糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの

今日のダーリン

・今回は、このリンクの先にある、2006年にぼくが書いた『ダーリンコラム』を参照してね。タイトルは「ちょっと低いところで落ち合おう」です。先日、「ほぼ日の塾」の受講生の人たちから、くりかえし質問されたのが、このコラムの内容でした。高いところをめざせ、ということをさんざん言われ、じぶんでも高いところに上がろうとしてきたのに、「低いところで会いましょう」みたいなことを言われた。これは、どういうことなんだろう?そんな気持ちがあったのだと思います。

たしかに、高いレベルでの共感には、こころが震えるようなうれしさがあります。よくよく理解し合って握手できるときには、つくづくよかったなぁという実感もあるでしょう。だけど、「低いところで落ち合おう」という考えには、なんとなく妥協やガマンの感じがあるかもしれません。「狭き門より入れ」ということばに従って、真実にたどりつくという歓びに比べて、「広き門から入らせてもらいました〜」は、いかにもバカっぽいかもしれませんよね。

でも、ぼくはこの2006年のあたりで気づいたのでしょう。高いところでの、理想的な相互の理解‥‥なんて、本気でそれを求めていたら、じぶんの生きる場が、どんどん閉じていってしまうばかりだ、と。高いところをめざすのはかまわない。しかし、高いばかりが大切なことではない。 たぶん、このあたりのことについては、2006年のほうが切実に考えていたと思うので、そっちを読んでもらったほうがいいような気もします。

ひとつ、まとめがわりにエピソードのようなものを。よく東京を離れて、地方に出かけていくと、「えーっと、だれだったか、樋口可南子さんの旦那さん」と微笑みながら近づいてくるおばちゃんに会います。昔は、ちょっと逃げ腰になっていたと思いますが、いまのじぶんは「はい、ヒグチさんのダンナです」と、差し出された手と、固く握手をします。いまのじぶんのほうがいい、と本人は思っています。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。新井編集長の渾身の一冊「SWITCH」、買ってくださいね〜。

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