糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの

今日のダーリン

・録画しておいたドキュメンタリー番組を見ていたら、「その時代の精神をファッションに反映させる」というナレーションがあった。テーマが、ファッション界の歴史にまつわるものなので、こういうことばが出てくるし、それはとても興味深い。

「その時代の精神をファッションに反映させる」言うだけなら、いくらでも言えそうなことばだ。「その時代の精神」というものが、どういうものであるのか、それが見えている必要がある。

たとえばたとえば、だけれど、女性の社会進出が目立ってきたとか、戦争への予感を背景に、刹那的な快楽を求めているとか、経済が悪化して、節約を余儀なくされているとか、そんなふうな状況のなかから、「時代の精神」というものが生まれてくるのだろう。

大胆にスカート丈がカットされたとき、フィットする衣服で身体の曲線が強調されたとき、簡素な素材があえて利用されたとき、などがあった。それが、おおいに受容され流行したとしたら、そういうものを歓迎する「時代の精神」があった、と。考えられるのかもしれないし、きっとそうなのだろうな。「時代の精神」が、生硬なことばとしてではなく、ファッションの表現として登場するなんて、人間の社会というのは、やっぱり愉快である。

なんてことを思ったりしながら、録画を見ていて、ふと、このテーマを、読み替えて考えはじめた。「その時代の精神をアプリに反映させる」と。ずっと『ドコノコ』というアプリのことを考えていて、頭がなんでもそっちに向いていたせいだろうが、じぶんへのおもしろい問いができたと思った。(いろいろ食べたい。きれいなものがほしい。できたら行動的でありたい。人を傷つけたくない。周囲の友人仲間に認められたい‥‥etc etc)人の望むこと願うことのなかに「時代の精神」がある。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。たぶん、時代の精神とは、少し先の時代の精神のことだ。

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