちろん我が家にクーラーも扇風機もない。
こちらに越してきて一番良かったと思えるのは、
この気候であると言っても過言ではない。

そんな北国の暮らしの中で、
何がいちばん「涼しい風景」だったかを
改めて撮影した写真を見返しながら考えてみた。

そもそも「風景」というのは不思議な言葉だ。
英語ではLandscapeつまり「地景」。
日本では風流、風雅、風味、風光など、
目に見えないけれど何か心踊るものを感じる言葉に
「風」が吹く。
見える「地」よりも
「風」に景観の魅力を感じるのは、面白い。
「涼しい」と感じるときには
気温だけではない「心地良さ」が含まれている。
風は見えないが、葉のざわめきや、
ゆったりと揺れる木々から感じることはできる。

僕たちの住む家のすぐ奥に、
亡き祖父が30年前に植えた白樺の回廊道がある。
祖父・前田真三は今からちょうど50年前の
1971年に初めて美瑛を訪れ、
その後20年に渡りこの地の丘を撮り続け、
日本中に美瑛の風景を広げた風景写真家だ。
僕らがこの場所に移住するきっかけになったのも
祖父の存在が大きい。
植えられた当時は大人の身長くらいだった
千本以上の白樺の苗木も、
今では空に向かって大きく伸びて、小さな森となっている。

新緑の小さな葉が芽吹き、あっという間に生い茂ると、
白樺の回廊には木漏れ陽が降り注ぐ。
幹の白と空の青とのコントラストが眩しく、
風に揺られた新緑の葉はざわめき、
鳥やエゾハルセミの声が響く。

そんな一枚の風景を選んだ。
昨年この回廊を何周しただろう。
散歩しながら、写真を撮りながら、
草刈りしながら、枝を拾いながら。
一年のサイクルを共にし、
短い夏と長い冬という
コントラストのくっきりした北の季節の
移り変わりの合間で感じた涼しい風は、
これから訪れる鮮烈な夏へのプロローグのようでもある。

16時頃の激しい雨。

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涼しいについて書きたいけど、
その前にパンデミックである。
そのことは無視できない。
家が燃えているのに、そのことを書かずに
冷えたシャルドネの話ができないのと同じだ。
いやぁ大変なことになってきましたね。世界。
もうめちゃくちゃ不安だ。
薄々気づいていたけど、世界は本当にままならない。
何度も思ったはずなのに忘れてしまう。

突然だけど、古来、人類は生き残るだけで精一杯でした。
ケガしたって病院ないからね。
いつも死なないことだけを考えていたんだろうと思う。
人間が生存できる温度帯は
マイナス50℃から50℃までですが、
体温は35℃から42℃まで。
その差は7℃ですよ。たった7℃。

私たちの身体は毎秒細かくバランスをとっている。
7℃の境界の中で。死なないために。
「もう死にたいよ」なんて口では言っていても、
身体は俄然生き残ろうとする。
人間は自分で死ぬことができると思っている。

でも、子供のころ読んだ
「世界のありえない話」にはそうは書いていない。
どうやら100パーセントその計画に
成功するわけではないらしい。
崖から飛び降りて、木に引っかかってしまった人。
トラックが自分の上を通り過ぎても無傷だった人など。
あり得ないというには多くの人が
自分の寿命を自分で決めることに失敗している。
偶然という名のもとに。

つまり心と裏腹に、
私たちはどんな世界であったとしても、
バリバリ生きてやろうと思っているのだ。
なんでかは知らないけど、ぶっちぎりで生存する気満々だ。
ヒトが居なくなったら地球はほっとするはずなんだけど。
創造という名の破壊行為しかしない人類を。
種の繁栄という割に、
小さなことにこだわって殺しあってばかりの生き物。
犬が同じ犬を駆逐するなんてありえますか? 
柴犬がプードルの巻き毛が気に入らないなんてことで、
殺しあったりするんだろうか? 
ウッカリ死んでしまうことがあっても、
絶滅させるまで駆逐する。
自分だけワクチンを打って、
ミサイルを落としに行くなんてことしないでしょ。
素手も使わずに、文明の利器、高度な知能とやらで
自分たちと同じ生物を駆逐するなんてことを考えるのは
ヒトだけだ。

よっぽど古来、生きづらかったんだなと思う。
相対化するということの使い道を
いつも私たちは間違っている。

そんなわけで、明後日の方向にむかっているものの、
人類は絶対生き残ろうとしています。
なんでか? それは誰にも解らない。
解ったらどんなに楽だろうと思う。
たくさんの賢い人たちが、
「なぜ人は生きるのか?」という事を考え続けたものの、
それをみんなが解る言葉で説明できた人は
多分いない(と思う)。

なんでか知らないくせに私も、
本日もトコトン生き残りたいと思うし、
大きく話は脱線しましたが、
暑さからも身を守りたいと思う。

想像しただけで眩暈がする夏。
あっという間に死んでしまうもの。
知っていますよ私は。
昔、真夏に冬用のタイツを履いて
出かけたことあるから。
だからもちろん、クーラーの効いた部屋で
まるで他人事のように強い日差しを眺めていたいです。
冷えたシャルドネがあったら最高だと思う。
夏に最高で最先端で最速のシャルドネを探して
インターネット海をグローバリズム号に乗って旅に出る。
それでも自然の気まぐれには全くもって敵わない。

何を隠そう焙煎家なので
焙煎機を1日に8回まわしたりしています。
うちの「霧ヶ峰」か「大爽快」か
「プラズマクラスター」かは忘れちゃったけど、
それは全く役に立っていない。
重量1トンくらいの鉄の塊が
250℃近くまで熱くなっているのだから、
霧ヶ峰の努力も空しく、
焙煎所の内気温は30℃を超える。
砂漠で遭難するってこんな感じ? と毎年思う。

そんなヘトヘトの16時頃、激しい雨が降ります。
夕立です。
「親にも殴られたことないのに!」
と言わんばかりの雨が。
みるみる、くたびれた世界が息を吹き返し、
起き上がってくる様は、この上ない至福です。
水に包まれた世界が分子レベルでダンスを踊る姿を
ずっと眺めている。
生きてて良かったな。って思う。
なんでかは知らないけれど。

チャリアンギン、風を探す。

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私はインドネシア・バリ島に暮らしています。
赤道直下のバリ島は、一年中夏で
季節は雨季と乾季の二つだけ。
四季のある日本も勿論好きですが、
布団から出るのに勇気がいる寒い冬の朝もなく、
一年中軽装でスルリと起きられる、
こちらの気候もとても気に入っています。

私の住むウブドは、椰子の木やバナナの木が繁り、
田圃に囲まれた緑豊かな村です。
鳥の声が聞こえ、どこからともなく心地よい風が吹き、
サワサワと葉を揺らします。
朝は賑やかすぎる鶏の声がしますが、
夜は暗闇の中に蛙や虫の声が響き渡り、
ゆったりした時間が流れます。
一年中冷房を使わないでいい暮らしは、
とても贅沢だなぁと思います。

村人の暮らしの中には、
暑さとうまくつき合うヒントが色々あります。

南国のお母さんは朝が早くまだ暗いうちから起き、
涼しいうちに一日のご飯をまとめて作ります。
冷蔵庫がない家が多い中、
腐らないのかと心配になりますが、
唐辛子をはじめ多様なスパイスを使い、
炒めたり揚げたりなど、
素材ごとに工夫した料理法なので問題ありません。
家庭料理は観光客がレストランで食べるよりも数倍辛く、
初めて食べた時は衝撃的な辛さにビックリしました。
そんな私も今ではすっかり慣れて、汗をかきながら食べ、
食後の爽快感を感じるようになりました。

地元の食堂へ行くと、
たとえオレンジジュースを注文しても
冷たいものか常温かと聞かれます。
こちらでは多くの人が常温を好み、
身体に負担をかけない術を自然と身につけています。

ただマンディーと呼ばれる水浴びは
お湯ではなく水を使います。
朝出かける前にさっぱりとし、
外から帰った後は、火照った体を水でさっと流すと、
確かにお湯を使うよりも涼しく感じられます。

その昔私は、こんな暑い国で
長袖ジャケットなんて着る人はいないだろう
と思っていました。
でも、地元の人は長袖を羽織ってバイクに乗ります。
強い日差しから肌を守るためには欠かせない、
この土地ならではの知恵だと知りました。

こちらの夏は、日本の夏とは違い
ジリジリ灼けるような暑さの日でも、
木陰に入れば爽やかな風を感じます。

インドネシア語で「風」は「アンギン」。
私の好きな言葉で
「チャリアンギン=風を探す」という言葉があります。
これは出かけてリフレッシュするとか、
風のある場所でゆったりする、というような意味です。
今でも私は仕事で煮詰まった時、
バイクでふらりと出かけます。
目に映る豊かな緑、
お供えものを運ぶ女性、
地面をカラフルに飾る神様への捧げもの、
だらりとしたバリ犬。
異文化の素朴な日常を目にすると、ハッとする瞬間があり、
いい息抜きになります。
南国で暮らす私が涼しいと感じるアンテナは、
多少暑くても自然のままを楽しみ、
目に見えるもの、肌で感じるもの、
音、匂い、そして味。
すべて五感で感じて
初めて心地よい涼しさに繋がっています。

Honneteの涼しい服

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再入荷のおしらせ

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完売しておりましたアイテムの、再入荷のおしらせです。
5月27日(木)午前11時より、以下の商品について、
「weeksdays」にて追加販売をおこないます。

DELIVERY TOTE ENAMEL
(SMALL,MEDIUM)


▶︎商品詳細ページへ

きれいめにもカジュアルにもあわせやすく、
一年を通して持てるエナメル素材のバッグを
「TEMBEA(テンベア)」に作っていただきました。

「weeksdaysオリジナルは、
持ち手の端を内側にし、よりシンプルに。
それから、
バッグ本体と持ち手を留める金具を
シックなゴールドにして、
大人っぽい仕様にしました。
トートの大きさはふたつ。
用途に合わせておえらびくださいね。」
(伊藤まさこさん)

BAGUETTE TOTE ENAMEL


▶︎商品詳細ページへ

持ち手が手前についているため、
長いものを入れても肩にかけやすく、
また肩にかけたまま物の出し入れができます。
縦長の形なので、電車など混雑した場所でも邪魔にならず、
中をみられたくない時などは
ハンドルを外側に持つと安全です。
A4ファイルが入るサイズなので、
お仕事用のバッグとしても活用できます。

「持ち手はひとつ。
肩かけできるすっきりとしたフォルムが美しいバッグです。
ちょっと深めなこういう形ってなかなかない。
持っていると、
『どこの?』なんて聞かれることまちがいなしです。
エナメルの持つ、
上質で、軽やかな質感をたのしんでください。」
(伊藤まさこさん)

今年の私は。

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ここ数年、
夏がおとずれるたび、
こんなに暑かったっけ? と途方に暮れます。

そして、ああもっと早く、
涼しい服を買っておけばよかった! と後悔する。
それの繰り返し。

でも今年の私は違うんです。
暑い暑いと言ってないで、
そうなる前に、準備しておこうではないか。
ずいぶん前もって、
この「涼しい服」のコンテンツを考えていたのでした。

ああ、これできっと乗り切れる‥‥
と一安心。

今週のweeksdaysは、オネットの涼しい服。
コンテンツは3人の方に、
「涼しい」をテーマにエッセイをお願いしました。
暑がりさん、必読ですよ。

明日のLOOKBOOKもどうぞおたのしみに。

COGのはたらきかた。

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Noriko.I
多くの人が、海外は日本よりも自由でしょ、
って思ってるかもしれないけど、
いやいや、海外のほうが、規制の厳しいところが多いです。
英国も、家の外壁はこうしなさいというルールがあるし
保護されてる地域では、カウンシル(協議会)の
許可を取らないと、庭の木1本切ることができません。
伊藤
その規制が結果として、美しい景色をつくっている。
Noriko.I
美しい景色っていうのがプライオリティだから。
日本はどっちかっていうと、美しい景色よりも、
もっと政治的なことやコスト的なこと、
個人の自由と言われるものを優先しますが、
英国はまず第一に「美観」です。
これは、ちいさなことでも感じるんですよ。
コンセントをつけてもらおうと
部屋の修繕に来てもらった工務店のかたの美意識が、
意外なほど高いんです。
「いいの? 本当に、ここにこれをつけて?
ソファに座ったときに視界に入るけど、
それは嫌じゃないの?」とか、すごく考えてくれます。
伊藤
それ、素晴らしいですね!
Noriko.I
ペンキの色ひとつ選ぶのも、
わたしはこの色がいい、と言うと、
「いやいやいや、そんなに簡単に決めちゃダメだよ。
サンプル用の小さなペンキがあるから、
何種類か買って、どうせ上塗りするんだから、
壁に10センチ角ぐらいで塗って、乾かして、
昼と夜と、それから朝と、
光の具合でどう色が変わるかを知った上で、
決めたほうがいいよ」って。

▲試し塗りしたペンキの色。

▲この色に決めました。

伊藤
自然光も時間によって変化するから
色の見え方も変わるし、
持っている照明でも印象が変わりますものね。
ああ、その環境、すごく羨ましい!
Noriko.I
それが一般的な大工さんなんですよ。
美観に対する意識が全然違う。
ふつうの人だってね、
日本で割と素敵なレストランに一緒に行ったとき、
壁にシミみたいのがプチプチってついているのを見て、
「何ですぐ拭かないのかな」って言うし、
カジュアルなお店のカウンターの塩コショウの瓶が
ちょっと汚れていたりすると、
「何でこれが油っこいの、磨かないの」。
わたしたちって、家具の手入れの概念が薄いから、
家具は段々古くなっていくものだと思っている。
だから日本の家を見て
「家具の木があんなに乾燥してるのに、
どうしてオイルを塗らないの」とか。
伊藤
友達になれそう!(笑)
Noriko.I
(笑)皆そうなんです、本当に。
今もパートナーに言われますよ、
床のワックスをかける手配を忘れちゃったりすると、
「乾燥してるんだけど‥‥」みたいな感じで。
あとね、日本とすごく違うのは、
プロに任せるっていうところですね。
とくに掃除。日本って、
苦労すれば苦労しただけ褒められるから、
掃除にしたって、自分でやることになっていますよね。
こっちはかなり分業制になっていて、
一般的な人でも、お掃除を「クリーナー」(清掃人)に
お願いしたりするんですよ。
それは贅沢なことではないし、
実際そんなに高くなくって、
1時間10ポンドくらい(約1500円)なんです。
伊藤
それは日本の業者と比べ物にならない。
Noriko.I
「月に1回はプロに任せないと、家がダメになる」
みたいな考えがありますね。
わたしは日本人だから、
最初、その感覚に慣れなくて、
「え、毎日掃除してるのにダメなのかな‥‥」
ぐらいに思ってたんですけど、
やっぱりダメなんですよ。
日本も、もうちょっと気軽に頼めるサービスがあれば
いいのになって思います。
しなくていい苦労はせずに、全員がハッピーな気持ちで
いたほうがいいと思うんですけど。
伊藤
わたしの知人で、仕事の多忙な方なんですが、
月に2回来てもらっている人がいます。
リネンも変えて、アイロンもかけてもらって、
「わあ、気持ちいい!」という状態にするんですって。
Noriko.I
それって日本だとちょっと贅沢なことなんですよね。
伊藤
そういうことは専門業者に依頼するしかないからですね。
英国では個人で請け負ってくれる人が?
Noriko.I
皆さん、フリーランスです。
ネットで探せるんですよ。
あなたの近くにこれだけいます、
1時間いくら、3時間いくら、
スキルによって料金が変わります、って。
それは自分で選べばいい。
伊藤
それいいですね。広がるといいですよね、日本でも。
Noriko.I
その時間、もっと働いたり、好きなことしたり。
伊藤
ほんとう。
ああ、オンラインとは思えないくらい、
たくさんお話しができました。
最後にちょっとまとめますけれど、
いまはCOGの仕事が100パーセント?
Noriko.I
はい、100パーセントです。
あとは芝生(笑)。
伊藤
分かりました。
そうそう、COGの名前の由来の
クマちゃんって‥‥。
Noriko.I
あ、いますよ。
COGの会長。
連れて来ます。
太田
彼女が日本に帰って来るとき、
会長もいつも一緒なんです。
旅をしてる間はいつも連れているみたいで。
ブランド名も、最初「COG」にしたかったんですが、
日本で商標登録が取れなかったんですよ。
それでロンドンを意味する
「THE BIG SMOKE」をつけて、「COGTHEBIGSMOKE」という一語にしました。
伊藤
なるほど!
Noriko.I
ジャーン。
伊藤
わあ、会いたかった!
Noriko.I
(笑)父親にもらった、今となっては形見なんです。
旅にも一緒に連れていき、
各地で何回か落としてるんですよ。
でも、なぜか見つかって。
たとえば直前までCOGをスーツケースに入れていたのを、
空路だったのでロストバゲージで遅れたら嫌だなと、
バッグに入れ替えたんですよ。
帰路、ロンドンのヒースロー空港に着いて、
駐車場で自分の車のトランクにスーツケースを入れ、
知り合いと一緒に帰る途中で
立ち寄ったスーパーの駐車場で、
スーツケースが盗難に遭ったんです。
知り合いが慌てて「どうしよう?!」と言っているのに、
わたしは「よかった~!」なんて言うから、
「え? 何がよかったの?!」(笑)。
COGが盗まれなくてよかった、ということなんですけど。
もしスーツケースに入れていたら、
多分、一生会えなかったと思うから。
伊藤
本当ですね。よかった!
Noriko.I
それ以外にも、ヒースローでカバンに入れたまま
ベンチの上に置き忘れちゃったりとか。
これが英国にしては珍しく、
近くの人が追いかけてきてくれて、
「バッグ忘れてます~!」って。
そういえばオーストラリアの酒場でも
落としたことがある。
伊藤
(笑)
Noriko.I
酒場を出たらちょっと暗くて怖いところで、
ロン毛のちょっと怪しい人が追いかけてくるから、
一所懸命逃げたんですよ。
そしたら「落としてるよ~!」。
今は落とすのが怖いから、鈴を付けて、
名札に住所を書いてます。
伊藤
あははは! 面白いです。
お話、ほんとうに楽しかったです!
Noriko.I
こんどは、ぜひ、日本でお話しさせて下さいね。
伊藤
はい。わたしもロンドンに行きたいです。
ありがとうございました。
Noriko.I
ありがとうございました!

芝生は人生そのものです。

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伊藤
芝生の手入れを始められたのは
いつだったんですか? 
ロックダウンになってから?
Noriko.I
この家に引っ越しをしたのが一昨年の7月で、
その年はまだゴチャゴチャしていて、
庭いじりができていませんでした。
わたしはそのとき芝生のことなんて
何にも知らなかったから、
きれいに生えてるわ、と思っていたんですけれど、
今、その頃の写真を見ると、
「うわ、何これ!」みたいな芝生でした。
ちなみに、英国には、
ローンマスター(lawn master)といって、
芝生のプロが本当にいっぱいいます。
プロ中のプロですよ(笑)。

▲引っ越してきたばかりの荒れた芝生。

伊藤
へー。庭師じゃなくてローンマスター。
Noriko.I
ガーデナー(庭師)の人もいますし、
庭師で芝生の世話もする人もいますが、
専任のローンマスターは、独自に配合した
種のミックスを出したりとか、
土を掘る道具を開発していたりとか。
伊藤
面白い!
Noriko.I
草の色が青っぽいのがいいのか、
緑っぽいのがいいのかで、
配合する肥料のpHを考えたり。
わたしはそこまでいってないですけど。
伊藤
英国だったら、道具にも素敵なものがありそうですね。
Noriko.I
ガーデンセンターが素敵な場所なんです。
「ピーターシャム・ナーサリーズ」
(Petersham Nurseries)が有名ですけれど、
ローカルにあるようなところでも素敵ですよ。
カフェを併設していて、長居ができます。
英国人はガーデニングにかける情熱が尋常じゃないですよ。
お金もかけています。
去年、気候が良くなってきた6月とか7月、
みんな一斉に庭に出て、庭いじりを始めたんです。
もう英国って冬があまりにも惨めだし、
ロックダウンのストレスもあって、
特例でいちばんにオープンしたのが
ガーデンセンターだったんですよ。
食料品以外では最初でした。衣料品もダメだったのに。
それで行列までできて。
伊藤
うちの母も、春は、ずっと庭に出ています。
わたしはそれを受け継がなかったので
何でも枯らすんですけど。
Noriko.I
芝生って、自分がちょっと世話をするだけで
見違えるようにきれいになって、
どんどん元気になって、
ぐんぐん生えてきたりするのを一度体験すると、
楽しくなっちゃうんですよ。
本当にね、芝生って人生の縮図じゃないの?! 
って思います。
伊藤
名言でした。「悪い土には悪い草が生える」。
そういう姿勢って、COGの服づくり、
仕事への姿勢にも通じている気がします。
Noriko.I
そうかもしれないですね。
わたしの服づくり、この仕事へのポリシーとしては、
「ラクをしていいラクならば、堂々とラクをする」
ということです。
伊藤
おぉ。
Noriko.I
深く掘るところは深く掘るんですよ。
でも効率化できるところは、どんどん効率化します。
ワンサイズの話もそうですし、
会社の人員の話もそうです。
日本のメンタリティって、
苦労して生まれたものじゃないと
あまり認めない、みたいなところがあるじゃないですか。
伊藤
そうなんですよね。
Noriko.I
うちは、全員リモートで働いてるので、
2、3ヶ月どこか別の場所に行っていても、
仕事が滞ってなかったらいいんです。
かくいうわたしも、仕事をしながら
2ヶ月間スペインに滞在したことがあります。
結果がちゃんとしていればいい。
信頼と結果ですよね。
それに、誰がどういうタイミングでどう働くかについて、
社長のわたしが興味がないんです(笑)。
伊藤
わたしもフリーで仕事をしているので、
そういうところがあります。
ダラダラするときはするけど、
そのままだったら信頼は得られないわけだし、
やるところはきっちりやって。
Noriko.I
わたしの仕事は、パソコンとネットの環境があれば
どこでもできる仕事ですから、オフィスは必要がない。
日本からの依頼でアパレルのデザインをしていた時も、
家が遠かったのもあり、
通勤時間で倍のメールが書ける、と思って。
でも日本のやりかたは、
「いやいや、やはり会社に来てもらわないと」。
どうやら会社に来ていないと、
仕事をしてないんじゃないかって思われている。
さらに「誰か遅刻していないかチェックしろ」
みたいなことまで言われ、子供じゃないのに! って。
これも芝生といっしょ。
きちんと肥料や水を与えられていないので、
ダメになっていくんですよ。
伊藤
おお(笑)。
Noriko.I
表面は皆ニコニコ働いているように見えて、
心の中に黒いコケが生えてる(笑)。
伊藤
嫌ですね。風とおしよく、
楽しく仕事をしたいですよね。
Noriko.I
そうなんです。
責任を持って、期日までに、
ちゃんとしたものができれば、
そのプロセスなんて
誰かが管理する必要はない。
伊藤
はい、英国にいて水が合うのは、
そういう考え方が基本にあるからでしょうね。
Noriko.I
はい。サボりたい人はサボればいいと思うんですよ。
そして、結果が出なかったら、さよなら。
それでいいです。
「サボるんじゃないか」って考えること自体無駄。
サボるような人は率先してサボってもらって、
浮き彫りにすればいいじゃないですか(笑)。
伊藤
そうですよね。好きな考え方です! 
でも本当にそうですよ、
全部自分に返って来るんです。
それに、サボりたいような仕事はしたくないですよ。
好きなことをやりたいし。
Noriko.I
あと、その人なりのパターンがありますよね。
たとえばわたしは、本当にギリギリまで
エンジンがかからないタイプ。
学生時代から、テストの前は
夜中の2時ぐらいになって、
「もうダメだ!」となるまでできなかった。
でも、そこからの集中力が半端ないんです。
伊藤
うんうん。自分のペースがありますね。
Noriko.I
わたし、ふだんは、
ほとんど洋服づくりのことを考えずに
生きているはずなんですが、
家にいると鏡がいろんなところにあるので、
自分のすがたがシルエット的に嫌だと、
庭いじりひとつ、集中できないんですよ。
だから毎日着て、身体的にはもちろん、
視覚的にもストレスにならない服を、
ということを考えます。
時間的に型にはめられないこと、
視覚的ストレスがないこと、それができれば、
本当にハッピーというか。
伊藤
やっぱり英国にいらっしゃると、
視覚的ストレスは少ないですか?
Noriko.I
わたしは、もともと英国がすごく好きで、
という理由で来たわけではありませんが、
住んでいるうちに、どんどん好きになりました。
それは視覚的な暴力が少ないことが大きいですね。
日々感じちゃうんです、
公園に行っても、もう本当に美しい、と。
日本では看板や電線が目に入ってくることが、
わたしはストレスだったんだなってわかりました。
どんなに素敵な飲食店でも、
玄関脇に平気でおしぼりの箱が積んであったりとか。
伊藤
わたしは東京に住んでいますが、
ある年、雪が降ったとき、
「なんてきれいなんだろう」と。
あ、そうか、いろんな色の看板やら、
ちぐはぐな家並みが、
じつは視覚的にストレスになってたんだ、と気づきました。
Noriko.I
それってすごくおっきいと思います。
日本で公園に行くと、ベンチはブルーのプラスチックで、
アイスクリームの旗が立っているとか、
わたしにとっては視覚の暴力に思えるんです。
お花見も、せっかくきれいなお花なのに、
どうしてあんなブルーのシートを敷くの? とか。
英国にもベンチや旗はあるんですよ。
だけど、暴力にならない色、デザインでつくっている。
ピクニックのシートだって、ダークグリーンだったりする。
人工的な色彩は持ち込まないですね。
日本のプラスチック製品って、青いものがあるけれど、
せめてダークグリーンにしたらいいのに、と思う。
それだけで随分変わると思うんです。
伊藤
同じことを思いました。

ワン・サイズ・フィッツ・オール。

未分類

伊藤
COGは、昨シーズンのものも、
かわらず嬉しく着られる服ですよね。
Noriko.I
そう、人はそんなに好みが変わらないです。
本当に一番最初につくった
「MASSIVE SWEAT(マッシブスウェット)」
という服があるんですが(*)、
毎シーズン、生地を変えて登場します。
実際、人気があるんですよ。

*前後身頃の大きさが極端に違って、
後ろ身頃に生まれる大胆なボリュームが
ユニークなシルエットをうむ、COG人気のウエア。

伊藤
1回着て、「あ、いいわ」って思って、
「素材違い、色違いで買おうかな」
っていう方も、きっと多いでしょうね。
Noriko.I
はい。1つの形を何度も買われる方もいらっしゃいます。
「この形、わたしにぴったり」
と思っていただけたら、すごく嬉しいです。
伊藤
わたしも最初、昨年のステイホーム中に、
はじめてCOGの服を
ネットショッピングで買ったんですが、
ワンサイズということにビックリしつつ、
肩がセットアップじゃないから、
ストーンって着れば大丈夫、わたしも着られる! 
という安心感がありました。
ブランドサイトでは、
外国のモデルの方が着てるかっこいい写真があるんですが、
それはもう全部見ないことにして(笑)。
Noriko.I
写真に写ってるモデル、180センチなんですけど、
パンツもドレスも何もかも、
全部同じサイズなんですよ。
伊藤
ですよね。なぜこんなに体型が違うのに、
みんなに似合うんでしょう。
Noriko.I
わたしが思うに、女性って、
見せたいポイントがあるんです。
ここを強調すると痩せて見えたりとか、
ここを強調すると華奢に見えるぞっていうポイント。
そこさえきちんとつくっておくと、
あとはどんなに大きくても大丈夫なんですよ。
伊藤
衿ぐりの開き具合とか、絶妙なんです。
Noriko.I
COGの服って、ノースリーブでも
ちょっとVのようになっていて、
横から見ると、腕が実際よりも細く見えるし、
後ろ身頃がすごく大きくなっているので、
後ろに影ができ、シルエットが細く見えます。
伊藤
そうなんです! わたしの買った服もそうでした。
フレンチスリーブですが、腕が出てもほっそり見える。
Noriko.I
ありがとうございます。
わたし、パターンは学校で習ったんですけど、
プロのパタンナーではないので、
もう、盆栽をやる感覚なんです。
いきなり自分でジャージ素材で
トワル(仮縫い)をつくっていくんです。
つくりながら、あ、もうちょっとここを大きくしたいとか、
小さくしたいという感じでサンプルをつくり、
自分で着てみて、
さらに自分が絶対に見えたくないところを調整します。
伊藤
立体裁断なんですね。
Noriko.I
立体裁断っていうか‥‥、
「盆栽裁断」みたいな自己流です(笑)。
ちょっと嫌なところはつまんじゃえって。
あと、たとえばプレーンなTシャツでも、
横から見たときに胸がちょっと強調されて嫌だなとか、
腕の太さが強調されちゃうなっていうとき、
袖の後ろをピュってピンで留めると、
背中に角度が出て、下にスッて入るラインのおかげで、
スッキリ見える。
それをそのままタックにしちゃおうみたいな感じです。
伊藤
へえ!!
Noriko.I
プロのパタンナーさんが見たら、
なぜここにタックが?! と思われるはずです。
伊藤
面白いです。
Noriko.I
伊藤さんが今お召しになっているそのTシャツは
前身頃が正方形、後ろ身頃も正方形、
脇に正三角形が入ってるだけなんですよ。
伊藤
すごいですよね。ビックリしました。
Noriko.I
トレンドが何かっていうことではなく、
切ったり貼ったりしてるときに、
真円からつくったらどんな感じかなとか、
正方形でつくったらどんな感じかなっていうので
服づくりをしているんです。
対談で着てくださった青いドレスは、
本当の半円が2枚でできているんですよ。
伊藤
子供のとき、人形の服をつくったのを思い出しました。
長方形の布をパタンと折って、頭の部分を抜いて、
ウエストをキュッとさせる、卑弥呼みたいな服を(笑)。
Noriko.I
それに近い感覚です! 
プロのパタンナーさんのように
「パターンはこうあるべき」と考えることをせず、
ある意味、無茶なやり方をしています。
デザイン画が先にないんですよ。
漠然とTシャツつくろうとか、
スウェットシャツをつくろうとかいうのはあるんですけど、
まずは、基本的なのをつくってみて、
ここをこうしたい、ああしたいと、
切って足して、みたいな感じで。
伊藤
ちょうどいい加減でお尻が隠れる、
あのサイズ感も?
Noriko.I
全部自分で着て決めています。
見せたくないところを見せない(笑)。
伊藤
そういうことだったんですね。
全体のボリュームが
たっぷりあるように見えるんですけれど、
着ると、細く見せたいところをちゃんと押さえている。
去年の春夏の展示会に伺ったとき、
すごくたくさんありますねって言ったら、
お家にいる期間が長かったからだと聞きました。
Noriko.I
そうなんです。いっぱいつくっちゃった(笑)。
英国の家にいると、
雑音が入らないからやりやすいですよ。
伊藤
そのとき太田さんが仰ってたんですけど、
普段からお家にいて、
1人でお仕事することが多いって。
Noriko.I
そうなんです。だからロックダウンも
何の影響も感じていなかったです。
食料品は買いに行けます。
伊藤
でも、聞いたところによると、
旅もお好きだと。
Noriko.I
旅、好きなんですけれど、
もう最近は庭仕事に没頭です(笑)。
伊藤
今は旅に出られなくても、
そんなに不自由を感じることはなく?
Noriko.I
全然ないです。
多分、庭仕事が人生で初めてなので、
やっていて楽しいんだと思うんです。
狭い分野を深堀りするのが好きなんですね。
今はもう芝生に命を懸けてます(笑)。
伊藤
どんなお庭なんだろう!

▲こんなお庭です。

Noriko.I
芝生って本当に、手入れをすれば
手入れをしただけの成果が見られるんですよ。
伊藤
お肌みたい。
Noriko.I
そう、芝生の手入れをしていると、
人生を悟っちゃうぐらい(笑)。
伊藤
どういう手入れをするんですか。
Noriko.I
芝生もずっと同じところに植えておくと、
土が固くなったり、日が当たらないと
コケが生えちゃったりするので、
太陽の強さによって長さを調節するんです。
だから、週に1回ぐらい刈るんですよ。
伊藤
普通に芝刈り機で?
Noriko.I
そうです、芝刈り機です。
でも機械の設定があって、
真夏は短くし過ぎちゃうと焼けちゃうので、
ちょっと長めに設定しようとか、
今がいい状態でも、あえて、あるときに
土を掘り起こすための機械で
傷をつけないといけない。
伊藤
えー!
Noriko.I
傷つけることで、コケもとれる。
でも本当にきれいだったところにそういうことをするのが、
最初すっごく嫌だったんですけど、
新しい種を蒔いて、毎日お水をあげて、
2週間もすると、見違えるぐらい、
ぎっしりと生えてきて。
それって、本当に世の中と一緒だなと思っちゃって。
いくら花盛りの人生でも、
新しい種を蒔いていかないと、
ほっとくとダメになっちゃう。
伊藤
なるほど‥‥。
Noriko.I
土が固かったりすると雑草が生えるんですね。
最初のうちは意識していなかったんですが、
最近、土の手入れをするようになったら、
一見芝生のような雑草があることを知って。
そういうのが集中していくエリアがあるなって思うと、
間違いなくそこは土がカチカチ。
悪い土には悪い草が集まってくるの(笑)。
それって人生じゃないですか。
伊藤
まさしく、人生の教訓。
Noriko.I
会社もそうですよ。
ちゃんと土壌をきれいにしておくと、
自然に皆が元気になっていく。
庭いじりは本当にね、悟りです。

COGをつくったときのこと。

未分類

伊藤
当時、デザインされていたのは、
現在のCOGとはずいぶん違うものなんですか。
Noriko.I
いろんなデザインをしましたが、
好きだったのは、いまのCOGと同じような、
大きめで、ワンサイズでいろんな体型のかたが
着られるタイプの服でした。
生産の女性は小柄で細くて華奢で、
わたしより身体のサイズが小さい。
その彼女が着てもすごくかわいいけれど、
わたしが着ても「ちょうどいい」と思える服の
デザインをしていたんです。
ところが、新任のディレクターの方から、
「もうちょっとOL路線がいい」という意見が出て。
「そういうのはちょっとOLには」とか
「もうここをあと10センチ短くして、
そのほうが一般の人も着やすいから」
みたいな意見をいただくようになって、
「うーん?」と。
最初は、単なる愚痴でした(笑)。
伊藤
(笑)。
Noriko.I
そんななか、いま東京事務所にいる太田が、
夏休みの2週間、遊びに来ていたときのことです。
暑いなか、お気に入りのパブに行き、
屋外の席でジントニックを飲みつつ、
わたしはそんな愚痴を言っていたんですよ。
「もう、いっそ、自腹でサンプルをつくって、
ブランドを立ち上げちゃおうか? 
売れなかったらもうお終い、それでもいいから、
やりたいことをやろっかなぁ?」って。
そうしたら太田も「やる!」と言い出し(笑)。

▲太田さんと話をしたパブ。

太田
わたしはフリーランスで、
アパレルの会社とのデザインやディレクションの契約が
ちょうど2つ終わったばかりで、
次は何をやろうかなって思っていたんですよ。
それでロンドンに遊びに行ったとき、
そういうことやろうと思ってるんだよねと言われ、
「あ、ちょうど空いてます!」
みたいな感じで立候補しました。
それからですね、話が、トントンと。
Noriko.I
それが、3年前の夏でしたね。
伊藤
すごい。すごいですね。
Noriko.I
そのとき、わたし、日本のアパレルに依頼された
英国ブランドのデザインの仕事を、
十二分と言えるくらいしていたんですが、
それに大きなストレスを感じていたんです。
洋服もバッグも大量のデザインをしていたのだけれど、
契約でわたしがデザインしていることは口外できないし、
「英国で社員の管理もしてくれなきゃ困る」と、
日本の仕事の仕方を英国でしなくてはいけなくなった。
デザインやディレクションのために入ったのに、
そんなの分からないし、やりたくないし、
しかも、すごく日本的なやり方を通そうとする。
英国では理不尽に思うくらいのことだったんですよ。
それでものすごいストレスが溜まってたんですね。
伊藤
それはつらいですね‥‥。
Noriko.I
そんななか、COGの最初のコレクションを、
準備しはじめたんです。
伊藤
最初に発表したのは何型くらいだったんですか。
Noriko.I
20型くらいでしたね。
伊藤
すごいですね。それをつくって、
ダメだったら撤退しようと?
Noriko.I
はい。できあがったサンプルを
分けっこしてお終いね、みたいな。
伊藤
その最初のコレクションは、
ファッション関係の方とか、
いろんな方を招いて発表されたんですか。
Noriko.I
ええ。最初の展示会は、
馬喰横山の昭和っぽいビルを借りてお披露目をしました。
太田が前職でいろんなネットワークがあったので、
編集の方だったり、スタイリストの方だったり、
ショップのバイヤーの方がたをお呼びしたんです。

▲最初の展示会のようす。

伊藤
みなさん、どんな感想を?
Noriko.I
最初、皆さん、衝撃を受けられていました。
サイズが大きくて、
しかもワンサイズしかないから。
伊藤
でも、どんな体型の人も似合うデザインですから。
Noriko.I
そう、痩せてる人が着ても、
ふっくらした人が着ても、さまになる。
伊藤
わたしは身長が156センチで、
COGのワンピースを大きめに着ているんですが、
「weeksdays」のモデルで168センチの子が着たら、
膝すれすれになるのに、子供っぽくないんですよ。
そういう服ですよね。
Noriko.I
わたしも156センチなんですよ!
太田
わたしも156です。
伊藤
あら!(笑)
Noriko.I
コンセプトとしては、とにかくもうワンサイズで、
とにかくジャージ素材しかやらないと決めていました。
伊藤
その潔さはどこから来たんですか。
Noriko.I
この潔さは、‥‥ラクだから(笑)!
伊藤
着ていてラクだから?
Noriko.I
着ていてもラクですし、選ぶのもラクでしょう。
サイズがS、M、Lってあると、
どれが正解か分からなくなりませんか。
伊藤
なります!
Noriko.I
ブランドによって違いますよね。
わたしはいっつもSを着るから、とSを選んでも、
なんだかちょっとちっちゃい、ということもある。
伊藤
うん、うん。
Noriko.I
だけど、ワンサイズしかないと、ラクでしょう?
伊藤
たしかにそうですね。
Noriko.I
皆さん、サイズの呪縛に捉われているから、
COGの場合、ワンサイズしかないっていうと、
「ちょっとおっきいけど、
こうやって着ればかわいい」とか、
「あ、わたしでも着れた」とか、そういう感じで、
皆さん、よろこんでくださるんです。
伊藤
よくわかります。
Noriko.I
わたしは日本でサンプルのフィッティングをしている
生産担当の華奢な女性と比べて、
体重が1.5倍ぐらいあるんですけれど、
同じサイズを着ています。
COGの服は自分でも「絶妙な大きさ」と思っていますし、
彼女は彼女で「わたしにも絶妙な大きさ」と。
どんな体型でも迷う必要がないから、
選ぶ人として気持ちがラクなんです。
伊藤
そこ、すごくおっきいポイントですね。
素材については?
Noriko.I
すべてジャージー素材にしているのは、
着てラクということのほかに、
つくり手としての理由があります。
それは欲張っていろんな布に手を出すと、
逆に自分たちが大変になっちゃって、
ひとつのものに集中できなくなるということです。
伊藤
消費者からすると、
いろいろなブランドの服を選びたいので、
「たっぷりめでジャージー素材といえばCOG」と、
すっきりチョイスできるのが魅力ですよ。
Noriko.I
あとは、ブランド自体の世界観を出して、
コレクションをつくりたいという欲求がないんです。
話題性を考えて、春夏と秋冬、
新作のコレクションを発表していくのは、
経験上、とてもたいへんなことです。
それを考え出すと、
実際自分が着ないようなものとかもつくらなければ、
成り立たなくなる。
それよりもCOGは、絶対自分が着るもの、
でも他とは同じじゃないものをつくろうと思います。
セレクトショップに置かれることを想像すると、
ワンコーナー、COGのラインナップがバーン! 
というイメージではなく、
わたしも好きなブランドがあるなかに
COGが自然に並んでいて、
たとえばマルジェラを買う人にも
「あ、これ、家で着るのにいいわ」と
受け入れてもらえる服でありたい、と。
そういう人たちにとってのベーシックを、
という気持ちですね。
伊藤
そうですよね。人って、そんなに好みは変わらない。

COGTHEBIGSMOKEの服

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英国に住むことになったのは。

未分類

伊藤
はじめまして、伊藤です。
Noriko.I
はじめまして、
よろしくお願いいたします。
伊藤
いま、いらっしゃるのは、
ロンドンのどの辺りなんですか。
Noriko.I
世界標準時で知られるグリニッジが
ロンドンのイースト側にあるんですが、
そこから真南に車で15分ぐらい
下がったところなんです。
経度0度0分0秒、みたいなところですよ。

▲近所の公園。

▲近所のパブ。

▲近所のソーセージやさん。

伊藤
そもそもなぜロンドンに? 
もともとは東京にいらしたんですか。
Noriko.I
そうなんです。
もともと、わたしはドレステリアの
最初からのメンバーで、
1999年頃から、
長くバイヤーをやっていたんです。
伊藤
ドレステリアの、その時代! 
すごくよく着ていましたよ。
Noriko.I
ありがとうございます。
まさこさんが着てくださっているのを知って、
うれしく思っていました。
今から6、7年ぐらい前まで
その仕事をしていたんですけれど、
さかのぼると、バイヤーになる前は、
ブランドのデザイナーだったんです。
けれど、自分で全部100パーセント、世界をつくると、
「ちょっとにせもの」をつくらなきゃいけなくなる。
伊藤
「ちょっと‥‥にせもの」?
Noriko.I
たとえばジーンズとTシャツを、
自分のコレクションに入れるために、
オリジナルをつくることになりますよね。
ところが、ジーンズにもTシャツも、
すでに自分が「いい」と思っている「ほんもの」が、
世の中にはあるわけです。
Tシャツだったら、アメリカの
コットンのTシャツがいいとか、
ジーンズだったらLEVI’Sがいいね、ということですね。
なのに、自分の世界を表現するために、
それと似たようなものをつくるのは
「にせもの」ということになるんです。
それが嫌だな、っていうふうに思えてきて。
伊藤
なるほど。
Noriko.I
だったら、自分がいいと思うもの、
絶対に着たいベーシックなものを集めたい、
そう思って、バイヤーに転身したんですよ。
伊藤
つまり、本当にお好きなものは、
すっごくスタンダードなものなんですね。
Noriko.I
そう。変わらないものですね。
結局元を正せば、自分でデザインをして
つくるのも好きだけれど、
ものを集めて世界観をつくるのが好きなんですよ。
伊藤
バイヤーというお仕事が、
すごく向いていらした。
Noriko.I
そうですね、すごく楽しくて。
でもデザイナー経験もあったので、
バイヤーに徹するというよりは、
足りないものがあれば自分でつくろう、と。
それができたドレステリアでは、
自由に楽しくやらせていただきました。
伊藤
ドレステリア時代にご自身でデザインされたものは
どんなものがあったんですか。
Noriko.I
下着っぽいものだったり、
プリントもの、ソックス、そういうものでした。
前任のデザイナーが辞めた後は、
オリジナルレディースウェアの
ディレクターも兼任していたので
全てのデザインチェックをしていましたが、
私自身でデザインした物も多々あって、
リバティプリントのシリーズや
Petit Marierというウエディングドレスも
毎シーズンデザインしていました
伊藤
それが、ロンドンに住むことになったのには、
なにかきっかけがあったんですか。

▲ロンドンの街のあちこち。

Noriko.I
その仕事をしているときに、
プライベートでの出会いがありました。
相手がオーストラリア人だったんですね。
けれども仕事を続けながらオーストラリアに住む、
と考えると、よくわからなくなってしまった。
季節も逆だし、ファッションの潮流も全く違うし、
自分にできることがあるとは思えなかったんです。
オーストラリアに移住するというのは、
環境としては楽しいかもしれないけれど、
仕事は終わりかな、みたいな気持ちになって。
伊藤
ファッションに関して、オーストラリアの人って、
機能重視みたいなところがあるようですね。
オーストラリアに行った友人からききました。
Noriko.I
はい。それでオーストラリアに何度か行き、
全てを失ったような気持ちになったんです(笑)。
自分が何を着たらいいのかもわからないし、
季節がまるで逆なので、
バイヤー、つくり手としても混乱してしまって。
伊藤
日本にいて、わかっていたと思っていた感覚が、
まるで通用しないというか‥‥。
Noriko.I
そうなんです。
「わたしのこの格好、いけてるの? いけてないの? 
それすらも分からない!」みたいな。
ショックでしたよ。
あまりにも環境が違うので、
自分がいいと思って着てる服すらも
自信がなくなってくるんです。
伊藤
そんなこと、あるんですね‥‥。
どれぐらいいらっしゃったんですか? 
オーストラリアに。
Noriko.I
そのときは、1ヶ月行ったり、3ヶ月行ったりで、
完全に移住すると決めてはいなかったんです。
それと並行して、仕事の環境も変わりつつありました。
ドレステリアの仕事は、
もうちょっと自由に働きたいなと思って、
業務委託契約に変えたんです。
そうしたら、ずっと仕事をさせていただいてた
アパレルの輸入業者のかたから、
とある英国ブランドの、
レディース部門のデザインを依頼されました。
伊藤
それは日本人の方に向けた?
Noriko.I
いえ、世界で販売するもの、すべてなんです。
伊藤
え! 世界の!
Noriko.I
はい。それをドレステリアと並行して
担当することになりました。
そうしたら、そのブランドの旗艦店が
ロンドンもできるというので、
チェックしに行ってきて、という仕事が入り、
さらに「英国を拠点に仕事をしないか」
というお話をいただいたんです。
それをオーストラリア人のパートナーに伝えたら、
「え! 英国だったら、僕も住めるよ」
みたいな感じになって。
伊藤
えっ、えっ?!
Noriko.I
疑問ですよね。わたしも「え、何で?」と言ったら、
オーストラリアと英国はコモンウェルス
(Commonwealth of Nations)で同じグループ。
しかも彼のお祖父さんが英国生まれの英国人だから、
彼も英国のパスポートが郵送ですぐに取れる。
ちょうどわたしが
オーストラリアに行くのをためらっている、
という話をしていたところだったので、
2人で英国に行くことにしたんですよ。
伊藤
何ですか、その身のこなしの軽さは!
Noriko.I
(笑)わたし、何も考えないんです。
一時は、もう仕事もいいや、とまで思って。
その英国ブランドの仕事は続けつつ、
ドレステリアからは勇退させてもらって、
自由な時間ができたら
遊んでいてもいいんじゃない? と。
伊藤
わあ(笑)。

▲ロンドンの市場の青果店で。

Noriko.I
(笑)それで、もう辞めるつもりで、
ドレステリアのディレクターに、
斯々然々(かくかくしかじか)で
英国に行くんですけど、っていう話をしたら、
「え、英国だったら、ヨーロッパ各地が近いから、
バイヤーとして便利なんじゃない? 
ぜひ向こうに住んでバイヤーを続けてください」
と言われてしまいました。
それで、英国に行っても、
5、6年間、バイヤーも兼任していたんです。
伊藤
面白いです(笑)! すごい! 
Noriko.I
とはいっても、バイヤーというのは、
展示会のある季節がとても忙しくて、
ほかはわりとゆったりですから、
英国でモダンブリティッシュのアパレルからの
お誘いも受け、
その仕事もやるようになりました。
伊藤
ずいぶん忙しい時期があったんですね。
こうしたい、という気持ちと、
いたい場所と、したい仕事が、
いい感じに流れでまとまった、
という感じに思えます。
Noriko.I
何ひとつ計画せず、
「時の流れに身をまかせ」ですよ(笑)。
さらに、日本のアパレルからも
トラディショナル系のブランドの
デザインを依頼され、それも担当することになりました。
ただわたしは英国に住んでいるので、
デザインをした服のサンプルが上がっても、
フィッティングの度に帰るわけにいかない。
そこで日本の生産担当の女性に着てもらって、
オンラインでチェックをする、ということが続きました。

スカートの裾を。

未分類

子どもの頃、好きだったのは、
母が縫ってくれた木綿の花柄ワンピース。

スカート部分が三段になっていた、
そのワンピースを着ると、
必ずくるくる回って、
スカートをふわーっとさせたものでした。

「私も、くるくるしてた!」
友人たちも、同じ思い出があるみたい。
スカートがふわりと広がるのをうれしがるのは、
女の子のDNAに組み込まれているのかも? 

そんなことを思い出したのは、
去年このワンピースに出会ったから。

さすがに、くるくる回ってはしゃぎはしなくなりましたが、
歩くたびに布が揺れる感じがうれしくて。
しかも、ちゃーんと大人に似合う、
抑えたさじ加減がいいんです。

今週のweeksdaysは、
COGTHEBIGSMOKE(コグ ザ ビッグスモーク)の
ROSIE DRESSと
WIDE SWEAT SLEEVELESS。

weeksdaysでは初登場となるブランド。
デザイナーのNoriko.Iさんとの対談もどうぞおたのしみに。

ケープとコート、 たとえばこんなコーディネート。 [3]いつものスタイルに、 カシミヤコート。 伊藤まさこ

未分類

ナチュラル/ブラックのコートの、
黒い方を表に着てみました。
ベーシックな色同士の組み合わせは、
持っているととても重宝。
おととしパリを旅した時は、
気分に合わせて色を変えて、
1週間着まわしていました。
リバーシブルってすごい。

また、ノーカラーなので、
タートルネックを下に着ても襟元がすっきり。
スカーフを巻いたり、
ネックレスをしたりと
襟元のおしゃれもたのしめるところが、
このコートのよいところです。

今日はコートに合わせて
黒を中心にコーディネートしましたが、
パンツは思い切ってピンクに。
こんな風に、ちょっと派手めな色をさして、
着こなしにメリハリをつけるのが好きです。

Vネックのニットにパンツ、スニーカーは
私のいつものスタイル
(おもに撮影などの仕事の時の)ですが、
そんな時も、このコートの出番。
さっと羽織るだけで、
大人のカジュアルスタイルができあがり。
どんなスタイルも受け止めてくれる、
上質なカシミヤ素材。
袖を通すたびにすごいなぁと思っています。

脇にスリットが入っているので、
思い切り歩いても足さばきが楽。
ボタンは閉めずに、裏側の色を見せて、
元気よく着こなすのが気分です。

ケープとコート、 たとえばこんなコーディネート。 [2]洋服にケープ。 伊藤まさこ

未分類

ネイビー部分を表に、
パンツもバッグも同系色でまとめました。

中に着たのは、
朱色のプルオーバー。
動くたびに、中の色が見えて、
それがなかなか新鮮なんです。

袖まわりがかなりゆったりとした、
こういったタイプのプルオーバーや、
ドルマンスリーブのモコモコしたニットなど、
上に羽織るものに悩まされることが多いけれど、
このケープなら袖まわりがもたもたすることはありません。
ああ、これで冬の悩みがひとつ解決! 
去年、ケープができあがった時、
うれしさがこみ上げたものでした。

それともうひとついいなと思っているのは、
ケープの中でバッグが斜めがけできるところ。
これなら、両手に何も持つことなく、街を歩ける! 
見た目にすっきりで言うことなしです。

ケープとコート、 たとえばこんなコーディネート。 [1]着物にケープ。 伊藤まさこ

未分類

着物を着る時のコート、
どんなものを合わせていますか?
私、じつはなかなか気に入ったものにめぐりあえず、
もう何年も、
大判のカシミヤコートを上から羽織って過ごしていました。

去年、ケープを作った時に、
はっ! もしかしたら着物と相性よいかも? 
‥‥とひらめき、
合わせてみたら大正解。
着物は着慣れておらず、
緊張のため肩が凝りがちだったのですが、
ケープの軽さに大変助けられて、
着ている間、ずっと快適! 

今日は、襟の部分を少し折り返して、
反対の色をちらりと見せてみました。
こうすると、帯の前側も見えて、いいかんじ。
フックをすべて閉じると、
また違う雰囲気になるので、
いろいろ試してみてくださいね。

後ろ姿はこんなかんじ。
帯の部分も無理なくすっぽり覆ってくれます。
自分で着る時は帯の結び方が
かなり心もとないのですが、
このケープがうまく隠してくれる。
着物のお出かけも、これならこわくない!と
勇気をもらった気分です。

カシミヤのケープとコート

未分類

秋冬のおしゃれ計画。

未分類

軽くてあたたかくて。
驚くほど肌触りのよい、
HARRISS GRACE(ハリス・グレース)のカシミヤ。

質のよさは一目瞭然で、
着ていると、多くの人に「すてきですね」と
褒められる。
私の自慢の服であるとともに、
秋冬のおしゃれに欠かせないアウターとなっています。

今週のweeksdaysは、
去年、おととしとご紹介してきた、
カシミヤコートとケープのオーダーのお知らせです。

気が早いと思う方もおられるとは思いますが、
(やっとサンダルが似合う季節ですものね)
「着たい!」そう思ってくださった、
すべての方にお届けしたい。
秋冬のおしゃれ計画、
ちょっと早めではありますが、
練ってみてはいかがでしょうか?

コンテンツは、
私のコートとケープのコーディネートを。
え! こんなものとも合うの?
と驚かれた着こなしもご紹介します。
どうぞおたのしみに。

再入荷のおしらせ

未分類

完売しておりましたアイテムの、再入荷のおしらせです。
5月13日(木)午前11時より、以下の商品について、
「weeksdays」にて追加販売をおこないます。

輪島キリモトのすぎ椀

▶︎商品詳細ページへ

「スタンダードなひら椀とともに愛用しているのが、
このすっとスマートな佇まいのすぎ椀です。
間口が小さいので、
山椒の葉をたっぷり入れた赤だしのお味噌汁や、
万能ネギだけの具が少なめの汁物、
またはれんこんのすり流し、
じゃがいものポタージュなど、
とろりとした汁物の時に登場。
汁物だけでなく、
おひたしや、あえものをはじめ、
アイスクリーム、ぜんざいなど、おやつの時間にも。
横から見た姿も美しく、繊細な印象。
スタンダードなお椀を持っている方にも、
新鮮に映る形ではないでしょうか。
使い方のコンテンツもどうぞ参考になさってくださいね。」
(伊藤まさこさん)


OSAJIのブレンドエッセンシャルオイル

▶︎商品詳細ページへ

「服を変えたり、
メイクを変えたりするように、
香りだって好みのものをいくつか持っていたい。
weeksdaysのオリジナルは、
“Bonjour”(ボンジュール)と
“Bonne nuit”(ボンヌ・ニュイ)のふたつの香り。
“Bonjour”は、その名の通り、
朝やお昼にぴったりな
クスノキ、セージ、シダーウッドバージニアンなど、
さわやかな香りを。
“Bonne nuit”は、眠る前のひとときを、
ちょっぴり贅沢な気分にさせてくれる
スイートオレンジ、ローズゼラニウム、
ダマスクローズ、ホホバオイルを配合。
もちろん気分で使い分けても。
(雨の昼下がりなどは“Bonne nuit”がぴったりでした!)
気持ちを切り替えたい時、
部屋の中をリフレッシュさせたい時。
お客様が来る前に‥‥
なんて時にオイルをたらり。
家にいる時間を充実させてくれる、
アイテムです。
ラベルの文字は
イラストレーターの山本祐布子さんにお願いしました。
シックで上品。
贈りものにしても喜ばれることまちがい無しです。
またアロマディフューザーがない、という方でも大丈夫。
(私も持っていません)
くわしくは茂田さんとの対談と、
私の使い方コンテンツを参考になさってくださいね。」
(伊藤まさこさん)

ヘルシンキ 森下圭子さん[2] 自分だけの場所、 島暮らしの夏。

未分類

登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


森下圭子さんのプロフィール

もりした・けいこ
1969年生まれ。
ムーミンの研究がしたくて
1994年の秋にフィンランドへ
夏は島めぐり、秋は森でベリー摘みに始まって茸狩り、
冬は寒中水泳が好き。
現在、ヘルシンキ在住。

「取材や視察のコーディネートや通訳、
翻訳の仕事をしています」

訳書に『ぶた』『アキ・カウリスマキ』、
ミイのおはなし絵本シリーズ、
『ぼくって王さま』
『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』などがある。
映画『かもめ食堂』の
アソシエート・プロデューサーとして
初めて映画の仕事を体験。
「ほぼ日」では2004年から2005年にかけて
『サンタの国、フィンランドから。』を、
2009年から2012年にかけて
『フィンランドのおじさんになる方法。』を連載。
2015年には作家・重松清さんのインタビュー、
『トーベ・ヤンソンの人生を、ぼくたちはもう一度生きる。』
にも登場している。

■Instagram


出典をはっきり覚えていないのですが、
メンタルヘルス・フィンランドが発信していたのかな、
あるとき「安全な場所を確保しよう」
という記事を見つけました。
忘れたくなくて手帳にメモしておいたんです。

自分の安全が脅かされることの絶対ない場所を、
頭の中に描けるようにしておこう。
心が落ち着く場所。
人がいてもいいけれど、
その人は絶対的にあなたの安全を確保できる、
つまりあなたが安心できる人であること。
風景は必ずしも静かである必要はなく、
あなたが落ち着けるのであれば、
岸壁に波が打ち付けられる様子でもいい。
自分が落ち着ける安全な場所を頭に描き
(その風景は実在してもしなくてもいい)、
少しずつ五感を働かせる。
音、匂い、光、風、など。
何かあったら、さっとこの世界に逃げよう。

日ごろからこんな場所があるだけで
救われることもあるそうです。
自分の感覚が働いていることを確認することは、
とても大切なのだろうと思います。

新規感染者数がゼロになる日もあって、
楽観的に暮らせた夏。
私は1年前に話したことを実行していて、
ムーミンの作者が
子どもの頃から夏を過ごした群島地域で
島暮らしをしていました。
子どもの頃のように駆け回り、
新しい友だちを作って遊んだり、
森の中に自分だけの場所を見つけ、
そこに名前を付けたりして。
挙句の果てに、森で遭遇した人に
鹿と間違われたことも2度ほどありました。
いつの間に鹿の呼吸を。
私はこの島暮らしの光景をベースに
自分の中に逃げ場を作っています。

▲夏の楽しかった時間、美しい光景、美味しかったもの、
おかしかった出来事を五感で思い出し、
自分の心の中の逃げ場にしています。
ここからの写真は、私がいつでも
すぐに思い出せるようにしている逃げ場をご紹介します。

▲鹿と間違えられた場所。

▲島ではこんな風に人と出会っては、
そのまま一緒に遊んだりしていました。

▲島の市場。外でもディスタンス。

▲よく立ち寄った農家のお宅の羊たち。

▲島のものを食べる毎日。

▲森で見つけると見過ごせず、
そのせいで連日連続のきのこ食。
きのこで一日5食とか。
ポルチーニの当たり年だったようで、
有難さを忘れる勢いでした。

▲こだわりの塩を持参したつもりが、
封を開けたらごま塩で、
私の料理はひたすらごま塩味の島暮らしでした。

▲おやつもきのこ。焼いただけ。

▲森で摘んだブルーベリー、
おじいさんにいただいた庭のさくらんぼで作ったジャム、
お茶に誘われて遊びにいったお宅で持たせてくれた
フレッシュチーズ、市場で買った手作りメレンゲ。
海と島々を眺めながら
一人でこんな贅沢なものを食べるひとときもありました。
ごま塩だけじゃない。きのこだけじゃない。

▲鹿が逃げていかない。
そして私は人間に鹿と間違われる。

▲本当に子どものときやってたようなことをして
遊んでいました。ちなみに、私たちが登っているのを
これを作った一家のマダムがちょうど目撃して、
大喜びで車から降りてきてくれました。

▲閃けば、岩の上でだって
真剣に話しだしたりもします。

▲夜23時頃の風景。白夜です。

ヘルシンキ 森下圭子さん[1] 「キートス・ヘイヘイ!」、 ディスタンス10メートル。

未分類

登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


森下圭子さんのプロフィール

もりした・けいこ
1969年生まれ。
ムーミンの研究がしたくて
1994年の秋にフィンランドへ
夏は島めぐり、秋は森でベリー摘みに始まって茸狩り、
冬は寒中水泳が好き。
現在、ヘルシンキ在住。

「取材や視察のコーディネートや通訳、
翻訳の仕事をしています」

訳書に『ぶた』『アキ・カウリスマキ』、
ミイのおはなし絵本シリーズ、
『ぼくって王さま』
『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』などがある。
映画『かもめ食堂』の
アソシエート・プロデューサーとして
初めて映画の仕事を体験。
「ほぼ日」では2004年から2005年にかけて
『サンタの国、フィンランドから。』を、
2009年から2012年にかけて
『フィンランドのおじさんになる方法。』を連載。
2015年には作家・重松清さんのインタビュー、
『トーベ・ヤンソンの人生を、ぼくたちはもう一度生きる。』
にも登場している。

■Instagram


どこからお話しましょうかと、
1年前の対談を読み返したりしています。
あれから1年。
フィンランドでも私の暮らす首都ヘルシンキは、
3月に入り、これまでで一番深刻な状況に
なってしまいました。
集中治療室が足りず別の地域に搬送という
報道もあったりして。
当然ですが、あちこちが閉鎖されたり、
行動を制限されたりの日々を過ごしています。

▲季節が巡って春がやってきました。海ももう凍っていません。

今も外を歩けば、1年前と同じように
窓辺にクマのぬいぐるみを見かけます。
でも近所のフランス人のパン屋さんが別れ際に
「キートス・ヘイヘイ!」と
フィンランド語で挨拶するようになっていて、
1年という時間の長さを実感します。
1年前の「オウヴォワール」というフランス語の挨拶も、
それはそれで異国情緒があって、
お客さんたちがつられて「オウヴォワール」と
少し恥ずかしそうに応える響きも好きでした。

▲冬はヘルシンキの海がこんな風に凍り、
海の上を散歩したり遊ぶことができました。

夏には新規感染者数がゼロだったこともあるフィンランド。
あの時はいよいよ収束かと期待していたのに、
秋が深まるにつれてどんどん感染者数が増えていき、
改めて自分に何ができるか、
私たちは試行錯誤する日々になった気がします。
手探りすぎて、卵の移動販売を待つ人の列が
ディスタンス前後10メートルになっていたときには
笑ってしまいましたが、
それくら真剣だったんですよね。
やがて5メートルくらいになり、
最近は3メートルくらいで大丈夫かしらって。
こんな感じで私たちはスーパーやスポーツジムで、
外を散歩しているときも、
相変わらず答えが分からない中で、
お互いの塩梅を探りながらやり過ごしている気がします。

▲暖冬と思っていたところへ急にやってきた極寒。
おかげで気嵐も見られました。

1年前の私は「想像力」を特に大事にしていて、
今もそれは変わらず大切にしていることですが、
それに加えて「対話的である」という姿勢を
意識するようになった気がします。
手探りでいい、正解が見つからなくてもいいから、
対話的であり続ければ、関係性が断たれなければ、
いずれは何か答えのようなものが見つかるかもしれないし、
そうこうしているうちに収束するのかもしれない。
対話的であり続けるということは、なんだろう、
希望というのは
苦しくなると見えにくくなることもあるけれど、
対話的であり続けるということは、
苦しいときにも意識しやすくて、
そして対話的であり続けるというのは、
私にとっては希望を持ち続けることに繋がるような、
そんなイメージです。

▲バーニー・サンダース、世界じゅうで流行りましたよね。
久しぶりに友人に会え、ついこんな遊びを。

ニューヨーク 仁平綾さん 見えない敵に怯え、家にこもり、 誰にも会わない日々のなかで。

未分類

登場するみなさま

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ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
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メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


仁平綾さんのプロフィール

にへい・あや
1976年生まれ、編集者・ライター。
2012年にニューヨーク・ブルックリンで居を構える。
9年を過ごしたのち、2021年に帰国。
得意ジャンルは、食、猫、クラフト。
雑誌やウェブサイト等への執筆のほか、
著書に、ブルックリンのおすすめスポットを紹介する
私的ガイド本『BEST OF BROOKLYN』vol.01~03、
『ニューヨークの看板ネコ』『紙もの図鑑AtoZ』
(いずれもエクスナレッジ)、
『ニューヨークおいしいものだけ!
朝・昼・夜 食べ歩きガイド』(筑摩書房)、
『ニューヨークの猫は、なぜしあわせなの?』
(朝日新聞出版)、
『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)、
伊藤まさこさん・坂田阿希子さんとの共著に
『テリーヌブック』(パイインターナショナル)、
『ニューヨークレシピブック』(誠文堂新光社)がある。

■HP
■Instagram


いま、東京にいます。(*)
あれから1年、
生涯忘れることのできないコロナイヤーを
ニューヨークで過ごし、
夫と猫と私は、日本に帰国しました。

(*2021年4月の執筆時)

▲NYの引っ越しの写真。部屋に積まれた段ボール箱。

いつか私もコロナで死ぬんじゃないか。
冗談でも、大げさでもなく、
本気でそう思っていた1年前。
ニューヨークは連日とんでもない感染者数と死者数で、
救急車の音もひっきりなし。
情報は錯綜し、
スーパーで買ってきた食材の袋も感染源になりうる、
なんて噂を聞きつけて、
せっせと除菌シートで拭きあげたりして。
見えない敵に怯え、家にこもり、
頑なに誰にも会わない毎日。
自分の内側が、つねにピンと緊張していた。
だからなのか、
感染して無数の管につながれた私が、
病院のベッドに苦しく横たわり、
いままさに手術室に運ばれようとしている‥‥
なんて悪夢にうなされたことも。
ほんとうに、怖かった。

▲いつも使っていたアパートメントの郵便受け、
なぜか愛しくなって。

そんな史上最悪の春が終わり、夏が近づくにつれ、
怖さや不安の濃度はずいぶん薄くなったけれど、
ニューヨークの街はコロナで一変したまま。
あんなに賑わっていたレストランは扉を閉ざし、
地下鉄は人もまばらで、がらがら。
空きテナントが目立つイーストヴィレッジ。
がらんとして人のいないソーホーは、
出番を待つ映画のセットのよう。
ミッドタウンのオフィス街なんて、
廃墟みたいに静まりかえっている。
郊外へ移り住んだり、
アメリカの別の州へ引っ越したり。
コロナでリモートワークが
当たり前になったこともあり、
たくさんのニューヨーカーが、
そんな街を離れていった。
サーフィンが趣味の友人は西海岸へ、
フランス人のアーティストは南仏へ。
友人知人が次々に
ニューヨークからいなくなってしまった。

“私はなんでニューヨークにいるんだろう”

初夏のある日、ブルックリンのアパートメントで、
ぼんやり猫とソファに寝転がり、
壁一面の窓から大きな空を見上げながら、考えた。

▲住んでいたアパートメントの建物(昔はニット工場だった)も、
もうしばらく見ることはないんだなぁ、と切なく思って撮影。

▲NYで帰国前に友人が撮影してくれた家族写真です。
photo by Tats Otake (8.6.4design)

“ニューヨークが好きだし、
ここでやりたいことがあるから”

これまでずっと、そう思ってきた。
ニューヨークは、刺激いっぱいで飽きない街。
自由で居心地も良いけれど、
反面生きるにはなかなかタフな場所だ。
どんな信念のもと、どう働くか。
何を買い、何を食べ、どう生きるか。
そういう自分の核がないと、
あっという間に透明人間になってしまう。
ニューヨークに渡って約9年、
自分は何者かを問い続け、悩み、つまづき、
まわりのニューヨーカーに感化、
鼓舞されながらやってきた。
気づけば少しずつ、私の核は、確かなものとして、
その形や重みを感じられるようになってきていた。

▲引っ越しを終え、空っぽになったアパートメントの部屋。

▲壁一面の窓。コロナ禍は、ここから見える大きな空に救われた。

“その核があれば、
どこでも生きていけるんじゃないか”

ふと、そう思ったのだ。
ニューヨークという場所にこだわる必要は、
もうないのかもしれない。
休眠中の街は、ちょっと退屈でもあるし‥‥。
なにより私のやりたいこと、
「書く」という仕事は、どこにいたってできる。
メキシコでも、パリでも、ハワイでも。
世界中、好きな場所に住んでいい。
自分の核を携えていれば、きっと大丈夫。
この街から動くときが来たのだ。

にわかに私は、覚醒した。
コロナの不自由が、私を自由にさせたのだ。
(といっても、実際は美容師の夫がいて、猫もいて、
そう簡単にメキシコへビュン! と飛ぶ、
なんてことは無理だったのだけれど。)

▲猫を連れて帰国する、というハラハラドキドキな道中でしたが、
愛猫のミチコ、よくがんばりました。

怖くて、悲しくて、奇妙な、
でも意味のある1年。
そんな2020年を経て、
私と夫は東京には戻らず、
一度は暮らしてみたいと思っていた
京都に移住することに決めた。

夏のハモ、冬の蟹。
鯖寿司、町中華、出町ふたばの豆餅‥‥。
これから待ち受ける未来と、
京都のおいしいものに胸を躍らせ、
私はただワクワクしている。

▲帰国後は、東京都内の海に近い場所で、2週間の自主隔離。

▲自主隔離中は、散歩ばかりしていました。

▲観光客気分で東京の街を見渡すと、すべてがフォトジェニック。

▲昭和な風景を見つけては、
こちらもつい愛しくなって、iPhoneでパシャリ。

▲手書きの値札、味があってかわいい。

▲東京版、ミニフラットアイアンビルディング
(NYのミッドタウンにある有名な三角ビル)。

▲質屋さん、まだあるんですねえ。

▲散歩中は、猫にもたくさん遭遇しました。

▲こんなキャラが濃い猫さんも。押忍!

▲東京の桜にも間に合いました。

メルボルン 田中博子さん いろんな国の空気、食パンブーム、 ズームではじめたジャムレッスン。

未分類

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ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


田中博子さんのプロフィール

たなか・ひろこ
パティスリークリエイター。
1978年生まれ。
福岡で中村調理師専門学校製菓技術科を卒業後、
横浜のノインシュプラーデン(ウィーン・フランス菓子)
にて勤務。
その後、食育料理研究家である
藤野真紀子氏に6年間師事したのち、
2006年にフランスへ。
パリの「L’Ecole Lenôtre」「Le Cordon Bleu Paris」、
プロ向け製菓学校「Ecole Gastronomique Bellouet
Conseil de Paris」などで研修をつみ、
アルザス地方にある「Maison Ferber」で、
ジャムの妖精とも呼ばれ、世界中で注目されている
Christine FERBER氏のもとで1年間働き、
アルザス地方伝統の菓子や料理、ジャムづくりを学ぶ。
帰国後は
東京、福岡を中心に全国でお菓子レッスンを開催。
2011年から<クレアパ CREA-PA>の屋号で活動を開始。
旬のフルーツを贅沢に使った少量生産のジャムやお菓子の
卸販売を始める。
2019年、結婚を機にオーストラリアのメルボルンに移住。
著書に『パウンドケーキの本』
『セルクルで作るタルト』
『家庭で作れるアルザスの素朴なお菓子』
『ジャムの本』などがある。

■Instagram


つい最近、普通の生活になりつつある
空気を感じています。
というのも、メルボルンを含むヴィクトリア州は、
昨年一番長いロックダウンが約8ヶ月間続きました。
本当に長かったですね。
行動範囲は自宅から5キロ圏内だったので、
今は誰かに会える喜びもひとしおです。
(現在でも州によって規則は異なります。)

▲ロックダウン中から作り始めて、
今ではすっかり日常になったパン作り。

この地はいろんな国の人が住んでいる為に、
日常の中で様々な国の空気を感じる事ができます。
イタリア、ギリシャ、南米、
ロシア、インド、中国、ベトナム系など、
お店に入ると聞こえてくる店員さんの会話は、
英語ではありません。

▲バインミーの食べ比べ。

フランスへ旅すると、フランス語が飛び交う街中で
私はフランスにいるという感覚に即座になれます。
しかし、ここでは、そういう感覚になれないのです。

日本人の私でも、
今日はインドのディーワーリーの日(光のお祭り)だなあ。
来週からチャイニーズニューイヤー(旧正月)の
始まりなど、感じ取れます。
其々の国の人が、何かに影響を受ける事なく
生活できる国なのかもしれません。
そして私は日本人という感覚のままです。
しかしこれが不思議にも
メルボルンなのかなと思えてきました。

▲モーニントン半島の景色。

▲海辺に出かけた時はフィッシュアンドチップス。

インド人の友人の家に行くとチャイを出してくれます。
黒胡椒が効いていたり、フェネルが多めだったり、
各家庭のこだわりが光っています。
仕上げにジャグリという、黒砂糖に近い砂糖を加えたお味は
つい最近知りました。

▲インド料理のサラダ。
私にとっては非常にスパイシーでした。

ある日は、マレーシア人の友人と
マレーシア料理のお店へランチに。
ラクサ、ナシレマなどを食べ、3種のデザートを注文。
お料理上手のママ達なので、作り方を私に教えてくれます。

▲マレーシアの甘いもの。
右は「ボボチャチャ」と呼ぶそうです。

▲友人自家製のマレーシアのお正月の菓子。

友人と囲むテーブル際、同じ食事を愉しむ事を、
とても身近な喜びとしていました。
しかし、ここに来てからは
<同じ味を共有する>という事は
とても難しい事だと知りました。
一人一人多種多様な基準があるし、
その事を堂々と主張します。

▲ピクニックエリアにはサークルが書かれています。
お隣さんと距離をとるためのサークルです。

ある日、クッキーを作って友人に渡してみました。
すると、今度はココナツシュガーを使ってほしい。
これは私には甘すぎ、シナモンは抜いてね。
など、好きに意見を言います。
慣れない材料に、自分の作った菓子に落胆し、
時には作る事もやめて、気を取り戻し、再試作。
やっと感覚が掴めてきました。
美味しい新作も着実に増えています。
しかし、誰にでも喜んでもらえるという自信は、
すっかり無になり、
美味しいと思う甘みや食感は様々なんだと
柔軟に考えるようになりました。

インド人の友人に教わったお陰で、
ダルやカレーもこなれて作れるようになり、
上海出身の主人の好物である
ワンタンの包みも速くなりました。
ビーガンのご近所さんにはビーガンケーキを。
和菓子が恋しくなった時は葛餅を作ります。
今更、作りたての葛餅の美味しさに開眼し、
自分の手で作っていながらも
様々な世界を垣間見る毎日です。

▲メルボルン市内の食パン屋さん。

そして、メルボルンでは食パンブーム到来。
食パンを買って、
ちょっと日本の気分を味わっています。
私のお菓子の行方はどこへ? 
まだまだ思考錯誤ですが、
心は自由にと自分に言い聞かせながら、
今は柔軟に自分に取り込む時間なのかもしれません。

▲こちらもメルボルン市内の食パン屋さん。

先月、知った味のする苺を口にする機会がありました。
これは! と夢中で口に入れると、
長年惚れ込んで使っていた
佐賀の紅ほっぺにそっくりの味でした。
その苺によって、
2年の間に眠っていた感覚が呼び覚まされ、
ジャムレッスンをズームで行う事を思いつきました。
日本全国から参加してくださった生徒さんは、
ジャムに対しての情熱を持つ方ばかり。
逆に私も元気をいただいて、
とても喜びを感じられる時間でした。
私はやはり、教える仕事が好きなようです。

▲モーニントン半島の夕日。

ミラノ 小林もりみさん[2] キチンと食事をすること、 部屋を少しずつ模様替えすること、 次の1年を考えること。

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登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


小林もりみさんのプロフィール

こばやし・もりみ
丁寧に作られたイタリア食材を直輸入する
カーサ・モリミ代表。
ミラノ在住11年目。

ライフスタイルに特化したプランニング会社に勤務した後、
2000年カーサ・モリミ設立。
2009年スローフードが運営する食科学大学大学院へ。
イタリアに拠点を移す。

“Food as Life Style よく食べることは、よく生きること”
“You are what you eat 台所から始まる、豊かな暮らし”
こうした信念から、添加物不使用、
手間と時間をかけたナチュラルな美味しさを
イタリアから日本に紹介している。

2011年の東日本大震災後、福島の子どもたちの
イタリア保養を行うNPO“オルト・デイ・ソーニ”
をミラノにて仲間と設立、代表を務める。

2014年より母校である在ピエモンテ州ポレンツォの
食科学大学大学院にて
非常勤講師として日本の食文化を担当する。

カーサ・モリミのウェブサイト

■Instagram
@morimicucinetta
@casamorimi

■Blog
イタリアの小さな台所から

■note
https://note.com/casamorimi


この1年間、自分の暮らしを
振り返ってみると‥‥。

“普段できないことにじっくり取り込みたい!”と
1年前に思ったにも関わらず、
大したこともできないままにここまできてしまった、
というちょっとトホホな感じを拭えません。

仕事については幸い10月に
シチリアやトスカーナに出張ができ、
ほぼ20年間、毎年欠かさずに足を運んでいる
オリーブの収穫&オリーブオイルの搾油の現場、
また数年前から必ず訪れている
職人パネットーネの仕込み現場に赴くことができました。

▲トスカーナのカペッツァーナ農園。

これはタイミング的にほぼ奇跡。
戻った途端にロックダウンが始まりましたから。
大変な幸運、と神様に感謝を。

長く籠っていた
都会の小さなアパートメントから抜け出し、
生産者さんとともに自然の中で時間を過ごせ、
ものづくりの現場に立ち会えたこと。
これは想像以上に、大きな心の糧となりました。

また暮らしについては、
食を楽しむ、という気持ちを大切に。
これはロックダウンが始まったときから
少しも変わっていません。

制限の多い暮らし方の中で、
せめて(できる限り)キチンと食事はして、
美味しいものをいただきたい、楽しみたい。
たまにはちょっと良いワインだって開けちゃうぞ。
そんな感じとノリで。

良く食べること(美食というのでなく、
良質で栄養的にもバランス良い食事)が、
心身を整えくれると信じてきました。
もちろん、いつもできるわけではないですが。

▲週末のランチ。

ロックダウンが始まった当初は特に、
旬の自然の恵みを通して
季節感と外に広がる世界を感じ、
食材が愛おしく感じました。

暮らしについてはもうひとつ。
大掃除をし、不要なものを少しずつ捨て
(まだ進行中です)、
床置きの低い格納庫を大工さんに作ってもらいました。

山のような食材のサンプルも
たまった仕事の書類も、
スーツケース類もすべてそこへ。
空間がすっきりして、かなり快適になりました。

その格納庫の上に畳を敷いて、
ホッとできるスペースを作ったのです。
快適。やっぱり日本人(笑)ですね。

▲和の空間ができました。

出来立てのホヤホヤなのですが、
仕事の合間にストレッチしたり、
趣味のお茶を点てたりできたら、と思っています。
これから楽しみです!

残念ながらStay Homeはまだまだ長くなりそうなので、
次の数ヶ月?1年?(短くあって欲しい~)
のチャレンジをあれやこれやと
楽しく妄想しているところです。

ミラノ 小林もりみさん[1] 赤・オレンジ・黄色、 ロックダウンの規制の3つの色。

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登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


小林もりみさんのプロフィール

こばやし・もりみ
丁寧に作られたイタリア食材を直輸入する
カーサ・モリミ代表。
ミラノ在住11年目。

ライフスタイルに特化したプランニング会社に勤務した後、
2000年カーサ・モリミ設立。
2009年スローフード協会が運営する食科学大学大学院へ。
イタリアに拠点を移す。

“Food as Life Style よく食べることは、よく生きること”
“You are what you eat 台所から始まる、豊かな暮らし”
こうした信念から、添加物不使用、
手間と時間をかけたナチュラルな美味しさを
イタリアから日本に紹介している。

2011年の東日本大震災後、福島の子どもたちの
イタリア保養を行うNPO“オルト・デイ・ソーニ”
をミラノにて仲間と設立、代表を務める。

2014年より母校である在ピエモンテ州ポレンツォの
食科学大学大学院にて
非常勤講師として日本の食文化を担当する。

カーサ・モリミのウェブサイト

■Instagram
@morimicucinetta
@casamorimi

■Blog
イタリアの小さな台所から

■note
https://note.com/casamorimi


黒い身体に黄色のくちばし。
小さなツグミがベランダの花々のところに
また姿を見せ始め、
朝のベランダにふたたび陽が差し込むようになり、
中庭の淡いピンクの椿が咲き誇る季節が
また巡ってきました。

▲中庭の椿。

コロナがイタリアにやってきてから、もう1年。
この文章を書かせていただくにあたり、
1年前の記事を再読すると、
まるで遥か彼方の遠い出来事のようです。

夏場には少し落ち着き、
州を超えての移動ができて、
ギリシャなどの海外に
バカンスに行った人々もいて。

私自身も8月の末に、
ずっと会えなかったトスカーナの親友と合流し、
ルネサンスの画家・ラファエッレの
没後500年の展覧会を目的に、
ひと気のないローマへ週末旅をしました。
観光客がいないローマは、
圧倒的なその美しさを持て余し、
空悲しくさえ見えました。

▲がらんどうのローマ・ナヴォナ広場。

今ではこうした夏の出来事さえも、
遠い昔のように感じてしまいます。
州を越えた移動も制限され、随分と時間が経つ今、
あれはもしかしたら幻だったのかしら? と。

つかの間の夏が終わって、また感染が増え始め、
秋からは、赤・オレンジ・黄色という
ロックダウンの規制度合いを示す3色によって
私たちの暮らしの行動範囲が
決められるようになりました。

数週間に一度、
政府からどの州がどの色になるかが発表になり、
今度はまた赤か、やっと黄色に戻ったか、という感じで
社会と経済が
それぞれの色のルールに沿って動いていきます。

私の住むロンバルディア州は、
もう20回近く色が変わっているそうです。
数ヶ月前からは“濃いオレンジ”なるものまで
でてきて、もうさっぱり訳がわからない状態です(笑)。

田舎に家がある人は、
色によってずっと都会に缶詰になるか、
あるいは週末には自然の中で過ごせるかが決まる訳ですが、
セカンドハウスもない私には、
どの色になろうとも影響があるのは、
何のお店が開いていて、
バールに座って朝ご飯が食べられるかが変わるぐらい、
と心得てきました。

▲近所の様子です。

1年前には、行動範囲は家から200m以内、
などの厳しい規制がありましたが、
今は緩く、サステナブルなものになっています。
なんといっても長丁場ですから。
心身の健康のために、当然ですね。

家族の絆を大切にするイタリア人にとっての
重要なイベントのクリスマスもイースターも、
一番厳しい「赤」でした。
招待して良いのは、一世帯につき1日1回2人まで。

クリスマス前に政府の方針が決まるまで、
“田舎のマンマに会えるのか?”などという感じで
イタリア人は固唾を飲んで
見守っている感がありましたが、
おじいさんおばあさんを守るためにも
大勢で集まるのは無理だろう、
という心算はあったようで、
わりとすんなり、
「やっぱり、そうか」
と受け入れていた感じでした。

つい先日のイースター休暇も、
また再度「赤」のロックダウンに。
ただ、たとえ「赤」であっても花が咲き誇る、
新緑の公園に毎日足を運べ、
友人たちと公園で落ち合って一緒に散歩もでき、
家族のような友人たちとは、
招待2人を守って時には食事も一緒に。

▲住まいの近くにある公園。

夜10時には家に戻っていなくてはならないとはいえ、
1年前とは大きな差です。

ワクチン接種は昨年末から少しずつスタートしました。
私の周囲にもワクチンを受けた人が増えてきました。

OVER 50(50歳台)は、
一般には今年の6月ぐらいから
順番が回ってくるらしいですが、
医師、中学校教師、
作曲家ヴェルディが音楽家のために作った老人ホーム
「カーサ・ヴェルディ」に勤める友人などは、
すでに2度目のワクチンも済ませています。

以下のリンクはワクチンの進行具合です。
最初の黄色の数字が
1度目のワクチン接種済みの人数
(全国民に対しての%を表示)、
次のグリーンの数字が
2度目のワクチン接種済みの人数を示しています。

https://lab24.ilsole24ore.com/numeri-vaccini-italia-mondo/

ハワイ 工藤まやさん スノーケルの日々、 あらためて考える環境のこと、 愛犬を見送ったこと。

未分類

登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


工藤まやさんのプロフィール

くどう・まや
TV、CM、雑誌、イベントなどで活躍する
メディアコーディネーター。
虹がかかることで知られるマノアバレーに住む。
連載などの執筆も行い、
近著に『ハワイ暮らしのお気に入り:
オアフ島ライフスタイルガイド My Daily Hawaii』

がある。
CREAのウェブサイトで
「工藤まやのおもてなしハワイ」を連載中。
ハワイの日々はインスタグラムからどうぞ。

■Instagram


私は今、マーメイドとなっている。

ハワイのロックダウンから1年が経つ中、
毎朝暗いうちにマノアの家を出て
オアフ島のあらゆるビーチへ行き
スノーケルをする日々。
天気予報を見て、
波の高さ、風の強さ、潮の満ち引きをチェックし、
海のコンディションと相談しながら
海中に身を委ねる。

そこには野生のイルカが100頭と群れをなして泳ぐ姿、
ぷかぷかと気持ちよさそうにワイキキビーチをただよう亀、
人間をどこか達観した様子で見つめるあざらしなどがいて、
肩を張らない生き様なのに
圧倒的な存在感を放ってくるのだ。
夜行性のイルカが漁を終えて
湾にまどろみにくる朝の時間に、
元気いっぱいでジャンプを繰り返す
目立ちたがりやの子イルカがいたり、
寄せては返す高波にのまれそうになる
おっちょこちょいの亀、
ちょっとおでぶのアザラシには哀愁と親近感を感じ、
人と会えないコロナ禍に
出会いという喜びを与えられたのは
自然界からの贈り物かしら、と思っている。

▲ハワイアン・スピナーズ・ドルフィンこと、
ハワイ固有のハシナガイルカ。
数頭から数百頭までその時々ですが、
ハワイのビーチ近くまできてくれます。
好奇心いっぱいでかわいい。

▲ハワイではホヌと呼ばれ守り神と言われています。
これはノースショアで撮ったもの。

▲ワイキキにも亀はたくさん。
朝日を浴びるダイヤモンドヘッドと亀のショット。

▲ハワイアンモンクシールです。
ハワイ諸島にぜんぶで1300頭ほど、
人が住んでいる本島には
そのうちの300頭が棲んでいます。
この愛嬌ある見かけからは想像もつきませんが、
絶滅危惧種。

11月から4月の間は
アラスカからザトウクジラが
出産と育児のためにやってくる。
泳ぐのにも慣れてきた頃で、
少し潜ると鯨たちのさえずりが聞こえる。
物悲しいような、でもそれでいて力強い
「ほぉ~」と響き合う歌声。
泳ぎながら見る水平線上で
どっしりと黒いザトウクジラが見せる
ブリーチや潮吹きには感動したなあ。
今でも時折あの「ほぉ~」が聞こえると、
私みたいにぐずぐずしているのか、
ハワイが気持ち良くて
アラスカに帰るのを先延ばしにしているのがいるんだなあと
クスッとしてしまう。

観光客が来れない間にハワイの海は驚くほど美しくなった。
ワイキキビーチは澄み、
コロナ感染拡大を受け数ヶ月閉鎖していたハナウマ湾は
透明度が64%もあがり、
入場人数を制限して昨年12月に再オープンした。

▲アウトリガー・ワイキキ・ビーチ・リゾートのラナイから撮影した
9月のワイキキビーチの様子。
人がほとんどいないけれど海はきれいで、
地元の人がサーフィン。

▲人が少し戻ってきた2月のカイマナビーチの様子。
綺麗な海のグラデーション。
新しくオープンしたカイマナビーチホテルから撮影。

久しぶりに行く人の少ないハナウマは、
湾に囲まれた楽園のようなビーチをもち、
大きな魚たちが湾内に戻ってきた。

▲1日に入場できる人数が720人まで。
のんびりな雰囲気となったハナウマ。

人間が使用する日焼け止めが珊瑚に与える影響、
有害物質を海中に持ち込まないことだけで
こんなにも変わる。
自然は美しくあるためにとても強い。
改めて私たちができることを感じて、
珊瑚にも環境にも優しい日焼け止めを開発した友人と
「Lani & Kai」をより多くの人たちに使ってもらえるよう
呼びかけている。
勝手にアンバサダーです(笑)。

▲Lani & Kaiは、ハワイ発のリーフセーフ、
チャイルドセーフの日焼け止め。
これのおかげで安心して海で泳げます。

海にばかりいたから、この日焼け止めを持って
友人知人が経営するお店に行くため
久しぶりに陸にあがったら、
街には人がたくさんいた。

▲本土からの観光客で賑わう。

アメリカではワクチン摂取が進み、
アメリカ本土からの観光客は
PCR検査を受けてでも旅をしたい、
ハワイへ来たいという人たちが多くいて、
春休みの時期には1日3万人ものアメリカ人がやってきた。
ハワイの人たちはマスク着用、ソーシャルディスタンスを
日常のこととして受け入れ遂行しているから、
観光客のほとんどもそれにならってくれている。
ありがたいなあと思う。
楽しそうにワイキキを歩く家族を見て、
「来てくれてありがとう」
と口にこそ出さずにいるが、心で思う。

▲ソーシャルディスタンスを守って
ビーチラウンジしています。

コロナになって、まだ私の仕事は戻らないから、
生活の速度は落ちたけれど、
海の世界を知り、見える世界の幅が広がった。
ゆっくりと暮らす間、
18歳の愛犬ベルとも多くの時間を過ごすことができ、
私の誕生日に、自宅にて、
腕の中で安らかに見送ることもできた。

▲ベルと最後の日に撮った写真です。

▲その日、マノアの谷にかかった夕方の虹。

生と死を強く感じた1年だからこそ、
今、人生は豊かだなあと思える。
コロナでちょっと太めのマーメイドになったのが
玉に瑕なんだけど。

パリ 鈴木ひろこさん 「生きる」ことについて 今までにないくらい 真摯に向き合った日々。 わたしが大切にしていきたいもの。

未分類

登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


鈴木ひろこさんのプロフィール

すずき・ひろこ
スタイリスト、ライター、コーディネーター、
ファッションコンサルタント。
パリ在住29年。
スタイリストとして、雑誌や広告、
音楽関係などで経験を積んだ後、渡仏。
現在は、女性誌を中心に
パリをはじめ、ヨーロッパ各国で取材・執筆を行い、
ファッション撮影のキャスティングや
オーガナイズを手がける。
日々、パリの街を歩きながら、
人、モノ、コトなど
さまざまな古き良きものや、
新しい発見をすることが趣味。
著書に『フレンチ・シャビーのインテリア』
『大人スウィートなフレンチ・インテリア』
『パリのナチュラルモダン・スタイル』
『シャンペトル・シャビーの家』(グラフィック社)
などがある。

Instagram


去年の今ごろはフランス中がロックダウンまっ最中で、
人生初となる外出制限令の元、
不便を強いられて暮らしていました。
許可されていたのは日に1回1時間のみの外出で、
自宅から半径1キロ圏内の行動範囲。
身分証明書と外出証明書の不携帯や、
時間オーバーが見つかれば
問答無用で即罰金というかなり厳しい規則でした。

商店やスーパー、郵便局、
どこもかしこも入り口で人数制限をしているために
長蛇の列で、
用事をすませるとそそくさと帰宅。
時には用が終わっていなくても、
途中で諦めて家路を急ぐという緊張の連続でした。

▲季節の植物が発するナチュラルなエネルギーを感じて、
この一年は日々お花に癒されていました。

そんなサスペンスな日々から
時は流れて、気がつけば2021年。

そう、いつもなら言っているはずなんです。
「え! ウソでしょ、あれからもう1年? 
そんなに経ったの?」と。
ですが、去年からこの春までは、
例年とはまったく違った基軸で、
時間の経過を噛み締めながら過ごしていました。

というのも‥‥。

個人的な話ですが、
昨年夏に乳がんという病変が見つかり、
数回にわたる精密検査、手術、その後の放射線治療と
闘病生活を送ったことが原因しています。
命と向き合う時間、
それは今までに経験したことのない
特別な時間の流れ方でした。

▲うれしいメッセージが刻印されたクッキーは、
今年の誕生日に友人が焼いてくれました。

コロナ禍の不安と、病気というダブルパンチを受けて、
「生きる」ことについて
今までにないくらい真摯に向き合い、
大切にしていきたい本質の部分を改めて見つめ直す。
治療を受けながら、そんな時間を送っていたのです。

おかげで季節がぐるりとひとまわりしたこの春、
今までになくゆったりとした感覚を味わっています。
いつものような “あっという間に過ぎちゃった”
バタバタ感はなくて(笑)、
しっかりと立ち止まり、また歩き出しながら
自分のペースで生きた実感とでも言うのかしら。

幸いに初期の発見であったこと、
信頼できるドクターと出会えたことなど、
いろいろな運に恵まれて、
今ではすっかり普段の生活に戻りました。
とはいえ、二度と細胞内で悪いモノ(=がん)
を育たせないように、食やライフスタイルを見直して、
自分に合う方法で生活習慣の改善をいろいろと模索中です。

▲偶然移動中にエッフェル塔近くを通過したので
車中からパチリ。長年住んでいても、
毎回その美しい姿に感動してしまいます。

「これからのわたしたちに必要なのは、
ユーモアとイマジネーションを働かせることだと思うわ」

去年の5月、ある女性誌のリモート取材で
インタヴューをした
フランス人マダムの言葉が忘れられません。
不安いっぱいでもやもやしていた心に
彼女のフレーズがすぅーっと響いて、
軽くなったのを覚えています。

“本当にそうだ! 
どんなに大変でも
毎日クスッと笑えるユーモアのエスプリを持って、
少しでも心地よく過ごすための
想像力を膨らませることが未来の希望に繋がるはず!”

と、素直に思えたのです。

▲今回のロックダウン中は
マルシェ(市場)が開いているのが救い。
毎週、新鮮な食材と一緒にお花も買います。

今までのように自由に動けなくなって
落ち着いたらすぐに旅に出たい。
異文化に触れて非日常を味わいたい! 
そう、強く願っていました。
現実はロマンティックな旅ではなくて、
病気がきっかけで非日常生活を経験した数ヶ月でした。
もちろん、病気になんて二度となりたくない!
でも、振り返ってみると、今回の体験を通じて、
ある意味かけがえのない、
違う景色が見えたように感じています。

健康だけが取り柄なの! 
そう、豪語していた自分の身に起こった、
まさかのできごと。
当たり前がけっして明日も続くとは
限らないことを知ったからこそ、
今まで以上にささいなことにも感謝の気持ちを向け、
「ありがとう!」と、
意識して、声に出して伝えるようになりました。

▲去年のクリスマスのパリ市庁舎のイルミネーションと
クリスマスマーケット。
小規模のマーケットでしたが、
つかの間ワクワクした気分を味わえました。

まだまだ窮屈で大変な毎日ですが、
できるかぎりユーモアと
イマジネーションを駆使しながら
暮らしたいと思います。
どうぞ、みなさまも心身ともに
すこやかで穏やかに過ごせますように。

ホーチミン 田中博子さん[2] 体力づくり、引っ越し、 仕事環境の変化。

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登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


田中博子さんのプロフィール

たなか・ひろこ
ベトナム手刺繍コーディネーター。
洋書の表紙に写る生春巻きに感動を覚え、
現地に行き、見て、食べて確かめるべく
1996年サイゴン(ホーチミン)旅行を決行。
1999年7月に移り住むまで、
休暇を使って北から南まで何度も旅をする。
住み始めてからは、ベトナム語を学びながら、
現地案内、職人探しをはじめ、
現在は手刺繍を絶やさないよう奔走中。
刺繍以外にはホーチミン近郊でのかご作り、
水牛の角や木製の小物などの手仕事にも携わる。
オンラインショッピングサイト
「Costa-Japan」の刺繍製品全般を担っている。
「ほぼ日」では、伊藤まさこさんとつくった
「ベトナム手刺繍の服。」を、
「weeksdays」では、
「ベトナムのかご」「ベトナム手刺繍のハンカチ」
の製作を担当している。

Instagram


私自身は社会的隔離の時とそんなに変わりません。
4月はダイエットもしていないのに
恐怖でどんどん体重が減って行きましたが、
どうやって過ごして行けば良いかが分かり始めたら、
あっという間に体重が戻りました。
ともかく体力づくりだと思い、
プールに週3回通ってがむしゃらに泳いでいました。

▲ベトナム政府は国内旅行を推奨しています。
久しぶりに北部を旅しました。
この頃は、ミサも執り行われるようになっていました。(2020/10/23)
日本のようなキャンペーンはありません。

そして、以前借りていた部屋の周辺環境が
この後ガラッと変わるということで、
引っ越しをしました。
一番の生活の変化は
前の大家さんの2匹の猫と
一緒に引っ越して来たことで、
動物を飼う責任を日々感じています。
この部屋を借りるのも、
猫たちの健康最優先で決めました。
長い廊下は思い切り走れるように。
広めのバルコニーは日向ぼっこが出来るようにと、
この2つが決め手となって
3月はじめに引っ越して来ました。
今度の大家さんも、
私のくだらない冗談に付き合ってくれたり、
面白いエピソードをたくさん持っている人です。

▲ハノイの路上で朝食を。
アクリル板などなく、相席できます。(2020/10/26)

仕事環境も変えました。
振り返れば、思ったら後先考えず
異常なまでの働き方をして来ていました。
一人で仕事をしていると、誰も止める人がいません。
それだけ動けるエネルギーが
あったということでしょうけれど、
自分が忙しいのは一向にかまわないのですが、
職人さんも振り回して申し訳なかったなと
振り返る時間がありました。
今現在は、職人さんと前ほど頻繁には会わずに
仕事が出来る方法をとっています。
みんな携帯電話を持っているので、
画像を送り合って確認したり、資材は送ったり。
どうしても調整が必要なものだけは出向いたり、
家に来てもらったりして細かな打ち合わせをします。

▲引越し先の長い廊下。猫が走れるように考えて部屋を借りました。

コロナ禍でなければ、
引越し先が日本だったかも知れません。
今度は日本を拠点に置いて、
ベトナムと行ったり来たりも良いな
と考えはじめていたところでした。
でも、今回ばかりは帰ってしまったら
早々にベトナムには入国できないということもあり
近くに引っ越しましたが、
またしても帰国する理由が見当たらなくなりました。

▲旧正月を目前に感染者が見つかり、
飲食店の座席数が制限されてしまいました。(2021/2/10)

そんなわけで、
「サイゴン(ホーチミン)にいる」という意味を考えて、
公平な「真ん中の人」であろうと再認識しました。
「真ん中の人」とはなんだ? ということですが、
日本人として譲れない部分、日本人のアイディア、
ベトナムの職人さんたちの譲れない部分、
想像もつかない彼らのアイディアを
うまく真ん中で調整すること。
コーディネーターなので、
私はスピード感が必要になりますが、
職人さんたちにはどんと構えてもらって、
時代にしがみつくことなく
生活してもらえる環境を整えることが、
良いものが仕上がってくる仕組みになるかと思っています。

▲感染者の足取りがわかると、
その場所に居合わせた人たちに
地域の保健所に連絡するよう詳細が発表されます。
携帯電話登録者は、メッセージが届きます。

これを提出する日のベトナムの感染者数は2669人、
亡くなった方は35人です。
経済はじめ、色んなことのダメージが
最小限に食い止められています。
私も周りのベトナム人も日々日本を案じています。
この後も皆様どうぞ安全にお過ごしください。
一日も早くお目にかかれる日が来ますように!

▲バルコニーで鳥を見つめるみー。

▲日向ぼっこ中のぐー。

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